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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第4章 散華 前編
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第85話  ブーム

 坂本の話が気になっていた土方が、独自で調べようとし、数日後に馴染みの遊女である花穂の元に訪れていた。

 勿論、現段階で、近藤に報告をしていない。

 もう少し、詳細を詰めてから、報告しようとしていたのである。

 別なお座敷に、花穂が出ていたので、一人で酒を飲んで過ごしていた。




 花穂の艶やかなストレートな黒髪が、ウキウキした気分と連動し、軽快に踊っている。

 土方が来たと言う知らせを受け、土方が待つ部屋に向かって歩いていたのだ。

 すると、正面から、後輩の小梅を連れた芹沢の姿を、視界に捉える。


(芹沢様……)


 段々と、大きくなってくる芹沢に、にこやかな視線を注いでいる。

「お久しぶりです、芹沢様」

「花穂か。久しぶりだな」

 飄々とする顔を、芹沢も崩すことがない。


 目の前に立っている男は、眉を潜めることをしたのだった。

 花穂にとっては、同期で、仲良くしていた小紫を、あっさり捨てたのだ。

 そして、次に添えたのが、可愛がっていた後輩の小梅で、花穂としては微妙な感情が存在していたのである。


「花穂姉さん」

 芹沢の隣にいる小梅が、花が咲いたような笑顔を覗かせている。

 連日、芹沢が小梅の元に訪れているので、嬉しいのだろうと抱きつつも、頭の中で掠めているのは、寝たっきりで、徐々に弱っていく小紫の存在だった。

 楽しそうな小梅の前で、慕う旦那をなじることができない。


 身体を壊し、小紫は寝たっきりだった。

 そういった状況になった遊女を、可愛がる旦那がいない。

 理解しつつも、幼い時より、一緒に頑張ってきた仲間を、あっさり捨てた芹沢を許せない気持ちが、僅かに燻っていたのだ。


 口角を上げ、営業スマイルを添える。

 きっぷの良さと、人を魅了する笑みで、花穂は客の評判が高く、人気が高かった。

 花穂の客になりたいと、多くの男たちが願っていたのである。


「そう言えば、小梅に、見せていただきました。沖田様と、写っている三人の写真を」

 微かに、芹沢の眉が動いていた。

 それに対し、花穂が不敵な笑みを漏らしている。


 以前、嬉しそうに小梅が、三人で撮った写真を、遊女の仲間たちに見せていたのだ。

 小梅を挟んで、両脇に怪訝そうな芹沢と、ニコニコ顔の沖田が写っていたのである。


「……そうか」

 全然、芹沢の雲行きに気づかず、嬉しそうにしている小梅。

 今も、懐に三人で撮った写真が、仕舞ってあるほどだ。

 背後にいる部下たちも、微妙な顔つきを滲ませている。

 徐々に、噂が広まり始めていたのだ。

 沖田に関する噂が。


「今度、私も、混ぜてくださる?」

 最高の笑顔を、付け加えるのを忘れない。

 表情を曇らせ、黙ったままの芹沢。

 大好きな花穂と一緒に撮れると、ホクホク顔の小梅である。

「勿論です。ねぇ、旦那様」

 若干、頬が引きつっている芹沢の顔を、屈託のない表情で見上げていた。


「……そうだな」

「楽しみにしています」

 含み笑いを滲ませながら、頭を下げ、客である芹沢たちに、道を譲った。

 芹沢たちの背中が、見えなくなってから、足を動かす。


 歩くたびに、白い生足が覗いていた。

 そして、土方が待つ部屋に訪れたのだった。


 広い部屋で、土方が酒を飲みながら、用意されていた料理を口にしていた。

 ムスッとした表情で、美味しいのか、不味いのかわからない。

 けれど、用意されている料理は、ほぼ完食に近い状態だった。

 やや呆れ顔を、花穂が覗かせている。


(美味しいのなら、美味しそうな顔すればいいものを)


「誰か、呼べばよかったのに」

「いい」

 鷹揚な姿に、クスッと笑みが零れていた。

 躊躇なく、土方の隣に腰掛ける。

 いつもの定位置だ。


 イケメンな土方は、花街の中でも、人気も高く、妓女や遊女たちの間では、席に呼ばれたいと言う声が、多く上がっていたのである。その反面、一部では無愛想や、怖いと言う声も、ちらほらと聞こえていたのだった。

