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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第1章  入隊
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第7話  暴れる高杉と静観する坂本

 ジパング国を長年治めてきたのは徳川宗家である。それ以前は徳川宗家と親戚筋にあたる天帝一族が長期にわたってジパング国を治めてきた。


 天帝一族は代々男子が後を継ぐことが慣わしだった。けれど、それがある時を栄えに途絶えてしまう。そして、親戚筋にいた徳川宗家がいくつかの条件でその後を継ぐことになった。

 天帝一族に男子が現れても、その王位を譲ることなく今に至っている。

 人々はジパング国と呼ばずに徳川王国と呼んでいた。


 徳川宗家の治世を安寧だと思う人々は少ない。

 長期政権によって、国には汚職などが蔓延って堕落の一途を突き進んでいた。そんな桃源郷のような治世をいいと思わない者たちが反旗を翻して、勤王一派と言う集団を形成して天帝一族が治める治世に戻そうと画策していたのである。


 その勤王一派を取り締まっているのが都の治安を守る警邏軍。その中心となって捜索に当たっているのが銃器組だった。特殊組、特命組も躍起になって取り締まっていたが、いたちごっこのようなもので勤王一派の数が減少することはなかった。


 レンガ造りの四階建ての建物が都の外れに建っている。側面が青々と延びる蔦で覆われ、より一層古めかしい雰囲気を醸し出していた。

 この建物は天帝一族に仕えている家臣の別荘で、近所の人たちにレンガ屋敷と称されていた。そして、勤王一派の拠点の一つとして使われていたのである。


「くそ」

 二階の部屋から吐き出された声。

「くそ。くそ。くそ」

 声の主は勤王一派の若きエリート高杉真朔だ。


 管を巻いている理由はただ一つ。

 高いプライドを損傷されたからである。

 深泉組の沖田宗司がS級ライセンスを取得するまでは最年少合格者は高杉真朔だった。


 精悍な顔つきには似合わない表情である。

 二十二歳の若さの高杉は二十一歳の時、S級ライセンスの筆記試験にその当時の最高点で合格していた。ただし、実技試験には落ちてしまった。剣の腕前はずば抜けてよかったが、病弱だったために体力面で、不合格になってしまった。


 この時に筆記試験で出した最高点での合格が巷の話題となり、たくさんの称賛を浴びた。けれど、その記録も一年後に四つ下の沖田にあっさりと抜かれてしまったのである。


 沖田は高杉とは違い、両方の試験に合格し、いずれも高得点を出して、挙句研修での成績も高く、教官の評判も高かった。


 S級ライセンスを取得した沖田の存在が気になり、裏から手を回して研修での様子や成績などを緻密に調べて報告させていた。その結果、手がつけられないほど暴れ回る現状に至った。


 無残な現場に誰も暴れている高杉を止められない。

 整えられていた書物や種類はあちらこちらに散乱し、列をなしていた机や椅子は無造作にひっくり返っていた。

 激高の激しさが周囲のありさまでわかるぐらいだ。


 その環境でも仕事をしなくてはならなく、部下たちは惨劇の後から必要なものを探し出して、こそこそと仕事に勤しんでいた。


 一通り暴れた後、息が荒く咳き込む。

 誰も、ギョッとして手が止めた。

 身体が弱い高杉を気遣っている。

 病弱な体質を周囲は気に掛けているが、凄まじい光景に誰も声がかけられない。

 もし止めようものなら、その矛先が自分たちに向けられそうでできなかった。


「なぜだ、なぜなんだ!」

 次々に手にする書類を破いていく。

 大事な書類だが、誰も注意できない。


「何であんなやつが合格する!」

 重要な書類が見るも無残な姿に変貌していった。

 片っ端から物を投げるので、周りの人間はよけながら仕事をするしかなかった。

 それに中枢を担う幹部であり、下の人間が止められるはずがない。


「どうして、沖田が合格して、私が不合格なんだ!」

 どこからそんな怒気が出てくるのかと言う声で吐き捨てた。


「言え、なぜだ!」

 いきなり、下の人間の胸倉を掴んで噛みついた。


 ギラギラとする瞳にたじろぐ。

 それほどまでに瞳が怒りの炎で燃えていたのである。


「高杉さん。落ち着いてください。身体に障りますから」

「うるさい、うるさい」

「ですが……」

「身体のことを言うな!」

 病弱な体質を本人は気にしていた。

 それを言われて、辱められたと更なる逆鱗に触れる。

 強い怒気に胸倉を掴まれている男は身体が硬直してしまう。




 その光景を遠巻きで見ていた人間がいた。顔を真っ赤にして怒りを露わにしている高杉がいる部屋から隣の部屋が丸見えになっていたのだ。

 部屋同士に扉がなく、自由に行き来できた。


 暴れ牛のような姿が見たくなくても見えたのだった。

 何もない綺麗なテーブルに頬杖をして、観劇していたのである。

 高杉の手には銀の燭台が握られ、振り回していた。


 手のつけられない高杉をバカバカしいと言う眼差しで静観していた。

 眺めている人間は高杉と同じように中枢を担う幹部の一人で坂本竜魔といった。


 状況を面白がっている坂本がいる部屋では、アンティークな家具が綺麗に飾られていた。どの部屋にもその類のものが飾られていたが、実用性がないと言って、高杉の部屋では一切飾られていたものをすべて撤去させていた。だが、隣の坂本の部屋は面倒だからそのままでいいと言う意向で、そのままになっていたのである。

