第79話 芹沢と沖田1
上機嫌で、警邏軍の廊下を歩いている芹沢。
その背後に、まだ痛々しい格好をしている平山と、平間が護衛としてついていた。
誰もが、素知らぬ顔し、道を明け渡していたのである。
好奇な眼差しに晒され、二人は居心地の悪そうな顔を覗かせている。
だが、芹沢一人だけが、平然と頬を緩め、ニンマリとした顔をしていた。
警邏軍において、ヒソヒソと、悪目立ちしていたのである。
そして、その原因が、近藤に稽古をつけられたことも、知られ回っていたのだった。
普段、芹沢隊が幅を利かせていたので、この無様な姿に、警邏軍の者たちが、影で嘲笑していた。
その中でも、芹沢は堂々としている。
それが、どうしたかと言う顔でだ。
正面から、愛嬌を滲ませている沖田の姿が、徐々に大きくなっていった。
平山と平間の顔が、沖田を視界に捉えた途端、微妙な表情を醸し出している。
腕の立つ二人は、段々と、沖田のバケモノ振りを垣間見、自分たちでは太刀打ちできないと、認識し始めていたのだ。
芹沢隊長と、同じバケモノだと。
芹沢と沖田が、向かえ合って、立ち止まった。
チラリと、芹沢の背後にいる二人にも、笑顔を傾ける。
向けられた当の二人は、顔を渋面させていたのだった。
「大丈夫ですか? 平山さん、平間さん」
「「……」」
視線を、合わせよとはしない。
そんな二人に、小さく笑っている。
「まだ、打撲とか、痛みますか?」
気遣う姿勢に、ますます、何とも言えない、複雑な表情を、滲ませている二人。
振り向かず、黙り込んでいる二人に、芹沢が声をかける。
「沖田が、聞いているぞ」
「「……大丈夫だ」」
上司である芹沢に促され、ようやく声を絞り出した。
「そうですか。あまり、無理をなさらないでくださいね」
「「……ああ」」
二人との話を終え、真正面にいる芹沢に、視線を巡らせる。
互いに、笑顔を覗かせていた。
「芹沢隊長は、ご用事を終えましたか」
「まだ、数件残っている」
高らかに、警邏軍の中で、金をせびるところが、数件残っていると言う宣言に、戦々恐々している者たちが、ちらほらと見受けられていた。
せびられている本人ではなくても、次は、自分のところに来るのではと、慄いていたのである。
それに、上司がせびられていたら、後で、上司から八つ当たりされる、可能性もあるからだ。
いろいろな意味で、芹沢の発言に、誰もが戦慄していたのだった。
狼狽えている周囲を、楽しんでいる芹沢だった。
(ホント、芹沢隊長って、いい性格しているな。兄さんに言わせたら、僕もいい性格しているらしいけど)
「大変そうですね」
「いや。楽しいぞ」
「そんなに、せびるネタが、あるんですね」
身を硬くし、周囲で、耳を傾けている者たち。
誰もが、ゴクリと、つばを飲み込む。
「あるぞ。たんまりと」
ふふふと、笑い出す芹沢。
耳を傍立てている者たちが、震え上がっている。
「あまり、無理をなさらないように」
「ああ。ところで、沖田は暇か?」
「あらかたの仕事を、終えていますよ」
「そうか。じゃ、俺に付き合って、飲みにでも、行くか?」
何気に誘ってくる芹沢だ。
数件回り、金を調達してから、御茶屋に出向く予定になっていたのである。
眉を下げている沖田だった。
「ですが、芹沢隊長の方は、まだ、やることがあるのでは?」
「明日でも、平気だ。だから、付き合え」
芹沢の背後にいる二人が、とてもいやそうな顔を覗かせていた。
どう考えも、沖田を交え、美味しいお酒が飲めそうもないからだ。
今の状況を踏まえると。
(どうしようかな。どうみても、一緒に行きたくない様子だし。でも、芹沢隊長とは……)
「平山、平間。お前たちは、ここまでだ」
安易に、ついてくるなと命じた。
「ケガ人をつれても、酒が、美味しくないからな」
ギョッとした顔を滲ませ、芹沢に取り繕うとする。
「で、ですが……」
ニコニコと、微笑んでいる沖田を、平山が警戒心を強めている。
それに対し、ジト目で、平間が睨んでいた。
