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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第4章 散華 前編
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第72話  近藤による稽古

 いつものように、商家から巻き上げた金を使い、馴染みの御茶屋で、芹沢隊と新見隊が酒と女たちで戯れていたのである。

 予約などせず、突如、店に現れ、勝手に部屋を使っていたのだった。

 店側は、予約していた客たちに、頭を下げ、別な部屋へ移動して貰っていたのだ。


 近くの部屋からは、苦情が出ていた。

 けれど、深泉組の芹沢であると伝えると、それ以上の苦情が出てこない。

 誰もが、非道な行いをしている芹沢が怖かったのだ。


 室内は、大いに乱れていた。

 空のビンや、皿、お猪口、服など、様々なものが、散らかっていたのである。

 各々、声を上げたり、奇声を上げたりし、耳障りなものばかりだった。


 一人だけ、騒音に辟易している茨木。

 黙ったまま、度数が低い酒をちびり、ちびりと口にしている。


(うるさい連中。どうして、こんなところに……)


 隣では、女と戯れている仲間たち。

 凄味ある視線を投げかけているが、酔っているせいで、誰も気づかない。

 大きく嘆息を吐いた。

 誰もが、酒や女に、夢中だった。

「……静かなところへ、行きたい」

 思わず、本音を吐露した。


 いつも、こういった場に、顔を出さない。

 だが、芹沢の命で、顔を出さずに、いられなかったのである。


(命令じゃなかったら……。帰りたい)


 チラリと、自分の隊長のところへ、視線を巡らせた。

 新見の両隣に、少年二人を侍らしている。


(あの隊長の趣味には、ついていけない)


 微かに、目を眇めていた。

 男色家と言うこと以外は、隊長として、気に入っていたのだ。


 もう一人の隊長に、視線を移した。

 ご機嫌な芹沢の隣では、愛人小梅が寄り添っていたのである。

 二人は、睦まじく、話し込んでいた。

 愛人に向ける眼差しは、とても穏やかなものだった。

 巷で流れている、悪役非道の顔とは思えないほどだ。


(何で、私は呼ばれたんだろう……)


 遠い目をし、呆けていると……。

 突如、障子が開かれた。

 そこに、無表情を滲ませている近藤が、立ち尽くしている。


 狂喜のように騒がれていた音が、徐々に静かになっていく。

 口を結び、軽く顔を伏せ気味な近藤を、視界に捉えた者から、動きが止まっていた。

 近藤から放たれているオーラに、誰も、気後れしていたのだ。

 最後に動きを止めたのは、小梅と喋り、愉快そうにしていた芹沢だった。

 勿論、いち早く近藤の存在に気づきながら、最後に自分を見つめている近藤に、視線を合わせたのだ。


「無粋な真似をするな、近藤」

 隣にいる小梅が、交互に芹沢と近藤の顔を窺っている。

 その顔は、少し強張っていた。

 なぜなら、そんな真似をした者が、ただではすまない現場を、何度か、目にしてきたからだ。


(芹沢様……。……あの人が、近藤さん……。とても綺麗な人)


 旦那である芹沢からではなく、周りから近藤の話を、耳にしていたのである。

 かつての芹沢の部下だったと。

 だから、以前から、どんな人なんだろうと、興味を憶えていた。

 じっとしている近藤を、無粋に見入っている。


(……近藤さんの前では、芹沢様はどんなお顔を、なさっていたのかしら)


