第70話 幼馴染と沖田
いつものように、効率よく仕事を終わらせ、沖田はリズたちがいる見世物小屋に、訪れていたのである。
普段通りに過ごしていたが、若干名、沖田の異変に、気づいた者がいた。
土方や、斉藤、かかわった山南だ。
だが、誰一人として、どうしたのかと伺う者がいない。
背中が、拒絶していたからだ。
「元気?」
気楽に、相手の断りもなく、リズたちがいる部屋に、唐突に入っていく。
リズたちがいる部屋は、変わることなく閑散として、何もない部屋だった。
衣服も、ないほどだ。
服は着ている服と、もう一着ぐらいしかなかったのである。
突然の来訪に、瞬間的に驚愕していた面々だった。
それぞれに、強張っていた身体が緩む。
「いい加減にしろ、どうしてお前は、気配を消して、入ってくる」
「だって、聖が、気づかないから」
「お前な」
悪びれる仕草を見せない姿に対し、威圧感がある体格で、咎める眼差しを傾けていた。
襲い掛かれば、ひと溜まりもない感じを、髣髴させていたのだった。
その脇では、苦笑しているリズと、ムッとしているククリの姿がある。
抱えていた荷物と、ポケットから出すお菓子を、無造作に三人の前に置いた。
「これで、また当分は、大丈夫だと思うけど?」
のほほんとしている沖田に、困ったような顔を、リズが覗かせている。
「それよりも、ソウちゃん。大丈夫なの? こんなところに、頻繁に来て?」
「大丈夫。深泉組自体が、謹慎処分を受けているような感じだから。大して忙しくないんだ」
訝しげに、眉を細めているククリ。
その目は、お前が何かしたんじゃないかと、疑っている。
(そんなに、睨まないでほしいな。せっかくのイケメンが台無しだ)
「僕じゃないよ。他のところがね……」
苦笑しながら、三人の前に座った。
「芹沢隊と、新見隊か?」
「さすがククリ。僕のことが気になって、深泉組を調べたの。優しいね」
「べ、別に。お前がいたから、調べたんじゃない」
したり顔を滲ませ、狼狽えているククリに視線を送っている。
突っかかっていく聖とククリだが、無茶するんじゃないかと、昔から沖田のことを心配していたのである。
けれど、そうした二人に対し、お茶らけた態度を取ってしまう沖田だった。
そうしたことがあるせいで、素直に心配の色を出せないでいる二人だ。
「で、どうなんだ? ククリから、その隊が悪さしているって、聞いたが?」
ブスッとした顔で、先を促す聖。
勿論、聖も、幼馴染のことを、気にしていたのである。
「そんなところかな。だから、こうして、ここに来られるから、芹沢隊長たちに感謝しないと」
「おい」
外で、情報収集したククリは、ほぼリズたちに、聞かせていたのである。だから、芹沢たちの悪さについても、いろいろと耳にしていたのだった。
その中で、ふざけたことを仕出かす沖田が、目をつけられないかと心配だったのである。
「二人とも、ソウちゃんのこと、心配だからって」
「「別に、心配していない」」
その顔は、少し赤くなっていたのである。
リズと、沖田が、クスクスと笑っていた。
「ソウ。お前は、笑うな」
眼光鋭く、半眼している。
「リズ。心配などしていない。こいつが強いのを、知っているからな。逆に、一緒にいるやつらのことを、心配しているんだ」
若干、まだ顔を赤いながら、ククリが言い繕っていた。
素直になれない二人を気遣い、わかりましたと、小さく笑いながら、朗らかな表情を醸し出しているリズが、頷いている。
それでもなお、ククリが面白くない表情を、滲ませていた。
「食料の方は、足りてる?」
「大丈夫。子供たちにも、十分に渡せてるから」
「そう。もっと、増やそうか?」
「無理しないで。ソウちゃんだって、立場があるでしょ」
「大丈夫だよ。結構、いい給料だって、貰っているし、僕の周りにいる人たちにも、配っているから、急に増えても、平気だよ」
「本当に、無理しないでね」
念を押すリズだった。
心配げなリズの容姿に、普通の感性を持っていたら、庇護欲をそそられていただろう。
その影響を強く受けている二人が、顔を伏せ気味なリズを、気遣っていた。
「ここに、子供が多いの?」
「……うん。今の団長たちは、頻繁に、子供たちを買っているわ」
リズの話を耳にしながら、聖やククリの様子を窺っていた。
二人とも、顔を思いっきり顰めている。
半妖の子供を、安い値段で、買い叩いていたのだ。
「問題が、多そうだね」
脇を固めている二人に、やれやれと、リズが首を竦めていた。
いくら大丈夫と説いても、二人の表情は何かあると、誰でも勘ぐられるほど、語っていたのだった。
頼ろうとする二人を、鮮やかな金色の瞳で、眇め、窘める。
多少、リズから叱責を受け、うっと顔を強張らせていた。
