閑話(5)
59話の後の話です。
沖田から頼まれたリキは、食料をククリと言う人物に渡すために、都で一番活気のある花街がある牡丹通りに、足を運んでいたのである。
彼は、屋根に上がって、地上を見下ろしていた。
その脇に、大きなバックが置かれている。
「昼前だって言うのに……」
呆れが混じった声が漏れていた。
すでに、男も、女も、通りを歩いている客を見つけようと、誰構わず、声をかけていたのである。
「……食うためにはしょうがないか」
何度か、仕事でこの場所に訪れていたが、そのたびに、人が増えているなと巡らせていたのだった。
「ガキどもは、あんなところで、固まって」
表通りではなく、路地に入った、すぐのところで、小さな子供たちの集団が、いくつも固まっていた。
親が客を見つけているのを、静観していたのだ。
小さな子供たちの風貌は、ところどころ破れた服を着て、やせ細っている。
どこか、精力が感じられない。
「劣悪に、なっていくな」
目を細め、眺めているリキ。
牡丹通りの近くの住む人たちは、比較的安定していたのだった。
実際に、目にすると、その安定さが、徐々に失われていくようだ。
(急速に早まっている気がする……)
「……そうだ、ククリって人、捜さないと」
視界を表通りに移し、目当ての自分を捜す。
だが、すぐさまに見つからない。
客と、客を見つけようとしている者しか、見当たらないのだ。
しばらく、目を凝らしていると、ローブを目深にかぶった、如何にも不審人物のいでたちをした者を捉えた。
「わっ。ホント、ソージが言った通りだ」
目を見張って、凝視してしまう。
呆れた眼差しと共に、そんな格好するのかよと突っ込んでいた。
人物の特徴として、リキに伝えたのは、ローブを目深にかぶって、挙動不審になっているからと、教えていたのである。そして……。
まさに、言われた通りの人物がいたのだった。
思わず、ニンマリと口角が上がっている。
「では、行くか」
腰を上げ、脇に置いてあった大きなバックを持ち、軽々と下に降りていった。
ローブを目深にかぶり、辺りを気にするククリ。
自分が悪目立ちしていることに、全然、気づいていない。
都の住人で、ローブをかぶった人間なんて一人もいなかった。
ククリの格好は、地方から来たものですと、言わずとも吐露しているものだった。
(な、何で、私を見ているんだ)
狼狽えつつ、さらにローブを深くかぶろうとしている。
「代わりの者って、どこにいる?」
キョロキョロと、頭を動かしていた。
容姿を聞いている訳ではないので、誰なのか見当もつかず、声もかけられない。
(それにしても、何で、私を見ている?)
居た堪れず、この場から離れたいが、食料も調達したい。
さらに、視線を動かす羽目になり、周囲から目立っていたのである。
ローブをかぶり、如何にも地方から出たばかりのククリの格好に、周囲にいる者たちは嘲笑していたのだった。
連日、食料を調達するために、こんな格好で都を歩いていたククリは、何かと因縁をつけられ、そのたびに因縁をつけてきた男たちをのしてきたのである。
自分が目立っていることに、全然、気づかない。
不意に、身体を強張らせ、背後に振り向く。
「ククリって、あんたのことでしょ?」
口角を上げ、リキがククリに話しかけた。
「……ソウの知り合いか?」
相手を警戒しつつ、ククリが距離を取っている。
(そんなに、警戒しなくっても……)
目深にかぶっているローブで顔が見えなくても、強張っている様子が窺えたのだ。
沖田からも、ある程度話を聞いているので、訝しげるほどではない。
「ソージから頼まれて、持ってきた」
持っているカバンを掲げる。
朗らかな顔を滲ませているリキを、上から下まで眺め、僅かにホッと胸を撫で下ろした。
「俺は、リキ」
「ククリだ」
リキから食料が入ったカバンを、素直に受け取った。
中を確かめることをしない。
沖田のことを、信頼していたのである。
じっと、凝視しているククリの視線に、首を傾げた。
「何?」
「……ソウは?」
「ソージなら、仕事だよ」
「……深泉組に、本当にいるのか?」
「勿論。違う区域を見回っているか、部屋で過ごしているんじゃないのか」
「……」
「ソージに、会いたいの?」
「……」
微かに、頭からかぶっているローブが動く。
リキの双眸にも、深くかぶっているローブのせいで、ククリの顔を窺うことができない。
いっこうに、ローブを上げない仕草が気になり始める。
沖田からは、ローブを深くかぶっている人がいたら、それがククリだと、教えられていたのだ。何で、ローブを深くかぶっていると聞いても、恥ずかしがり屋なんだと言うだけで、後は自分で確かめればわかるよと、笑って言っていた沖田の言葉が気に掛かっていた。
恐々と、周囲の視線を気にするククリ。
「何で、こんなに、人がいる?」
「花街だからだよ」
「花街!」
驚愕で、身体が震えている。
「ソウのやつ……」
苦々しい声を、ククリが漏らしていた。
「そんなに気にするなら、ローブとった方が、目立たないよ。ローブを目深にかぶっているから、地方の者だって、バカにして見られているんだから」
「……バカにされ、見られていたのか」
話を聞き、愕然と立ち尽くしていた。
「そうだよ。都にいる人たちは、ローブなんか、着ていないだろう?」
これまで都の人たちのことを思い返しても、ローブを着た人が少なかった。
「……確かに」
「だから、悪目立ちして、みんな見ているんだよ」
「……そうだったのか」
落ち込むような声音だ。
だが、決して、ローブを取ろうとはしない。
二人の間に、沈黙が流れている。
徐々に、顔を訝しげていくリキ。
指摘すれば、ローブを脱ぐと巡らせていたのだ。
「……何で、脱がないの?」
「……」
頑なに、ローブを脱ごうとしはしなかった。
「恥ずかしがり屋なんだろう? ソージが言っていた」
ウッと、言葉を詰まらせる声が漏れていた。
まっすぐ注がれる眼光が、ククリにとって居心地が悪い。
(何か、気になるな。ローブの下に、何を隠しているんだ?)