「……申し訳ありません。ただ、芹沢隊長に、尋ねたいことがあったので、突然ではありましたが、窺わせて貰いました」

 立ち尽くしたまま、ピクリと動かず、口だけを動かした。

 つまらなそうな顔を、芹沢が覗かせている。


 その近くで、少年二人を侍らしている新見が動く。

「近藤隊長としては、珍しいですね」

「……」

「それによく、ここがわかりましたね」

 探るような眼差しだ。


「……芹沢隊長なら、この辺ではないかと、当たりをつけ、当たった次第です。新見隊長」

 素直に、ここに目星をつけた理由を説いた。

 隠す理由がないからだ。

 伏せ気味だった顔を上げ、新見、芹沢を見据える。

「さすが、近藤隊長」

 賞賛の握手を、新見が送っている。


 隊長たちのやり取りを、芹沢隊や新見隊の面々が、どうなるのかと窺っていた。

 誰も、こんなところで、芹沢の機嫌を悪くさせたくない。

 どうなるのかと、誰も静観し、何事もなく、事が収まることを願っていたのだった。


「疑問が解消されたので、芹沢隊長に、お返ししますね」

 くだらんと言う顔つきの芹沢に、面白げな眼差しを新見が傾けている。

「で、何しに来た?」

「原田や、永倉たちのことです」

 淡々とした声音だ。

 小梅だけが、きょとんとした顔を覗かせている。


 上層部に、頭を下げ回っている最中に知らせを受け、医務室に運ばれていた原田たちの様子を窺ったのだった。

 ケガを受けた二つの班の中で、井上が一番重症だった。

 近藤が訪れても、まだ意識が回復していなかったのだ。

 医務室では、土方や島田が殺気を抑えることができず、辺り一面に漂わせていたのである。

 それを何とか宥め、芹沢の下へ駆けつけたのだ。


 冷静に振舞っているが、心が激しく乱れていた。

 近藤の心中を察しながらも、芹沢の表情が変わらない。

 宴会を邪魔され、どこか不満顔だった。


「稽古してやった」

 何でもないと言う口振りだ。

 そうですかと、今回は引き下がることができない。


 ケガを受けた二つの班の具合は、重症レベルで、隊としても、機能できないぐらいだ。

 倒れされている原田たちを挑発し、何度も、何度も、向かってくるよう仕向けたのだった。そのせいもあり、原田たちの身体は、重症を負ってしまったのである。

「……重症でした。芹沢隊長、やり過ぎです」

「そうか」

 状況を伝えても、表情に変化がない。

 平静な表情で、近藤が窺っていた。


「……それに、他の隊の稽古に口出しするのは、よろしくないかと存じます」

「そうか」

「はい」

 平然とした顔で、新見が酒を飲んでいる。

 だが、他の隊員たちは、喋っている芹沢と近藤の顔を、何度も行き来させていた。


 その間も、放たれている近藤のオーラが、収まらない。

 誰一人として、二人のやり取りに、口を挟めなかったのである。


 不意に、芹沢が口角を上げ、ニコッと微笑んだ。

 何か、面白いことを思いついたように。

「では、平山、平間、あの時いた……」

 自分の部下たちに、視線を巡らす。

「いや、全員、外で出て、近藤から稽古して貰え」

 突然の話に、ついていけない隊員たち。


 ギョッとした顔を、微笑んだままの芹沢に、傾けていたのだ。

 容赦なく、言葉が放たれる。

「何してる。私が、外に出ろと命じただろう」

 とんでもない命令に、まだ誰も、回復できない。

 スッと目を見据え、フリーズしている隊員たちを捉えている。


「芹沢隊長……、それでは」

 芹沢の無茶苦茶な提案に、困惑しながらも、近藤が口を開いた。

 狼狽している隊員たちに、顔を傾けたままだ。

「近藤。お前は口答えせず、ただ黙って、こいつらに稽古しろ」

「……」

 殺気を伴った双眸を注ぐ。


「何をしている。外に出ろと、命じたはずだ」

「「「「……」」」」

「それとも、私に、やられたいのか?」

 さらに、目を細める。

 誰も、拒否できない。

「「「「!」」」」


 狂喜乱舞していた隊員たちが、体勢を崩し、そして、こけながらも、一目散に外に出て行く。

 すでに、大量の酒を飲んで、足も覚束ない。

 それでも、懸命に外に出て行く。

 芹沢の命は、絶対で、破れば、自分の命がなかったのだ。


 新見以外の隊員が、外で、静かに佇んでいる近藤と芹沢に、驚愕の顔を覗かせていた。

 隊員に寄り添っていた女たちは、成り行きを、静かに窺っている。

 女たちも、研ぎ澄まされた芹沢の雰囲気に、呑まれていたのだ。


「近藤」

 外に出るように、促した。

 けれど、近藤が動かない。

「何をしている。稽古をつけろと、命じたはずだが?」

「……他の隊の稽古に、口出しするのは……」

「私が、許可した」


 チラリと、静かに酒を嗜んでいる新見の顔を窺う近藤。

