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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第4章 散華 前編
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第78話  ストレス

 銃器組に、土方が定時の書類を提出に、出向いていた。

 廊下を一人で歩いていると、前方にいる無表情でいる山崎の姿を、捉えたのだった。

 瞬時に、気づかれないように周囲を窺う。

 けれど、人の気配を、全然感じない。

 目配せで、土方が了承する。

 その合図を受け、土方の傍らに立ち、歩き始めた。


「何かあったのか?」

 僅かに顔を訝しげ、小声で、山崎に話しかけた。

 密かに誰かが、潜んでいる可能性もあるからだ。

 念には念を入れたのだった。


「はい。芹沢隊長たちのことで」

 山崎の言葉に、眉を潜める。

「何が、あった?」

「上層部の方に、また商家を襲った件が、漏れています。それに銃器組の隊長を、脅した件も、知られております」


「……」

 ギュッと、唇を噛み締める。

 数件の商家に、脅かしをかけていることを把握していたが、銃器組の隊長に、脅かしを掛けていたのは、初耳だった。


 唐突に、自由奔放に動き回る芹沢の姿を掠め、ますます苛立つ。

 不敵に笑みを零し、あの図体で、素早く動き回る芹沢。

 その眼光の奥に、得体の知れない、バケモノが潜んでいたのだ。

 何度か、芹沢と手合わせをしたこともあった。

 何より少しだけ、芹沢のバカモノ振りを目にし、戦慄を憶えたのは確かだった。

 そうした経緯により、自分では、芹沢を打ち負かせることができないと、苦々しく抱いていた。


(ソージなら……)


 掠めた想像を、早々に打ち払った。


(何を、バカなことを)


 それはそれで、厄介だと、巡らせたからだ。

 ふと、現実に戻った。

「……銃器組の、どこの隊長を、脅したのだ」

「はい。三番隊の、山下隊長であります」

「山下、隊長?」

 どこかで、聞いたことがある名だった。


 首を傾げ、土方が逡巡している。

 その隣では、おとなしく山崎が口を結んでいた。


 以前、見かけたことがある、山下の顔を思い浮かべている。

 隊長職で、出世が止まっており、長年、隊長を務めている男だった。

 何かと、黒い噂が流れているが、証拠がないと言うこともあり、処分などされたこともなかったのである。


 眉間にしわが増えていく。

 芹沢が脅かすにしては、随分と、小物に手を出したなと言う印象だ。


(どういうことだ?)


「本当に脅したのか、山下隊長を?」

 信じられず、思わず、山崎に確かめていた。

 それに対し、いやな顔をしない。


 素直に、土方の問いに応える。

「はい。珍しいことも、あるものです」

「上層部ではなく、銃器組の万年隊長をか」

 山崎に確かめているのではなく、自分に発した言葉だった。


 黒い噂は、芹沢隊長と同じであるが、山下隊長は規模が小さかったのである。

 小さな商家などを、脅かしていると言うものだった。

 それに、周辺を見回りしているのだから、手間賃をよこせと、庶民からもぎっていると言う噂も、流れていたのである。


 芹沢が金をせびるところは、大物ばかりや、金がたんまりあるところを狙って、脅かしていたのだ。

 その点については、違っていた。

 ひと呼吸置き、頭を冷やし、土方が口を開く。

「芹沢隊長との接点は?」

「銃器組のいた際、何度か、衝突をしたことがあるようです」

 調べた内容を、そのまま伝えた。


 土方に報告する前に、山下隊長について、早急に調べていたのである。

 その際に、七番隊にいた芹沢と、山下隊長の中で、何度か、衝突したと言う記述を見つけたのだった。見つけたと同時に、山崎自身、不可思議なこともあるものだと、首を捻りつつ、調べていたのだ。

 だから、土方に、少し報告が遅れてしまった。


「衝突?」

 目を細める土方だった。


(衝突をしていて、今まで、放置していただと。あの芹沢隊長が。……意外すぎる。即刻、手を出しているだろう、あの芹沢隊長が?)


 これまでの芹沢の行動を、振り返ると、芹沢を窘めたり、嫌がらせを仕掛けてきた者たちは、すべて返り討ちに合っていたのだ。

 長年、放置していた上に、今になって手を出している状況に、何かあるのかと勘ぐる。

 だが、情報が不足し、思考が行き止まりだった。


「他に、何かないのか?」

「それだけです」

 何度も、書かれている日誌などを、読んだりしたが、詳細が書かれていなかったのである。

「そうか。で、その件は、どこで止まっている」

 落胆の顔を、微かに、土方が窺わせていた。


「上層部の一部しか、知らないようです」

「一部とは、どの辺だ」

「松木少将のところです」

「上までは、届いていないのか?」


(随分と、下で止めているな。松木少将に、そんな力があったのか?)


 上層部において、松木少将の地位は下だった。

 大して、力を持っていなかった。

「必死に、松木少将が、止めたようです」


(必死? 繋がりがあるのか? あの二人に?)