僅かに、リキの口の端が上がっていた。
顔を伏せているので、ククリが気づかない。
「ま、いいよ。後、何か欲しいものとかある?」
持っていた紙切れを渡した。
「……ここに、書いてあるものを」
受け取って、中を確かめる。
二日ぐらいで、全部揃うものばかりだった。
「……わかった。二日後にまた、ここに来てくれる?」
「ここにか……、別の場所が……」
「ここがいいと思うよ。だって、またそれかぶってくるんだろう?」
「……」
「地方から来た人間って、すぐにこういったところに、来るから、案外と、そう言った面では、目立たないんだよね」
「……了承した」
「よかった」
ニッコリと、リキが笑顔を滲ませている。
気を許したククリ。
口を開き、何か喋ろうと見せかけながら、リキがククリのローブをはぎ取った。
少し油断していたククリが、気づいた時には手遅れで、視界が明るくなっていたのである。
「……」
目の前の光景に、絶句しているリキ。
周囲にいる者たちも瞠目し、言葉を発することができない。
沖田に匹敵するほどのイケメンが、目の前に立っていたからだ。
誰もが、ククリの美しい容貌に見惚れている。
女も、男もだ。
目を見開き、狼狽えながら、せっかくイケメンを、ローブで瞬く間に隠してしまった。
ローブを剥がしたリキに抗議するが、驚愕が先行し、なかなか回復しない。
「おいっ、聞いているのか! 何て真似をするんだ」
近くにいる誰もが、目深にローブをかぶってしまったククリの行動に、落胆の声を漏らしていた。
誰もがあの容姿なら、金など要らないと、男も女も思っていたのだ。
ローブを目深にかぶり、怒っているものの、先程のイケメンぶりが、頭をこびりついているせいもあり、怒声が左から右に流されていく。
「……ソージ並みだな」
ボソッと、漏らした言葉に、ククリが渋面している。
「……言うな」
「勿体ない。何で隠すんだよ」
「うるさい」
乱暴に、吐き捨てた。
「ホント、勿体ない。せっかくのイケメンなのに」
どこか、苦しげな顔を、ククリが覗かせていた。
「……私は」
か細く声で、リキに聞き取れない。
「えっ、何で言ったの?」
「……女だ」
「はっ」
どこか開き直ったククリ。
「だから、私は女だ。イケメンって言われても、嬉しくない」
ローブをかぶっているククリを、ガン見している。
周囲にいる者たちも、信じられないと言う声が、飛び交っていた。
先ほど見た姿が、どう見ても沖田同様のイケメン振りに、ククリから言われた言葉が信じられない。
「……嘘だろう」
「私は正真正銘、女だ」
「……勿体ない」
「まだ言うか」
僅かに声を荒げた。
「……」
「それより、何でローブをはぎ取った」
無断でローブをはぎ取られ、腹の虫を収まらないククリ。
隠していた顔を晒させ、怒り心頭だった。
「ソージが確かめろって、自分で」
「……」
ピクピクと、口元が引きつっている。
「ごめん。ククリ」
ばつが悪そうな顔を滲ませていた。
ククリの身体が、小刻みに震えている。
「な、ククリ?」
気遣う眼差しを注いでいた。
咄嗟に顔を上げ、叫び声を上げる。
「ソウのバカ!」
周囲から、さらに注目を浴びることになった。
肩で息しているククリに、残念な視線を傾けている。
「きっと、ソージにいろいろと、遊ばれたんだろうな」
ジト目で、ククリが睨んでいる。
(だって、俺だってからかったら面白って思うんだから)
読んでいただき、ありがとうございます。