 一人で訪れた際は、花穂以外の遊女を、呼ぶことがない。


「調べてほしいことがある」

 咎めるような眼差しを、花穂が注いでいる。

「風情がないわね。もう少しゆっくりしてから、話せばいいものを」

「……」

 むっつりした顔で、黙り込む土方。

 首を竦め、そんな姿に、双眸を傾けていた。


(頭の中は、仕事のことしかないんだから)


 嘆息を漏らし、無表情でいる土方を窺っている。

 遊女である花穂は、呼ばれた座敷の客の情報を、別な客に教えてはならないと言う彼女たちの掟があったのである。

 だが、土方の情報屋の一人として、一部の客たちの情報を漏らしていたのだった。


「で、何を調べればいいのかしら?」

「……外事に所属している者たちが、密かに、この辺一体で遊んでいる。彼らの動向を知りたい」

 僅かに、目を丸くし、真剣な眼差しで、土方を見入っていた。


 外事軍の関係者が遊んでいても、無視するのが慣例となっていたのだ。

 そうしたことも、花街で生きる彼女たちも、しっかりと根付いていたのである。

 意外な仕事の内容だった。


 動揺は僅かで、気持ちは瞬時に切り替わっている。

「……外事軍の関係者は、頻繁に訪れているけど?」

 今、知っていることを吐露した。

「頻繁? 以前よりもか?」

「数年前と比べると、この二、三年は、増えているわよ」

 話を聞き、眉間にしわを寄せ、土方が逡巡している。


(増えてきているのか……。外事軍のやつら……)


 苦虫を潰したような顔を、段々と、土方が覗かせていた。

 完全に、花穂自身も、土方の情報屋の表情に、変貌していたのである。


「実際、この前のお座敷が、外事軍関係者だったもの」

 目を開き、花穂を凝視していた。

 今まさに、近くに外事軍の関係者がいるとは、思ってもみない。


(また、あるのか……)


 胸糞悪いことが起こる可能性に、鬼のような形相になっている。

 普通な人だったら、戦慄を憶えるほどだ。

 けれど、花穂が怯むことがない。

 よからぬことが起こると案じ、心を痛めているのだろうと感じ取っていた。


「えぇ。身分は隠していたけど、外事軍にいる人よ。知っている人がいたから」

 土方の席に、来る前のお座敷は、外事関係者が募っている座敷だった。

 規模としては、さほど大きくないものだ。

 五人の客が、訪れていたのである。

 八人もの妓女や、遊女が呼ばれていた。

 その中に、暇を持て余していた花穂が、手伝いとして入っていたのだった。


「知っていると言うのは、幹部か?」

「いいえ。地方にいて、時々、いらっしゃるの」

「地方の人間か……」

 どこか思案顔だ。


(近くに、半妖が来ている可能性が高いかもな……)


 眼光を鋭く、睨んでいる土方。

「幹部がいるか、どうか、わかるか?」

 先ほどまでのお座敷を思い返している。

 都にいる幹部関係者がいたか、どうか、わからないので、花穂が首を振った。

「……わからない。ごめんなさい」

 しゅんと、肩を落とした。


「何か、気になることはないか?」

 取り繕っているが、土方の落ち着きが失われつつあるのを把握していた。


(外事で、何かあったのかしら? ……)


 意気込む土方。

 僅かに、狼狽している花穂に気づかない。

 それほどに、僅かな外事軍の情報でも、飢えていたのだ。

 彼女から漏れ聞く話を、待っていたのである。

「……そうね」


 考え込み、外事関係者のお座敷に出ていたことを、思い返してみた。

 固唾を飲み込んで、期待を込めた眼差しを巡らせている。

「……羽振りがよくなっているかしら」


 外事関係者の多くは、地方に赴任している役人と身分と偽って、都で遊んでいたのである。

 ただ、稀に外事軍だと、打ち明ける人もいたのだった。

 その中で、地方は荒れているとか、遊びが少ないとか、話を耳にしていた。


「金を持っているのか」

「地方から出てきて、一回こちらに訪れたら、また次ぎ来る時は、数月や一年って言う時もあったのに、また、次の日にも、来る客が多くなっている。地方から出てくる日も、短くなっている気がするけど。それに、身につけている者も、以前に比べると、高価なものよ」

