第73話 邪魔
深夜、自宅に戻って、寝ていた沖田。
突然のリキから連絡を受け、人通りが疎らになっている暗闇を、簡素な服装で目的の場所に向け、駆けている。
一瞬の出来事に、走っていく沖田のことを、誰も捉えられない。
何事だと、首を傾げていたのだった。
徐々に、疎らだった人影が、一つもなくなっていく。
その頃、見世物小屋から、無理やり連れ出されたリズたち。
怯えながらも、気丈に連れ出された子供たちを守ろうとしていた。
逃げ出さないように囲まれながら、何もない殺風景な広い、草むらだけの場所に、連れられていたのである。
リズと、半妖の子供五人を庇うように、警戒しながら聖とククリが、僅かに前へ出ていた。
勿論、武器など、所持していない。
着の身着のまま、連れ出されたのだった。
周囲の気配を、嗅ぎ取っている。
団長たち以外の気配を嗅ぎ取り、怪訝そうに窺っていたのだ。
((数人の人間の気配がする。どういうことだ?))
リズや半妖の子供たちも、気配を嗅ぎ取っているはずだが、これまでにない状況に置かれ、気配に気を配ることができない。
さらに、神経を研ぎ澄ましながら、少し離れた場所で、立ち止まった団長たちを凝視していた。
いやらしく笑みを零しながら、立ち尽くしていたのである。
「どういうことだ、団長」
声を張り上げ、聖が問い質した。
その背後では、半妖の子供たちが震えている。
懸命に、リズが子供たちを宥めていた。
「もう、お前たちは、用済みだ」
口の端が上がっている団長。
眉を潜める聖たちだ。
「用済み?」
「もう少し、おとなしくしていれば、リズなんかは、人気あったから、残していたが。何かと、うるさいからな。それに新しい半妖も、手に入るし、用済みだ」
「「「……」」」
恐怖で、半妖の子供たちは、団長の言葉も、耳に入らない。
リズが困惑しているが、聖とククリだけが、団長たちのことを、眼光鋭く睨んでいた。
足音など気にしない素振りで、数人の男女が姿を現したのだった。
その手に、銃を持ちながら、廃墟ビルから出てくる。
誰の顔も、悦が入り混じっていた。
「そろそろ、いいか?」
「勿論です。お待たせしてしまって、すいません」
数人の男女のリーダー格の男に、頭を下げている団長。
「何をさせるつもりだ? 俺たちに」
固まっているリズたちを、さらに守るために、背にする聖だった。
その隣で、ククリが団長たちや、数人の男女の動きを窺っている。
(糞っ。ソウから聞いていたけど、こんなに早く来るとは)
いち早く、ククリは置かれている状況を、飲み込んでいたのである。
唇が切れそうになるぐらい、噛み締めていた。
けれど、こうなった以上、早くここから脱出することを巡らせている。
だが、名案が浮かばない。
(どんなことがあっても、リズたちは逃がす)
見据えているククリの眼光が、鋭かった。
「狩りだ」
「狩り……」
ようやく、自分たちが獲物になることを、認識する聖やリズたち。
以前、噂話で、そういった話を聞いていたのである。
まさか、自分たちに、そういったことが、降りかかるとは思ってもいなかった。
リズや半妖の子供たちは、顔面が蒼白だ。
子供たちを抱きしめているリズの手に、力がこもる。
子供たちを守ろうとする意思だけで、気持ちを奮い立たせている状態だった。
「理解したようだな」
クククと、侮蔑するように、笑っている団長。
その脇に、かつて一緒に旅をしていた仲間たちがいた。
絶句しているリズたちの目は、悲しく、憤りが込められていたのだ。
これまで別なところに行ったと、聞いていた半妖のすべてを、享楽に楽しむ人間たちに売っていたのである。
「お喋りは、終わりにして貰う。早く、狩りを楽しみたいんでね」
リーダー格の男が、急かせた。
そして、立ち尽くしている聖たちに向け、銃を構える。
「いつものように、私が銃を放ったら、始まりだ」
