第84話 竜さんとトシさん3
馴染みの酒場『菊路』に、土方が足を運んだ。
いつものように、店が賑わっている。
騒々しいほどだった。
そんな店内を掻き分け、空いている席に腰掛けた。
誰一人として、土方を気にする者がいない。
各々のグループで、楽しんでいたのだ。
目当ての人がいず、一人で飲んでいると、坂本がひょっこりと顔をみせる。
「やぁ、トシさん」
「ああ。忙しそうだな」
「そうだね。忙しくって、目が回りそうだよ」
おどけて見せつつ、むっつりしている土方の正面に、無造作に座る。
土方のところに辿り着くまで、酒場にいる馴染みの客たちにも、気軽に声を掛けていたのだった。
店員に注文し、酒やつまみが来るまで、他愛もない会話をして、二人は過ごしていた。
酒を呑み、喉を潤す坂本。
坂本の顔が、やややつれ気味に窺えた。
何度か、土方は『菊路』に訪れ、一人で酒を飲んでいたのである。
その間、坂本は一度も、顔をみせることがない。
「ひと段落したのか?」
相手を気遣う声音だ。
「ああ。メドがついたかな」
坂本の口角が、上げていた。
(メドが立ったから、逃げ出してきたのか)
「トシさんの方は?」
「目まぐるしいほどではないが、それなりに忙しかった」
これまでのことを振り返り、微かに遠い目をしている。
様々な出来事が起こっていたのだ。
そんな姿に、何かあったことを巡らせる坂本だった。
謹慎処分を受けつつも、芹沢たちが暴れていたのは、仕事をしていた坂本の耳に入っていたのである。それに、土方の性格鑑みれば、おとなしく部屋で、籠もっていないだろうと抱いた。
真面目に仕事をこなしながら、深泉組や警邏軍、他の軍のことも調べさせ、ある程度の動きを、坂本なりに把握していたのだった。
「仕事を、買って出ていたのか」
「そんなところだ」
ブスッとした顔を覗かせていた。
「性分だね」
クックックッと、坂本が笑っている。
眉間にしわを寄せている土方だ。
「悪いか」
「さすが、トシさんと思って」
ニカッと、口角を思いっきり上げている。
それに対し、胡乱げな眼差しを傾けていた。
「……バカにしているんだろう」
「してないよ。他の連中が、ダメダメだからね」
意味ありげな視線を投げている。
痛いところを突かれ、土方が何も言い返せない。
勤皇一派の高杉によって、警邏軍が掻き回されたばかりだった。
知らない訳がなかったのである。
否定せず、坂本を窺ってから、嘆息を吐いた。
「……その後、どうしている?」
「暴れ過ぎて、寝込んでいる」
ありのままの状況を、隠そうともせず、坂本が語った。
勤皇一派は、大量に仲間を失ったにもかかわらず、深泉組では死者を出さず、深手を負った隊員を出した程度だった。
高杉の思惑では、深泉組の戦力を半分まで減らそうと、目論んでいたのである。それが叶わず、レンガ屋敷に戻った高杉は大暴れし、弱い身体を、さらに壊したのだけだ。
「そうか」
グビッと、土方が酒を飲み干した。
窺うような視線を、坂本が覗かせている。
「……ところで、そっちの上の者や、バラ園の関係者が、襲撃されていることを把握しているか」
先日、起こった銃器組が捜査している、廃れた場所で見つかった、複数の遺体のことを指し示していた。
(さすが竜さんだな)
都であらゆる事件が起こっても、仕事しながらも、坂本の耳に入るように、個人的に雇っている情報屋を、常に動かしていたのだった。
情報こそが、生命線だと、坂本は考えていたのである。
「……勿論」
何を聞いているのか、瞬時に土方が理解した。
人気のない廃墟となった場所で、徳川宗家の家臣や、天帝家の家臣の者が、襲撃され、未だに犯人につながる証拠も掴めず、捜査が難航していた。
決して、深泉組に、情報が降りてこない。
独自に、近藤や土方が集めていたのである。
「それに……」
周囲の様子を確かめ、一段と声を潜める。
誰も、二人の話を聞いている者がおらず、大音量で周囲にいる客たちは喋っていたのだった。
「半妖が襲撃されるケースも、このところ、頻繁じゃないか」
「……そうだな」
思いっきり、表情を曇らせた。
地方にいたので、山南に比べ、土方にとって半妖の存在は寛容だ。
都の住人にとって、多くの人たちが半妖に関して、嫌悪する存在であり、取締りの対象となるのは当たり前のことだった。
けれど、地方で、妖魔が蔓延っている以上、それを鎮圧しない限り、半妖の数は増えるだろうと冷静に分析し、もう少し寛大になるべきだと巡らせていたのである。
「随分と、入ってきているなと思って、密かに調べさせた」
行動力の速さに、舌を巻いた。
何かあると抱きながらも、連日のごたごたで、行動に移せなかったからだ。
土方が動かせる駒が少なかった。
それに、目立つ行動も取れなかったのが、原因の一つだった。
すぐさま、行動に移せる坂本を、羨望の眼差しを注いでいた。
黙っていると、坂本の口が開く。
だが、どこか重苦しい表情を滲ませていた。
「……狩りをしているようだ」
「狩り……」
愕然とし、そして、反吐が出そうになる。
怒声を上げるのを、必死に堪えていた。
眉間にしわを寄せ、ギュッと拳を握っていたのだ。
俺も、同じ気持ちだと言う顔を、坂本が滲ませている。
息を吐き、暴れていた気持ちを、辛うじて落ち着かせた。
以前、一部の身分が高い者たちの中で、そうした行為をしている者がいると、噂で耳にしたことがあったのである。
その際は、眉唾物と抱いていた。
まさか、現実にしている者がいるとは思ってもみない。
「獲物は半妖で、狩りをするのは……」
「……上の者か」
コクリと、坂本が頷く。
「胸糞悪い、話だろう」
「ああ」
「俺も、聞いた時は、吐き気を催しそうになった」
聞いた時を思い返し、坂本が眉を潜めている。
実際、怒りを露わにし、机を叩きつけていたのだった。
「もしかして?」
伏せていた顔を上げ、忌々しげな表情をしている坂本を捉えている。
「たぶん。人気がないところで、上の連中が狩りをしていたんだろうな。そして、何者かたちによって、襲撃された」
「誰が、成敗しているのか……」
眉間にしわを寄せ、土方が逡巡していた。
「それが、わからん」
不愉快そうな坂本の口から、漏れていた。
調べても、皆目検討がつかず、不気味だった。
チラッと、顰めっ面している土方を窺う。
「半妖も、襲撃されている」
「証拠となり得る半妖を消すとは、下劣だ」
眉を潜め、土方の眼光が鋭くなっていた。
「俺も、そう思う」
「逃げた半妖は、どうなっている……」
思わず、土方が呟いた。
半妖が捕まったと言う話を、耳にしていない。
(まだ、都のどこかに、逃げているのか?)
