第77話 決まらない、快気祝いの食事会
正式に、処分が解かれていないので、近藤隊の五つの班が待機部屋に揃っている。
芹沢隊と新見隊は、疎らだ。
いつものように、沖田、井上、毛利、水沢の四人でお茶を飲んで、井上の快気祝いを、いつ、どこでするかと、お喋りに花を咲かせている。
「いつに、します?」
それぞれの顔を窺い、毛利がそれぞれの都合を、確かめていく。
自分のシフトを、巡らせている沖田と水沢。
そんな中、井上だけが、決まり悪そうな顔を覗かせていた。
(快気祝いにだなんて……、嬉しいけど……)
迷惑をかけるのではと言う思いの方が、大きかったのだ。
今だって、部屋に戻ってきているが、まだ激しい動きを禁じられている状態だった。
待機部屋は、井上が戻ってこともあり、騒々しいほど、賑わっていた。
その中で、一番盛り上がっていたのが、原田班であり、永倉班だ。
逡巡している井上の十面相。
クスッと、小さな笑みが、沖田から漏れている。
(そんなに、気にすることもないと、思うんだけどな)
楽しげに喋っている三人の姿を、落ち着きなく、井上が窺っている。
処分が解かれていないので、シフトがあやふやな状態になっていたのだ。
それについて、三人で話し合っていたのだが、結局、いつにするのかはやめ、行く店を、先に決めることになる。
休日のシフトが、連日、コロコロと変更を余儀なくされ、最終確定できなかったのだった。
熱心に話し合われている姿に、居心地が悪い。
それが、自分のためとなると。
「いいですよ……」
この場を仕切っている毛利に、井上が懇願している。
ダメですよと言う顔で、毛利が首を横に振り、小さくなっている井上を窘めていた。
「そうですよ、井上さん。美味しいものを食べて、しっかりと静養しないと」
視線を彷徨わせている姿に、ニッコリと沖田が微笑む。
「ですが……」
「気にしないでください」
さらに、沖田が笑顔を覗かせている。
その神々しさに、眩しさを憶える井上だった。
いつの間に、狼狽えている井上を放置し、話が進んでいく。
酒を禁じられている井上なので、だったら、少し高めの美味しい食事でもしようと言う話の流れになっていた。
ただ、高めと言うフレーズに、慣れず、ソワソワと萎縮している。
「行く時は、そんな顔やめろ。せっかくの料理が上手くないぞ」
躊躇っている井上に、水沢が突っ込んだ。
「うっ。すいません。でも……」
まだ、行くことに、腹を括れない。
そんな姿に、三人が苦笑してしまう。
「井上をほっとき。俺たちで、店を決めようじゃないか」
埒が明かないと抱き、メインである井上を外すことを、水沢が提案した。
その前から、井上をほっといて、決めていたことが、水沢と毛利の頭から抜け落ちていたのだ。
(さっきから井上さんが、蚊帳の外だったんだけどな。ホント、ここは面白い)
気づかれないように、沖田がほくそ笑む。
「そうですね……」
チラリと、まだあたふたしている井上を眺め、毛利も賛同した。
「ここは、どうだ?」
雑誌に載っている、高級そうな外装の写真が載っている店を、無造作に水沢が指を指した。
テーブルに、無数の雑誌が、広げられていたのだ。
いろいろな店があり、なかなか決められない。
(地方とは違うな。地方なんて、こんな店、なかったし……)
ゆっくりとしたペースで、沖田が雑誌をめくっていた。
食事をできる店の多さに驚嘆しつつも、その眼光の奥は、冷めていたのだった。
「でも、ワインでも有名って、書いてありますし……」
