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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第4章 散華 前編
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第77話  決まらない、快気祝いの食事会

 正式に、処分が解かれていないので、近藤隊の五つの班が待機部屋に揃っている。

 芹沢隊と新見隊は、疎らだ。


 いつものように、沖田、井上、毛利、水沢の四人でお茶を飲んで、井上の快気祝いを、いつ、どこでするかと、お喋りに花を咲かせている。

「いつに、します?」

 それぞれの顔を窺い、毛利がそれぞれの都合を、確かめていく。

 自分のシフトを、巡らせている沖田と水沢。

 そんな中、井上だけが、決まり悪そうな顔を覗かせていた。


(快気祝いにだなんて……、嬉しいけど……)


 迷惑をかけるのではと言う思いの方が、大きかったのだ。

 今だって、部屋に戻ってきているが、まだ激しい動きを禁じられている状態だった。

 待機部屋は、井上が戻ってこともあり、騒々しいほど、賑わっていた。

 その中で、一番盛り上がっていたのが、原田班であり、永倉班だ。


 逡巡している井上の十面相。

 クスッと、小さな笑みが、沖田から漏れている。


(そんなに、気にすることもないと、思うんだけどな)


 楽しげに喋っている三人の姿を、落ち着きなく、井上が窺っている。

 処分が解かれていないので、シフトがあやふやな状態になっていたのだ。

 それについて、三人で話し合っていたのだが、結局、いつにするのかはやめ、行く店を、先に決めることになる。

 休日のシフトが、連日、コロコロと変更を余儀なくされ、最終確定できなかったのだった。


 熱心に話し合われている姿に、居心地が悪い。

 それが、自分のためとなると。

「いいですよ……」

 この場を仕切っている毛利に、井上が懇願している。

 ダメですよと言う顔で、毛利が首を横に振り、小さくなっている井上を窘めていた。


「そうですよ、井上さん。美味しいものを食べて、しっかりと静養しないと」

 視線を彷徨わせている姿に、ニッコリと沖田が微笑む。

「ですが……」

「気にしないでください」

 さらに、沖田が笑顔を覗かせている。

 その神々しさに、眩しさを憶える井上だった。


 いつの間に、狼狽えている井上を放置し、話が進んでいく。

 酒を禁じられている井上なので、だったら、少し高めの美味しい食事でもしようと言う話の流れになっていた。

 ただ、高めと言うフレーズに、慣れず、ソワソワと萎縮している。


「行く時は、そんな顔やめろ。せっかくの料理が上手くないぞ」

 躊躇っている井上に、水沢が突っ込んだ。

「うっ。すいません。でも……」

 まだ、行くことに、腹を括れない。

 そんな姿に、三人が苦笑してしまう。


「井上をほっとき。俺たちで、店を決めようじゃないか」

 埒が明かないと抱き、メインである井上を外すことを、水沢が提案した。

 その前から、井上をほっといて、決めていたことが、水沢と毛利の頭から抜け落ちていたのだ。


(さっきから井上さんが、蚊帳の外だったんだけどな。ホント、ここは面白い)


 気づかれないように、沖田がほくそ笑む。

「そうですね……」

 チラリと、まだあたふたしている井上を眺め、毛利も賛同した。


「ここは、どうだ?」

 雑誌に載っている、高級そうな外装の写真が載っている店を、無造作に水沢が指を指した。

 テーブルに、無数の雑誌が、広げられていたのだ。

 いろいろな店があり、なかなか決められない。


(地方とは違うな。地方なんて、こんな店、なかったし……)


 ゆっくりとしたペースで、沖田が雑誌をめくっていた。

 食事をできる店の多さに驚嘆しつつも、その眼光の奥は、冷めていたのだった。

「でも、ワインでも有名って、書いてありますし……」

「飲めないからな。今回は」

「すいません」

 縮こまって、井上が謝っていた。

 そんな姿を無視し、話を進めていく。


 数冊の雑誌をめくっていた沖田が、目ぼしい場所を見つけ、三つの店を指し示した。

 話を耳にしつつも、しっかりと、雑誌の内容を確かめていたのである。

「ここは、どうですか?」

「「どれ」」

 二人は、指し示した三つの店の記事を読んでいく。

 どれも、食事をメインにした落ち着いた店だった。


「いいな」

「そうですね。場所も、そう遠くありませんし」

「候補として、この三つと言うことで。後は、日付で合う店を、決めませんか?」

 愛嬌のある笑顔を滲ませ、毛利と水沢の顔を窺っている。

 段々と、決まっていく状況に、一人井上だけが残された。


(うっ。決まっていく……)


