第82話 密談と報告
姉小路は、密かに別荘に訪れていた。
離宮に籠もってしまった香茗に、出てきて貰うために、話し合う必要があると言うことを口実に、自分の屋敷から出てきたのである。
別に、離宮に籠もってしまった香茗に、何とも思っていない。
周りが、右往左往し、面白いと思うだけだ。
忙しい様を見て、嘲り笑っていたのである。
別荘には、姉小路が最近愛人にした女を住まわせていた。
ここで働いている者は、極僅かだ。
本宅の人間でも、この別荘の存在を知る者は三、四人しかいない。
愛人は、同じ趣味を通し、知り合い、共に享楽していたのだった。
苛立ちを隠さず、姉小路が目の前に仕える者を見下している。
「まだ、再開のメドが、立たないのか?」
「申し訳ありません」
額から、汗が流れていた。
執拗に、姉小路が迫っていたのだ。
この場所を訪れたのも、問い質すためだった。
連日、楽しみにしている趣味ができず、不平を募らせていった。
「いつになったら、できるのだ」
「……」
姉小路の隣にいる女も、まだできないのかと不満げだ。
最近、楽しみにしている趣味とは、半妖を獲物にし、ハンティングする狩りにハマっていたのである。裏で、半妖を都へ入れさせ、逃げ惑う半妖たちを、射撃したり、いたぶって、愉悦に浸っていたのだった。
都には、半妖がいないことになっており、その半妖を、都に入れるのは、容易なことではない。
いくつものところに、権力を使い、お金をバラ撒き、半妖を都へ入り込ませていた。
この趣味に、莫大な金額を掛け、遊んでいたのだ。
それが、このところ滞っており、姉小路の機嫌を損ねている原因だった。
半妖を連れ込む者たちが、何者かによって、襲撃されていたのである。
そのため、容易に獲物である半妖が、手に入り難くなっていた。
「いつだと、聞いている」
乱暴に吐き捨て、睨みつけている姉小路。
三条や岩倉の前では、決して見られない顔だ。
「かの者たちも、渋っておりまして……」
何度も、流れる汗を拭いている。
姉小路や、姉小路の愛人から、気圧され、汗が止まらない。
仕えている者は、半妖を連れてくる者たちと、段取りをつけ、趣味が滞りなく進められるように、調整させる仕事を担っていたのである。
この仕えている者に、すべての不平不満が、注ぎ込まれていたのだ。
「襲撃した者の、見当はついているのか?」
胡乱げな眼差しを注いでいた。
自分たちの趣味を、邪魔する者を排除しない限り、いつまで立っても、邪魔される恐れがあるからだ。
調べさせているが、未だに邪魔する相手を、見つけることができない。
その影すら、発見できずにいる。
視線を彷徨わせ、さらに醜態を晒していた。
以前から、邪魔する者がいて、どうにか見つけ出し、排除しようとしているが、未だに誰がしているのかも、わからぬ状況が続いていたのだった。
次は、自分たちが襲われるかもしれないと抱きつつも、趣味のハンティングをやめることができなかったのだ。
二人にとって、ハンティングは、何者にも変えられない快楽となっていた。
「マヌケ。いつまで、待たせるのだ」
「……申し訳ありません」
か細い声しか、出てない。
「こちらか、徳川宗家か、それとも、勤皇一派の者か、どこにも属さぬ者か、それすら掴めぬとは……」
嘆きしか、出てこない。
そして、役立たずな者を、忌々しく半眼している。
愛人が困ったような顔を覗かせ、不機嫌を前面に出している姉小路を窺っていた。
「旦那様。もっと、信頼の置ける者を使って、調べさせては、いかがですか? 私としては、早くハンティングがしたいので」
「私も、同じだ」
逡巡していく姉小路。
不意に、岩倉の顔を掠めていた。
勤皇一派の者を、使う訳にはいかない。
彼らかも、しれないからだ。
勤皇一派の多くの者が、半妖のハンティングに、難色を示している者が多く、独自に調べている者さえいることを、把握していたからである。
その者か、その者の手の者が、邪魔している可能性があった。
(あの毒婦と、接触して見るか。あの毒婦に、仕えている者たちは、優秀な者が多いからな。いずれ、こちら側に、誘おうと思っていたし……)
口の端を上げている姉小路だった。
その隣では、愛人の女が、不審な顔を覗かせていたのだ。
「旦那様?」
愛人に促され、思考から舞い戻ってくる。
そして、低姿勢でいる者に、視線を巡らした。
