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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第4章 散華 前編
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第87話  疑心暗鬼

 単独で、尾形が街の中を見回りしている。

 藤川、千葉、水沢の三人は、別な場所を見回りしていた。

 賑やかな通りを歩き、人々の動向を窺っている。

 常に、山南と行動を共にすることが多いが、山南が一人で行動する際は、必然的に、尾形が単独で、行動する日もあった。

 そして、今日はその日だった。


 活気溢れ、通りに並ぶ店では、品物が流通している。

 とても地方が、危機的状況にあるとは思えない。

 この人々の中に、地方の状況を知っている者が、含まれているのだろうか。

 ある程度、把握していたとしても、口にしないだろう。

 地方のことは、見て見ぬ振りするのが、都に住む人たちの常識だった。


 深泉組の白い制服を、目にする人々。

 誰もが、怪訝そうに、見据えている。

 いつも以上の視線に、微かだが、居た堪れなさを憶えていた。

 けれど、表情に出ることがない。

 平静な顔で、黙々と、仕事をこなしていたのだった。


 不意に、騒がしい店の脇で、三人の男が喋っている光景に釘付けになる。

 街の喧騒とは違い、周囲を窺いながら、男三人が固まっていたのだ。

 そして、その三人とも、顔を見知っていた。

 斉藤と、銃器組の人間と、近衛軍の人間だった。

 人目を気にするようで、誰も私服を身に纏って、街に溶け込んでいる。

「……」


 双眸を鋭くし、眺めている。

 深刻そうに、話し込んでいたのだ。


 すると、向こうで話していた三人も、尾形の存在に気づいた。

 二、三言葉を交わした後、あっという間に、三人が離れ、斉藤以外の二人が、雑踏の中に消えていったのだった。


 胡乱げな眼差しを傾け、尾形が歩き出す。

 それに対し、斉藤の表情は、いつもと変わらない。

 行き交う人を掻き分け、近づいていく。

 通り過ぎるたびに、何だと訝しげられるが、無視していた。


 無表情でいる斉藤の目の前で、立ち止まる。

「斉藤伍長」

「何だ」

「休日だったんですか?」

「ああ」

 まっすぐに視線が、斉藤に注がれたままだ。


「先ほどいた方は、銃器組と、近衛軍の人間ですよね?」

「そうだ」

 簡潔な返答しか、返ってこない。

 内心では、イラついている尾形。

 目の前にいる人が、眉も動かさないからだ。


(何を考えてる? 斉藤伍長は)


「何を、なされていたんですか?」

「ただ、喋っていただけだ」

 疑いの眼光を注がれても、表情の色を変えない。

 ただ、淡々としていた。


(この人はわかっているのか? この状況を)


