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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第4章 散華 前編
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第69話  待ち伏せ1

 定期的に行っている武器の調整を終え、山南と尾形が二人揃って、警邏軍の廊下を歩いていると、前方に壁に背中を預け、暇そうにしている沖田を視界に捉える。


(なぜ、沖田がいる?)


 瞬く間に、山南の表情に怪訝そうな色が、滲み出ていた。

 気遣わしげな顔を覗かせる尾形。

 徐々に、距離が短くなっていく。

 唐突に、壁に預けていた背中を引き離した。

 すると、太めの眉を寄せた山南たちに、ニコッと、微笑みを傾けたのだ。


 廊下で佇んでいたのは、山南を待っていたからに過ぎない。

 無言のまま、山南が見据えていたのだった。

 すれ違う訳にもいかず、何を考えているのか、不明な沖田の前で立ち止まる。

「何か、用か?」

 律儀に、山南から声を掛けた。


「はい。山南伍長に、話を聞きたくて、待っていました」

 いやな顔を覗かせているにもかかわらず、愛嬌を振りまいている。

 気圧されない神経に、首を竦めながら、尾形が脱帽していた。

 そして、そんな姿に、迷惑そうに眉を潜めているのだった。

 何か、よからぬことが起こる気配を、嗅ぎ取っていたのである。


(やめてほしい。山南さんの機嫌を、悪くするのは)


 嘆息を吐きたい気持ちを、必死に押し殺した。

 早々に、この場から離れたいと巡らせ、用件を尋ねるが、沖田の口が結ばれたままだ。


 重い口を、山南が動かす。

「……二人で、話したいのか?」

 チラリと、隣にいる尾形を窺う。

 どうしたものかと、尾形の方でも、思案顔だ。


(二人にしても、ロクなことが、起きないような……)


「はい。山南伍長と、二人で、話がしたいです」

 はっきりとした口調に、舌を巻く二人。

 沖田の振舞いが、あまりに清々しく、逞しくもあった。

 軽く息を吐く山南を、当惑している顔で、尾形が捉えている。


(山南伍長。きっと沖田とは話したくないんだろうな。ここは私が気を利かせ、断りを入れた方が、いいな)


 口を開こうとした途端、山南が先に口を開く。

「いいだろう。どうせ、この場を引いても、私について回るんだろう?」

 ニコニコと口角を上げている姿に、不愉快な眼差しを注いでいた。


(あり得る話だな)


 探るように、尾形が窺っている。

「そんなことは、ないですとは、言いません。自分の中の疑問点が、払拭されるまでは」

 付きまとう発言に、この場にいない安富は、どういう指導をしているんだと、尾形は疑ってしまう。

 けれど、口にしない。

 したところで、班が違うし、どう巡らせても、素直に従うとは思えなかったのである。


 気遣う眼差しを送ると、山南がコクリと頷いた。

 心配が消えないが、尾形はこの場から離れたのだった。


 完全にいなくなったのを、確認すると、沖田が申し訳なさそうな顔を滲ませている。

「すいません。山南伍長が、自分を嫌っているのは、知っているのですが、どうしても、知りたいことがあって、窺いました」

 突然、ここに姿を見せた非礼を、先ず詫びた。

 僅かに、強張っていた肩の力を抜く。

 視界に捉えた瞬間から、山南の肩に、力が入っていたのである。

 そうした動きも、見逃さない沖田だった。


「自覚をしているのなら、別な人間を、当たればいいものを」

 嘆息を漏らしながら、突き放す言い方をしていた。

 その内心は、待ち伏せされたことを、苦々しく抱いていたのだ。

 近藤隊長が認めている以上、できるだけ沖田を視界に入らないように、気に掛けていたのである。

 だが、今回、自ら山南の視界に、入ってきたのだった。


 困っていると言う顔を、沖田が覗かせる。

「まだ、来たばかりで、人脈もなくて」

 沖田の発言に、山南の気配が変わった。

 目を細め、口角を上げている姿を睨む。

「……特殊組のことか?」


 山南の人脈を頼るとしたら、特殊組しかないからだ。

「はい。半妖のことです」

 言葉も濁さず、ストレートな返答だった。


 先ほどよりも、眉間のしわが濃い。

 そして、双眸の奥に、嫌悪の色を匂わせていた。


(ここまで、半妖のこと、嫌いなのか)