「今、わかっていることは、何だ?」
「とても、頭が切れる者かと。決して、自分の手口をわからなく、工作している可能性があるかと」
「同一人物と、見ているのだな」
「はい。最初は、複数いるのかと、思っていたのですが……」
姉小路の機嫌を、落ち着きなく窺っている。
そんな仕草を、姉小路が無視していた。
「一人でか……。まったく、見当もつかぬのか」
「残念ながら」
「腕が立つものだろう? そこからも、導くこともできぬのか?」
「……はい。候補が多過ぎて、絞り込むのが、厄介かと」
「……。徳川宗家の方は、どうだ?」
「あちらも、邪魔する者を、探し出しているようですが、こちらと大して変わらないかと」
「探索に、長けている者を、多く抱えているだろう?」
「それでも、見つけられないようです」
「随分と、厄介な者だな」
話を耳にしているうちに、姉小路の顔が渋面していく。
三条家の屋敷に、勤皇一派の西郷が、呼び出されていた。
部屋に、二人しかいない。
物憂げな三条を前にし、気遣うような眼差しを注いでいた。
まだ、四十一にもかかわらず、十も歳を取ったような顔を、滲ませていたのである。
西郷の耳にも、香茗が離宮に籠もり、誰も寄せ付けないと届いていたのだった。
離宮に入れなくても、三条は連日、香茗がいる離宮に通っていた。
怒りの矛先を、収めて貰おうとすれば、するほど、藪蛇な状況になっていることに、三条は気づいていない。
そんな中、訪れたのは、定期的な報告を行うためだ。
それと、三条の様子を窺うためである。
「……以上です」
西郷の報告を聞いていても、心あらずといった表情を覗かせている。
誰も、イライラしている三条に、近づく者がいない。
三条に近ければ、近いほどだ。
その中でも、訪れた西郷は、特殊とも言えた。
周りに、当り散らす訳ではないが、苛立ちのオーラを、撒き散らしていたのだった。
「……大丈夫ですか? 三条様」
「……何のことだ」
威厳を保ちつつ、銅像のような西郷を窺っていた。
実直に、仕事をしている西郷のことを、気に入っている三条。
「……香茗様のことです」
躊躇いながら、口にした。
「知っていたか」
「はい」
やや顔を伏せている西郷だった。
「岩倉め……。あの女のせいで、香茗様が」
苦々しい顔を、三条が滲ませていた。
何も、言葉にできない西郷。
詳細を、把握していたのである。
発端は、香茗の元に、密かに岩倉が訪れていたことが、三条の耳に入り、それを咎めていた三条に、香茗が嫌気を刺し、離宮に籠もってしまったと言うことを。
この状況を作り出したのは、三条とも言えた。
だが、決して、そのことを口にしない。
したところで、岩倉のせいだと言うのが、わかりきっていたからだ。
「ところで、どうやって、お知りになったのですか?」
「……姉小路だ」
忌々しげに、吐き捨てた。
(また、余計なことを。姉小路様も言われたものだ)
心の中で、嘆息を吐いた。
岩倉のことを警戒するあまり、執拗に香茗に問い質している光景が、目に浮かんでいたのだった。
西郷の中で、一番警戒しなければならない人物は、姉小路だ。
何かと、不穏な空気を、撒き散らす傾向があるからである。
それに加え、自分が持っているアンテナでも、姉小路は危険だと、警鐘を鳴らしていたのだった。
「姉小路と、言えば……」
ふと、訝しげな表情を、三条が覗かせる。
「何でしょうか?」
「調べてほしい」
「姉小路様のことをですか?」
逡巡しながら、目を細める三条。
「あれは、何か、よくないことをしている可能性がある」
「……」
まっすぐに、目の前に立つ、険しい表情をしている西郷を捉えていた。
「できるか?」
「早急ですか?」
「ああ」
どこか、思案げな顔を窺わせていた西郷に、気づかない。
(早々にか……。半妖を狩る者たちを、見つけたいが……)
微かに、唇を噛み締める。
半妖を狩る者たちのことを、密かに探し出していたのだ。
ずっと、そうしたやからを捜していたのである。
けれど、未だに見つけることができなかった。
妖魔の血が混じっているとは言え、こんなことはしてはいけないと抱き、やめさせようとしていたのである。そして、それに自分たちの仲間も、加わっていることを、把握していたので、誰にも知られず、調査を行っていたのだった。
「……承知しました」
読んでいただき、ありがとうございます。