「……」


(近辺を探らせるか。だが、巧妙に、隠しているはずだ)


「私たちにも、お金をばら撒いているし」

「金をか」

 眉を潜めている。

「えぇ。だから、随分と、金回りがよくなっているなって。地方が荒れていると、聞くから、お金でも奮発しているのかしらって、思っていたの」

「……」


 なくはない話だと思いつつも、以前だったら、そうだろうなと鵜呑みにし、気にも留めていなかったはずだった。

 だが、坂本から、あの話を聞いていては、捨て置けない情報となっていた。

 まっすぐに、花穂の顔を、窺っている。


「……半妖のことは、何か言っているか?」

 半妖と言う響きに、微かに顔を顰めている。


 まさか、土方の口から、半妖と聞くとは思ってもみない。

 都近くの地方から、幼い頃に、花穂は売られてきたのだった。

 都の住人ほど、半妖に対し、嫌悪感がなかった。


「……何も。だって、ここは都だから、あの人たちだって、触れないわよ」

「そうか……」

 落胆の色を、土方が滲ませていた。

「でも、少しだけど、増えているって、聞いているけど?」

「それだけか?」

 微かに、前のめりになってしまう。


「何も言っていないけど、上の方を嘲笑している感じがあった。これは私の主観だけど」

「それでもいい」

「妖魔との戦いは、相当激闘しているみたい」

「そのようだな」


 不意に、花穂の脳裏に、激闘しているにもかかわらず、外事軍が都に遊びに来ること自体、おかしいことではないのかと掠めていた。

 思わず、その違和感に気づき、身震いしている。


(どうなっているんだろう……)


「都は、大丈夫なの?」

 不安そうな眼差しを、傾けている花穂。


(大丈夫か……。どうなのだろうな)


 目を細め、遠くを土方が見つめている。

「座敷にいるのは、全員、外事関係者か?」

「……全員が、関係者ではない気がする。たぶんだけど、商人らしき人が、混じっているように感じるけど」

「商人らしき?」


(半妖を売る、商人かもしれないな……)


「ああいう人たちは、身分を明かさないから。ただ、商人らしき人が、混じっている気がするの。外事の人たちは、独特のオーラがあるから。だから、数人は違う人かなって言う人たちが、混じっている感じかな」

「そうか……。どういった人物がいるのか、顔とか、わかればいいんだが」


(外事に、詳しい訳ではないからな)


「だったら、写真は、どうかしら?」

「写真。そんなものがあるのか?」

 喉から手が出るほど、ほしいものだった。

「最近、ブームとなっているの」

 不敵な笑みを漏らしている。


「ブーム?」

 眉間にしわを寄せ、僅かに首を傾げていた。


「知らないの? 芹沢様と、うちの小梅と、深泉組の話題の新人沖田様が、三人で写真を撮ったことで、この界隈で、写真を撮ることが、ブームとなっているのよ」

「……」

 意外な三人で、唖然としている土方。

 そして、その内容が、頭の中へ浸透していくと、徐々にこめかみ辺りが、ピクッ、ピクッと動いていた。


(……何をやっているんだ! ソージのやつは)


「せっかくだから、一緒に撮る?」

「断る」

 容赦なく、断った。

「つれない」

 口を尖らせ、可愛らしく拗ねてみせた。


「そのブームで、彼らの写真が、手に入るのか?」

「やってみないと、わからないけど」

「それに、撮っている子も、いるかもしれないから、聞いてみるわね」

「頼む。でも、無理するな」

「わかっています」

 立ち上がる花穂を、見上げる。


「早速、お座敷に戻るわね」

「いいのか」

「お客様が機嫌を悪くして、戻ってきたと言って、また混ぜて貰うわ」

「そうか」

「だから、思いっきり、顔を顰めていてね」

「……」


 クスクスと笑っている花穂が、部屋から出て行ってしまった。

 眉間にしわを寄せ、不愉快そうな顔を覗かせていたのである。



読んでいただき、ありがとうございます。

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