かつて山南が所属していた特殊組が、手を抜いているとは思えない。
特殊組に所属している者の多くが、半妖に対し、嫌悪感を抱いていたからだ。
「取締りの方は、どうなっているんだ?」
窺うような視線を、坂本が投げかけていた。
「どうも、後手後手に回っているようだ」
正確な情報を、手にしている訳ではないが、知っている情報を坂本に開示した。
特殊組が、見世物小屋に踏み込もうとすると、すでにもぬけの殻だったことが、何度かあったと言う話を吐露したのである。
「情報が漏れていたんじゃ……」
徐々に、険しくなっていく土方。
上層部がかかわっていれば、あり得る話だった。
(上層部に、狩りをする者が、いる可能性もあるな。もしくは関係者か……)
知っている上層部の顔を、脳裏に上げていく。
だが、まさかと思う人たちばかりだ。
軽く頭を振り、土方が頭から消し去った。
「それと、簡単に、半妖が入り込んでいるように、思えないか?」
このところの襲撃されている話を踏まえると、坂本が言う通り、半妖が都に容易に入り込んでいる節が、見え始めていたのである。
わからないことだらけに、顰めっ面になっている土方。
その表情に、周囲で酒を飲んでいた男たちは、あっという間に怯えた顔を覗かせた。
そして、距離を開けようと、僅かに離れていった。
そうした状況を理解しつつも、感情を抑えることができない。
「……考えられるのは、外事か。でも、そこまで腐っているのか」
苦しげな声を、土方が漏らした。
「調べたら、密かに都に入り込んで、身分を偽って、騒いでいるらしい」
外事軍は、都の外で溢れている妖魔と、対峙していることもあり、めったなことがない限りは、都に戻ってくることが少ない。
都にいる幹部たちは少なく、ほとんどの外事軍は、都の外に散らばり、激しい妖魔との戦闘を繰り広げていたのである。
「時々、羽を伸ばしに、都に来ているのは、知っていたが……」
外事の者たちが、戦闘の休息を取るために、密かに都に訪れていたことは把握していたし、実際、自分の目でも、何回か土方は目にしていたのである。
けれど、見ぬ振りをすることが、慣例となっていた。
外事軍がいてこそ、妖魔から都が守られていたからだ。
外事軍の者とわかれば、暗黙の了解で、遊んでいようと、見逃すことになっていたのだった。
「それを利用し、金儲けをしているんだろうな」
坂本も、嫌悪感を露わにしている。
「まだ、調べ始めたばかりで、確かとは言えないが、そっちの家臣連中や、バラ園の上の連中、それに……、うちの幹部連中も、かかわっているやつらがいるらしい」
話を聞いているうちに、何とも言えない顔を前面に滲ませていた。
「……暴いても、揉み消すだろうな」
不意に、坂本の口から、思っていることが出ていた。
「だろうな。ホント、気分が悪い」
「ああ。同じだ」
「だから、襲撃している連中がいるのかもな」
「……」
襲われ、亡くなっている者の中に、身元が不明の者が混じっていると、聞いていたことを思い返していた。
(もしかすると……、外事の者かも知れぬ。随分前から、襲撃される事件があったことを踏まえると、相当前から、詳細な情報を手に入れた者たちがいて、襲撃を行っているのか……。どういった連中だ? こんなことを調べ上げられるなんて)
「上の連中だって、バカじゃない」
「捜しているだろうな。自分たちを襲っている連中のことを」
他人事のように、土方の口から漏れていた。
「荒れるぞ、都が」
「そうなるな」
「狩りをしていた連中にしたって、襲撃が起こっても、やめる気配がないほどの、中毒になっているんだ。きっと、どこかで続けているはずだ」
坂本の意見に、一理あると巡らす。
そして、襲撃している方も、止める意思などないだろうと抱いた。
(どうなっていくんだろうな、この国は。ゴールの見えない迷路に、迷い込んだようだ)
自嘲気味な笑いが、土方から漏れてしまっていた。
「上の連中は、半妖が溢れていることを、都に公表するべきだな」
「都の外に出れば、外事だけでは、押さえられないほど、妖魔がわんさかいるのに」
「ま、認めたくないんだろうな」
遠い目をする土方。
「だろうな。自分たちが愚かだったことを、認めたくないんだろうよ」
二人は美味しくなくなった酒を、ずっと飲んでいた。
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