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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第4章 散華 前編
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第71話  芹沢による稽古

 訓練場で、訓練を行わず、ただ酒盛りをしている原田班と永倉班。

 稽古の時間帯ではなかった。

 だが、待機部屋にいれば、事務を担当している三上たちに、溜まっている事務処理をやらされると巡らせ、訓練場に逃げ込んでいたのである。


 神聖な訓練場で、酒盛りをしている者がいれば、賭け事に興じている者が存在していた。その中に置いて、真面目に訓練する者も、若干ではあるが、存在していたのだ。


「面白くない。何で、俺たちを白い目で……」

 酒盛りをしていた原田が、空の湯飲みを投げ捨て、不満げな顔で寝転ぶ。

 白の制服を脱ぎ捨て、黒のアンダーウェアのままだ。


 警邏軍の者たちが、今まで以上に、白い目を傾けていたのだった。

 絶えられず、訓練場に避難していたである。

 外に出ても、警邏軍で問題を起こしたらしいと、詳しい内容まで知らない庶民まで、冷ややかな視線を巡らせていたのだった。

 行き場のない深泉組。

 それでも、密かに、見回りの仕事を、こなしていたのである。


 寝転んでいる原田の正面で、平然とした表情で、永倉が酒を一気に煽って、飲み干した。

 面白くないと抱きつつも、原田のように前面に表情に表れていない。

「しょうがあるまい。暴れたのは、事実だ」

「だけどさ。とんだ、とばっちりじゃないか」

「いつものことだろう」


 二人の周りに、人がいない。

 原田の愚痴を聞くのが面倒になった隊員たちが、それぞれに訓練場の広い場所で、酒盛りをしていたのである。

 その中で、藤堂と、井上、秋吉が、真面目に稽古をしていたのだ。

 天井を、思いっきり睨みつけている原田。

 いつも以上に、納得できなかったのである。


「俺たち以上に、芹沢隊長たちの方が、悪いじゃないか」

「途中で、面倒になって。お前、確認もしなかっただろうが」

 言葉を詰まらせ、何も言い返せない。

 薬の摘発現場で、歯向かう数が多く、段々と面倒になったので、確認する言葉を言わず、黙々と、向かってくる敵を、なぎ払っていったのだった。

 容赦なく、永倉も斬り捨てていったが、双眸に戦う意思が薄れていれば、見逃していたのである。


「いい加減、諦めろ。俺たちが、深泉組にいる間は、こんなもんだろう」

 達観した眼差しで、不貞腐れている原田の器に、酒を注ぎ込んでいる。

 それでも、半眼した視線を、原田が巡らせた。

 やれやれと、首を竦めている。


「それに、他の組に行ってみろ。仕事仕事で、それも面倒だ。深泉組はその点、ユルい。俺としては、ここは好きだ」

「俺だって、深泉組は好きだ。けど……」

 面倒臭い原田に対し、嘆息を零した。


(これ以上、俺たちにとって、都合のいい職場なんて、ないのにな……)


 突如、訓練場の扉が開く。

 胡乱げな視線を、一斉に開かれた扉に注ぐと……。


 芹沢と、芹沢を護衛する平山と、平間、芹沢隊のメンツが、数人ほど揃っていたのである。

 その中心にいる芹沢が、ふっくらとした腹を揺らしながら、動き出す。

 傲慢とも言える笑みを漏らしていた。


「随分と、暇そうだな」

「「「「「「……」」」」」」

 芹沢の背後にいる者たちが、蔑むような眼差しをしていたのだ。

 ムッとしながら、原田が今回の大元の元凶である、彼らを視界に捉えている。


 嘆息を吐き、殺気を隠そうとしない芹沢。

 それを、冷静な眼差しで、窺っている永倉。

 彼らの部下たちは、どうなるかと、不安げに逡巡していた。


 その中で、警戒音が鳴り響き、近藤や土方に、助けを求めようと抱く井上だった。

 だが、扉の前に、芹沢隊が陣取っているために、呼びに行けない。

 数的に言えば、こちらが有利のはずだが。

 向こうに、剣豪と知られている芹沢加茂がいたのだ。

 焦る気持ちを落ち着かせ、冷静に井上が、相手側の隙を窺っていた。


 自分の力量では、平山や平間を相手にするには分が悪い。

 他の相手では、どうにかなりそうだが。

 ふと、原田、永倉、藤堂たちに、井上が視線を走らせている。


(……サノさん、やる気だ。闘志が漲っている。シンパチさんは……、状況を窺いながらも、面白がっているし、ヘースケさんに関しては、もうダメだ……。他のみんなは、逃げられない以上、腹をくくっているみたいだ。……みんな、もっと考えてほしいな。話し合いをしてみるとか、あるじゃないか。どうして戦うことしか、考えないんだ)


