第87話 疑心暗鬼
単独で、尾形が街の中を見回りしている。
藤川、千葉、水沢の三人は、別な場所を見回りしていた。
賑やかな通りを歩き、人々の動向を窺っている。
常に、山南と行動を共にすることが多いが、山南が一人で行動する際は、必然的に、尾形が単独で、行動する日もあった。
そして、今日はその日だった。
活気溢れ、通りに並ぶ店では、品物が流通している。
とても地方が、危機的状況にあるとは思えない。
この人々の中に、地方の状況を知っている者が、含まれているのだろうか。
ある程度、把握していたとしても、口にしないだろう。
地方のことは、見て見ぬ振りするのが、都に住む人たちの常識だった。
深泉組の白い制服を、目にする人々。
誰もが、怪訝そうに、見据えている。
いつも以上の視線に、微かだが、居た堪れなさを憶えていた。
けれど、表情に出ることがない。
平静な顔で、黙々と、仕事をこなしていたのだった。
不意に、騒がしい店の脇で、三人の男が喋っている光景に釘付けになる。
街の喧騒とは違い、周囲を窺いながら、男三人が固まっていたのだ。
そして、その三人とも、顔を見知っていた。
斉藤と、銃器組の人間と、近衛軍の人間だった。
人目を気にするようで、誰も私服を身に纏って、街に溶け込んでいる。
「……」
双眸を鋭くし、眺めている。
深刻そうに、話し込んでいたのだ。
すると、向こうで話していた三人も、尾形の存在に気づいた。
二、三言葉を交わした後、あっという間に、三人が離れ、斉藤以外の二人が、雑踏の中に消えていったのだった。
胡乱げな眼差しを傾け、尾形が歩き出す。
それに対し、斉藤の表情は、いつもと変わらない。
行き交う人を掻き分け、近づいていく。
通り過ぎるたびに、何だと訝しげられるが、無視していた。
無表情でいる斉藤の目の前で、立ち止まる。
「斉藤伍長」
「何だ」
「休日だったんですか?」
「ああ」
まっすぐに視線が、斉藤に注がれたままだ。
「先ほどいた方は、銃器組と、近衛軍の人間ですよね?」
「そうだ」
簡潔な返答しか、返ってこない。
内心では、イラついている尾形。
目の前にいる人が、眉も動かさないからだ。
(何を考えてる? 斉藤伍長は)
「何を、なされていたんですか?」
「ただ、喋っていただけだ」
疑いの眼光を注がれても、表情の色を変えない。
ただ、淡々としていた。
(この人はわかっているのか? この状況を)
「……喋っていた? 情報交換ですか」
「ただ、単に雑談だ」
そうだと答えれば、まだ可愛げがあると巡らせる尾形だった。
「雑談? 雑談しては、深刻だったような」
顔色を変えない斉藤。
探るように、尾形が窺っている。
待機部屋いる時と、変わらない。
異様な雰囲気を、醸し出す二人。
徐々に、周囲を歩いていた人たちが、気づき始めていた。
誰もが、好奇の眼差しを巡らせていたのだ。
そうした視線よりも、尾形は斉藤に対し、追及する手を休めない。
何を話していたのか、気になるからだった。
そして、銃器組の人間や近衛軍の人間とのかかわりもだ。
「普通の雑談だ」
チラリと、二人が消えていった方向へ、視線を傾ける。
普通の雑談に、全然、見られなかった。
もう一度、無表情の斉藤を、双眸に移した。
「……どういった、ご関係で?」
「ただの知り合いだ」
「知り合いとは?」
「知り合いとは、知り合いだ。他に、言いようがない」
「……」
周囲にいる者たちが、興味本位に傍観している。
誰もが、二人に視線を巡らせていたのだった。
目立つのは、よくないと抱く斉藤。
だが、尾形はいっこうに終わらせる気がない。
僅かに、斉藤が息を吐いた。
「……それより、見回りをしているのだろう」
「はい」
「だったら、仕事をしたら、どうだ?」
「これも、仕事だと思うのですが?」
疑いの眼差しをやめない。
頑なな態度に、斉藤の眼光が光った。
「何を勘違いしているのか知らないが、余計な勘ぐりだ」
「本当に?」
「ああ。私も忙しい。では」
不満そうな尾形を残し、そそくさと、二人が消えた雑踏とは別な方向へ、消えていく。
斉藤の後ろ姿を、半眼している尾形だった。
追うこともできた。
けれど、実力的にも上にいる斉藤に、撒かれるのは理解していたので、あえて追う真似をしない。
緊張していた尾形が、軽く息を吐いた。
