第80話 芹沢と沖田2
芹沢と沖田が、御茶屋の部屋で、酒を交わしていた。
勿論、部屋を予約していた訳ではない。
その時の気分で、店を決めていたのだった。
だから、店側の方も、芹沢が唐突に訪れてもいいように、一つ部屋を、常に空けて対処していたのだ。
その席は、二人だけではなく、芹沢の愛人である小梅も、同席していたのである。
慣れない手つきで、小梅が沖田にお酌していた。
注ぐお酒に、意識を持って居過ぎていたのだった。
思わず、噴き出しそうになる笑いを、堪えるのに、必死な沖田。
ようやく注ぎ終わると、視線を沖田に巡らせる小梅であった。
「沖田さんって、とても楽しい方なんですね。S級ライセンスを、最年少で取ったから、もっと真面目な方だと、思っていました」
ニコニコした顔で、小梅が喋っていた。
以前、芹沢たちと酒を交わした際に、小梅は同席していなかったのだ。
二人とも、この席が初対面だった。
ふと、小梅の視線が沖田の胸もとに向けられている。
「これ、何ですか?」
指差していたのは、胸元についている鮮やかなデザインが施されたバッチだった。
「備品係です」
はっきりとした沖田の口調だ。
芹沢の顔は、何とも言えぬ顔を滲ませていたのである。
「ビヒンガカリ?」
こてんと、小梅が首を傾げていた。
「えぇ。備品係の副委員を務めているんです」
「偉いんですか?」
「それなりに?」
沖田も、可愛らしく首を傾げている。
ほぉと、純粋な目を丸くし、小梅が感心していた。
そして、ニンマリと微笑んでいたのだった。
小梅の周囲でも、沖田の話題が持ち上がっていたので、どんな人なんだろうと言う興味だけ憶えていた。
その話題の人を、芹沢が連れてきたので、少しでも、お世話になっているお姉さんたちの役に立とうと、注目の的である沖田を質問攻めにしていたのである。
お酌もせず、最初、質問攻めにしていたのだった。
小柄な身体から、漲るパワフルな圧に、沖田がやや気圧され気味だ。
そんな一生懸命な姿を、穏やかな眼差しで、芹沢が見守っていた。
「何だ、小梅は。私よりも、若い有望な沖田の方が、お気に入りか?」
おどけてみせる芹沢。
真面目な小梅は、額面通りに、受け取ってしまう。
見る見るうちに、頬が膨らんでいった。
「そんなことありません。私は旦那様、一筋です」
浮気者と称されたようで、納得できなかったのだ。
剥れている小梅の頬を、芹沢が突っつく。
「そうか、そうか」
どこか、ご満悦だ。
そんな二人の様子を、面白げに傍観していた。
決して、待機部屋では、見られない光景だったからだ。
からかうことがあっても、こんな落ち着いている姿を、垣間見たことがなかった。
(どの姿が、本物なんだろうか?)
やや首を傾げ、ふと思っていたことを口にする。
「お二人は、長いのですか?」
突如、投げられた質問に、きょとんとした顔を、小梅が傾けた。
「いいえ。最近です」
「仲が、いいんですね」
ニコッと、沖田が微笑む。
二人の仲を褒められ、純粋な小梅が照れていた。
(へぇ、最近、芹沢隊長を、旦那としたんだ。何か、二人を見ていると、長いのかなって、思っていたけど、意外だな)
不意に、部屋に入ってきた直後のことを、振り返っている。
芹沢に声も掛けず、沖田を視界に捉えた途端に、興味津々といった瞳で、夢中になっていたのだった。
客をもてなす側としては、小梅の接客は、ド素人丸出しだったのだ。
遊女として、まだ場馴れしておらず、初々しさが、前面に押し出されていた。
お酌しても、緊張で手が震え、それに酒を注ぐことに、集中してしまい、客の顔色なんて窺っていない。