 大きく溜息を吐いた。

 目の前にいる、頬がほのかにピンクに染まっている芹沢に、視線を止める。

 ここに訪れる前に、大量の酒を煽っていた。


「芹沢隊長。私たちに、何かようですか?」

 少しでも、足掻こうと、井上は必死だ。

 無駄なことをすると言う仲間の視線を、綺麗に無視している。

「ああ。ちょっと、遊んでやろうとな」

 最終通告を受け、がっくりする。


 ふてぶてしい芹沢に、立ち上がっている原田が、目を細め、見据えていた。

「芹沢隊長が、直々に遊んでくれるんですか」

 語っている永倉の口角も、上げていた。

「勿論だ」

「ぼ、僕たちは、結構です」

 まだ、諦めが悪い井上。


「それは、許さない」

 にんまりとする顔を、青白くなっている井上に傾けていた。

「諦めろ、井上」

「……芹沢隊長」


 ギラギラと、獲物を狙う視線を傾けながら、背後にいる部下たち命じる。

「お前たちは、一切、手を出すな」

 それに異を唱えたのが、がっちりとした体格をしている平山だった。

「……ですが」

「私、一人でやる」


 チラリと、それぞれに腹をくくり始めているメンツを、琥珀色の瞳で平山が眺めている。

 芹沢のように、眼光に熱い焔を滾らせている原田、永倉、藤堂を捉えていたのだ。

 このメンツの中で、一番厄介なやつらだった。

 ここに入ってきたばかりの時は、自分たちとの実力差に、大きな開きがあったが、今はその差が、埋まりつつあるのを、平山は感じ取っていたのである。

 そんな思いも巡り、芹沢一人で戦って、大丈夫なのかと、僅かに不安を覗かせていたのだった。


「こいつら相手に、私の腕が劣ると、思っているのか?」

 振り向かない芹沢。

 だが、その背中は、さらに威圧が増し、気圧されたのだった。

 口を結んでいる平山。

 その背後に、控えている者たちは、ラクができると、抱く者や、面白いものが見られると、ほくそ笑む者たちだ。


「黙ってみていろ」

「……はい」

 従う姿勢をみせた。

 それを聞き、まっすぐに突き進む、芹沢の足。

 躊躇いもなく、軽やかだった。


「さて、誰から来る? それとも、一気に全員で、来るか?」

 狂喜に満ちた顔を、滲ませている。

 そんな姿から、視線を外せない。

 そして、同じように原田や藤堂も、同じような表情を、浮かべていたのだった。


「「おまえたちは、好きにいけ」」

 原田と永倉が、同時に口にしながら、何の構えもしていない芹沢に、素早い動きで襲い掛かっていく。

 手を抜いたら、やられると言うのを、ひしひしと二人は肌で感じていたのである。

 だから、手を抜かず、使い慣れた馴染みのレーザー剣を手にし、向かっていたのだった。


 口の端を上げる芹沢。

 その頬は、艶やかだ。

 愛用の柄を取り出すが、まだスイッチを入れない。


 そんな姿勢に、攻撃を仕掛けようとしている原田だけが訝しげるが、永倉は表情を変えなかった。

 勢い任せの荒い原田の攻撃を交わし、ひじで原田の背中を打ちつけ、計算された永倉の攻撃も見逃さず、スイッチを入れたレーザー剣で撥ね退ける。

 その後に続くように、藤堂や、他の隊員たちが、隙を狙って、攻撃を仕掛けていった。


 高らかに、笑い出す芹沢。

 一瞬だけ、その笑いに気圧される隊員たちもいたが、同じように原田も、笑い出した。

 物怖じした隊員たちも、原田の笑いにより、いつもの剥き出しの本能のまま、動き始めていたのである。

 だが、芹沢の俊敏な動きが、止まることがない。


 繰り出される攻撃を、軽々と交わしつつ、物足りげな表情を滲ませていく。

 その中で、井上一人だけが、攻撃を仕掛けず、窺っていた。


(さすが、芹沢隊長。総攻撃を仕掛けているのに、見事な捌きで、どの攻撃も、交わしている。サノさんたちも、手を抜いていない、最初から本気モードなのに……。……必ず、どこかに隙ができるはず、その隙を狙って……)