昔から二人は、お姉さん的なリズに、頭が上がらない。
「リズ。リズが思っている以上に、きっと深刻だって捉えているから、顔に出ちゃったんだよ。だから、そんなに、二人を責めないでよ。僕なら、大丈夫だから。少しは頼ってくれると、嬉しいな」
可愛らしく、昔のように、おねだりするような仕草を窺わせている。
そして、こうした仕草に、昔からリズは抗えない。
「……ごめん。そして、ありがとう。ソウちゃん」
「いいえ。任せてよ。でも、ダメな時は、ごめんね」
「いいのよ。ソウちゃんが、できる範囲で」
ニコッと微笑んでいるリズから、何か、言いたげな二人に、視線を巡らせる。
「で、何を喋りたいのかな」
互いに、どっちが言うかで、視線で語り合っていた。
結果、ククリが話すことと決まる。
「……今、ここにいる半妖は、二つに分かれている。私たちの派閥と、今の団長の側についている派閥だ」
「そういったことって、どこでも、変わらないね」
呆れた表情を、沖田が滲ませている。
「ソウから貰った食料も、私たちの派閥内で、配ろうと思っていたのだが、どうしても、向こう側にいる子供たちに持って……」
最後まで言わなくても、食料が不足していることを察する。
普通にしてても、魅了されるリズに、お願いされたら、決して二人は逆らえないだろうと、手に取るように見えてしまったのだ。
「なるほど。わかった、もう少し、増やすよ」
「頼む。それに、今の団長たちは、私たちを虐げる。私たちは、もう子供じゃないが、子供たちがな。それに対し、意見すると、目立たないところを殴ったり、蹴ったりしてくる。それに、少ない食事を抜きにされたりだ。……これは私たち三人で、話し合っている最中なのだが、小屋を移りたいと思っているが、買われた子供たちのことを思うと、どうしてもな……」
置かれている内情を、包み隠さず、ククリが語った。
そこまで言わなくてもと言う顔を滲ませている。
だが、そうしたリズの表情を、ククリが見ようとはせず、一気に喋ったのだった。
けれど、どこか躊躇いがちな表情を、ククリが覗かせているのを見逃さない。
「ククリ? 他に、何かあるの?」
促す沖田の視線に、激しく瞳が彷徨っている。
「「ククリ?」」
首を傾げ、見上げているリズ、訝しげな聖の姿があった。
「……これは、私が勝手に思っていることだが、いなくなっている者たちは、別なところに、売られているような気がする」
眉を潜める聖に、信じられないと言う顔を、リズが滲ませている。
「いなくなった者たちの後、団長たちが、妙に、羽振りがいい気がしている。上等な酒や、肉料理を食べているところを、見かけたことがあった」
「聞いてないぞ」
剛毛で覆われた身体と共に、咎めるような眼差しを注ぐ聖。
剛毛が、逆立っているようでもあった。
「……ごめん。二人が気にすると思って、話せなかった」
俯いているククリに、責める者がいない。
身体が弱いリズ、それを気遣う聖に、余計なことを言って、心労を加えたくなかった、ククリの気持ちが理解できたからだ。
先ほどまで逆立っていた剛毛が、しゅんとしている。
「……悪い。俺のせいだな、俺が、もっとしっかりしていれば……」
「違うわ。私が、身体が弱いせいで、みんなに迷惑掛けて」
互いに、自分が悪いと責めている姿に、何とも言えぬ顔を、ククリが滲ませていたのである。
「二人とも。そうやって、自分たちを責めてほしくなかったからだよ。ここはそんな話をしないで、もっと建設的な話をしよう」
意識を、別なところへ持っていく沖田だった。
「……そうね」
リズが返事をすると、聖も頷いた。
三人の顔を窺い、改めて、沖田の口が開く。
「ククリの話は、可能性が高い気がする」
「「「……」」」
沖田の意見に、反論できない三人。
常に、団長の行動を見てきた者としても、異論がなかった。
容易に、想像ができたのだ。
「早く、別な場所に移った方が、いいかもしれない」
「だが、ここでは、難しいぞ」
怪訝な表情を出す聖だった。
地方ならば、すぐに行動に移すことも可能だが、今いる場所は、半妖に対し、厳しい都だったのだ。
今すぐ逃げ出したとしても、特殊組に捕まる可能性が高かった。
「ああ。都で、別なところなんて、無理だ」
同調するククリ。
二人とは違い、都の様子を窺っていた立場としても、無理だと決め込んでいたのである。
「そうね……。どこかへ移った際に……」
「いや」
三人の意見に、真っ向から、沖田が反対した。
いつになく、真面目な姿に、三人の視線が集まっている。
「できるだけ、すぐに出ることを、考えた方がいい」
三人の顔に、困惑や当惑と、様々な表情が表れていた。
「僕の方で、場所を探しておく。それから、都を出る算段をした方がいい」