「飲めないからな。今回は」
「すいません」
縮こまって、井上が謝っていた。
そんな姿を無視し、話を進めていく。
数冊の雑誌をめくっていた沖田が、目ぼしい場所を見つけ、三つの店を指し示した。
話を耳にしつつも、しっかりと、雑誌の内容を確かめていたのである。
「ここは、どうですか?」
「「どれ」」
二人は、指し示した三つの店の記事を読んでいく。
どれも、食事をメインにした落ち着いた店だった。
「いいな」
「そうですね。場所も、そう遠くありませんし」
「候補として、この三つと言うことで。後は、日付で合う店を、決めませんか?」
愛嬌のある笑顔を滲ませ、毛利と水沢の顔を窺っている。
段々と、決まっていく状況に、一人井上だけが残された。
(うっ。決まっていく……)
「そうだな」
ようやく店が決まり、毛利の顔が安堵していた。
なかなか決まらず、時間が掛かっていたのである。
消極的な井上や、それぞれの休日のシフトの問題などで。
「えぇ。ま、私たちは、既婚者じゃありませんから、自由になりますが、なかなかシフトが合いませんからね」
この場を仕切っている毛利が、思案顔を覗かせている。
「確かに、結婚していると、さらに決まらないからな」
腕を組み、水沢も頷いていた。
「この辺で……、もしかすると、誰かが後から、合流と言う形にすれば……」
四人の休みのシフトが合致せず、どう調整しようと、毛利が巡らせていた。
まだ正式ではない、近々のシフト表と、睨めっこしている。
(大変そうだな、毛利さん。後で、兄さんに、融通して貰おうかな。それにしても、深泉組に、誰か、結婚している人でも、いるのかな。誰も、いなさそうに見えるんだけど。あっ、そう言えば、芹沢さんは以前、結婚していたな、確か、奥さんはすでに亡くなっちゃっているけど)
「既婚者? 誰か結婚でも、している人でも、いるんですか?」
可愛らしく、首を傾げている沖田。
こうした仕草に、女や男どもは、やられるんだろうなと抱く水沢だった。
「知りませんでしたか?」
きょとんした顔を、毛利がしていた。
「はい」
(へぇー。結婚している人、いたんだ。一体、誰だろう?)
「ノールさんから、聞いてないんですか?」
逆、意外そうな顔を、滲ませている。
「ノールさんが、結婚してたんですか?」
目を丸くし、素直に驚きが隠せない。
(沖田が、驚いているな。面白いものが見られたな)
クククと、楽しげに水沢が笑っている。
「結婚して、奥さんがいますよ。それに、お子さんも、お一人いたはずです」
優しい顔で、把握していることを教えてあげた。
「お子さんも、いたんですね」
さらに、瞠目している沖田だった。
「後で、聞いてみてください」
「はい。そうします」
「それに、有間も結婚して、子供までいるわよ」
彼ら四人の近くで、デスクワークしていた藤川が、会話に参入してきたのである。
四人で話していた場所は、藤川の机がある場所に、近かったのだ。
それで、自然と、四人の会話が、耳に入っていたのだった。
席にいない有間の机から、無造作に飾られている写真立てを、双眸をキラキラと輝かせている沖田に渡した。
不在の有間は、事務三人組と、酒盛りをしている島田と、熱心に打ち合わせをしていたのである。
写真立てを、食い入るように眺めていた。
写真に、有間と奥さんらしい女性に、五人の子供たちが写っていたのだ。
(随分と、子沢山だな。って言うか、有間さんって、いくつなんだ?)