「そうだな」

 ようやく店が決まり、毛利の顔が安堵していた。

 なかなか決まらず、時間が掛かっていたのである。

 消極的な井上や、それぞれの休日のシフトの問題などで。


「えぇ。ま、私たちは、既婚者じゃありませんから、自由になりますが、なかなかシフトが合いませんからね」

 この場を仕切っている毛利が、思案顔を覗かせている。

「確かに、結婚していると、さらに決まらないからな」

 腕を組み、水沢も頷いていた。


「この辺で……、もしかすると、誰かが後から、合流と言う形にすれば……」

 四人の休みのシフトが合致せず、どう調整しようと、毛利が巡らせていた。

 まだ正式ではない、近々のシフト表と、睨めっこしている。


(大変そうだな、毛利さん。後で、兄さんに、融通して貰おうかな。それにしても、深泉組に、誰か、結婚している人でも、いるのかな。誰も、いなさそうに見えるんだけど。あっ、そう言えば、芹沢さんは以前、結婚していたな、確か、奥さんはすでに亡くなっちゃっているけど)


「既婚者? 誰か結婚でも、している人でも、いるんですか?」

 可愛らしく、首を傾げている沖田。

 こうした仕草に、女や男どもは、やられるんだろうなと抱く水沢だった。

「知りませんでしたか?」

 きょとんした顔を、毛利がしていた。

「はい」


(へぇー。結婚している人、いたんだ。一体、誰だろう?)


「ノールさんから、聞いてないんですか?」

 逆、意外そうな顔を、滲ませている。

「ノールさんが、結婚してたんですか?」

 目を丸くし、素直に驚きが隠せない。


(沖田が、驚いているな。面白いものが見られたな)


 クククと、楽しげに水沢が笑っている。

「結婚して、奥さんがいますよ。それに、お子さんも、お一人いたはずです」

 優しい顔で、把握していることを教えてあげた。

「お子さんも、いたんですね」

 さらに、瞠目している沖田だった。


「後で、聞いてみてください」

「はい。そうします」

「それに、有間も結婚して、子供までいるわよ」

 彼ら四人の近くで、デスクワークしていた藤川が、会話に参入してきたのである。


 四人で話していた場所は、藤川の机がある場所に、近かったのだ。

 それで、自然と、四人の会話が、耳に入っていたのだった。


 席にいない有間の机から、無造作に飾られている写真立てを、双眸をキラキラと輝かせている沖田に渡した。

 不在の有間は、事務三人組と、酒盛りをしている島田と、熱心に打ち合わせをしていたのである。


 写真立てを、食い入るように眺めていた。

 写真に、有間と奥さんらしい女性に、五人の子供たちが写っていたのだ。


(随分と、子沢山だな。って言うか、有間さんって、いくつなんだ?)


 驚きを隠せない。

 不意に、顔を上げ、ふふふと、面白げな顔を覗かせている藤川を窺っている。

 そして、島田と、話し込んでいる有間の姿を、視界に捉えていた。

 どう見ても、五人の子持ちに見えない。

 いたずらっ子の顔を滲ませている藤川に、視線を巡らせる。


「有間さんって、お子さん多いんですね」

「そう、五人いて、今、六番目が妊娠中」

「凄いですね」

 感心している沖田を眺め、したり顔の藤川だった。


 以前から、あまり動じない沖田のことを、驚かせたいと抱いていたのだ。

 その念願が叶って、いつもより、穏やかな頬を緩めている。


「有間さんって、いくつなんですか?」

 純粋に、思っている質問を投げかけた。

「いくつに、見える?」

「二十一、二かなって、感じですか」


(でも、そうなると、上のお子さんと、照らし合わせると、合わないな)


 上げていた顔を下げ、写真を覗き込む。

 写真に写っている年長の子供は、どう見ても十三、四だった。


(井上さんと同じで、童顔なんだろうな)


