閑話(6)
69話目の後の話です。
人気のない訓練場のフロアーを歩いている山南。
彼の傍らに、尾形の姿がない。
一人で歩いていたのだった。
そして、とある訓練場に、無造作に入っていく。
かつての同僚である、特殊組に所属している堤がいた。
繊細な山南に対し、堤はいかつい顔をし、周りを黙らせるほどの、圧を持っていたのである。
開口一番に、山南が感想を求めた。
「沖田は、どうだった?」
沖田に、紹介したのは堤だった。
「どうも、こうもない。俺の顔を見たって、怯む態度もしないで、噂で聞く、愛嬌を振りまいていたぞ」
ムスッとした顔を、堤が覗かせている。
喋っているうちに、会った際の沖田を、思い出していたのだった。
堤を見た多くの者が、顔を強張らせたり、怯んだりしていたのだ。
堤を目にした沖田は、いつもの愛嬌を携え、たじろぐ堤に、ズバズバと話しかけてきたのである。さすがの堤も、自分のいかつさを利用し、沖田から情報を得ようとしたが、無駄に終わってしまった。
どちらかと言えば、情報を提供してしまったのだった。
忌々しげな顔で、堤が息を吐いた。
「そうか」
「何で、俺を使った」
僅かに、山南の口元が、緩んでいる。
深泉組にいる山南ではない。
とても、リラックスしていた。
「芹沢隊長にも、愛嬌振りまいていたからな」
苦虫を潰したような顔を、堤が滲ませていた。
ふふふと、小さく笑っている。
芹沢と一緒にするなと、ジト目で睨んでいる堤。
いかつい顔を、それなりに気にしていたのだ。
気にしているが、それを活かし、強かに相手から情報を取っていたのである。
「ところで、沖田の知り合いが、混じっていったのか?」
真面目な顔つきに、瞬く間に変わった。
とても、大事な部分だった。
混じっているとしたら、沖田がその後、どう動くかと。
「……いた」
「そうか……」
顔を曇らせ、黙り込む山南。
(いたか……。沖田のやつ、どうするつもりだ……)
「過去のものもみたいと言っていたから、見せた。結果は、同じだ」
以前の半妖の死体のデータも、事前に用意していたのである。
数年分のものを、沖田は確かめ、その中に、友達の半妖が混じっていたのだった。
表情はそのままで、纏っている空気だけ、冷気にさせていた。
「……父親の関係で、地方を転々と移動していたようだ」
「だから、たくさんいるんだろうな」
「そうだろうな」
いかつい顔に、何か気遣う双眸を滲ませている。
「……大丈夫か?」
自分以上に、半妖を嫌っているのを、堤は把握していたからだ。
だから、半妖と仲良くしている沖田とは、決して馬が合わないだろうと、かつての仲間を心配していたのである。
「……大丈夫だ」
「それなら、いいが」
「それより、念のため、張っていたんだろう? 結果は、どうなんだ?」
半妖との付き合いがある沖田に、堤は自分の部下に沖田の動向を探らせていた。
他の半妖と、接触する可能性もあるからだ。
苦虫を潰したような顔を滲ませている。
「グレーだ。わからん。何度か巻かれた」
「そうか。やはり、そうなった」
かつての仲間堤が、沖田の動向を探ることを理解し、後をつけられている沖田も、簡単に張らせないことも、何となくそうなるのではと巡らせていたのだった。
「難しいか、沖田は」
逡巡している山南に、呆れ顔を覗かせていた。
「お前自身、沖田に巻かれたのだろう。なのに、俺の部下が、お前以上の働きが、できると思っているのか」
「油断するかと思ってな」
「しなかったよ。ただ、あれの交遊は、凄いな」
顎に手を当て、感心してみせる。
部下から、詳細な報告を受け、聞いた直後は、マジかと目を見張ってしまうほどだった。
そのまま、部下から受けた報告を、山南にも伝えた。
眉間にしわを寄せ、訝しげる山南。
「ああ。部屋に来るたびに、貰い物を携えている。癒着になるから、貰うなと言っているのに、毎度、貰ってくる。困ったものだ」
「……相変わらず、厳しいな」
頭が固すぎる山南に、呆れていた。
「当たり前だろう」
「それぐらい、見逃してやれよ」
「ダメだ」
真面目過ぎる山南の姿勢に、変わらないなと嘆息を漏らすのだ。
不意に、堤が山南に視線を傾ける。
「それと、密かに、遺骨を渡してやったぞ」
「そうか」
半妖の遺骨を持ち出すことは、禁じられていたのである。
ある程度、保管してから、捨てられていった。
「迷惑かけたな」
かつての仲間が、自分の時間を惜しんで、半妖の摘発又は、半妖を入れる手助けをしている者たちを、捕まえることに尽力していた。
だから、余計な手間を取らせ、申し訳ない気持ちもあったのだ。
「いや。それぐらいは、平気だ」
「まったく、情報がないのか?」
気遣う眼差しを注いでいる。
「面白いぐらいに、何もない」
「そうか」
「俺たちのマヌケさを、嘲り笑っているんだろうな」
自嘲気味に、堤が笑っていた。
このところ、特殊組は失態を繰り返していたのである。
生きたままで、半妖を捕まえることができなかったのだ。
上の者たちは、生きていても、死んでいても、構わないと言うスタンスだった。
だが、中には違うと言う者たちがいた。
それが、山南たちだった。
そして、何度も上司に詰め寄った結果、山南は深泉組に配属されたのである。
山南のかつての仲間たちが、密かに捜査していたのだ。
「堤……」
「どこの組織なんだ? ハンティングを始末しているやつらは」
「確かに、特殊組以上の情報網を、持っているようだな」
悔し気に、拳を、ギュッと山南が握り締めている。
半妖や、ハンティングしている者たちを追いつつ、それと同時に、ハンティングをする者を始末している者たちの行方も、追っていたのだった。
だが、全然、何も掴めなかった。
「な、山南」
促され、堤に顔を注ぐ。
「沖田のやつ、じっとしていると思うか?」
「……」
「単独で、動く可能性があると、思うか?」
「ないとは、言い切れない」
目を細め、何を考えているのかわからない沖田の姿を、頭に掠めていた。
憎らしいほどに、愛嬌を振りまいていたのだった。
「……泳がし、様子を見ようと思う」
「難しいぞ」
険しい顔を、山南が窺わせている。
「だが、こんな状況だ。しないより、した方がいい」
「そうだな。だが、気をつけろ」
「わかっている。部下をつけさせてわかったことだが、いろんなところで、沖田のことを、探っている連中が多いな」
「そうだ。だから細心の注意を、払ってくれ」
「そうする」
話したいことを話した二人。
時間を変え、訓練場から出てきたのだった。
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