肩透かしを食らったような周囲が、徐々に減っていく。
深泉組が、何かやらかした者を、捕まえようとしているのかと、街の人たちが眺めていた。
私服を纏っていたので、斉藤が深泉組の人間だと見られていなかったのだ。
立ち尽くしている尾形。
誰も、関心の目がなくなっている。
見えなくなるまで、見送ってから、伍長である山南に連絡した。
通りを見回りしながらも、待ち合わせ場所に、急ぎ足で向かっていたのである。
待ち合わせ場所に、辿り着いたが、山南の姿が、まだない。
姿を捜していると、少し遅れて、山南が現れる。
このところ、山南は別行動する時間が多くなっていた。
斉藤とは違い、数時間だけだったが。
「どうした?」
珍しい緊急連絡に、胡乱げな山南。
めったなことがない限り、尾形の裁量に任せていた。
それにもかかわらず、至急会いたいと言う尾形に、困惑していたのである。
「申し訳ありません。至急知らせたい旨がありましたので」
先ほどの斉藤たちの件を、備に尾形が語った。
耳にしていくに連れ、山南の顔色が険しくなっていった。
「……どういう組み合わせだ」
目を細め、考え込む山南。
けれど、結論に至らない。
伏せていた顔を上げ、真摯な顔を覗かせている尾形に、視線を傾けている。
「間違いなく、銃器組と、近衛軍の者だったのだな」
近衛軍と言う響きに、尾形に気づかれないように、不快感を憶えていた。
特殊組にいた際に、何度かかかわり、衝突していた相手でもあるからだ。
「はい、間違いありません。銃器組の者に関しては、警邏軍でも、顔を合わせたことがあります。近衛軍の者に関しても、何度か見かけたことがあります」
「そうか……」
眉間にしわを寄せ、逡巡している。
(確か、斉藤も、都出身だな。都で、一緒に学んだものたちか?)
山南の知り合いにも、近衛軍にいった者や、外事軍にいった者がいたのである。
だから、知り合いがいたとしても、おかしくはない。
ただ、人目を避け、喋っていたと言うことが気になっていた。
「歳格好は、斉藤と同じぐらいか?」
「たぶん、そうだと思います。誤差があっても、五歳前後かと」
「五歳前後か……」
また、思考の渦へと、入り込んでいく。
単独行動が多い斉藤。
警邏軍や、深泉組の情報を流したりしている間者ではないかと、常々、山南は疑っていたのである。
上司である近藤にも、何度も進言し、対策を講じるべきだと熱弁してきた。
けれど、そうした山南の進言を、悉く潰されていたのだった。
悔しげに、唇を噛み締める。
そうした仕草を、尾形が見逃さない。
「もう少し、粘るべきでした」
苦しげな顔を、覗かせている。
僅かに、強張っていた肩を緩める山南だった。
「気にするな」
「ですが……、私が、もっと突っ込んでいれば」
伏せていた顔を上げ、苦笑している山南を捉えていた。
「話していたと言う情報だけでも、貴重だ。斉藤がダメなら、その者たちを警戒すれば、いいだけだからな。だから、悔やむことはない」
「はい……」
けれど、どこか納得できない。
落ち込んでいる肩を、ぽんと叩く。
(斉藤は、何をやっているんだ?)
謎が多い斉藤の姿を頭に掠め、同じように、謎が多い沖田のことも、巡らせていたのだった。
二人の表情は、対照的だが、掴みどころがない。
何を考えているのかわからないと言う点では、似たもの同士のような気がしていた。
(斉藤だけでも厄介なのに、沖田まで入ってきて……)
「ところで、見回りで、他に、変わったところはないか?」
「ありません。それと、藤川から定時連絡があり、向こうも、いつもと変わらないと、ありました」
「そうか」
僅かに、山南が顔を和ます。
平穏な街の様子に、安堵した。
つい先日まで、行方不明者が続出したり、薬が蔓延したりし、不穏な空気が、街の中に流れ、ギスギスした状態が続いていたのだった。
段々と、落ち着きを取り戻しつつあると、巡らせていたのである。
「いつも、何もないと、いいのだがな?」
「そうですね」
「とりあえず、見回りを続けてくれ」
「承知しました」
頭を下げ、残りの見回りにいく尾形だ。
後ろ姿が小さくなっていくのを眺めながら、大きな嘆息を漏らしたのだった。
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