 飾られている調度品や絵、家具はすべてレンガ屋敷の持ち主の趣味だった。


「坂本さん」

 声をかけられ、気が抜けたような顔を向かいに腰かけた沢村総之丞に傾けた。

 若いながら文武両道で、坂本のブレーンとして傍らについていた。


 止めようとしない坂本に呆れつつも、自らは動こうとはしない。

 高杉を尊敬していたが、激高しやすい性格についていけなかったからだ。

 坂本を兄のように慕い、影ながら沢村がサポートしている。


「面白いぞ。仕事なんてしないで見てみろ」

 隣の部屋の惨劇を楽しむように笑っている。


「仕事してください」

 烈火のごとく暴れている姿を眺めながら、携えてきたいくつかのファイルをどさりとやる気がない坂本の前に置いた。


 いつの間にか持っていた銀の燭台を坂本は振り回している。壊れないうちに沢村が回収する。

 これ以上、無駄な出費を抑えるためだ。

「余計なことにお金を使わせないでください」

「隣はよくって、俺はダメなのか」

 いたずらな笑みを零す。


「でしたら、坂本さんが止めてください」

「今のあれでは無理だろう」

 視線で隣の惨劇を促した。

 壊れた物や敗れた書類で足の踏み場もない。


「でしたら、壊してお金がかさむのはやめてください」

 レンガ屋敷は借り物で壊れた物はすべて弁償することになっていた。だから、これ以上の破損はできるだけ抑えたかったのだ。それに無頓着な傾向が見える坂本はこれまでに高価な調度品を壊した経歴があった。


「まだ、続けていたんですね」

「ずっと、あのままだ。あいつも忙しいと言うわりには暇人だよな」

「失礼ですよ、坂本さん」

 苦笑しながら惨劇具合を一望して状況が悪化していると察する。


(さては、余計なことを言って、高杉さんのことを怒らせたか……)


「別にいいじゃないか。S級ライセンスの最年少記録を破られたからって」

「しょうがありませんよ」

 何気ない視線を沢村に注ぐ。


「高杉さんは人一倍プライドの高い人ですから。そういうところを少しは見習ってほしい人もいますけど」

 あどけない笑顔で、心底いやそうな坂本を窺う。


(そこまで毛嫌いしなくてもいいと思うけどな……)


 身震いを起こし、ブルブルと頭を振っていた。

「高杉さんは仕事に熱心ですよ。なかなか重い腰を上げない坂本さんと違って」

 眼光で制止させようとするができない。

 滑らかな吐露は続いていた。

「それにフラッといなくなったりしません」

「別にいいだろう」

「よくありません」


 すぐに姿を消す素行の悪い坂本とは違い、真面目な高杉は常に次から次へと仕事をこなしていた。

 それをチクリと沢村が嫌味を言ったのだった。

 ケロッとしている坂本。


「酒は俺の栄養剤。酒があるから、働ける」

「でしたら、せめて居場所ぐらい告げてから出て行ってほしいものです。捜す身にもなってください。坂本さんを捜すのは大変なんですから」

「沢村。俺の楽しみを奪うな」

 子供じみたところがある坂本は鬼ごっこが好きだった。

 捜して貰うためにふらりと出かけてしまう。


 自分の意見に傾けない様子に諦めモードで、常に危機感が感じられない坂本の前に一つのファイルを出した。

 二人と同様に中枢の幹部西郷鷹森から預かったものだった。

 面倒臭そうに開かれた場所にチラッと視線を落とす。


「西郷さんからです」

 西郷のサインがしっかりと書かれていたので、ひと目で誰から渡ってきたものか判別ついた。

「この前、会合で話し合われた取り組みです」

「お前に任した」

「ちゃんと目を通してください」

 渋々といった顔でファイルに目を通し始めた。

 書かれていた内容は予測していたものと合致していたが、徐々に眉を潜めていく。

「一部、気に入らない」


(やっぱりな……)


 人知れず、これを予測していた。

 頑固な一面が坂本にはあった。

 ファイルを西郷から渡された際にごねるかもしれないと聞き及んでいた。


「俺の性格、知っているだろう? 反対するようなものを持って来るな」

「西郷さんが言っていました。少しは汚れ仕事にも慣れろと」

 汚れ仕事を嫌う坂本のために沢村が独断で処理していた。だが、今回は西郷からの強い命令でやらせろといわれてしまった。ギリギリまで悩んだ末、結局言われたとおりに話したのだった。


「西郷さんに伝えておけ。気に入らない、俺は反対だ」

 強い意志がこもった目に、これ以上説得しても無理だと諦めた。


 まだ、気持ちが高まって暴れている高杉に沢村は視線を注ぐ。

 促されるように坂本も見る。

「沢村。S級ライセンス、取らないのか?」

「僕ですか? 無理ですよ、まだ僕なんかは」

 笑いながら答えた。


 三度目にS級ライセンスに合格した坂本は、沢村の実力だったら合格間違いなしと思っていたのである。

「手伝いに行った方がそろそろいいですかね? 高杉さんの身体も心配ですし」

 高杉の顔色の血色がさらに悪くなっていった。

 倒れるまで収まらないと坂本の頭に掠めていた。


「面白いからほっとけ」

「そんな訳にはいきませんよ」

「好きにしろ」

 ケガを覚悟の上で沢村は野獣化した高杉を止める手伝いに行ってしまった。

 坂本はただ眺めているだけだった。


読んでいただき、ありがとうございます。


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