 徐々に、隊員たちの数が、減っていく。

 遊びつつ、上手い具合に、隙のある隊員たちから、ひじや蹴り、柄による強打によって、隊員たちが伸されていったのだった。

 眼光を見開き、隙を捜している井上の額から、次第に汗が流れていった。

 状況を窺っているだけで、体力が消耗していったのである。


 視界に、倒れて身動きが取れない仲間たち。

 それも、精神面を削がれる一面だった。


 油断したら、いけないはずなのに、どうしても、視界の端々に映っている、倒れている仲間の姿を、視界の外に追いやることができない。

 倒されても、倒されても、勇猛果敢に原田や永倉、藤堂の三人は立ち上がり、攻撃の手を繰り出していく。


 最初から、飛ばしている三人の息も荒い。

 ただ、芹沢の動きも、息も、変わらなかった。

 窺っている井上に、何度も、視線を送っていたのだ。

 そうした余裕も、みせていた。

「……」

 唇を噛み締める。

 ゴクリと、つばを飲み込み、意を決した双眸で、さらに注意深く動きを窺う。


(これが最後。少しでも、見せたら、いく)


 何度も、打撃や斬られたはずなのに、上手く受身を取って、立ち上がって行く原田。

 本能のまま、芹沢と言う獲物を狙っていたのだ。


「いい加減、本気を出せよ、芹沢隊長」

 野性的な勘で、不満げに原田が飛び込んでいった。

 段々と、攻撃をしていくうちに、高揚感が増し、もっと芹沢の本気が見たいと抱いていた。


「甘い!」

 発しながら、振り落とされるレーザー剣を、芹沢が交わそうとするが、原田はそれを見越し、芹沢のふくよかな腹部に、蹴りを入れようとする。

 重いはずの身体なのに、意図も簡単にジャンプし、それぞれの攻撃を交わしていった。

 見た目は、重量感があるのに、動きがスピーディーだった。


 瞠目している原田たちを、不敵に笑っている際に、永倉たちによって、隠れていた井上がジャンプし、目の前に姿を現していたのだ。

「いただきます」


 不意の攻撃に、躊躇いもなく、持っていたレーザー剣を捨て、もう一本隠し持っていた柄で、がら空きとなっている井上の腹部に、強烈に打ち込んだ。

 あまりの衝撃で、振り落とそうとしたレーザー剣の威力が失われる。

「まだまだだったな」

「……」


 目の前に、ニタッと笑っている芹沢の面がある。

 徐々に、薄れていっていく井上だった。

 唐突に、腹部から湧き上がる気持ち悪さから、口から大量の血と共に、汚物が吹き出す。

 そして、そのまま、何の受身も取らず、倒れ込む井上。


 ピクリともしない。

 ただ、その周りに、汚物と血が広がっていった。


「!」

 倒された隊員たちの多くが、数度の打撃と、疲労で倒れ込んでいたが、井上だけが違って、重症を物語っていたのである。

 可愛がっている井上の姿を目にし、先ほどまで、狂喜した目が消えていた。

 ただ、目の前の敵だけを、原田が眇めている。


「来い」

 促す芹沢の声に、導かれるように、突進していく原田。

 それに続く、永倉たちだった。

 さらに、激しさが増した攻撃を交わしつつ、芹沢が原田たちを弄んだ。


 ふくよかな芹沢の動きが、ようやく止まった。

 立ち尽くしているだけで、芹沢は動かない。

 その周囲に、原田たちが倒れ込んでいた。

 誰一人として、動ける者がいない。


 いつもの双眸に戻った芹沢が、何気ないように眺めている。

「芹沢隊長。新見隊長からの伝言です、先にいっているとのことです」

 ずっと静観していた平間が、新見から頼まれた伝言を口にした。


 嬉々とした表情で、芹沢が暴れている間に、訓練場に新見たちが姿を現していたが、芹沢の様子を、僅かに窺っただけで、先にいってしまったのだった。

「……わかった」

 息を整え、倒れている原田たちを背にした。

 その仕草に、何の躊躇もない。


 ふと、平間に視線を巡らせる。

「近藤隊に知らせろ。原田たちが眠っているとな」

「承知しました」

 頭を下げ、芹沢の命令を受けた。

 立ち止まることなく、芹沢たちは訓練場を後にしたのだった。


読んでいただき、ありがとうございます。

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