驚きを隠せない。
不意に、顔を上げ、ふふふと、面白げな顔を覗かせている藤川を窺っている。
そして、島田と、話し込んでいる有間の姿を、視界に捉えていた。
どう見ても、五人の子持ちに見えない。
いたずらっ子の顔を滲ませている藤川に、視線を巡らせる。
「有間さんって、お子さん多いんですね」
「そう、五人いて、今、六番目が妊娠中」
「凄いですね」
感心している沖田を眺め、したり顔の藤川だった。
以前から、あまり動じない沖田のことを、驚かせたいと抱いていたのだ。
その念願が叶って、いつもより、穏やかな頬を緩めている。
「有間さんって、いくつなんですか?」
純粋に、思っている質問を投げかけた。
「いくつに、見える?」
「二十一、二かなって、感じですか」
(でも、そうなると、上のお子さんと、照らし合わせると、合わないな)
上げていた顔を下げ、写真を覗き込む。
写真に写っている年長の子供は、どう見ても十三、四だった。
(井上さんと同じで、童顔なんだろうな)
ニコニコ顔の藤川を、直視している。
「二十八よ。そして、上の子供は、確か十三よ」
「随分と、早い時期に、結婚したんですね」
「そう。ここに入った時は、すでに結婚していたって、聞いたけど。それよりも、童顔でしょ」
チラッと、眉間にしわを寄せている井上の顔を、藤川が意味ありげに窺っていた。
「井上も、童顔だけどね。でも、井上の方が大変か……」
最後に、クスッと、笑みが零れていた。
同じように、有間自身も、童顔を気にしているが、新見の対象からは、完全に離れていたのである。
その点において、自分よりマシだなと、井上が巡らせていたのだった。
井上の心中を、誰もが見抜き、同情や憐れみの眼差しを傾けていたのだ。
「やめてください」
「「「気をつけろよ、新見隊長には」」」
「絶対に、近づきませんから」
ムスッとした顔を滲ませても、その双眸の奥に、微かな怯えが、潜んでいたのである。
口角を上げていた沖田。
「一人で、帰らない方が、いいですね。今は、ケガしてますし……。襲おうと思うなら、今が絶好なチャンスと、僕は捉えますね」
何気なく、沖田が言い放った。
「「「「……」」」」
ありそうな話に、誰もが、絶句していた。
その中で、沖田一人だけが、愛嬌を振りまいている。
誰もが、先ほどよりも増した、同情や憐れみの眼差しを、注いでいたのだった。
「ちゃんと、逃げてくださいね。まだ、傷に響くので」
「……井上。一人になるのは、よした方がいい」
真剣な面持ちで、藤川が語っていた。
(千葉にも、一応、忠告しておくか。三浦は……、毛利がするだろう)
「一緒に、帰りますか?」
フリーズしている井上を、覗き込む毛利だった。
「だ、大丈夫です」
若干、井上の声が上擦っていた。
「素直に、誰かと一緒にいろ。新見隊長に襲われたとなったら、俺たちも、目覚めが悪いからな、いいな、井上」
強く、水沢が念を押した。
否定できない。
今の状況を踏まえると。
「……わかりました」
「近藤隊長や、土方副隊長にも、話しておいた方が、いいんじゃないですか?」
「「「……」」」
逡巡している毛利、水沢、藤川だった。
「そ、そこまでは……」
完全に、目が泳いでいる井上である。
自分を襲わないと言う確証が持てない。
新見隊長は、根っから男色家と、噂されていたのである。
沖田の提案に、三人で、コソコソと話し合っていた。
「どうする?」
「した方が、いいだろう」
「ですが、二人とも、忙しいですし……」
「班長に、言うか?」
「一番、それが妥当か」
「そうですね。班長たちに委ね、判断を任せますか」
「「だな」」
三人の意見が、まとまった。
そこへ、もう一人、餌食になりそうな千葉が、姿を現した。
凝視してくる五人の眼差しに、怪訝そうな顔を覗かせている。
「な、何ですか?」
たじろぐ千葉
五人の双眸の圧が、凄かったのだ。
「「「「何でもない。でも、気をつけろ」」」」
唐突な発言に、何事だと、千葉が眉を潜めていた。
じっと、彼らに、目を細める千葉だ。
誰もが、口を結んでいる。
ますます、顔を顰めるしかない。
「千葉さん。それより、僕たちに、何か用事ですか?」
ニコニコと、尋ねた沖田に、ムッとしている千葉である。
意図も簡単に、S級ライセンスを取った沖田を、勝手にライバル視していたのだ。
睨んでいる千葉に、藤川が首を竦めていた。
同じように、毛利や水沢、井上も、苦笑している。
千葉の思考が、わかりやすかったのだ。
「千葉。私だろう」
「はい」
デスクワークしていたものを、簡単に片付け、藤川は千葉と共にいってしまった。
「千葉さんも、三浦さんも、もう少し……」
二人の後ろ姿を眺めつつ、井上が呟いた。
「無理だろう」
そっけない水沢。
ただ、困ったような顔を、滲ませている毛利だった。
「随分と、嫌われちゃいましたね」
テへと、沖田が笑っていた。
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