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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第4章 散華 前編
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第80話  芹沢と沖田2

 芹沢と沖田が、御茶屋の部屋で、酒を交わしていた。

 勿論、部屋を予約していた訳ではない。

 その時の気分で、店を決めていたのだった。

 だから、店側の方も、芹沢が唐突に訪れてもいいように、一つ部屋を、常に空けて対処していたのだ。


 その席は、二人だけではなく、芹沢の愛人である小梅も、同席していたのである。

 慣れない手つきで、小梅が沖田にお酌していた。

 注ぐお酒に、意識を持って居過ぎていたのだった。


 思わず、噴き出しそうになる笑いを、堪えるのに、必死な沖田。

 ようやく注ぎ終わると、視線を沖田に巡らせる小梅であった。

「沖田さんって、とても楽しい方なんですね。S級ライセンスを、最年少で取ったから、もっと真面目な方だと、思っていました」

 ニコニコした顔で、小梅が喋っていた。


 以前、芹沢たちと酒を交わした際に、小梅は同席していなかったのだ。

 二人とも、この席が初対面だった。


 ふと、小梅の視線が沖田の胸もとに向けられている。

「これ、何ですか?」

 指差していたのは、胸元についている鮮やかなデザインが施されたバッチだった。

「備品係です」

 はっきりとした沖田の口調だ。

 芹沢の顔は、何とも言えぬ顔を滲ませていたのである。

「ビヒンガカリ?」

 こてんと、小梅が首を傾げていた。


「えぇ。備品係の副委員を務めているんです」

「偉いんですか?」

「それなりに?」

 沖田も、可愛らしく首を傾げている。


 ほぉと、純粋な目を丸くし、小梅が感心していた。

 そして、ニンマリと微笑んでいたのだった。

 小梅の周囲でも、沖田の話題が持ち上がっていたので、どんな人なんだろうと言う興味だけ憶えていた。

 その話題の人を、芹沢が連れてきたので、少しでも、お世話になっているお姉さんたちの役に立とうと、注目の的である沖田を質問攻めにしていたのである。


 お酌もせず、最初、質問攻めにしていたのだった。

 小柄な身体から、漲るパワフルな圧に、沖田がやや気圧され気味だ。

 そんな一生懸命な姿を、穏やかな眼差しで、芹沢が見守っていた。


「何だ、小梅は。私よりも、若い有望な沖田の方が、お気に入りか?」

 おどけてみせる芹沢。

 真面目な小梅は、額面通りに、受け取ってしまう。

 見る見るうちに、頬が膨らんでいった。

「そんなことありません。私は旦那様、一筋です」


 浮気者と称されたようで、納得できなかったのだ。

 剥れている小梅の頬を、芹沢が突っつく。

「そうか、そうか」

 どこか、ご満悦だ。


 そんな二人の様子を、面白げに傍観していた。

 決して、待機部屋では、見られない光景だったからだ。

 からかうことがあっても、こんな落ち着いている姿を、垣間見たことがなかった。


(どの姿が、本物なんだろうか?)


 やや首を傾げ、ふと思っていたことを口にする。

「お二人は、長いのですか?」

 突如、投げられた質問に、きょとんとした顔を、小梅が傾けた。

「いいえ。最近です」

「仲が、いいんですね」

 ニコッと、沖田が微笑む。

 二人の仲を褒められ、純粋な小梅が照れていた。


(へぇ、最近、芹沢隊長を、旦那としたんだ。何か、二人を見ていると、長いのかなって、思っていたけど、意外だな)


