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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第4章 散華 前編
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第75話  小競り合いと意趣返し

 深泉組の待機部屋では、いつもの騒々しさはなりを潜め、静まり返っていたのである。

 いつも騒いでいるメンバーである原田たちが、痛々しいいでたちで、不貞腐れていたからだ。


 芹沢から受けた、打ち身や骨折、傷が癒えず、おとなしくいている状況だった。

 ただ、重症だった井上だけ、この場にいない。

 勿論、芹沢隊や新見隊も、同じようにテープや包帯を巻いた状態でいた。

 何とも言えない空気が、部屋中に漂っていたのだった。


 事務をしている三上が、気遣うように原田の前に、飲みやすいように冷めたお茶を置いてあげる。

 口の中も、無数に切れていたのだ。

「大丈夫ですか?」

「……痛い」

 ブスッとした顔を、滲ませている。


 その近くでは、同じように自慢の顔に、傷がつき、鏡に映っている自分の顔と、睨めっこしている永倉がいた。

「……容赦ないな」

 他の人に比べ、傷の具合が少ない。

 それでも、永倉の顔に、腫れや傷があったのだ。

 先ほどから、幾度となく、鏡を眺めている。

 状況は変わらないのに、気になっていたのだった。

「これじゃ、出かけられない」


 チラッと、心痛な面持ちで、三上が空席の井上の席を窺った。

 井上以外、次の日に、待機部屋に集まっていた。

 芹沢が隠し持っていた柄によって、腹部に強烈に打ち込まれ、内臓に損傷が起こり、未だに復帰できずにいたのである。

「大丈夫なんですか? 井上さん」

「……」


 井上の名前を出され、原田の眼光が、鋭くなっている。

 可愛がっている井上を傷つけられ、ずっと鬱憤が、溜まっていたのだ。

 そして、原田班や永倉班の隊員たちも、物凄い形相を、滲ませていたのだった。

「「「「……」」」」

 余計なことを口走ったと、フリーズしている三上。


 原田班と永倉班の隊員たちと、芹沢隊との間で、小競り合いが何度もあり、険悪な雰囲気を醸し出していたのである。

 そのたびに、近藤たちが止めに入っていた。

 そのせいもあり、二つと班と、一つの隊の傷の具合が、癒えることがなかったのだ。

 ますます、傷の数が増加していった。


 嘆息を零す近藤と土方。

 近くでは、同じように止めに入っていた島田も、首を竦めている。

 衝突を、何度も、止めていた。

 けれど、沈静化するメドが立っていない。

 そそくさと、自分の席に、三上が戻っていく。


「おとなしくしていろ」

 殺気を放出させている隊員たちに、土方が窘めた。

 黙り込んで、返事をしない面々。

 小さな抵抗だった。

 それに対し、眉間にしわを寄せている土方は、何も言わない。

 殺気を収めたことで、静観していたのだ。




 井上を交え、共にお茶をしている沖田、毛利、水沢は、この曇よりとした空気に、首を竦めていたのである。

 異様なほど、部屋に、時折、殺気が漂っているのだ。

「空気が、悪いですね」

 溜息を漏らしながら、困ったような顔で、毛利が呟いた。


 うるさいぐらいに、騒々しかった頃が懐かしいと、水沢が巡らせていたのだった。

 耳を塞ぐほど、喧騒していたが、部屋の中に、活気が溢れていた。

 お通夜みたいな状況に、それぞれ苦痛を抱いていたのである。


 そんな中、いつものように、愛嬌を振り撒いている沖田だった。

 誰も、内心では、驚愕していたのだ。

 よく、そんな顔ができるなと。

「井上さん、早く復帰すると、いいですね」

「そう願いたい。この状況は、疲れる」

 自分の肩を、揉み始める水沢だ。

 このところ、常に強張っていたので、妙に肩が凝っていたのである。


 ケガしている状況にもかかわらず、両者が睨み合っていた。

 誰も、落ち着いていられない。

 いつも以上に、気を巡らせている。


 愛嬌のある顔を、疲れが滲む毛利に傾ける。

「毛利さん。井上さんは、出られそうですか?」

 井上を案じ、何度も、お見舞いに訪れていた。

「近日中には、復帰するようなことを、言っていましたが、無理はしないようにと、言っています。井上さん自身も、野放し状態の原田伍長たちのことが、気に掛かるみたいで……」


