第69話 待ち伏せ1
定期的に行っている武器の調整を終え、山南と尾形が二人揃って、警邏軍の廊下を歩いていると、前方に壁に背中を預け、暇そうにしている沖田を視界に捉える。
(なぜ、沖田がいる?)
瞬く間に、山南の表情に怪訝そうな色が、滲み出ていた。
気遣わしげな顔を覗かせる尾形。
徐々に、距離が短くなっていく。
唐突に、壁に預けていた背中を引き離した。
すると、太めの眉を寄せた山南たちに、ニコッと、微笑みを傾けたのだ。
廊下で佇んでいたのは、山南を待っていたからに過ぎない。
無言のまま、山南が見据えていたのだった。
すれ違う訳にもいかず、何を考えているのか、不明な沖田の前で立ち止まる。
「何か、用か?」
律儀に、山南から声を掛けた。
「はい。山南伍長に、話を聞きたくて、待っていました」
いやな顔を覗かせているにもかかわらず、愛嬌を振りまいている。
気圧されない神経に、首を竦めながら、尾形が脱帽していた。
そして、そんな姿に、迷惑そうに眉を潜めているのだった。
何か、よからぬことが起こる気配を、嗅ぎ取っていたのである。
(やめてほしい。山南さんの機嫌を、悪くするのは)
嘆息を吐きたい気持ちを、必死に押し殺した。
早々に、この場から離れたいと巡らせ、用件を尋ねるが、沖田の口が結ばれたままだ。
重い口を、山南が動かす。
「……二人で、話したいのか?」
チラリと、隣にいる尾形を窺う。
どうしたものかと、尾形の方でも、思案顔だ。
(二人にしても、ロクなことが、起きないような……)
「はい。山南伍長と、二人で、話がしたいです」
はっきりとした口調に、舌を巻く二人。
沖田の振舞いが、あまりに清々しく、逞しくもあった。
軽く息を吐く山南を、当惑している顔で、尾形が捉えている。
(山南伍長。きっと沖田とは話したくないんだろうな。ここは私が気を利かせ、断りを入れた方が、いいな)
口を開こうとした途端、山南が先に口を開く。
「いいだろう。どうせ、この場を引いても、私について回るんだろう?」
ニコニコと口角を上げている姿に、不愉快な眼差しを注いでいた。
(あり得る話だな)
探るように、尾形が窺っている。
「そんなことは、ないですとは、言いません。自分の中の疑問点が、払拭されるまでは」
付きまとう発言に、この場にいない安富は、どういう指導をしているんだと、尾形は疑ってしまう。
けれど、口にしない。
したところで、班が違うし、どう巡らせても、素直に従うとは思えなかったのである。
気遣う眼差しを送ると、山南がコクリと頷いた。
心配が消えないが、尾形はこの場から離れたのだった。
完全にいなくなったのを、確認すると、沖田が申し訳なさそうな顔を滲ませている。
「すいません。山南伍長が、自分を嫌っているのは、知っているのですが、どうしても、知りたいことがあって、窺いました」
突然、ここに姿を見せた非礼を、先ず詫びた。
僅かに、強張っていた肩の力を抜く。
視界に捉えた瞬間から、山南の肩に、力が入っていたのである。
そうした動きも、見逃さない沖田だった。
「自覚をしているのなら、別な人間を、当たればいいものを」
嘆息を漏らしながら、突き放す言い方をしていた。
その内心は、待ち伏せされたことを、苦々しく抱いていたのだ。
近藤隊長が認めている以上、できるだけ沖田を視界に入らないように、気に掛けていたのである。
だが、今回、自ら山南の視界に、入ってきたのだった。
困っていると言う顔を、沖田が覗かせる。
「まだ、来たばかりで、人脈もなくて」
沖田の発言に、山南の気配が変わった。
目を細め、口角を上げている姿を睨む。
「……特殊組のことか?」
山南の人脈を頼るとしたら、特殊組しかないからだ。
「はい。半妖のことです」
言葉も濁さず、ストレートな返答だった。
先ほどよりも、眉間のしわが濃い。
そして、双眸の奥に、嫌悪の色を匂わせていた。
(ここまで、半妖のこと、嫌いなのか)
黙って、半眼している山南に、さらに笑顔を注ぐ。
「……何だ」
低い声音に、相当自分を押し殺していることを察した。
同じ班の千葉辺りだったら、怯んでいる状況だ。
「半妖のこと、そんなに嫌いなんですか?」
愛らしく、首を傾げている。
「それを聞くために、私を、足止めさせたのか」
さらに声が低く、山南が纏う空気の温度が、下がっていく。
それを把握した上で、質問をやめようとはしない。
「いいえ。都にいる半妖のことで、聞きたいんです」
「都に、いないが?」
都の常識を語った。
半妖は、都にいないことに、なっていたのである。
「でも、特殊組の取締りを逃れている半妖、もしくは取締りによって、捕まった半妖がいると、思うのですが?」
いないと述べているにもかかわらず、平気で突っ込んでいく。
「……それが、どうした?」
「その中に、僕の知り合いが、いないかと」
「知り合い?」
眉間にしわが増えていった。