「俺は、命じたはずだ」
「……はい」
矜持を、さらに傷つけられたようで、納得できない平山だったが、芹沢の命令に、逆らう訳にはいかない。
命令に従わなくては、自分の命が、なかったからである。
「まだ、了承していませんよ、芹沢隊長」
「今日の護衛は、沖田だ。頼むぞ」
ただ、困ったなと言う顔を、浮かべている。
「近藤と、土方に、了承させるか?」
ふくよかな頬を、上げていた。
(無理やり命令させ、後で、兄さんから怒られそう。なら)
「いいえ。どうせ、暇なので、お付き合いさせて貰います」
「なら、行くぞ」
「はい」
二人は、不貞腐れ気味な平山と平間を残し、歩き始めていた。
その背後を、食い入るように見ている二人と、もう一人、隠れて窺っている者がいた。
島田班の山崎だった。
怪訝そうな眼差しで、出かけていく二人を、眺めていたのだった。
意外な組み合わせに、誰もが、芹沢と沖田を、ギョッとした顔で、窺っていたのだった。
「随分と、来るのが、遅かったな」
上機嫌な表情から、紡ぎ出される声音は、か細かった。
「さすがに、すぐにはこらせませんよ」
苦笑している沖田だった。
本当は、すぐにでも芹沢の元へ行き、確かめたいことがあったのだ。
けれど、同じ深泉組とは言え、隊が違っているので、会いにいくことができなかった。
これ以上、目立つのは、懸命ではないと、自重していたのである。
いろいろと痛い腹を、まだ知られたくなかったからだ。
「僕としては、少し伺うだけで、よかったんですが?」
愛らしく、首を傾げてみせた。
好奇な眼差しに晒されても、平然としている二人だった。
誰も、離れて二人を窺っている。
だが、二人の会話まで、聞こえなかった。
「お前とは、じっくりと、酒を飲んで、みたいと思っていた」
「何度か、飲みましたよ」
「ウザい者たちが、いただろう」
いつになく、楽しげで、声が弾んでいた。
「ウザいって、平山さんも、平間さんも、芹沢隊長の部下じゃないですか」
「お前とは、二人で、酒を飲みたいと思っていた」
以前に、芹沢に誘われ、酒の席を共にしたことがあったのだ。
その際は、平山や平間、芹沢の部下や、新見隊長、新見隊長の部下も、揃って飲んでいた。
「目立ちなくないんですが?」
首を竦めている沖田。
ある程度、こうなる可能性も、あるかもしれないと、予測をしていた。
予測の的中に、やれやれと、苦笑しか出てこない。
「せっかく、面倒臭い人たちが、減ってくれたんですよ」
「諦めろ」
不敵に笑っているだけの芹沢のである。
沖田の周囲を、探っている者たちが、徐々に減りだしていた。
それが、芹沢と二人だけで、酒を飲みだけで、また増えるなと、僅かに肩を落とす沖田だった。
(また、窮屈な生活に、戻っちゃうな)
「斬り捨てないのが、悪い」
「それも、面倒臭いです」
口を尖らせる沖田。
愛くるしい表情に、誰も、魅了されている。
「それ、わざとか?」
目を細め、窺ってくる芹沢だった。
「何がですか?」
きょとんとした顔で、胡乱げな芹沢を眺めている。
「マジなやつか」
ますますわからないと言う顔を、沖田が覗かせていたのだ。
「ところで、山崎が、しつこいぞ」
恨めしげな眼差しを注いでくる。
容赦なく、芹沢が、ただ笑っていた。
「土方のためなら、命の危険を犯しても、付きまとってくるからな」
「……そう思っているなら、誘わないでくださいよ」
口を尖らせている沖田。
不貞腐れている仕草も可愛いと、周囲が囁いている声が、芹沢の耳にも、伝わってくる。
「ダメだ。面白くないだろう」
クックッと、芹沢が悦に入っている。
「芹沢隊長は、面白いかもしれませんけど。僕としては、もううんざりしているんですよね」
「頑張れ、沖田」
ニッコリと、芹沢が微笑んだ。
どうしようかと抱きつつも、小さく笑っている沖田だった。
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