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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第4章 散華 前編
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閑話(5)

59話の後の話です。

 沖田から頼まれたリキは、食料をククリと言う人物に渡すために、都で一番活気のある花街がある牡丹通りに、足を運んでいたのである。

 彼は、屋根に上がって、地上を見下ろしていた。

 その脇に、大きなバックが置かれている。


「昼前だって言うのに……」

 呆れが混じった声が漏れていた。

 すでに、男も、女も、通りを歩いている客を見つけようと、誰構わず、声をかけていたのである。

「……食うためにはしょうがないか」

 何度か、仕事でこの場所に訪れていたが、そのたびに、人が増えているなと巡らせていたのだった。


「ガキどもは、あんなところで、固まって」

 表通りではなく、路地に入った、すぐのところで、小さな子供たちの集団が、いくつも固まっていた。

 親が客を見つけているのを、静観していたのだ。

 小さな子供たちの風貌は、ところどころ破れた服を着て、やせ細っている。

 どこか、精力が感じられない。


「劣悪に、なっていくな」

 目を細め、眺めているリキ。

 牡丹通りの近くの住む人たちは、比較的安定していたのだった。

 実際に、目にすると、その安定さが、徐々に失われていくようだ。


(急速に早まっている気がする……)


「……そうだ、ククリって人、捜さないと」

 視界を表通りに移し、目当ての自分を捜す。

 だが、すぐさまに見つからない。

 客と、客を見つけようとしている者しか、見当たらないのだ。


 しばらく、目を凝らしていると、ローブを目深にかぶった、如何にも不審人物のいでたちをした者を捉えた。

「わっ。ホント、ソージが言った通りだ」

 目を見張って、凝視してしまう。

 呆れた眼差しと共に、そんな格好するのかよと突っ込んでいた。

 人物の特徴として、リキに伝えたのは、ローブを目深にかぶって、挙動不審になっているからと、教えていたのである。そして……。


 まさに、言われた通りの人物がいたのだった。

 思わず、ニンマリと口角が上がっている。


「では、行くか」

 腰を上げ、脇に置いてあった大きなバックを持ち、軽々と下に降りていった。




 ローブを目深にかぶり、辺りを気にするククリ。

 自分が悪目立ちしていることに、全然、気づいていない。

 都の住人で、ローブをかぶった人間なんて一人もいなかった。

 ククリの格好は、地方から来たものですと、言わずとも吐露しているものだった。


(な、何で、私を見ているんだ)


 狼狽えつつ、さらにローブを深くかぶろうとしている。

「代わりの者って、どこにいる?」

 キョロキョロと、頭を動かしていた。

 容姿を聞いている訳ではないので、誰なのか見当もつかず、声もかけられない。


(それにしても、何で、私を見ている?)


 居た堪れず、この場から離れたいが、食料も調達したい。

 さらに、視線を動かす羽目になり、周囲から目立っていたのである。


 ローブをかぶり、如何にも地方から出たばかりのククリの格好に、周囲にいる者たちは嘲笑していたのだった。

 連日、食料を調達するために、こんな格好で都を歩いていたククリは、何かと因縁をつけられ、そのたびに因縁をつけてきた男たちをのしてきたのである。

 自分が目立っていることに、全然、気づかない。


 不意に、身体を強張らせ、背後に振り向く。

「ククリって、あんたのことでしょ?」

 口角を上げ、リキがククリに話しかけた。

「……ソウの知り合いか?」

 相手を警戒しつつ、ククリが距離を取っている。


(そんなに、警戒しなくっても……)


 目深にかぶっているローブで顔が見えなくても、強張っている様子が窺えたのだ。

 沖田からも、ある程度話を聞いているので、訝しげるほどではない。

「ソージから頼まれて、持ってきた」

 持っているカバンを掲げる。

 朗らかな顔を滲ませているリキを、上から下まで眺め、僅かにホッと胸を撫で下ろした。


「俺は、リキ」

「ククリだ」

 リキから食料が入ったカバンを、素直に受け取った。

 中を確かめることをしない。

 沖田のことを、信頼していたのである。

 じっと、凝視しているククリの視線に、首を傾げた。

「何?」


「……ソウは?」

「ソージなら、仕事だよ」

「……深泉組に、本当にいるのか?」

「勿論。違う区域を見回っているか、部屋で過ごしているんじゃないのか」

「……」

「ソージに、会いたいの?」

「……」


 微かに、頭からかぶっているローブが動く。

 リキの双眸にも、深くかぶっているローブのせいで、ククリの顔を窺うことができない。

 いっこうに、ローブを上げない仕草が気になり始める。


 沖田からは、ローブを深くかぶっている人がいたら、それがククリだと、教えられていたのだ。何で、ローブを深くかぶっていると聞いても、恥ずかしがり屋なんだと言うだけで、後は自分で確かめればわかるよと、笑って言っていた沖田の言葉が気に掛かっていた。