そうかと思案しながらも、頷く聖とククリだったが、リズが躊躇っている。
別な部屋で、休んでいる子供たちに、気持ちを巡らせていた。
「……子供たちが……」
「「……」」
重苦しい空気が流れていく。
「大丈夫。子供たちは、一緒でいいから。ただ、団長に近い子供たちは、難しい」
「ソウちゃん……」
縋るような眼差しを注がれても、沖田の意思が、揺らぐことがない。
「ごめん、リズ。逃げる算段が、バレる恐れがあるから」
「……」
やや顔を伏せると、サラサラとした髪が、微かになびく。
悲しげな顔を覗かせているリズの肩に、手を置く聖。
「リズ。俺たちを慕っている子供たちのことを、考えてくれ」
口を閉ざしたまま、ククリが二人の様子を静観していた。
「……わかっている」
「すまない、リズ」
ようやく納得してくれたリズに、沖田がひと安堵する。
「いつでも、逃げ出せるように、できるだけ、みんなで、固まっていてほしい」
「「「わかった」」」
三人が同意したことを確認し、ようやく沖田が立ち上がった。
ニコッと、微笑んでみせる。
「そろそろ時間だから、戻るね」
深刻な事態にもかかわらず、いつもと変わらない愛嬌のある笑顔に、リズがホッと安堵の息を漏らした。
「……ごめんね。結局、いろいろと、迷惑掛けて」
「平気だよ。それに久しぶりに、みんなと会えて、嬉しかったし」
ゆっくりとした動作で、ククリも立ち上がる。
「近くまで、送っていく」
「ありがとう。ククリ」
可愛らしく、微笑んでみせた。
ククリには、できないほどだ。
うっと言葉を詰まらせ、不貞腐れているククリ。
「ソウ。程々にして置けよ」
少し哀れむ顔を、聖が滲ませている。
「大丈夫。格好いいククリが、守ってくれるから」
おどけてみせる沖田。
そんな姿に、ジト目で、ククリが睨んでいる。
何気ないやり取りに、クスクスと、リズが小さく笑っていた。
沖田とククリは、見世物小屋の外で出てきていた。
そして、十分に距離をとってから、急に沖田が立ち止まり、ククリの方へ身体を傾ける。
見越していたククリが、大して驚いた表情を見せない。
ただ、黙って、凝視していたのである。
「ククリ。話があるんでしょ」
「ああ。……本当に迷惑かけて、すまない」
真摯に、頭を下げる。
聖は、リズのことを気に掛け、周りが見えないことが多い。
それに対し、ククリはリズのことも、気に掛けているが、聖よりは、少し周りを見ることができたのである。
「いいよ」
「だが、……」
「それよりも、ククリに、少し聞きたい話があったんだ」
「話?」
微かに訝しげ、微笑む沖田に、視線を傾け、身体がフリーズしている。
話が聞きたいと言われ、いい話がなかったのだ。
警戒している仕草に、小さく笑みを漏らすのだった。
「大丈夫。真面目な話だから」
「真面目って、そう言って、何度……」
気圧され気味なククリ。
「今日のは、ホント」
まだ、疑り深い眼差しを注いでいた。
「いなくなった半妖のこと」
「いなくなった……」
なぜ、そんなことを言い出すのか、瞬きを繰り返す。
「彼らの特徴を、教えて」
「……わかった」
困惑しながらも、できる限り知っている者たちの背格好から、年齢、特徴など話して聞かせた。
それを黙り込んで、聞いている沖田だった。
「……こんなところか」
話漏れがないかと、逡巡しているククリに、ようやく沖田が喋り出す。
「ククリにだけ、話しておく……」
真剣な表情を帯びた顔を、ククリが捉えている。
「聞いた何人かの半妖の遺体が、見つかっている」
大きく目を開き、絶句している。
まさか、売られたとしても、死んでいるとは、考えてもいなかったのだ。
何度も、口をパクパクさせていた。
「彼らの遺体は、拘束されたまま、弄ばれた傷が、無数にあった」
それ以上、口にしなくても、何を言いたいのか、ククリにも察することができた。
悔しげに唇を噛み締める姿を、沖田がじっと見つめている。
見世物小屋で働いているうちに、自分たち半妖をいたぶる捌け口として、売られる者もいると、耳にしていたからだった。
自分だけに語ったことも、理解できたのである。
自分以上に、顔に出てしまう二人には、どうしても話せない内容だった。
「できるだけ、離れないように」
「……わかった」
強張っている顔で、頷いた。
「ククリ。もっと顔を、リラックス」
「大丈夫だ。ソウにからかわれたって、言うから」
ショックから、まだ回復ができないが、言い訳ができ上がっていた。
「僕のせいにするの、酷いな」
「自業自得だろう」
「じゃ、行くね」
背を向け、歩き始める沖田の姿を、見えなくなるまで、ククリが眺めていたのだった。
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