 刺々しい雰囲気の二つの班に、視界を捉えている。

 仕切りで区切られた芹沢隊を、鋭い眼光で、睨んでいたのだ。

 睨んでいるだけなので、誰も注意しない。

 おとなしくしていればいいと。


「だろうな。井上が、原田伍長たちのストッパーだったから、気になって、寝ていられないんだろう」

 微かに、哀れむ顔を、水沢が覗かせている。

 苦笑している毛利。


「えぇ。随分と、原田伍長たちのことを、聞かれますから」

「なんて、答えているんだ」

「……ケガしているせいで、おとなしいって、言っています」

「ケガしてても、暴れているぞ」

 怪訝そうに水沢が、困ったと言う顔をしている毛利に、突っ込んだ。


 衝突する隊員たちを収めているのは、近藤や土方、島田、山南だった。

 他の者たちは、手出しできなかったのである。

 さすがに、この四人に咎められると、隊員たちはおとなしく、矛を収めているが、いつの間にか、また衝突をぶり返すのだった。

 それが、日に、何度も起こっていた。

 ケガしていない隊員たちにも、この状況のせいで、精神的な疲労が、蓄積されていった。


「さすがに、そんなこと、言えませんよ」

「だな。無理して、来そうだな」

「確実に」

 二人は無理を押して、姿を見せる井上の姿を、脳裏に掠めている。

 同時に、毛利と水沢が、溜息を吐いた。


「苦労性なんですね、井上さんは」

 口角を上げながら、沖田が締めくくった。

 渇いた笑いしか、出てこない二人。


 不意に、席を外していた事務のジュジュが戻ってくる。

 にこやかなジュジュが、扉の向こうにいる誰かを、招こうとしていた。

「どうぞ。お入りください」

 その声に誘うように、一人の女性が、待機部屋に入室したのだった。


 大きな音を伴って、ギョッとした顔で、土方が立ち上がる。

 何だ、何だと、興味を注がれる面々。

 めったに、見られないほどの土方の狼狽振りだ。


 誰も、好奇心を抑えられない。

 パクパクと口を動かすだけで、土方は言葉が出なかった。

 先ほどまでの空気が、一転していたのである。


「初めまして。土方の母です」

 女性が発した言葉に、仰天している隊員たち。

 微かに、目を見張っている沖田に、気づく者がいない。

 誰も、慌てふためく土方と、微笑んでいる美和に、視線が集中していたからだ。

 騒然となっている室内を、愉快そうな双眸で、美和が巡らせている。


「いつも、息子がお世話になっています」

 礼儀正しく、頭を下げている美和。

 その容姿に、本当に母親なのかと、囁かれている。

 言っている者たちを、半眼している土方だった。

 その間も、柔和に微笑んでいる。


 美和の若々しい容姿にも、少々問題あると、沖田が冷静に掠めていた。

 クスクスと笑っている弟の姿を、咎めるように、目を細めている。


(お前の仕業か!)


(知らないよ)


(嘘をつくな!)


(来るなんて、知らなかったよ)


 降参といった表情を、沖田が滲ませている。

 それを、胡乱げに眺めていた。


 ケガなんてしたことも、忘れたようで、原田たちは美和の周りに、群がっていたのである。それにつられるように、興味のある島田たちも、土方のような息子がいるとは思えないほどの、若々しさを醸し出している美和の近くに、足を運んでいたのだった。


 とても二十七歳の息子がいる母親の姿ではない。

 姉と言えるほどの、若さが見られたのだ。

 距離を置き、驚愕しつつも、近藤が美和のことを窺っていた。


(自分と、大して年が見えないのだが……)


 ふと、歯切りしている土方を眺め、もう一度、ニコニコと微笑む美和を見入っていた。

 山南や斉藤も、自分の席で、肌の艶がいい美和を凝視している。


(本当に、知らなかったんだろうな)


(勿論)


(じゃ、何で、来たんだ?)