「松木少将と、山下隊長の関係は?」

「それが、わかりません」

 訝しげている山崎。


 どう探ってみても、二人に繋がるものが、出てこなかったのである。

 勿論、土方が聞くだろうと巡らせ、二人について、どんな繋がりがあるのかと調べたが、二人に繋がるものが、一切出てこなかった。

 全然、接点が見つからなかったのである。

 山崎自身も、どうして松木少将が、山下隊長の件を隠しているのか、不明なままだった。

 僅かに、土方が目を見張る。


(山崎にも、掴めないとなると……)


 土方が、軽く息を吐いた。

「……さらに、探ってくれ。特に、二人のことを」

「はい」

「それと、もしかすると、裏に、誰かいるかもしれない。その者についてもだ」

「承知しました」


(何を考えているんだ、芹沢隊長は? 煩わしたくないが、近藤隊長に山下隊長の件を、聞くしかないか……)


 次から次へと、出てくる厄介ごとに、嘆息を零した。

「待機部屋は、どうだ?」

「落ち着いております。井上が戻ってきて、原田隊長たちも、落ち着いたのでしょう」


 井上が戻るまで、暗澹とした待機部屋のことを、気に掛けていたのである。

 何度も、芹沢隊と、小競り合いをしていて、近藤も、土方も、待機部屋から離れることができなかったのだった。

 ようやく井上が戻ってきたことによって、席を外すことができたのだった。

 傷に触るので、必ず、近藤か、土方が、どちらか一方が、いるようにしていたのである。

 自分たちの傷の具合も忘れ、暴れている隊員たちのことを、気遣っていたのだ。


 安堵の息を漏らした。

「お疲れ様でした」

「ああ」

 何かあれば、すぐに土方に知らせられるように、常に山崎も、待機部屋で過ごしていた。


 二人が喋っていると、後方から、島田が声をかけてくる。

「副隊長」

 立ち止まり、振り向く二人。

 豪快な足取りで、島田が二人に近づく。


「山崎も、一緒にいたのか」

「はい。ですか、私の方は、終えましたので」

 頭を下げ、待機部屋に戻っていく山崎に、島田が首を竦めている。

 島田としては、山崎がいても、構わなかったのだ。

 早々に、いなくなってしまった山崎に、済まなそうな顔を滲ませていたのだった。


「何だ、カイ」

「少し、相手を貰おうと、思ってな」

 腰に下げている柄を、眉間にしわを寄せている土方に見せる。

 厄介ごとかと、眉を潜めていたが、違うことで、若干ではあるが、顔が和らいでいた。


「部下を相手にすれば、いいだろう」

 億劫そうな顔を、覗かせていたのだ。

「芹沢隊長や、原田たちのことで、結構、溜まっているんじゃないのか。それと、お母上のことで」

 ニヤリと、島田が笑みを深めていた。


 言われた通りに、芹沢や原田たちの件で、ストレスがかなり蓄積されていたのである。

 そして、突然、来訪してきた美和のことで、不満を溜めていたのだった。

 休憩室で、数件のお見合い話をされ、その話を、外で聞いていた原田たちが、どんな相手なんだと、数日うるさく嗅ぎ回っていたのだ。


(結婚しないと言ったからって、母さんは……)


「……」

「少しは、息抜きしないと、病気になるぞ」

「……」

「私も、暴れたいし。さすがに、部下相手に、本気になるなんて、できないからな。それでなくても、二つの班が、まだ機能できていないのに」


(ようはカイも、憂さ晴らしが、したいのか)


 溜息を吐いた。

「そう溜息ばかりついていると、いいことが、逃げていくぞ」

 苦笑している島田。

「このところ、いいことなんて、何一つないぞ」

「そんなことあるまい。せっかくお母上が、訪ねてきたのに」

「……あれは、単なる嫌がらせだ」

 顔が、思いっきり顰めっ面だ。


「だろうな。副隊長は、以前に、お見合い話か、何か断ったんだろう?」

 クスクスと、美和が来た際の出来事を、思い返していたのだった。

 あまりの土方の狼狽振りが面白く、忘れられない出来事の一つとなっていたのだ。

 さらに、苦虫を潰したような顔を、覗かせている。


「違うか?」

「……大して、違わない」

「だから、嫌がらせをしたんだな、きっと。十分に、副隊長が嫌がると思って」

「ああ。まったく、困ったものだ」

「そう、怒るな、副隊長」

 ジロリと、美和の肩を持つ、島田を半眼していた。


「結婚しない息子を、心配しての行動なんだから」

「……」

「だから、少し付き合って、憂さ晴らししないか」

 思いっきり、口角を上げていた。

「……」


 まだ、仕事が残っていたのである。

 島田と手合わせする、余裕な時間なんてない。

 けれど、魅力的な提案に、心が惹かれていた。


「その方が、仕事も、はかどるだろう。それに、安富たちを使えば、少しは、仕事もラクになるだろう? 優秀な沖田も、いることだし」


(ソージか……。確かに、できるが……)


「沖田も、こんな状況だったら、いたずら心も湧かず、真面目に仕事するだろう。普段は、真面目に仕事はしているぞ? たまに、悪ふざけはしているが」

 日頃の沖田の姿を過ぎらせ、笑っている島田だった。

 ムスッとした顔をしたまま、豪快に笑っている姿を窺っている。


「カイ。お前も、手伝え」

「私に、事務処理なんて、無理だ」

 あっけらかんと、手伝うことを拒否した。

「部下が、いるだろう」

「わかった。副隊長に、貸し出そう」

 即座に、自分の部下を売った。


「なら、付き合ってやる」

 不敵に笑っている土方で、楽しげな笑みを、漏らしている島田だった。

「では、訓練場にでも、行くか」


 二人揃って、訓練場に向かっていった。

 その足取りは、とても軽かったのである。


読んでいただき、ありがとうございます。

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