第83話 お願い
忙しい時間を割き、岩倉が西郷と大久保を誰にも気づかれず、呼び出した。
そして、馴染みにしているレストランで、二人と共に料理を堪能している。
勿論、岩倉の背後に、岡田が控えていた。
個室に、この四人しかいない。
鷹司を、連れていなかった。
別な仕事を、させていたのだった。
「どうですか? こちらのお料理は」
二人に、視線を合わせる。
ナイフとフォークを置き、真面目に料理の美味しさを伝える西郷である。
その隣で、ナプキンで口を拭き、黙り込んでいる大久保であった。
気づかれないように、岩倉の瞳は、やや顔を伏せている大久保を捉えていた。
(いつでも、どこでも、西郷さんを立てるのね)
「満足いただけて、嬉しいわ」
ニッコリと、岩倉が微笑む。
あまり料理に口をつけず、岩倉がワインばかりを飲んでいた。
「ところで、私ども二人を、極秘に呼び出した理由は?」
本音を言えば、西郷は岩倉と会食する時間も、惜しいと思えるほど、仕事に忙殺されていたのである。
西郷を支える大久保にとっても、同じことが言えた。
どうしても、時間を取ってほしいと熱望され、僅かな時間を無理やり作り出し、岩倉が指定した時間に訪れたのだった。
「ごめんなさい。忙しいと、わかっていたけど、大切なお願いが、あったものですから」
しゅんと、肩を窄める。
そんな岩倉の姿に、自分たちの非礼を詫びる西郷たち。
「いいえ。私が無理に、お願いしたのですから、西郷さんが、苛立つのもわかるわ」
何とも言えない顔を、二人が覗かせている。
「そんな顔しないで、西郷さんも、大久保さんも」
「「……」」
ますます、ばつが悪くなっていった。
「忙しい二人の時間を、せっかくいただいたのですから、美味しいものを食べてほしかっただけですから」
「……わかりました」
西郷が頷き、食事を再開し始める。
それに習う形で、大久保も食べ始めるのだった。
岩倉のペースになりそうな雰囲気に、心の中で嘆息を漏らす。
上手い具合に、岩倉が自分のペースに運ぶことに長けていた。
西郷は最も苦手とし、できるだけ岩倉のペースに、ハマらないように心掛けていたのだった。
そんなことを気にする様子もない。
ただ、食べている料理について、語り出す岩倉である。
説明を聞きつつ、観察を怠らない西郷でも、彼女の意図を読むことができなかった。
壁側で控えている岡田は、何なっているんだと言う顔を、ありありと滲ませている。
西郷も、大久保も、咎めることをしない。
食事も終わり、ゆっくりとワインを堪能している三人。
連日の忙しさにかまけて、まともな食事を、西郷も大久保も取っていなかったのだ。
「とても美味しかったです」
「よかった」
ちらりと、大久保に視線を巡らせる岩倉。
「私も、美味しかったです」
「大久保さんのお口にも合って、よかった」
口角を、優雅に上げていた。
多くの者たちが、岩倉の人を惑わすような仕草に、見惚れていたのである。
けれど、西郷も、大久保も、まったく動じない。
岩倉自身、そうした武器を使って、落とそうとは思ってもいなかった。
ただ、素で見つめていただけだった。
「本題に入っても、よろしいでしょうか? 岩倉殿」
「いいわ。西郷さん」
さわやかな笑顔を披露した。
「私たちを、呼び出した理由は、何でしょうか」
二人に、揺るがない視線を傾けていた。
(ふふふ。随分と、身構えちゃって)
「お願いがあるの?」
愛らしい顔をみせていた。
背後に控えている岡田が、渋面している。
脳裏に掠めているのは、数々の岩倉のお願いだった。
お願いと言われ、断ることができなかった自分。
二人を気にせず、岡田が大きな嘆息を吐いていた。
「お願い……」
訝しげる西郷。
三条から、仕事を頼まれたばかりで、手いっぱいな状況だった。
口を開きかける西郷。
だが、その口は、すぐさまに閉じられる。
武市は?と聞こうとしたが、未だに謹慎処分が、解かれない状態だったことを、失念していたからだ。
チラリと、隣にいる大久保を窺うと、同じようで、眉間にしわを寄せていたのである。