(知らないよ。僕だって、驚いているんだから)


(……そうか)


 威圧していた視線を、土方がいったん下ろした。

 不意に、引きつった表情を、土方が覗かせている。

 原田たちに詰め寄られ、質問攻撃を受けている美和に、視線を傾けていたのだ。


(母さんに、手を出したら、許さんぞ)


 目を細め、威圧するオーラを出しているが、気づかない。

 誰もが、初めて知る土方の母である美和に、夢中だったのだ。

 それは、芹沢隊や新見隊も同じだった。

 二つの隊からも、好奇な目が向けられている。


 楽しげな顔で、次から次と振りかかる質問に、躊躇せず平然と美和が答えていた。

 忌々しい群れを、早々に睥睨している土方が、捌いていく。

「全員、席に戻れ」

 怒気が孕み、土方の形相に気づいた隊員たちから、散っていった。

 けれど、面白がっている原田や、永倉が、席に戻らない。

 喰い気味なほどに、根掘り葉掘り、聞いているのだ。


「副隊長。本当に母親なのか? どう見たって、母親に見えないぞ。もしかして隠している女じゃないのか?」

 ニタッと、笑っている原田。

 殺気を込めた双眸を、原田に叩き込む。

 好奇心に捕らわれた原田は、意に返さない。

 いつの間にか、土方の手に、柄が握られていた。


「面白い。やるのか」

 ギラギラし始める原田の眼光。

 自分が負傷していることも、忘れている。

「トシ。ケガをしている人に、手を出したら、ダメよ」


 手を出すなと促され、ギリッと、唇を噛み締める土方。

 おとなしくなった土方の姿に、誰もが、瞠目している。

 母親の言うことには、素直に応じるのかと、周囲が囁いていたのだ。

 そんな隊員たちに、ひと睨みを利かせる。


「証拠よ」

 コロコロと笑いながら、美和が身分証を、原田たちに提示したのだ。

 そこに、四十六歳と、書かれていたのである。


「わっ、マジだ。……嘘だろう」

「本当よ。これでも私、おばさんなの」

 ニコッと、優しく微笑む。


 事務の三人は、それぞれ自分の肌を触りつつ、美和のみずみずしい肌を、食い入るように窺っていた。

 荒れている肌と違って、美和の肌は、弾力もありそうだった。


 ふと、微笑んでいた顔が、愛嬌を携えている沖田を捉えている。

「……あなた、確か、沖田宗司くんよね。S級ライセンスを、最年少で取った」

「はい」

 まっすぐに、沖田に向かっていく美和。

 ギョッとしている土方を、無視して。

「一度、会ってみたかったの」

 ニコッと、さらに、微笑む美和だった。



 沖田から送られた情報を入れていたタブレットを、眠るのも惜しんで、読み込んでいたのである。

 膨大な量の情報を集め、母親に送っていたのだった。

 すると、ベランダの窓が、コンコンと、小さく叩かれる音で、不敵に笑っていた顔を上げる。

 美和がいる部屋は、三階だったのだ。


「誰?」

 訝しげながら、携帯している小型の銃を取り出し、近づいていく。

「私に、何か用かしら?」

 冷静な思考に、瞬時になっていたのである。


「……母さん。銃をしまって、僕だよ、ソージ」

 聞き慣れた息子の声だった。

 研ぎ澄ました神経を、軽く息を吐くことにより、宥めていく。


 構えていた銃を下ろし、閉じられていたドアを開けた。

 あどけない自分の息子が、目の前に立っていたのである。

「こんな時間に。それも、こんなところから」

 子供を叱る母親に、素直に照れていた。


 ふと、沖田の足にへばりつくように、二人の子供が立っている。

 僅かに、美和の眉間にしわが寄っていく。

「どうしたの?」

 ローブを目深に被っている小さな子供たちに、視線を巡らせる。

 顔まで窺うことができないが、怯えていることだけは把握していた。

 小さな身体が、震えていたからだ。


「当分の間、匿ってほしいんだ」

「この子たちは?」

「半妖の子」

 隠さない沖田だ。

 ようやく、合点がいく美和だった。


「入りなさい」

 三人を、部屋の中に招き入れる。

 けれど、子供たちは、沖田から離れようとはしない。

 安心させるために、子供たちの頭を撫でていた。

 子供たちから、美和に視線を移す。


「後から、また来る」

「随分と、多いわね」