「私も、構いませんよ」

「……」

「と、言うことだ。わたしたちが、許可した」

「……わかりました」


 渋面しながら、隊員たちが待つ、外に出て行った。

 やる気になっている者、顔を顰めている者、恐怖している者、様々な隊員たちの顔を、近藤が何とも言えぬ顔で眺めている。

「芹沢様……」

 小梅の震える身体が、よりふくよかな身体に、縋っていった。

「大丈夫だ」

 ニコッと、微笑む。


 それでも、小梅の顔が青ざめている。

 何よりも、小梅は血を見るのが苦手だった。

 優しく抱きしめる芹沢だが、やめさせない。

 余興でも見るような感覚で、楽しんでいたのだ。


 嘆息を吐く近藤。

 先ほどまでの表情とは違い、僅かに、尖らせるような表情に変貌させる。

「……好きに、どこからでも、掛かって来い」

 それを合図にし、隊員たちが近藤目を掛け、持っている各々の武器で、それぞれに襲い掛かっていく。


 中に、躊躇している隊員もいる。

 茨木も、その一人だ。

 彼女は、戦闘要員ではなく、情報収集する後方要員だった。

 そのため、戦闘に不慣れだったのだ。


 近藤の一撃によって、脱落する者もいれば、倒されても、果敢に攻める手を、休めない者もいる。

 だが、徐々に、人数が減っていった。


(最後に、残るのは……いや)


 唇を噛み締め、怪我する覚悟で、茨木が、仲間たちを次々に伸していく近藤に突っ込んでいった。

 いくら芹沢と新見から、優遇されているとは言え、命令には逆らえないと、身に染みて理解していたからだ。

「や!」

 勢いよく、斬り込んでいくが、あっさりと交わされ、思いっきり隙だらけの腹部を蹴られてしまう。

 地面一体に、仲間の血や、先ほどまで食べたり、飲んだりしたものが、吐き散らしていた。

 そうした場所に、茨木が倒れ込んだ。

 薄れゆく意識の中で、よりにもよって、こんな場所で……と、突っ込みながら、意識を手放したのだった。


 最後まで残っていたのは、芹沢の護衛を任されている平山と平間だけだ。

 息を乱している二人。

 静寂な目をしている近藤が、見定めている。

 すでに何度も、近藤からの攻撃を受け、身体が痣だらけだった。


 二人は、近藤との実力の差に、歯軋りをしている。

 余裕の顔に、それぞれ矜持が、傷つけられていたのだ。

「「……」」

 何の構えもなく、二人を眺めている近藤。

 どこからでも、掛かって来いと言う無言のオーラを、漂わせていたのだ。

 ますます、苛立つ二人だった。


「行くぞ」

「おう」

 二人は言葉を発し、立ち尽くしている近藤に、渾身の一撃を加えようとする。

 だが、二人よりも速い動きによって、目の前から姿を消し、二人の背後に回り込み、平間の背中を勢いよく蹴り飛ばした。

 平間が攻撃を受けている間に、平山が体勢を整え、攻撃しようとする構えに入ろうとするが、近藤の手が緩まない。


 自分が手にしている柄で、平山の柄を器用に、跳ね飛ばす。

 そして、容赦なく、がら空きになっている腹部に、拳を叩きつけた。

 最後の平山を倒し、誰も立つことができない。

 倒れている隊員たちを、複雑な眼差しで眺めている。


「随分と、手を抜いたな、近藤」

 近藤の戦いぶりに、不服そうな顔を、芹沢が滲ませていた。

 警邏軍に入ると同時に、近藤は芹沢の部下となったのだった。

 手塩に育てた近藤の実力を、誰よりも、把握していたのである。

 遊んでいるようなやり方が、気に喰わないのだ。


「……」

「なぜ、手を抜いた? お前だったら、もっとダメージを与えられたはずだ」

 咎めるような眼差しに、居た堪れない。

 視線を僅かに揺らしながら、弁明を口にする。

「……これは稽古と、芹沢隊長が申されたではありませんか? ですから、稽古をつけたまでです」

「気を失わせただけだろう」

「それも、稽古だと、思いますが?」

 芹沢の見据える視線と、合わせようとしない。


「つまらない」

「申し訳ありません」

 真摯に、近藤が頭を下げる。


「……互いに、稽古したんだ。これで同じだろう」

「……」

「下がれ」

 冷淡な声音だ。

「……」


 興味が伏せたと、小梅と喋り出す芹沢を眺めてから、近藤が一礼し、その場から立ち去っていく。

 立ち去っていく近藤に、芹沢の目が向けられなかった。


 近藤が宴会にイレギュラーで現れ、僅かに瞠目したものの、その後は、いつものように酒を飲み、芹沢は小梅と寝床を共にしたのである。

 小梅を寝かせ、闇夜を芹沢が気持ちのいい千鳥足で歩いていた。


読んでいただき、ありがとうございます。

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