 ニコニコ顔の藤川を、直視している。

「二十八よ。そして、上の子供は、確か十三よ」

「随分と、早い時期に、結婚したんですね」

「そう。ここに入った時は、すでに結婚していたって、聞いたけど。それよりも、童顔でしょ」

 チラッと、眉間にしわを寄せている井上の顔を、藤川が意味ありげに窺っていた。

「井上も、童顔だけどね。でも、井上の方が大変か……」

 最後に、クスッと、笑みが零れていた。


 同じように、有間自身も、童顔を気にしているが、新見の対象からは、完全に離れていたのである。

 その点において、自分よりマシだなと、井上が巡らせていたのだった。

 井上の心中を、誰もが見抜き、同情や憐れみの眼差しを傾けていたのだ。


「やめてください」

「「「気をつけろよ、新見隊長には」」」

「絶対に、近づきませんから」


 ムスッとした顔を滲ませても、その双眸の奥に、微かな怯えが、潜んでいたのである。

 口角を上げていた沖田。


「一人で、帰らない方が、いいですね。今は、ケガしてますし……。襲おうと思うなら、今が絶好なチャンスと、僕は捉えますね」

 何気なく、沖田が言い放った。

「「「「……」」」」

 ありそうな話に、誰もが、絶句していた。

 その中で、沖田一人だけが、愛嬌を振りまいている。

 誰もが、先ほどよりも増した、同情や憐れみの眼差しを、注いでいたのだった。


「ちゃんと、逃げてくださいね。まだ、傷に響くので」

「……井上。一人になるのは、よした方がいい」

 真剣な面持ちで、藤川が語っていた。


(千葉にも、一応、忠告しておくか。三浦は……、毛利がするだろう)


「一緒に、帰りますか?」

 フリーズしている井上を、覗き込む毛利だった。

「だ、大丈夫です」

 若干、井上の声が上擦っていた。

「素直に、誰かと一緒にいろ。新見隊長に襲われたとなったら、俺たちも、目覚めが悪いからな、いいな、井上」

 強く、水沢が念を押した。

 否定できない。

 今の状況を踏まえると。


「……わかりました」

「近藤隊長や、土方副隊長にも、話しておいた方が、いいんじゃないですか?」

「「「……」」」

 逡巡している毛利、水沢、藤川だった。


「そ、そこまでは……」

 完全に、目が泳いでいる井上である。

 自分を襲わないと言う確証が持てない。

 新見隊長は、根っから男色家と、噂されていたのである。


 沖田の提案に、三人で、コソコソと話し合っていた。

「どうする?」

「した方が、いいだろう」

「ですが、二人とも、忙しいですし……」

「班長に、言うか?」

「一番、それが妥当か」

「そうですね。班長たちに委ね、判断を任せますか」

「「だな」」

 三人の意見が、まとまった。


 そこへ、もう一人、餌食になりそうな千葉が、姿を現した。

 凝視してくる五人の眼差しに、怪訝そうな顔を覗かせている。


「な、何ですか?」

 たじろぐ千葉

 五人の双眸の圧が、凄かったのだ。

「「「「何でもない。でも、気をつけろ」」」」

 唐突な発言に、何事だと、千葉が眉を潜めていた。


 じっと、彼らに、目を細める千葉だ。

 誰もが、口を結んでいる。

 ますます、顔を顰めるしかない。


「千葉さん。それより、僕たちに、何か用事ですか?」

 ニコニコと、尋ねた沖田に、ムッとしている千葉である。

 意図も簡単に、S級ライセンスを取った沖田を、勝手にライバル視していたのだ。


 睨んでいる千葉に、藤川が首を竦めていた。

 同じように、毛利や水沢、井上も、苦笑している。

 千葉の思考が、わかりやすかったのだ。


「千葉。私だろう」

「はい」

 デスクワークしていたものを、簡単に片付け、藤川は千葉と共にいってしまった。


「千葉さんも、三浦さんも、もう少し……」

 二人の後ろ姿を眺めつつ、井上が呟いた。

「無理だろう」

 そっけない水沢。

 ただ、困ったような顔を、滲ませている毛利だった。

「随分と、嫌われちゃいましたね」

 テへと、沖田が笑っていた。


読んでいただき、ありがとうございます。

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