 呆れ顔を、美和が覗かせていた。

 普通だったら、いやな顔を浮かべてもいいはずだが、肝が据わっている美和は、今後のことを巡らせていたのである。

「部屋、大きくした方が、いいかしら」

「大丈夫だよ。この部屋で」

「そう」


 申し訳ない顔を、滲ませていた。

 相当な負担をかけることが、想像できたのだ。

「ごめん、母さん」

「もしかして、お願いって、これだったのね」

 クスッと、笑っている美和だった。


「うん。穏便に済ませたかったけど、できなくって」

「しょうがない子」

 肩を落としている沖田に、抱きついている子供たちを見つめる。

 まだ、怯えていたのだ。


 置かれている状況を、沖田が説明した。

 その間も、子供たちは抱きついていたのである。


「わかった。預かる」

 必死に、しがみ付いている子供たち。

「この子たちを、都から、逃せばいいのね」

「母さん。助かる」


 すべてを話さなくても、理解してくれる美和に感謝した。

 無邪気に、微笑む沖田。

 美和と話し込んでいる間に、リキがローブで姿を隠したククリたちを、連れてきたのである。



「どうですか?」

 僅かに、両手を広げ、楽しそうに沖田がおどけてみせた。

「写真で見るより、いい男ね」

「ありがとうございます。副隊長の母親殿」

「あら、美和って、呼んで」

 互いに、ニコニコし合っていたのである。

「では、美和さんと」


(何で、ここに来たの? 母さん)


(息子二人に、意趣返し)


(ごめん、母さん)


(いいのよ。子供は、親に多少迷惑をかけても)


(懐がデカいね。あれを多少と、言い切るなんて)


(何より、驚いた二人の顔が見られて、面白かったわ)


(それはよかった。母さんが、喜んでくれて)


 和やかに喋っている二人を、ガルルルと土方が睨んでいた。

 話が終わると、辟易している顔を覗かせた美和が、不機嫌全開の土方に、視線を傾けている。

「そうやって、眉間にしわを寄せて。少しは沖田君のように、笑ってなさい」

「……」


 促しても、眉間のしわが、直ることがない。

 ピクッ、ピクッと、眉が動いていたのである。


「何で、来た?」

 低い声音で、問い質している土方。

「トシと、久しぶりに、お茶しようと思って」

 これでもかと言うぐらいに、いい笑顔を滲ませている。

「断る。仕事中だ」

「いいじゃない。少しは、融通したって」


 眼光鋭くし、拒否する。

「トシ。せっかく、お母上が来ていらっしゃるんだ。休憩してきてくれ」

 拒絶している土方を、近藤が休憩するように促した。

「話がわかる上司で、羨ましいわ」

 小さく笑っている近藤に、視線を巡らせる。


「しかし……」

 抵抗を示す土方に、近藤が首を横に振っていた。

「トシ。外で、お茶しようとは、言わないから。休憩室があるんでしょ? そこでいいから、みなさんと一緒に、楽しいお喋りでもしましょうよ」

 みなさんと言うフレーズに、フリーズしている。


「美和さんって、話しわかる人だな」

 ニタッと、いやらしい顔を覗かせている原田たちが、美和の提案に賛同している。

「お前たちは、来るな」

「美和さんが、誘ってくれたぞ」

「それでもだ」

「いいじゃないか」

 不満顔の、好奇心の塊たち。


「久しぶりの対面なんだ。二人だけに、するように」

 威圧するような双眸で、近藤が口を尖らせている面々を黙らせる。

「「「「……」」」」

「隊長さん。気を使っていただき、ありがとうございます」

 頭を下げ、渋面している息子に、部屋を出て、案内するように促した。

 他の人を誘うことによって、自分と話すように、仕向けたのである。


「トシ。たくさん、喋りましょうね」

「……」

 ムスッとした顔で、美和と共に、待機部屋を後にした。


 クスクスと笑いながら、沖田はその光景を眺めていたのである。

 休憩室で喋っている二人のもとに、好奇心が抑えられない原田たちが、壁やドアに耳を当て、どんな話をしているのかと、聞き耳を立てていたのだった。


読んでいただき、ありがとうございます。

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