それを無視し、さらに沖田が、平然と構えている。
「友達に、半妖がいるんです」
隠さず、堂々と、友達だと言う沖田の神経に、度肝を抜かれる。
普通、半妖のことは、隠したがるからだ。
破顔している山南。
それに対し、クスクスと笑っている。
「変ですか?」
「……変だ」
山南にとって、とても理解しがたいことだった。
「地方は都に比べ、半妖の人口が多いんです。普通に街の中、歩いていますし……」
「そう言えば、沖田は、地方出身だったな」
地方に半妖の数が、多いと言うことは、特殊組に入ってから知った事実だった。
入るまで、ここまで多いと、知らなかったのである。
「はい。父が、地方を転々としていましたので、半妖の友達が多いんです」
友達と、平気で言える神経が、理解できない。
山南は都出身で、半妖は忌むべき存在だと、両親からも周囲からも、教えられてきたのである。そのため、忌むべき存在を、取締るために、特殊組に入ったのだった。
「……知り合いがいたら、どうする?」
眇める視線を、投げかけている。
相手の出方を見ようと。
「逢うだけですが?」
「逢うだけ」
信じられない眼差しを傾けていた。
「逢うだけです。地方へ戻されるなら、食べ物とか、買ってあげようと、思いますが? いけませんか?」
あけすけない態度に、困惑を通り越し、呆れてしまう。
「……好きにすれば、いいだろう」
大きな犯罪を犯していない限り、捕らえた半妖は、密かに地方に戻されていたのである。
都にいないことが、大前提にあるので、捕らえた半妖は、秘密裏に刑罰が決められ、地方に戻される。それも、都の住人に気づかれないように、搬送されていたのだった。
「そういうことなので、半妖の情報、もしくは、特徴など、教えてほしいと思いまして」
研ぎ澄まされていた空気が、少しだけ落ち着きをみせる。
「最近、取締りは行われていない。確か、捕獲されている者も、いないはずだ」
「まったくですか?」
窺う仕草を、沖田が覗かせた。
「……」
まっすぐな視線に、耐えられない。
若干、山南の瞳が、揺れ動く。
そんな姿勢を見逃さず、ただ黙って、微笑む顔を傾けていた。
居た堪れず、溜息を吐いたのだった。
無言の圧力を、受け取っていたのだ。
「……生きて、捕獲された者がいない」
苦虫を潰したような顔を、滲ませている。
「殺したのですか」
微笑んでいるままなのに、咎められているような感覚に、襲われていた。
その微笑みに、隠せない殺気が、込められていたのである。
「彼らじゃない。……庇っている訳じゃない。本当に見つけた時に、死んでいたんだ」
「……逃げるのに、邪魔になって、殺したと言うことですか?」
沖田の声音が、低くなっていた。
「いや。違う」
悔しげな、かつ、おぞましいと言う表情を、山南が滲ませていた。
気持ちを切り替えるために、ひと呼吸置く。
「嗜好品として、遊ばれたんだろう。拘束された上に、無数に、銃で撃たれた跡や、剣で斬られた裂傷の傷跡があった」
沖田の笑顔に、凍えるものを、感じ取っていたのである。
不意に、特殊組に所属していた際、そうした半妖の遺体を、何度か見つけたことを巡らせていた。
いくら半妖が嫌いとは言え、あの有様が気に入らなかったのだ。
弄ばれて、いいはずがないと。
あの時の悔恨の思いが、呼び起こされていた。
そして、最近、そうした遺体が発見されることが、多くなっている事実を思い返していたのである。
「もしかして、それらの捜査が、行われていないのですか?」
先ほどから笑っている双眸の奥に、刺すものを感じていた。
「秘密裏に、されている」
「秘密裏に?」
気に食わないと言うのが、声音からも、読み取れる。
(私でも、気に入らないのに、沖田にしたら、もっと気に食わないだろうな)
自嘲気味な笑みが、山南から漏れていた。
「本来ならば、捜査しないで、放置されているが、私のかつての仲間たちが、密かに捜査している」
「ちなみに、山南伍長は、それに対し、賛同しているんですか?」
「確かに、半妖のことは嫌いだが、このような真似が許されて、いい訳がない」
「それを伺い、ほっとしました」
若干、身体が受けていた刺すものが、軽減されていた。
沖田からの呪縛から解き放たれ、軽く息を吐く。
「亡くなっている者の特徴を、知りたいのですが?」
「友達か、どうか、確かめるのか?」
「はい。友達ならば、その友達の故郷に、埋葬してあげようかと」
「……」
どこか、逡巡している山南。
それが終わると、視線を沖田に戻した。
「すぐが、いいか」
「できれば」
「……わかった。そのまま、地下の訓練場に行け。私の知り合いを行かせる」
「ありがとうございます」
真摯に、頭を下げた。
用は済んだとばかりに、足を進み始め、沖田も言われた場所に、向かうために歩み出したのだった。
読んでいただき、ありがとうございます。