 不意に、部屋に入ってきた直後のことを、振り返っている。

 芹沢に声も掛けず、沖田を視界に捉えた途端に、興味津々といった瞳で、夢中になっていたのだった。

 客をもてなす側としては、小梅の接客は、ド素人丸出しだったのだ。

 遊女として、まだ場馴れしておらず、初々しさが、前面に押し出されていた。

 お酌しても、緊張で手が震え、それに酒を注ぐことに、集中してしまい、客の顔色なんて窺っていない。

 だが、素人同然の小梅の対応に、微笑ましく思っていた。


「小梅さんは、芹沢隊長の、どこに、惚れたのですか」

「単刀直入だな」

 ストレートな質問に、芹沢がやや呆れていた。

 そして、小梅も、素直に即答する。

「優しいところです」


「巷で、恐れられている芹沢隊長が、優しいとは」

 若干、目を丸くしている沖田だった。

 そんな姿に、首を傾げてみせる小梅。


「優しいですよ、旦那様は。沖田さんは、どう思いますか?」

「とても愉快な人だと、思いますよ」

「愉快?」

「えぇ。とても愉快な人だと、思います。だから、芹沢隊長のことは、好きですよ」

 嫌われている芹沢のことで、心を痛めていた小梅にとって、自分同様に好きだと称する人が現れ、ホクホク顔が収まらない。


(素直な人だな。でも、この商売していては、ダメだろう、人に感情を、読まれないようにしないと。……芹沢隊長は、こういうタイプが好きなのか? この前は、完全に真逆の人だったり……、それとも、好みがないのかな)


 少し、イタイ子を見るような眼差しを、グッと堪えていた。

 目の前に、芹沢がいたからだ。

 爛々と瞳を輝かせ、芹沢の好きなところを、促してくる。

「他に、いいところは?」

「いやなことは、嫌って言いますし」

「はい」

 元気よく、小梅が返事をした。


「四の五の言う人には、容赦しないし」

「はい」

「上司にも、媚を売らず、強いですから」

「そうなんです。旦那様は、一番強いんですよ」

「えぇ」


 蚊帳の外にいる芹沢は、段々と、居た堪れない。

 思わず、楽しげな二人から、視線を外してしまった。


「もっと、言ってください。旦那様を、こんなに褒めてくれる人は、初めてです」

「的確に、部下を使っていますし」

「凄いんですよ。あっという間に、部下の皆さんを使って、片付けちゃうんですから」

「手際が、いいんですよね」

「そうなんです」

「威厳な眼差しで、上司の命令に従わず、思いのまま、行動をしていますね」

「とても、意志が強いんです」


 調子に乗っている沖田に、ジト目を注いでいる。

 けれど、そんな視線を無視し、小梅と一緒になり、芹沢のいいところを上げていっていたのだった。

 この状況を、小梅と沖田が、楽しんでいたのである。


(いい人ではなく、ただ脅迫しているだけだ)


 全然、気づく気配のない小梅。

 思わず、暖かな眼差しを傾けてしまった。


「……小梅。姉さんたちの手伝いでも、しておいで」

「……はい、旦那様」

 ニッコリと、微笑んで頷き、沖田に席を離れる旨を伝え、部屋を後にしたのだった。




 ようやく、芹沢と、沖田だけになる。

 勿論、影で、話を聞こうとするやからもいない。

 容赦ない芹沢のことを把握し、誰も近づけないのだ。


 近づいた者は、誰も、斬り捨てられていたからだった。

 二人には、離れた位置で、探っている者が、常に張り付いていた。

 その状況を承知しつつ、放任していたのである。

 密かに、行動したい時は、撒けばいいと、巡らせていたのだった。


「とても、可愛らしい方ですね」

「ああ」

「まだ、座敷に出て、日が浅いのでしょうか?」

「日が浅いうちに、俺専属にさせたから、いろいろと、抜けている」

 簡単に、小梅が座敷に出始めた際に、別な席で失態を犯し、客に怒られているところに出くわし、無理やり仲裁させ、そのまま小梅を自分の席に座らせ、愛人した旨を語ったのである。


「なるほど」

 口角を上げ、頷いていた。

「優しいですね」

「気まぐれだ」

 小梅がいなくなった途端、ニコニコした顔をしているにもかかわらず、眼光の奥が冷めている。


(一体、どれが、本当の芹沢隊長の素顔なんだろう?)


