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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第4章 散華 前編
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第83話  お願い

 忙しい時間を割き、岩倉が西郷と大久保を誰にも気づかれず、呼び出した。

 そして、馴染みにしているレストランで、二人と共に料理を堪能している。

 勿論、岩倉の背後に、岡田が控えていた。

 個室に、この四人しかいない。

 鷹司を、連れていなかった。

 別な仕事を、させていたのだった。


「どうですか? こちらのお料理は」

 二人に、視線を合わせる。

 ナイフとフォークを置き、真面目に料理の美味しさを伝える西郷である。

 その隣で、ナプキンで口を拭き、黙り込んでいる大久保であった。

 気づかれないように、岩倉の瞳は、やや顔を伏せている大久保を捉えていた。


(いつでも、どこでも、西郷さんを立てるのね)


「満足いただけて、嬉しいわ」

 ニッコリと、岩倉が微笑む。

 あまり料理に口をつけず、岩倉がワインばかりを飲んでいた。

「ところで、私ども二人を、極秘に呼び出した理由は?」


 本音を言えば、西郷は岩倉と会食する時間も、惜しいと思えるほど、仕事に忙殺されていたのである。

 西郷を支える大久保にとっても、同じことが言えた。

 どうしても、時間を取ってほしいと熱望され、僅かな時間を無理やり作り出し、岩倉が指定した時間に訪れたのだった。


「ごめんなさい。忙しいと、わかっていたけど、大切なお願いが、あったものですから」

 しゅんと、肩を窄める。

 そんな岩倉の姿に、自分たちの非礼を詫びる西郷たち。

「いいえ。私が無理に、お願いしたのですから、西郷さんが、苛立つのもわかるわ」

 何とも言えない顔を、二人が覗かせている。


「そんな顔しないで、西郷さんも、大久保さんも」

「「……」」

 ますます、ばつが悪くなっていった。


「忙しい二人の時間を、せっかくいただいたのですから、美味しいものを食べてほしかっただけですから」

「……わかりました」

 西郷が頷き、食事を再開し始める。

 それに習う形で、大久保も食べ始めるのだった。


 岩倉のペースになりそうな雰囲気に、心の中で嘆息を漏らす。

 上手い具合に、岩倉が自分のペースに運ぶことに長けていた。

 西郷は最も苦手とし、できるだけ岩倉のペースに、ハマらないように心掛けていたのだった。


 そんなことを気にする様子もない。

 ただ、食べている料理について、語り出す岩倉である。

 説明を聞きつつ、観察を怠らない西郷でも、彼女の意図を読むことができなかった。

 壁側で控えている岡田は、何なっているんだと言う顔を、ありありと滲ませている。

 西郷も、大久保も、咎めることをしない。


 食事も終わり、ゆっくりとワインを堪能している三人。

 連日の忙しさにかまけて、まともな食事を、西郷も大久保も取っていなかったのだ。


「とても美味しかったです」

「よかった」

 ちらりと、大久保に視線を巡らせる岩倉。

「私も、美味しかったです」

「大久保さんのお口にも合って、よかった」

 口角を、優雅に上げていた。


 多くの者たちが、岩倉の人を惑わすような仕草に、見惚れていたのである。

 けれど、西郷も、大久保も、まったく動じない。

 岩倉自身、そうした武器を使って、落とそうとは思ってもいなかった。

 ただ、素で見つめていただけだった。


「本題に入っても、よろしいでしょうか? 岩倉殿」

「いいわ。西郷さん」

 さわやかな笑顔を披露した。

「私たちを、呼び出した理由は、何でしょうか」

 二人に、揺るがない視線を傾けていた。


(ふふふ。随分と、身構えちゃって)