「武市さんが、謹慎処分になっていなくても、私は、西郷さんや大久保さんに、お願いしていたわ。これに関しては」
邪気のない顔で、微笑んでみせた。
そして、声音も、はっきりしていたのだ。
「「……」」
胡乱げな眼差ししか、注げない二人。
武市の名前が出てきて、岡田も、眉を潜めているのが現状だ。
誰も、固唾を呑んで、岩倉の次の言葉を待っている。
「あるお方の護衛を、お願いしたいの。それも、西郷さんと、大久保さんに。そして、足りない護衛に関しては、二人が、とても信頼が置ける、口の堅い人を推薦してほしいの。勿論、人数は少なめで。あまり目立ちたくないから」
飄々とした顔を、岩倉が崩さない。
そうした表情の中にも、備に愛嬌が隠れていた。
「……目立ちたくないにもかかわらず、私たちに護衛を?」
岩倉の意図が読めず、ますます困惑するしかない西郷だった。
隣にいる大久保が、岩倉の思惑を、必死に逡巡していた。
ハッと、伏せていた顔を、大久保が上げた。
「……あるお方とは……。もしや……」
目を見張り、驚愕している姿に、クスッと笑みが零れている。
「大久保さんは、察することができたようね」
「でも、口に出したら、ダメよ」
「……」
二人のやり取りを耳にし、ようやく西郷も、あるお方に辿り着く。
「西郷さんも、理解したようだし、二人を指名した理由を、わかって貰えたかしら」
小さく首を傾げ、狼狽している二人を捉えている。
瞬く間に、ざわついていた気持ちを、落ち着かせる二人だった。
「……理由は、わかりました。だが、なぜ、私たちなのですか? 岩倉殿の下にも、信頼の置ける部下が、揃っているはずです」
解せないと言う顔を、西郷が覗かせていた。
隣にいる大久保も、表情が同じだ。
三条よりの自分たちに、頼むのはおかしいと、抱いていたのである。
意味ありげな顔を、二人に注いでいた。
「そうね……」
自分たちを試すような眼差しに、微かにムッとしている西郷だ。
「あるお方に、これ以上、迷惑掛けられないのと。きっと、私のことを、どこか、疑っていると思うから、心の底から、楽しめないと思うのよ。密かに、屋敷を出て、街の中を散歩することが。私としては、せっかくの外への、外出なのですから、思いっきり楽しんでほしいと思うの? だから、三条殿の、信頼も厚い、西郷さんに頼めば、あるお方も、少しは楽しめると思うし、このことが、もし仮に、三条殿の耳に入っても、少しは違うと思うのよ。私の部下よりも、西郷さんたちの方が?」
茶目っ気たっぷりな顔を、岩倉が窺わせていた。
「「……」」
話の筋としては、間違っていない。
すんなりと、納得できた。
けれど、どこか腑に落ちない部分が、西郷の中で、残っていたのである。
「なぜ、外出なさるのですか? とても危険な行為だと、思うのですが?」
黙り込んでいる西郷に成り代わり、大久保が問い質した。
それぞれの顔を、穏やかに岩倉が窺っている。
(剥きになっている大久保さんも、面白いわね)
「血に拘り過ぎではないかしら? 二人は」
「「……」」
安易に、側室たちが選ばれる基準が、違っていると言っている岩倉。
((確かに))
不意に、二人の脳裏に、三条の姿を掠めていた。
もっとも血に拘り、天帝家を強固なものにしようと、必死に動き回っていたのである。
それに関してだけは、三条に言いたいことがあった二人。
けれど、口にすることができない。
血眼になって、調べ上げている三条の形相を見ては。
だが、大っぴらに、賛同することができない。
口が固い二人に、満足げな顔を滲ましていた。
「少し、違う人を入れて、変えてみるのも、手だと思うの。そうすれば気持ちだって、お変わりになって、子ができる可能性だって、あると思うのよ」
岩倉の意見に、一理あると巡らせる二人。
決して、賛同できないが。
三条は、できるだけ天帝家に近い血筋の濃い、女子を選び出し、側室に入れ込んだのだった。
こうした行為が、逆に、香茗の気持ちが、萎えてしまうとも知らずに。
「私としては、先ず外出して、気持ちをリラックスしていただいてから、あるお方自ら、好みの女性を、見つけていただいて、ほしいのよ」
