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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第4章 散華 前編
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第79話  芹沢と沖田1

 上機嫌で、警邏軍の廊下を歩いている芹沢。

 その背後に、まだ痛々しい格好をしている平山と、平間が護衛としてついていた。

 誰もが、素知らぬ顔し、道を明け渡していたのである。


 好奇な眼差しに晒され、二人は居心地の悪そうな顔を覗かせている。

 だが、芹沢一人だけが、平然と頬を緩め、ニンマリとした顔をしていた。


 警邏軍において、ヒソヒソと、悪目立ちしていたのである。

 そして、その原因が、近藤に稽古をつけられたことも、知られ回っていたのだった。

 普段、芹沢隊が幅を利かせていたので、この無様な姿に、警邏軍の者たちが、影で嘲笑していた。


 その中でも、芹沢は堂々としている。

 それが、どうしたかと言う顔でだ。


 正面から、愛嬌を滲ませている沖田の姿が、徐々に大きくなっていった。

 平山と平間の顔が、沖田を視界に捉えた途端、微妙な表情を醸し出している。

 腕の立つ二人は、段々と、沖田のバケモノ振りを垣間見、自分たちでは太刀打ちできないと、認識し始めていたのだ。

 芹沢隊長と、同じバケモノだと。


 芹沢と沖田が、向かえ合って、立ち止まった。

 チラリと、芹沢の背後にいる二人にも、笑顔を傾ける。

 向けられた当の二人は、顔を渋面させていたのだった。

「大丈夫ですか? 平山さん、平間さん」

「「……」」


 視線を、合わせよとはしない。

 そんな二人に、小さく笑っている。

「まだ、打撲とか、痛みますか?」

 気遣う姿勢に、ますます、何とも言えない、複雑な表情を、滲ませている二人。


 振り向かず、黙り込んでいる二人に、芹沢が声をかける。

「沖田が、聞いているぞ」

「「……大丈夫だ」」

 上司である芹沢に促され、ようやく声を絞り出した。

「そうですか。あまり、無理をなさらないでくださいね」

「「……ああ」」


 二人との話を終え、真正面にいる芹沢に、視線を巡らせる。

 互いに、笑顔を覗かせていた。

「芹沢隊長は、ご用事を終えましたか」

「まだ、数件残っている」


 高らかに、警邏軍の中で、金をせびるところが、数件残っていると言う宣言に、戦々恐々している者たちが、ちらほらと見受けられていた。

 せびられている本人ではなくても、次は、自分のところに来るのではと、慄いていたのである。

 それに、上司がせびられていたら、後で、上司から八つ当たりされる、可能性もあるからだ。

 いろいろな意味で、芹沢の発言に、誰もが戦慄していたのだった。

 狼狽えている周囲を、楽しんでいる芹沢だった。


(ホント、芹沢隊長って、いい性格しているな。兄さんに言わせたら、僕もいい性格しているらしいけど)


「大変そうですね」

「いや。楽しいぞ」

「そんなに、せびるネタが、あるんですね」

 身を硬くし、周囲で、耳を傾けている者たち。

 誰もが、ゴクリと、つばを飲み込む。


「あるぞ。たんまりと」

 ふふふと、笑い出す芹沢。

 耳を傍立てている者たちが、震え上がっている。


「あまり、無理をなさらないように」

「ああ。ところで、沖田は暇か?」

「あらかたの仕事を、終えていますよ」

「そうか。じゃ、俺に付き合って、飲みにでも、行くか?」

 何気に誘ってくる芹沢だ。

 数件回り、金を調達してから、御茶屋に出向く予定になっていたのである。


 眉を下げている沖田だった。

「ですが、芹沢隊長の方は、まだ、やることがあるのでは?」

「明日でも、平気だ。だから、付き合え」

 芹沢の背後にいる二人が、とてもいやそうな顔を覗かせていた。

 どう考えも、沖田を交え、美味しいお酒が飲めそうもないからだ。

 今の状況を踏まえると。


(どうしようかな。どうみても、一緒に行きたくない様子だし。でも、芹沢隊長とは……)