「お願いがあるの?」

 愛らしい顔をみせていた。


 背後に控えている岡田が、渋面している。

 脳裏に掠めているのは、数々の岩倉のお願いだった。

 お願いと言われ、断ることができなかった自分。

 二人を気にせず、岡田が大きな嘆息を吐いていた。


「お願い……」

 訝しげる西郷。

 三条から、仕事を頼まれたばかりで、手いっぱいな状況だった。

 口を開きかける西郷。

 だが、その口は、すぐさまに閉じられる。


 武市は?と聞こうとしたが、未だに謹慎処分が、解かれない状態だったことを、失念していたからだ。

 チラリと、隣にいる大久保を窺うと、同じようで、眉間にしわを寄せていたのである。


「武市さんが、謹慎処分になっていなくても、私は、西郷さんや大久保さんに、お願いしていたわ。これに関しては」

 邪気のない顔で、微笑んでみせた。

 そして、声音も、はっきりしていたのだ。

「「……」」

 胡乱げな眼差ししか、注げない二人。

 武市の名前が出てきて、岡田も、眉を潜めているのが現状だ。


 誰も、固唾を呑んで、岩倉の次の言葉を待っている。

「あるお方の護衛を、お願いしたいの。それも、西郷さんと、大久保さんに。そして、足りない護衛に関しては、二人が、とても信頼が置ける、口の堅い人を推薦してほしいの。勿論、人数は少なめで。あまり目立ちたくないから」

 飄々とした顔を、岩倉が崩さない。

 そうした表情の中にも、備に愛嬌が隠れていた。


「……目立ちたくないにもかかわらず、私たちに護衛を?」

 岩倉の意図が読めず、ますます困惑するしかない西郷だった。

 隣にいる大久保が、岩倉の思惑を、必死に逡巡していた。

 ハッと、伏せていた顔を、大久保が上げた。

「……あるお方とは……。もしや……」

 目を見張り、驚愕している姿に、クスッと笑みが零れている。


「大久保さんは、察することができたようね」

「でも、口に出したら、ダメよ」

「……」

 二人のやり取りを耳にし、ようやく西郷も、あるお方に辿り着く。

「西郷さんも、理解したようだし、二人を指名した理由を、わかって貰えたかしら」


 小さく首を傾げ、狼狽している二人を捉えている。

 瞬く間に、ざわついていた気持ちを、落ち着かせる二人だった。


「……理由は、わかりました。だが、なぜ、私たちなのですか? 岩倉殿の下にも、信頼の置ける部下が、揃っているはずです」

 解せないと言う顔を、西郷が覗かせていた。

 隣にいる大久保も、表情が同じだ。

 三条よりの自分たちに、頼むのはおかしいと、抱いていたのである。


 意味ありげな顔を、二人に注いでいた。

「そうね……」

 自分たちを試すような眼差しに、微かにムッとしている西郷だ。


「あるお方に、これ以上、迷惑掛けられないのと。きっと、私のことを、どこか、疑っていると思うから、心の底から、楽しめないと思うのよ。密かに、屋敷を出て、街の中を散歩することが。私としては、せっかくの外への、外出なのですから、思いっきり楽しんでほしいと思うの? だから、三条殿の、信頼も厚い、西郷さんに頼めば、あるお方も、少しは楽しめると思うし、このことが、もし仮に、三条殿の耳に入っても、少しは違うと思うのよ。私の部下よりも、西郷さんたちの方が?」

 茶目っ気たっぷりな顔を、岩倉が窺わせていた。


「「……」」

 話の筋としては、間違っていない。

 すんなりと、納得できた。

 けれど、どこか腑に落ちない部分が、西郷の中で、残っていたのである。


「なぜ、外出なさるのですか? とても危険な行為だと、思うのですが?」

 黙り込んでいる西郷に成り代わり、大久保が問い質した。

 それぞれの顔を、穏やかに岩倉が窺っている。


(剥きになっている大久保さんも、面白いわね)


「血に拘り過ぎではないかしら? 二人は」

「「……」」

 安易に、側室たちが選ばれる基準が、違っていると言っている岩倉。


((確かに))