ニコッと、口角が上がっている。
「「……」」
「いけないことかしら?」
三条側についている西郷としては、そう思っていても、何も言えない。
「できれば、三条殿に黙って、お願いしたいんだけど?」
苦渋を覗かせる西郷。
それは、ほんの僅かな時間だった。
意思を固めた双眸を、岩倉に巡らせる。
「……承知しました」
「ありがとう。これは私ではなく、あるお方のため。三条殿のためでもあると思って、あるお方の護衛の件、お願いしますね」
力強く頷く二人。
西郷が決めた以上、大久保が、何も言うつもりがない。
「ただ、私は、毎回一緒と言う訳にいきません」
「えぇ。ただ、どちらかは、必ず護衛として、ついていて」
「はい」
ことがひと段落し、軽く息を吐く岩倉だった。
「……これで、少し気持ちが、ラクになれたわ」
「いいえ」
真面目に、対応している西郷に、岩倉が気づかれないように苦笑していた。
ここに来た時の二人の顔を掠め、疲れた顔を滲ませていたからだ。
自分たち以上に、精力的に動いていたことが、見て取れるほどだった。
(随分と、三条殿に、使われているようね)
「……ねぇ、西郷さん」
呼ばれ、少し、西郷の顔が強張った。
また、仕事の依頼かと、身体に緊張が走っていたのだった。
「先日、姉小路殿から、面白い趣味にハマっていて、一緒にやらないかと、誘われたの。このところ、仕事を忙しくしていたから、そのままの状態に、なっているんだけど」
ニコニコした顔を窺わせている岩倉の話を、聞いていくうちに、二人の顔が渋面していく。
「……趣味ですか」
「えぇ。とても、楽しいらしいわよ」
「「……」」
不意に、二人の脳裏に、半妖を狩るハンティングが過ぎっていた。
((まさか……。姉小路殿か……。だが、かの御仁を考えると、ありうる可能性も……))
「姉小路殿を調べるなら、慎重にするべきよ」
唐突な岩倉の発言に、破顔する二人。
そんな二人を放置し、さらに話を続ける。
「たぶん、姉小路殿の性格を考えれば、決して本宅で知る者は、僅かなはずよ」
岩倉の話を聞き漏らさず、頭の中に刻んでいく。
「後、最近、姉小路殿に、新たに愛人を作ったみたい。それも、表に出さない方面の方。この前、偶然に二人が、一緒のところを見てしまって……」
困ったような顔を、岩倉が滲ませている。
真剣な顔で、二人が窺っていた。
「……随分と、自己主張が、はっきりしている方のようね。姉小路殿が、隠そうとしているのに、わざわざ、私に自分の存在を知らせてきたのだから」
「……どうして、私どもに?」
岩倉の表情を、見逃さないように、怪訝そうな西郷が凝視している。
大久保も目を細め、ますます困った顔の岩倉を見つめていた。
(そんなに、疑わなくっても)
おかしくなり、笑みを堪えている。
「だって、二人の顔が、随分と、やつれているから」
「「……」」
実際、仕事で忙殺していて、自分たちの顔色が優れないことを、それぞれに自覚していたのである。
仲間からも、酷いぞと、言われていたのだった。
「それに、護衛をしている際に、ミスしてほしくないからよ」
返す言葉が出ない二人。
「だから、私が知っている限りの、お話をさせて貰ったの。いけなかったかしら?」
無邪気な眼差しを注いでいた。
「……いいえ。貴重なお話、ありがたかったです」
真摯に、貴重な情報を教えて貰い、感謝していた。
そして、大きな借りが出てしまったなと、巡らせる西郷だった。
「少しは、二人のお役に立てたかしら?」
「十分なほどに」
「そう。それはよかったわ」
「姉小路殿から、誘われましたら、何卒、私どもに、ご一報いただけますか?」
「いいわよ」
気軽に、了承した。
「ありがとうございます。今後、私ではなく、大久保と、連絡をしていただければ」
「わかりました。何かあったら、大久保さんのところへ、連絡させて貰います」
チラリと、真面目な顔を滲ませている大久保の顔を窺っている。
「重ね重ね、ありがとうございます」
読んでいただき、ありがとうございます。