「平山、平間。お前たちは、ここまでだ」

 安易に、ついてくるなと命じた。

「ケガ人をつれても、酒が、美味しくないからな」

 ギョッとした顔を滲ませ、芹沢に取り繕うとする。

「で、ですが……」

 ニコニコと、微笑んでいる沖田を、平山が警戒心を強めている。

 それに対し、ジト目で、平間が睨んでいた。


「俺は、命じたはずだ」

「……はい」

 矜持を、さらに傷つけられたようで、納得できない平山だったが、芹沢の命令に、逆らう訳にはいかない。

 命令に従わなくては、自分の命が、なかったからである。


「まだ、了承していませんよ、芹沢隊長」

「今日の護衛は、沖田だ。頼むぞ」

 ただ、困ったなと言う顔を、浮かべている。

「近藤と、土方に、了承させるか?」

 ふくよかな頬を、上げていた。


(無理やり命令させ、後で、兄さんから怒られそう。なら)


「いいえ。どうせ、暇なので、お付き合いさせて貰います」

「なら、行くぞ」

「はい」

 二人は、不貞腐れ気味な平山と平間を残し、歩き始めていた。


 その背後を、食い入るように見ている二人と、もう一人、隠れて窺っている者がいた。

 島田班の山崎だった。

 怪訝そうな眼差しで、出かけていく二人を、眺めていたのだった。

 意外な組み合わせに、誰もが、芹沢と沖田を、ギョッとした顔で、窺っていたのだった。




「随分と、来るのが、遅かったな」

 上機嫌な表情から、紡ぎ出される声音は、か細かった。

「さすがに、すぐにはこらせませんよ」

 苦笑している沖田だった。


 本当は、すぐにでも芹沢の元へ行き、確かめたいことがあったのだ。

 けれど、同じ深泉組とは言え、隊が違っているので、会いにいくことができなかった。

 これ以上、目立つのは、懸命ではないと、自重していたのである。

 いろいろと痛い腹を、まだ知られたくなかったからだ。


「僕としては、少し伺うだけで、よかったんですが?」

 愛らしく、首を傾げてみせた。

 好奇な眼差しに晒されても、平然としている二人だった。

 誰も、離れて二人を窺っている。

 だが、二人の会話まで、聞こえなかった。


「お前とは、じっくりと、酒を飲んで、みたいと思っていた」

「何度か、飲みましたよ」

「ウザい者たちが、いただろう」

 いつになく、楽しげで、声が弾んでいた。


「ウザいって、平山さんも、平間さんも、芹沢隊長の部下じゃないですか」

「お前とは、二人で、酒を飲みたいと思っていた」

 以前に、芹沢に誘われ、酒の席を共にしたことがあったのだ。

 その際は、平山や平間、芹沢の部下や、新見隊長、新見隊長の部下も、揃って飲んでいた。


「目立ちなくないんですが?」

 首を竦めている沖田。

 ある程度、こうなる可能性も、あるかもしれないと、予測をしていた。

 予測の的中に、やれやれと、苦笑しか出てこない。


「せっかく、面倒臭い人たちが、減ってくれたんですよ」

「諦めろ」

 不敵に笑っているだけの芹沢のである。

 沖田の周囲を、探っている者たちが、徐々に減りだしていた。

 それが、芹沢と二人だけで、酒を飲みだけで、また増えるなと、僅かに肩を落とす沖田だった。


(また、窮屈な生活に、戻っちゃうな)


「斬り捨てないのが、悪い」

「それも、面倒臭いです」

 口を尖らせる沖田。

 愛くるしい表情に、誰も、魅了されている。


「それ、わざとか?」

 目を細め、窺ってくる芹沢だった。

「何がですか?」

 きょとんとした顔で、胡乱げな芹沢を眺めている。

「マジなやつか」

 ますますわからないと言う顔を、沖田が覗かせていたのだ。


「ところで、山崎が、しつこいぞ」

 恨めしげな眼差しを注いでくる。

 容赦なく、芹沢が、ただ笑っていた。


「土方のためなら、命の危険を犯しても、付きまとってくるからな」

「……そう思っているなら、誘わないでくださいよ」

 口を尖らせている沖田。

 不貞腐れている仕草も可愛いと、周囲が囁いている声が、芹沢の耳にも、伝わってくる。


「ダメだ。面白くないだろう」

 クックッと、芹沢が悦に入っている。

「芹沢隊長は、面白いかもしれませんけど。僕としては、もううんざりしているんですよね」

「頑張れ、沖田」

 ニッコリと、芹沢が微笑んだ。

 どうしようかと抱きつつも、小さく笑っている沖田だった。


読んでいただき、ありがとうございます。

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