 不意に、二人の脳裏に、三条の姿を掠めていた。

 もっとも血に拘り、天帝家を強固なものにしようと、必死に動き回っていたのである。

 それに関してだけは、三条に言いたいことがあった二人。

 けれど、口にすることができない。

 血眼になって、調べ上げている三条の形相を見ては。

 だが、大っぴらに、賛同することができない。


 口が固い二人に、満足げな顔を滲ましていた。

「少し、違う人を入れて、変えてみるのも、手だと思うの。そうすれば気持ちだって、お変わりになって、子ができる可能性だって、あると思うのよ」

 岩倉の意見に、一理あると巡らせる二人。

 決して、賛同できないが。


 三条は、できるだけ天帝家に近い血筋の濃い、女子を選び出し、側室に入れ込んだのだった。

 こうした行為が、逆に、香茗の気持ちが、萎えてしまうとも知らずに。


「私としては、先ず外出して、気持ちをリラックスしていただいてから、あるお方自ら、好みの女性を、見つけていただいて、ほしいのよ」

 ニコッと、口角が上がっている。

「「……」」

「いけないことかしら?」

 三条側についている西郷としては、そう思っていても、何も言えない。


「できれば、三条殿に黙って、お願いしたいんだけど?」

 苦渋を覗かせる西郷。

 それは、ほんの僅かな時間だった。

 意思を固めた双眸を、岩倉に巡らせる。

「……承知しました」

「ありがとう。これは私ではなく、あるお方のため。三条殿のためでもあると思って、あるお方の護衛の件、お願いしますね」


 力強く頷く二人。

 西郷が決めた以上、大久保が、何も言うつもりがない。


「ただ、私は、毎回一緒と言う訳にいきません」

「えぇ。ただ、どちらかは、必ず護衛として、ついていて」

「はい」

 ことがひと段落し、軽く息を吐く岩倉だった。

「……これで、少し気持ちが、ラクになれたわ」

「いいえ」

 真面目に、対応している西郷に、岩倉が気づかれないように苦笑していた。


 ここに来た時の二人の顔を掠め、疲れた顔を滲ませていたからだ。

 自分たち以上に、精力的に動いていたことが、見て取れるほどだった。


(随分と、三条殿に、使われているようね)


「……ねぇ、西郷さん」

 呼ばれ、少し、西郷の顔が強張った。

 また、仕事の依頼かと、身体に緊張が走っていたのだった。


「先日、姉小路殿から、面白い趣味にハマっていて、一緒にやらないかと、誘われたの。このところ、仕事を忙しくしていたから、そのままの状態に、なっているんだけど」

 ニコニコした顔を窺わせている岩倉の話を、聞いていくうちに、二人の顔が渋面していく。

「……趣味ですか」

「えぇ。とても、楽しいらしいわよ」

「「……」」

 不意に、二人の脳裏に、半妖を狩るハンティングが過ぎっていた。


((まさか……。姉小路殿か……。だが、かの御仁を考えると、ありうる可能性も……))


「姉小路殿を調べるなら、慎重にするべきよ」

 唐突な岩倉の発言に、破顔する二人。

 そんな二人を放置し、さらに話を続ける。

「たぶん、姉小路殿の性格を考えれば、決して本宅で知る者は、僅かなはずよ」

 岩倉の話を聞き漏らさず、頭の中に刻んでいく。


「後、最近、姉小路殿に、新たに愛人を作ったみたい。それも、表に出さない方面の方。この前、偶然に二人が、一緒のところを見てしまって……」

 困ったような顔を、岩倉が滲ませている。

 真剣な顔で、二人が窺っていた。

「……随分と、自己主張が、はっきりしている方のようね。姉小路殿が、隠そうとしているのに、わざわざ、私に自分の存在を知らせてきたのだから」


「……どうして、私どもに?」

 岩倉の表情を、見逃さないように、怪訝そうな西郷が凝視している。

 大久保も目を細め、ますます困った顔の岩倉を見つめていた。


(そんなに、疑わなくっても)


 おかしくなり、笑みを堪えている。

「だって、二人の顔が、随分と、やつれているから」

「「……」」


 実際、仕事で忙殺していて、自分たちの顔色が優れないことを、それぞれに自覚していたのである。

 仲間からも、酷いぞと、言われていたのだった。


「それに、護衛をしている際に、ミスしてほしくないからよ」

 返す言葉が出ない二人。

「だから、私が知っている限りの、お話をさせて貰ったの。いけなかったかしら?」

 無邪気な眼差しを注いでいた。


「……いいえ。貴重なお話、ありがたかったです」

 真摯に、貴重な情報を教えて貰い、感謝していた。

 そして、大きな借りが出てしまったなと、巡らせる西郷だった。


「少しは、二人のお役に立てたかしら?」

「十分なほどに」

「そう。それはよかったわ」

「姉小路殿から、誘われましたら、何卒、私どもに、ご一報いただけますか?」

「いいわよ」

 気軽に、了承した。


「ありがとうございます。今後、私ではなく、大久保と、連絡をしていただければ」

「わかりました。何かあったら、大久保さんのところへ、連絡させて貰います」

 チラリと、真面目な顔を滲ませている大久保の顔を窺っている。

「重ね重ね、ありがとうございます」


読んでいただき、ありがとうございます。

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