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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第4章 散華 前編
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第81話  香茗

 口うるさい三条から、逃れるために、香茗は敷地内にある離宮で過ごしていた。

 離宮には、香茗と世話をする者十数人しかいない。

 妻たちも、つれていなかった。

 訪れている離宮は、数代前の当主が、煩わしい日常から逃れるために、作らせたものだった。同じ敷地内にある屋敷とは違い、とても小ぢんまりとした建物となっていたのだ。


 部屋から眺める庭。

 とても落ち着きのある草木が、育っている。

 穏やかな眼差しで、香茗が観賞していた。


 ここ数日、心が静かになることがなかった。

 密かに、香茗と岩倉が会っていたことを知った三条が、どうして無謀な真似をするのかと、問い質していたのである。

 それも連日で、長時間だ。

 はぐらかしていた香茗だった。

 だが、三条のうるささに業を煮やし、離宮に逃げ込んだ。

 そして、離宮に籠もり、三条や誰とも、対面を拒否していたのである。


 この離宮で、静かな日常を取り戻しつつあった。

 色とりどりに、咲き乱れている花たち。

 不意に、口元が緩んでしまう。


 すると、背後から、岩倉が近づいてきた。

「随分と、お疲れのようですね。香茗様」

 恭しく、頭を下げている。

 思わず、顔を顰めてしまっていた。

 そうした香茗の仕草を窺わなくても、理解できていた。


「……誰のせいだと」

「申し訳ありません」

 真摯な態度を取っていたのである。


 岩倉自身が、告げ口をしたのではない。

 だが、連日の三条の問い質しが鬱憤となり、当たってしまった。

 低姿勢なままでいる相手に、居心地の悪い香茗だった。


「もうよい」

「ありがとうございます」

 向かい合う位置にある椅子に腰掛けるように、香茗が命じ、優美な仕草で、岩倉が促された場所に素直に腰掛ける。

 訝しげな視線を、香茗が投げかけていた。

「なぜ、入れた?」


 すべての面会を断るように、命じていたのだった。

 それにもかかわらず、岩倉が離宮に入り、目の前に姿を現したのである。


「お願いをしました」

 ふんと、顔を岩倉から背けた。

 香茗の周囲に、岩倉に繋がる者がいたのだ。

「随分と、やり手だな。三条を出し抜いたのだから」

 皮肉しか出てこない。


「そんなことはありません。ただ、どうしても、お会いしたい旨がありましたので、無理に入れて貰った次第です。ですから、何卒、ご容赦くださいませ」

 詮索しないように、頼み込んだ。

 乱れない姿勢で、頭を下げる。

 誰もが、その美しさに、飲み込まれそうだが、香茗の表情が変わらない。


「わかった。不問にする」

「ありがとうございます」

 許しを得て、ようやく顔を上げる。

「姉小路辺りが、告げ口したんだろう」

 物憂げな顔を滲ませていた。

「そのようです」

「あれにも、困ったものだ」

 同調できるはずもなく、ただ岩倉は苦笑しているのみだ。


「で、何だ?」

 強引に、ここに来た理由が気になっていた。

「和音様の件でございます」

 まっすぐに注ぐ、岩倉の眼差しに捉えられていた。

 微かに、香茗の眉間にしわが寄っている。


「少々、パーティーにて、度が過ぎているかと」

「……」

「香茗様から、少し気をつけるようにと、助言するべきかと」

「……」

 進言する内容に、居た堪れない。

 僅かに、香茗が視線を外す。


 香茗の耳にも、妹和音に対し、度が過ぎた、接触を行っている者が多いと入っていた。

 けれど、現状を鑑みれば、目を瞑るしかなかったのだ。

 自分に、子ができない以上、妹和音を良き相手と結婚させ、子を誕生させ、その子に天帝家の跡継ぎにしようとしていたのである。


 苦々しい顔を覗かせながらも、香茗の口が堅い。

 瞳が揺れている香茗。

 兄としては、妹の幸せを願っている。

 だが、香茗は天帝家の当主で、跡継ぎを欲していた。


 物怖じせず、視線を注いでいる岩倉。

「さすがに、あれは、酷いような気がします」

 さらに、岩倉の口が開いていた。

「やめろ」

 感情を押し殺したような声音だ。

 けれど、岩倉の口が止まらない。

「もう少し、穏便に、お話をしてほしいと」

「……」

 顔を渋面させている。


 互いに視線を巡らせ、一歩を引かなかった。

「……それに、香茗様にも、もう少し頑張っていただきたいと」

「……側室を、増やせと」

 うんざりした顔を滲ませていた。

 正室に加え、すでに四人の側室がいた。

 毎夜、順番に閨を共にしていたが、ここ数年は、誰も寝室に入れていない。


「はい」

「断る。結果は同じだ」

 怒気がこもる視線を、平然と構えている岩倉に浴びせていた。

 たじろぐことがない岩倉。

「少し、血に拘り過ぎかと」


 怪訝そうな顔を、香茗が滲ませている。

 血に拘り、天帝家に連なる者や、以前、天帝家の娘を降嫁させた家臣の娘から、正室や側室が選ばれていたのだった。

 選んでいたのが、三条を中心とした人物たちだ。

 姉小路側は、三条以上の拘りがない。

 血筋がよければ、いいのではないかと言う意見の持ち主だった。


「それに、少し趣向の違う女性で、気持ちも、和らぐかと」

「……」

 胡乱げな視線を、注いでいる。


 最近の香茗の状況に、三条も憂いていたのだ。

 三条自身も、この状況がよくないと巡らせ、和音の相手同様に、香茗の新たな側室選びを、密かに行っていたのである。

 そのことにも香茗自身、感じ取っていたので、決して寝室に、人を寄せつかないようにしていた。


「そのうち、三条殿の手の者が、寝室に、入り込んでくるかもしれません」

「……そんなことは、させぬ」

「ですが、三条様も、必死です」

「わかっている」

「ですから、香茗様に置かれましても、自ら動かれた方が?」

「まさか、自分を入れろと、言っているのか」

「違います。私など、香茗様の相手は、務まりません」


 ふふふと、妖艶に微笑んでみせる。

 岩倉自身が、側室になろうと思っていないことはわかっていた。

 ただ、意趣返しで、出た言葉だった。


「三条が、うるさいぞ」

 辟易した溜息を、漏らしていた。

 天帝家に対し、三条は強い拘りを持っていたのである。


 これまでは、三条が言う者たちを、素直に正室にしたり、側室に迎えていたのだった。

 長年、三条家が親身になって、天帝家を支えていたので、香茗としては、強く三条に言うことを、躊躇っていた部分があったのだ。


「ですから、内密に」

「……」

「岩倉が、選んだ者か?」

「いいえ。市中に出て、自ら選んでいただいても、結構です。それとも、気になる者がいるならば、私どもが、手配いたします」

 岩倉の口角が、不敵に上がっていた。


読んでいただき、ありがとうございます。

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