「ところで、この前、見世物小屋を襲ったのは、芹沢隊長ですか?」

 笑顔の表情で、その双眸は、凍てつくものを感じさせていた。

 ふてぶてしくしている相手を、射抜いている。

「そうだ」


 一切、表情が揺らぐことがない。

 飄々と、構えている芹沢だった。


「あの後、見世物小屋に行って?」

「ああ。お前たちと別れ、少しばかり、狩りをしてからな」

 リズたちがいた見世物小屋にあった遺体は、一撃で仕留められていたのである。

 狩場から、脱出したリズたちは、その足で見世物小屋には戻らず、美和のところへ行ったのだった。


 見世物小屋に、リズたちに組みしなかった半妖と、見張りの男たち数人しか、残っていたのだ。

 そして、彼らは、遺体となって発見された。

 芹沢と、出くわした狩場では、何度も、いたぶられた跡がある遺体が、見つかっていたのだった。

 狩場での捜査は、銃器組が行っていた。


「襲う必要が、あったのでしょうか?」

「生きていても、いずれ死んでいただろうな。別な狩人たちに」

 狡猾な笑みを、芹沢が漏らしていた。

 芹沢が言わんとしたことは、飲み込めた。

 生きていたとしても、都から出ることは難しいと抱く。

 半妖を取締まっている特殊組や、半妖狩りを楽しむ、やからから逃げ出すには。


「随分と、優しいんだな」

 意外と言う顔つきを、芹沢が覗かせている。

「誤解をなさっているようですが、僕は基本的に、優しいですよ」

「そうか」

 疑っている視線を、投げかけている。


 降りかかってくる視線を、外そうとはしない。

 ただ、微笑んでいるだけだ。


「以前から?」

「そうだな」

 山南の同期から見せられた写真に、相当な腕前で、斬られた遺体が、混じっていたのである。

「中には、相当な腕の持ち主から、斬られた跡がありました」

「たぶん。俺だろう」

 隠そうともしない。

 ニタッと、笑っている芹沢だった。


「なぜ?」

「言っただろう? 俺よりも、ゲスなやつらが、気に入らないと」

 芹沢が言う、ゲスと言う名の狩り側の者たちを斬り、芹沢の姿を見た者や、それに連なる者を容赦なく斬り捨て、証拠を残さないようにしていたのだった。

 首を竦めている沖田。

「……よく気づかれませんね」

「だな」

 余裕な表情を滲ませている。


「もしかすると、沖田の友達も、斬っているかもな」

 挑発してくる眼差しを注いでいた。

「……そうですね」

 口角を上げ、不敵な笑みを覗かせている芹沢を、窺っている。

 感情を揺さぶろうとする芹沢に、苦笑するしかない。


「あいつらの身元は、ご存知なんですか?」

 狩場にいた連中の身元を、確かめた。

「ああ。徳川宗家の家臣だ」

「悪い趣味ですね」

「天帝家の家臣も、手を染めているぞ」

「敵対しているのに?」

「共同で、主催している時も、あるな」


 綺麗な顔に似合わず、眉を潜めている。

 表立って、敵対していないが、敵対している者同士と言う位置にいたのだ。

 そういった者たちが揃って、何かしていると言うことが、理解できなかった。


「どういう心境なんでしょうね。一緒にやるなんて」

「知らん」

「随分と、詳しいようですが、この後、行われるだろう場所など、わかれば、教えていただきたく思いますが?」

「自分で、調べられるだろう?」

 相手を弄ぶような眼光を、滲ませていた。


「できなくはないですが、まだ、知り合いも、多くありませんし、時間が掛かってしまい、面倒臭いので、知っている人に聞けば、手っ取り早いかと」

 愛嬌のある微笑みを零している。

「手っ取り早いか」

「はい。面倒臭いのは、あまり好きじゃありません」

「面倒臭いと言って、手を抜くと、後で痛い目に合うぞ」

 安易に、狩場で警備していた者たちを、見逃したことを指していたのだ。

 非難めいた眼差しに、困ったなと、頬を掻く。


「この性格は、変えられませんよ、芹沢隊長」

「そうだな。俺も、変えられない」

 フッと、笑った後、懐に仕舞ってあったメモリーを、沖田に投げつけた。


 小型のタブレットに、受け取ったメモリーを差し込んだ。

 メモリーに入っていたデータを読んでいく。

「……随分と」

 予想以上の詳細なデータが、入っていたのである。


「悪い人が、いっぱいいますね」

 視線は伏せたまま、データを眺めている。

 徳川宗家の家臣や、天帝家の家臣が、悪事に染めている事柄が書かれていた。

 感嘆の息が、漏れてしまう。


「長年、掴んだものだ」

「いいんですか?」

 顔を上げ、平然としている芹沢の顔を窺った。


「くれてやる」

 真意が掴めず、困惑している。

「お前だったら、どう使う?」

 倣岸な顔を、芹沢が滲ませていた。

「さぁ」

 頬が上がったままの芹沢を、捉えている。


「では、貰っちゃいますよ」

「構わん。同じものを、持っているからな」

 自分に、沖田が接触していると巡らせ、事前に用意していたものだった。

「用事も、終わらせたし、ゆっくりと、酒でも飲むか」

「はい」

 二人は酒を飲み、他愛もない会話をしていったのである。


読んでいただき、ありがとうございます。

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