 恐々と、周囲の視線を気にするククリ。


「何で、こんなに、人がいる?」

「花街だからだよ」

「花街!」

 驚愕で、身体が震えている。

「ソウのやつ……」

 苦々しい声を、ククリが漏らしていた。


「そんなに気にするなら、ローブとった方が、目立たないよ。ローブを目深にかぶっているから、地方の者だって、バカにして見られているんだから」

「……バカにされ、見られていたのか」

 話を聞き、愕然と立ち尽くしていた。

「そうだよ。都にいる人たちは、ローブなんか、着ていないだろう?」

 これまで都の人たちのことを思い返しても、ローブを着た人が少なかった。

「……確かに」


「だから、悪目立ちして、みんな見ているんだよ」

「……そうだったのか」

 落ち込むような声音だ。

 だが、決して、ローブを取ろうとはしない。


 二人の間に、沈黙が流れている。

 徐々に、顔を訝しげていくリキ。

 指摘すれば、ローブを脱ぐと巡らせていたのだ。


「……何で、脱がないの?」

「……」

 頑なに、ローブを脱ごうとしはしなかった。

「恥ずかしがり屋なんだろう? ソージが言っていた」

 ウッと、言葉を詰まらせる声が漏れていた。

 まっすぐ注がれる眼光が、ククリにとって居心地が悪い。


(何か、気になるな。ローブの下に、何を隠しているんだ?)


 僅かに、リキの口の端が上がっていた。

 顔を伏せているので、ククリが気づかない。


「ま、いいよ。後、何か欲しいものとかある?」

 持っていた紙切れを渡した。

「……ここに、書いてあるものを」

 受け取って、中を確かめる。

 二日ぐらいで、全部揃うものばかりだった。


「……わかった。二日後にまた、ここに来てくれる?」

「ここにか……、別の場所が……」

「ここがいいと思うよ。だって、またそれかぶってくるんだろう?」

「……」


「地方から来た人間って、すぐにこういったところに、来るから、案外と、そう言った面では、目立たないんだよね」

「……了承した」

「よかった」

 ニッコリと、リキが笑顔を滲ませている。


 気を許したククリ。

 口を開き、何か喋ろうと見せかけながら、リキがククリのローブをはぎ取った。

 少し油断していたククリが、気づいた時には手遅れで、視界が明るくなっていたのである。

「……」

 目の前の光景に、絶句しているリキ。


 周囲にいる者たちも瞠目し、言葉を発することができない。

 沖田に匹敵するほどのイケメンが、目の前に立っていたからだ。

 誰もが、ククリの美しい容貌に見惚れている。

 女も、男もだ。


 目を見開き、狼狽えながら、せっかくイケメンを、ローブで瞬く間に隠してしまった。

 ローブを剥がしたリキに抗議するが、驚愕が先行し、なかなか回復しない。

「おいっ、聞いているのか! 何て真似をするんだ」


 近くにいる誰もが、目深にローブをかぶってしまったククリの行動に、落胆の声を漏らしていた。

 誰もがあの容姿なら、金など要らないと、男も女も思っていたのだ。

 ローブを目深にかぶり、怒っているものの、先程のイケメンぶりが、頭をこびりついているせいもあり、怒声が左から右に流されていく。


「……ソージ並みだな」

 ボソッと、漏らした言葉に、ククリが渋面している。

「……言うな」

「勿体ない。何で隠すんだよ」

「うるさい」

 乱暴に、吐き捨てた。


「ホント、勿体ない。せっかくのイケメンなのに」

 どこか、苦しげな顔を、ククリが覗かせていた。

「……私は」

 か細く声で、リキに聞き取れない。


「えっ、何で言ったの?」

「……女だ」

「はっ」

 どこか開き直ったククリ。


「だから、私は女だ。イケメンって言われても、嬉しくない」

 ローブをかぶっているククリを、ガン見している。

 周囲にいる者たちも、信じられないと言う声が、飛び交っていた。

 先ほど見た姿が、どう見ても沖田同様のイケメン振りに、ククリから言われた言葉が信じられない。


「……嘘だろう」

「私は正真正銘、女だ」

「……勿体ない」

「まだ言うか」

 僅かに声を荒げた。


「……」

「それより、何でローブをはぎ取った」

 無断でローブをはぎ取られ、腹の虫を収まらないククリ。

 隠していた顔を晒させ、怒り心頭だった。

「ソージが確かめろって、自分で」

「……」

 ピクピクと、口元が引きつっている。


「ごめん。ククリ」

 ばつが悪そうな顔を滲ませていた。

 ククリの身体が、小刻みに震えている。


「な、ククリ?」

 気遣う眼差しを注いでいた。

 咄嗟に顔を上げ、叫び声を上げる。

「ソウのバカ!」


 周囲から、さらに注目を浴びることになった。

 肩で息しているククリに、残念な視線を傾けている。


「きっと、ソージにいろいろと、遊ばれたんだろうな」

 ジト目で、ククリが睨んでいる。


(だって、俺だってからかったら面白って思うんだから)


読んでいただき、ありがとうございます。

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