それぞれに、男の背後にいる者たちが、コクリと頷いている。
愉悦が止まらないリーダー格の男。
狂ったような表情を、滲ませていたのだ。
畏怖した顔を、リズたちが覗かせていることも、狩り側の人間たちを刺激していたのだった。
引き金を引こうとした瞬間、突如、狩りする者と、狩られる者との間に、沖田とリキが入り込んできたのである。
瞬く間の出来事に、誰も驚愕していた。
平然と立ち尽くしている沖田と違い、微かにリキの息が上がっている。
沖田の双眸は、何も感情がないようだった。
隣に立つリキは、侮蔑するような眼差しを、狩りする者たちに注いでいる。
どちらも、瞠目し、その場に立ち尽くしていた。
彼らは極秘裏で遊ぶため、周囲を警戒する者を雇っていたのである。
それにもかかわらず、侵入した沖田たちの存在に、驚かされていたのだった。
「そこまで」
とても、凍えるような声音だった。
幼馴染とは言え、ここまで冷たい声を、聞いたことがないククリたち。
聖たちも、沖田の声に、身体が震えてしまっていた。
「どうやって……」
辛うじて、リーダー格の男が、声を絞り出した。
「邪魔な人は、排除しましたよ」
愛嬌たっぷりに、微笑んでみせる沖田。
先ほどまでの無表情とは、違っていたのである。
「「「「……」」」」
唐突な登場に、見知っているリズたちも、回復できない。
「排除って……」
信じられないものを見るような双眸だ。
実際に、信じられなかったのである。
彼らが雇った人間は、屈強の男たちで知られている、裏の世界で暗躍している者たちだったからだ。
愕然とした表情を、覗かせている。
リーダー格の男の背後にいた一人の女が、ようやく沖田の正体に気づく。
「あ……」
眼光を見開き、微笑んでいる沖田を見入っている。
「知っているのか?」
振り向くことをせず、問い質した。
異様な沖田の雰囲気を、肌で感じていたのだ。
「……沖田……」
最後まで、言葉を発せられない。
現実に、目の前にいるのかと。
「正解」
ニコッと、微笑む。
誰もが、眉を潜めていた。
沖田と口に出しただけで、巷で、最年少でS級ライセンスを合格した、沖田だと言うことを、誰もが認識したのだった。
さらに、信じられないと言う眼差しを、注いでくる狩り側の面々。
業を煮やした団長の側近の男が動く。
沖田の視線は、ずっと狩り側の者を捉えていたから、隙を狙って、足が動いたのだった。
襲い掛かる男を、有無を言わず、そして、顔を傾けることなく、一撃で仕留める。
早業で、何をしたのか見えない。
「……何をした?」
リーダー格の男が、愕然としながらも、口に出した。
団長は、突然の出来事に、言葉にならない。
「別に。襲い掛かってきたから、斬り捨てたまでだよ」
無邪気な笑顔を添えていた。
「「「「……」」」」
冷静さを取り戻しつつある、リーダー格の男が、物凄い形相で睨んでくる。
飄々と、口角を上げているだけだった。
危機を感じたのか、沖田目掛け、銃を構えている狩り側の面々だ。
銃口を向けられているはずなのに、表情が変わらない。
そうしたやり取りの中で、細心の注意を払い、密かに動いていたのは、何度も危機を乗り越えてきたリキだった。
無言のまま、視線だけで合図を送り、少しずつ、狩り側との距離を開けていったのである。
突如、この状況で、拍手が起こっていた。
沖田以外の誰もが、その相手を見定める。
上機嫌な芹沢が、拍手を叩きながら、沖田たちに近づいていった。
以前、あった時のように、制服ではなく、ロングコートを着たラフな格好だ。
「さすがだな」
「ありがとうございます」
顔を傾けなくても、気配で、芹沢だと判断したのだった。
「来ていたのか」
「はい」
チラリと、フリーズしているリキに、目を傾ける。
ふっくらとしたピンク色した頬が、上気していた。
「いい部下、見つけたな」
「えぇ」
場違いな会話をしている二人を、誰もが、窺っている。