だが、素人同然の小梅の対応に、微笑ましく思っていた。
「小梅さんは、芹沢隊長の、どこに、惚れたのですか」
「単刀直入だな」
ストレートな質問に、芹沢がやや呆れていた。
そして、小梅も、素直に即答する。
「優しいところです」
「巷で、恐れられている芹沢隊長が、優しいとは」
若干、目を丸くしている沖田だった。
そんな姿に、首を傾げてみせる小梅。
「優しいですよ、旦那様は。沖田さんは、どう思いますか?」
「とても愉快な人だと、思いますよ」
「愉快?」
「えぇ。とても愉快な人だと、思います。だから、芹沢隊長のことは、好きですよ」
嫌われている芹沢のことで、心を痛めていた小梅にとって、自分同様に好きだと称する人が現れ、ホクホク顔が収まらない。
(素直な人だな。でも、この商売していては、ダメだろう、人に感情を、読まれないようにしないと。……芹沢隊長は、こういうタイプが好きなのか? この前は、完全に真逆の人だったり……、それとも、好みがないのかな)
少し、イタイ子を見るような眼差しを、グッと堪えていた。
目の前に、芹沢がいたからだ。
爛々と瞳を輝かせ、芹沢の好きなところを、促してくる。
「他に、いいところは?」
「いやなことは、嫌って言いますし」
「はい」
元気よく、小梅が返事をした。
「四の五の言う人には、容赦しないし」
「はい」
「上司にも、媚を売らず、強いですから」
「そうなんです。旦那様は、一番強いんですよ」
「えぇ」
蚊帳の外にいる芹沢は、段々と、居た堪れない。
思わず、楽しげな二人から、視線を外してしまった。
「もっと、言ってください。旦那様を、こんなに褒めてくれる人は、初めてです」
「的確に、部下を使っていますし」
「凄いんですよ。あっという間に、部下の皆さんを使って、片付けちゃうんですから」
「手際が、いいんですよね」
「そうなんです」
「威厳な眼差しで、上司の命令に従わず、思いのまま、行動をしていますね」
「とても、意志が強いんです」
調子に乗っている沖田に、ジト目を注いでいる。
けれど、そんな視線を無視し、小梅と一緒になり、芹沢のいいところを上げていっていたのだった。
この状況を、小梅と沖田が、楽しんでいたのである。
(いい人ではなく、ただ脅迫しているだけだ)
全然、気づく気配のない小梅。
思わず、暖かな眼差しを傾けてしまった。
「……小梅。姉さんたちの手伝いでも、しておいで」
「……はい、旦那様」
ニッコリと、微笑んで頷き、沖田に席を離れる旨を伝え、部屋を後にしたのだった。
ようやく、芹沢と、沖田だけになる。
勿論、影で、話を聞こうとするやからもいない。
容赦ない芹沢のことを把握し、誰も近づけないのだ。
近づいた者は、誰も、斬り捨てられていたからだった。
二人には、離れた位置で、探っている者が、常に張り付いていた。
その状況を承知しつつ、放任していたのである。
密かに、行動したい時は、撒けばいいと、巡らせていたのだった。
「とても、可愛らしい方ですね」
「ああ」
「まだ、座敷に出て、日が浅いのでしょうか?」
「日が浅いうちに、俺専属にさせたから、いろいろと、抜けている」
簡単に、小梅が座敷に出始めた際に、別な席で失態を犯し、客に怒られているところに出くわし、無理やり仲裁させ、そのまま小梅を自分の席に座らせ、愛人した旨を語ったのである。
「なるほど」
口角を上げ、頷いていた。
「優しいですね」
「気まぐれだ」
小梅がいなくなった途端、ニコニコした顔をしているにもかかわらず、眼光の奥が冷めている。
(一体、どれが、本当の芹沢隊長の素顔なんだろう?)