「……喋っていた? 情報交換ですか」

「ただ、単に雑談だ」

 そうだと答えれば、まだ可愛げがあると巡らせる尾形だった。

「雑談? 雑談しては、深刻だったような」


 顔色を変えない斉藤。

 探るように、尾形が窺っている。

 待機部屋いる時と、変わらない。

 異様な雰囲気を、醸し出す二人。


 徐々に、周囲を歩いていた人たちが、気づき始めていた。

 誰もが、好奇の眼差しを巡らせていたのだ。

 そうした視線よりも、尾形は斉藤に対し、追及する手を休めない。

 何を話していたのか、気になるからだった。

 そして、銃器組の人間や近衛軍の人間とのかかわりもだ。


「普通の雑談だ」

 チラリと、二人が消えていった方向へ、視線を傾ける。

 普通の雑談に、全然、見られなかった。

 もう一度、無表情の斉藤を、双眸に移した。


「……どういった、ご関係で?」

「ただの知り合いだ」

「知り合いとは?」

「知り合いとは、知り合いだ。他に、言いようがない」

「……」


 周囲にいる者たちが、興味本位に傍観している。

 誰もが、二人に視線を巡らせていたのだった。

 目立つのは、よくないと抱く斉藤。

 だが、尾形はいっこうに終わらせる気がない。

 僅かに、斉藤が息を吐いた。


「……それより、見回りをしているのだろう」

「はい」

「だったら、仕事をしたら、どうだ?」

「これも、仕事だと思うのですが?」

 疑いの眼差しをやめない。


 頑なな態度に、斉藤の眼光が光った。

「何を勘違いしているのか知らないが、余計な勘ぐりだ」

「本当に?」

「ああ。私も忙しい。では」


 不満そうな尾形を残し、そそくさと、二人が消えた雑踏とは別な方向へ、消えていく。

 斉藤の後ろ姿を、半眼している尾形だった。

 追うこともできた。

 けれど、実力的にも上にいる斉藤に、撒かれるのは理解していたので、あえて追う真似をしない。


 緊張していた尾形が、軽く息を吐いた。

 肩透かしを食らったような周囲が、徐々に減っていく。

 深泉組が、何かやらかした者を、捕まえようとしているのかと、街の人たちが眺めていた。

 私服を纏っていたので、斉藤が深泉組の人間だと見られていなかったのだ。


 立ち尽くしている尾形。

 誰も、関心の目がなくなっている。

 見えなくなるまで、見送ってから、伍長である山南に連絡した。

 通りを見回りしながらも、待ち合わせ場所に、急ぎ足で向かっていたのである。




 待ち合わせ場所に、辿り着いたが、山南の姿が、まだない。

 姿を捜していると、少し遅れて、山南が現れる。

 このところ、山南は別行動する時間が多くなっていた。

 斉藤とは違い、数時間だけだったが。


「どうした?」

 珍しい緊急連絡に、胡乱げな山南。

 めったなことがない限り、尾形の裁量に任せていた。

 それにもかかわらず、至急会いたいと言う尾形に、困惑していたのである。


「申し訳ありません。至急知らせたい旨がありましたので」

 先ほどの斉藤たちの件を、備に尾形が語った。

 耳にしていくに連れ、山南の顔色が険しくなっていった。

「……どういう組み合わせだ」

 目を細め、考え込む山南。

 けれど、結論に至らない。


 伏せていた顔を上げ、真摯な顔を覗かせている尾形に、視線を傾けている。

「間違いなく、銃器組と、近衛軍の者だったのだな」

 近衛軍と言う響きに、尾形に気づかれないように、不快感を憶えていた。

 特殊組にいた際に、何度かかかわり、衝突していた相手でもあるからだ。


「はい、間違いありません。銃器組の者に関しては、警邏軍でも、顔を合わせたことがあります。近衛軍の者に関しても、何度か見かけたことがあります」

「そうか……」

 眉間にしわを寄せ、逡巡している。


(確か、斉藤も、都出身だな。都で、一緒に学んだものたちか?)


 山南の知り合いにも、近衛軍にいった者や、外事軍にいった者がいたのである。

 だから、知り合いがいたとしても、おかしくはない。

 ただ、人目を避け、喋っていたと言うことが気になっていた。


「歳格好は、斉藤と同じぐらいか?」

「たぶん、そうだと思います。誤差があっても、五歳前後かと」

「五歳前後か……」

 また、思考の渦へと、入り込んでいく。


 単独行動が多い斉藤。

 警邏軍や、深泉組の情報を流したりしている間者ではないかと、常々、山南は疑っていたのである。

 上司である近藤にも、何度も進言し、対策を講じるべきだと熱弁してきた。

 けれど、そうした山南の進言を、悉く潰されていたのだった。


 悔しげに、唇を噛み締める。

 そうした仕草を、尾形が見逃さない。


「もう少し、粘るべきでした」

 苦しげな顔を、覗かせている。

 僅かに、強張っていた肩を緩める山南だった。

「気にするな」

「ですが……、私が、もっと突っ込んでいれば」

 伏せていた顔を上げ、苦笑している山南を捉えていた。


「話していたと言う情報だけでも、貴重だ。斉藤がダメなら、その者たちを警戒すれば、いいだけだからな。だから、悔やむことはない」

「はい……」

 けれど、どこか納得できない。

 落ち込んでいる肩を、ぽんと叩く。


(斉藤は、何をやっているんだ?)


 謎が多い斉藤の姿を頭に掠め、同じように、謎が多い沖田のことも、巡らせていたのだった。

 二人の表情は、対照的だが、掴みどころがない。

 何を考えているのかわからないと言う点では、似たもの同士のような気がしていた。


(斉藤だけでも厄介なのに、沖田まで入ってきて……)


「ところで、見回りで、他に、変わったところはないか?」

「ありません。それと、藤川から定時連絡があり、向こうも、いつもと変わらないと、ありました」

「そうか」

 僅かに、山南が顔を和ます。

 平穏な街の様子に、安堵した。


 つい先日まで、行方不明者が続出したり、薬が蔓延したりし、不穏な空気が、街の中に流れ、ギスギスした状態が続いていたのだった。

 段々と、落ち着きを取り戻しつつあると、巡らせていたのである。


「いつも、何もないと、いいのだがな?」

「そうですね」

「とりあえず、見回りを続けてくれ」

「承知しました」

 頭を下げ、残りの見回りにいく尾形だ。

 後ろ姿が小さくなっていくのを眺めながら、大きな嘆息を漏らしたのだった。


読んでいただき、ありがとうございます。

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