芹沢の視線が、倒されている男の遺体に移っていた。
「偽装するのが、厄介だな」
音が鳴らない銃で、何度も、息の根がない男に、何発も打ち込む。
遺体が、見るも無残なものへと、変貌していく。
ほのぼのとする二人のやり取りに、呆気に取られ、誰も動けない。
「それと、周りで警護している者を、手を緩めず、仕留めろ」
「すいません。面倒だったものですから」
テへと、沖田が可愛く笑ってみせた。
近くにいた者しか、倒していなかったのだ。
どうせ、こちらに来るだろうと、安易に巡らせていたのだった。
「もしかして?」
「ああ。きっちりと、始末しといた」
「ありがとうございます」
真摯に礼を述べているが、芹沢に対し、警戒を解いた訳ではない。
敵になるか、味方になるか、不明だったからだ。
「ところで、変われ」
不敵な顔を滲ませ、芹沢が引くように命じた。
顔色からして、相当な酒を飲んでいることを把握している。
不意に、沖田が僅かに首を傾げていた。
「大丈夫ですか? かなり飲んでいるようですが?」
「これぐらい平気だ。暴れる前の景気付けだ」
ふてぶてしい振舞いに、苦笑している。
「わかりました。あのことは、お任せします」
あっさりと引いた。
「ああ。機嫌がいいうちに、俺の前から、姿を消せ。そうじゃなければ、すべて消す」
「……。了解しました」
じっと、芹沢を窺っている沖田。
「……何だ?」
「いつも、こんなことをしているんですか?」
ふと、思ったことを、口に出していた。
「ああ」
「何で?」
「俺より、悪さをするやつが、気に入らないからな」
「……」
「俺自身、真っ当だと思っていない。相当な悪さをしていると、自負している。だが、俺にも、境界線があってな。それより以下のクズが、許せないだけだ」
「なるほど」
「わかったか?」
「はい」
ニコッと、笑顔を携えた。
「わかったなら、さっさとそいつら連れ、どこかへ行け」
「そうします」
ようやく、沖田が視線を、当惑しているリキたちに戻した。
「この場を、さっさと離れよう」
「いいのか?」
これまで黙っていたククリが、訝しげながら口を開いた。
「うん。後は、任せておけば大丈夫。邪魔にならないように、行こう」
和やかな雰囲気を飲み込めず、呆然としていた狩り側の者や、団長たちが回復していった。
バカにされた感で、持っている矜持が、さらに刺激される。
狩り側の服装は、かなりの高級品だった。
そういったものを身につけられるのは、身分の高いものたちだ。
彼らの高い矜持を、悉く沖田と芹沢が傷つけていたのだった。
「逃がすと、思うのか?」
立ち止まらないで、行くよと、声をかける沖田や、困惑している面々に、銃口を傾けようとしていた。
けれど、ゆっくりとした歩調で、芹沢が彼らに近づいていく。
「お前たちの相手は、俺だ」
「はぁ」
突然、現れた芹沢の風貌を、上から下、下から上へと眺めていく。
デップリとした体型に、彼らは、せせら笑っていた。
当初は、芹沢が遺体を銃で打ち込むところに、萎縮していたが、こんな体型のやつに、負けないと巡らせていたのである。
「今度は、狩る側から、狩られる側だ」
その間も、沖田は後ろを振り向かず、歩いていった。
「さぁ、パーティーの始まりだ」
ニタと、芹沢が微笑んでみせた。
ギリッと歯軋りし、睨みつけ、リーダー格の男は無理やりに口角を持ち上げている。
「泣くのは貴様だ。まず、この男を倒してから、あいつらを仕留めるぞ」
各々、コクリと頷く。
そして、団長たちも了承したと、自分たちの武器を、取り出したのだった。
そうした光景に、芹沢が上気している頬を上げ、歓喜している。
「楽しませてくれよ、少しは」
不敵な言葉を、楽しげに芹沢が漏らした。
徐々に、沖田たちの背中が、見えなくなっていたのである。
読んでいただき、ありがとうございます。