「ところで、この前、見世物小屋を襲ったのは、芹沢隊長ですか?」
笑顔の表情で、その双眸は、凍てつくものを感じさせていた。
ふてぶてしくしている相手を、射抜いている。
「そうだ」
一切、表情が揺らぐことがない。
飄々と、構えている芹沢だった。
「あの後、見世物小屋に行って?」
「ああ。お前たちと別れ、少しばかり、狩りをしてからな」
リズたちがいた見世物小屋にあった遺体は、一撃で仕留められていたのである。
狩場から、脱出したリズたちは、その足で見世物小屋には戻らず、美和のところへ行ったのだった。
見世物小屋に、リズたちに組みしなかった半妖と、見張りの男たち数人しか、残っていたのだ。
そして、彼らは、遺体となって発見された。
芹沢と、出くわした狩場では、何度も、いたぶられた跡がある遺体が、見つかっていたのだった。
狩場での捜査は、銃器組が行っていた。
「襲う必要が、あったのでしょうか?」
「生きていても、いずれ死んでいただろうな。別な狩人たちに」
狡猾な笑みを、芹沢が漏らしていた。
芹沢が言わんとしたことは、飲み込めた。
生きていたとしても、都から出ることは難しいと抱く。
半妖を取締まっている特殊組や、半妖狩りを楽しむ、やからから逃げ出すには。
「随分と、優しいんだな」
意外と言う顔つきを、芹沢が覗かせている。
「誤解をなさっているようですが、僕は基本的に、優しいですよ」
「そうか」
疑っている視線を、投げかけている。
降りかかってくる視線を、外そうとはしない。
ただ、微笑んでいるだけだ。
「以前から?」
「そうだな」
山南の同期から見せられた写真に、相当な腕前で、斬られた遺体が、混じっていたのである。
「中には、相当な腕の持ち主から、斬られた跡がありました」
「たぶん。俺だろう」
隠そうともしない。
ニタッと、笑っている芹沢だった。
「なぜ?」
「言っただろう? 俺よりも、ゲスなやつらが、気に入らないと」
芹沢が言う、ゲスと言う名の狩り側の者たちを斬り、芹沢の姿を見た者や、それに連なる者を容赦なく斬り捨て、証拠を残さないようにしていたのだった。
首を竦めている沖田。
「……よく気づかれませんね」
「だな」
余裕な表情を滲ませている。
「もしかすると、沖田の友達も、斬っているかもな」
挑発してくる眼差しを注いでいた。
「……そうですね」
口角を上げ、不敵な笑みを覗かせている芹沢を、窺っている。
感情を揺さぶろうとする芹沢に、苦笑するしかない。
「あいつらの身元は、ご存知なんですか?」
狩場にいた連中の身元を、確かめた。
「ああ。徳川宗家の家臣だ」
「悪い趣味ですね」
「天帝家の家臣も、手を染めているぞ」
「敵対しているのに?」
「共同で、主催している時も、あるな」
綺麗な顔に似合わず、眉を潜めている。
表立って、敵対していないが、敵対している者同士と言う位置にいたのだ。
そういった者たちが揃って、何かしていると言うことが、理解できなかった。
「どういう心境なんでしょうね。一緒にやるなんて」
「知らん」
「随分と、詳しいようですが、この後、行われるだろう場所など、わかれば、教えていただきたく思いますが?」
「自分で、調べられるだろう?」
相手を弄ぶような眼光を、滲ませていた。
「できなくはないですが、まだ、知り合いも、多くありませんし、時間が掛かってしまい、面倒臭いので、知っている人に聞けば、手っ取り早いかと」
愛嬌のある微笑みを零している。
「手っ取り早いか」
「はい。面倒臭いのは、あまり好きじゃありません」
「面倒臭いと言って、手を抜くと、後で痛い目に合うぞ」
安易に、狩場で警備していた者たちを、見逃したことを指していたのだ。
非難めいた眼差しに、困ったなと、頬を掻く。
「この性格は、変えられませんよ、芹沢隊長」
「そうだな。俺も、変えられない」
フッと、笑った後、懐に仕舞ってあったメモリーを、沖田に投げつけた。
小型のタブレットに、受け取ったメモリーを差し込んだ。
メモリーに入っていたデータを読んでいく。
「……随分と」
予想以上の詳細なデータが、入っていたのである。
「悪い人が、いっぱいいますね」
視線は伏せたまま、データを眺めている。
徳川宗家の家臣や、天帝家の家臣が、悪事に染めている事柄が書かれていた。
感嘆の息が、漏れてしまう。
「長年、掴んだものだ」
「いいんですか?」
顔を上げ、平然としている芹沢の顔を窺った。
「くれてやる」
真意が掴めず、困惑している。
「お前だったら、どう使う?」
倣岸な顔を、芹沢が滲ませていた。
「さぁ」
頬が上がったままの芹沢を、捉えている。
「では、貰っちゃいますよ」
「構わん。同じものを、持っているからな」
自分に、沖田が接触していると巡らせ、事前に用意していたものだった。
「用事も、終わらせたし、ゆっくりと、酒でも飲むか」
「はい」
二人は酒を飲み、他愛もない会話をしていったのである。
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