 黙って、半眼している山南に、さらに笑顔を注ぐ。

「……何だ」

 低い声音に、相当自分を押し殺していることを察した。

 同じ班の千葉辺りだったら、怯んでいる状況だ。


「半妖のこと、そんなに嫌いなんですか?」

 愛らしく、首を傾げている。

「それを聞くために、私を、足止めさせたのか」

 さらに声が低く、山南が纏う空気の温度が、下がっていく。

 それを把握した上で、質問をやめようとはしない。

「いいえ。都にいる半妖のことで、聞きたいんです」

「都に、いないが?」


 都の常識を語った。

 半妖は、都にいないことに、なっていたのである。


「でも、特殊組の取締りを逃れている半妖、もしくは取締りによって、捕まった半妖がいると、思うのですが?」

 いないと述べているにもかかわらず、平気で突っ込んでいく。

「……それが、どうした?」

「その中に、僕の知り合いが、いないかと」

「知り合い?」

 眉間にしわが増えていった。


 それを無視し、さらに沖田が、平然と構えている。

「友達に、半妖がいるんです」

 隠さず、堂々と、友達だと言う沖田の神経に、度肝を抜かれる。

 普通、半妖のことは、隠したがるからだ。


 破顔している山南。

 それに対し、クスクスと笑っている。

「変ですか?」

「……変だ」

 山南にとって、とても理解しがたいことだった。


「地方は都に比べ、半妖の人口が多いんです。普通に街の中、歩いていますし……」

「そう言えば、沖田は、地方出身だったな」

 地方に半妖の数が、多いと言うことは、特殊組に入ってから知った事実だった。

 入るまで、ここまで多いと、知らなかったのである。

「はい。父が、地方を転々としていましたので、半妖の友達が多いんです」

 友達と、平気で言える神経が、理解できない。


 山南は都出身で、半妖は忌むべき存在だと、両親からも周囲からも、教えられてきたのである。そのため、忌むべき存在を、取締るために、特殊組に入ったのだった。

「……知り合いがいたら、どうする?」

 眇める視線を、投げかけている。

 相手の出方を見ようと。


「逢うだけですが?」

「逢うだけ」

 信じられない眼差しを傾けていた。

「逢うだけです。地方へ戻されるなら、食べ物とか、買ってあげようと、思いますが? いけませんか?」

 あけすけない態度に、困惑を通り越し、呆れてしまう。

「……好きにすれば、いいだろう」


 大きな犯罪を犯していない限り、捕らえた半妖は、密かに地方に戻されていたのである。

 都にいないことが、大前提にあるので、捕らえた半妖は、秘密裏に刑罰が決められ、地方に戻される。それも、都の住人に気づかれないように、搬送されていたのだった。


「そういうことなので、半妖の情報、もしくは、特徴など、教えてほしいと思いまして」

 研ぎ澄まされていた空気が、少しだけ落ち着きをみせる。

「最近、取締りは行われていない。確か、捕獲されている者も、いないはずだ」

「まったくですか?」

 窺う仕草を、沖田が覗かせた。


「……」

 まっすぐな視線に、耐えられない。

 若干、山南の瞳が、揺れ動く。


 そんな姿勢を見逃さず、ただ黙って、微笑む顔を傾けていた。

 居た堪れず、溜息を吐いたのだった。

 無言の圧力を、受け取っていたのだ。


「……生きて、捕獲された者がいない」

 苦虫を潰したような顔を、滲ませている。

「殺したのですか」

 微笑んでいるままなのに、咎められているような感覚に、襲われていた。

 その微笑みに、隠せない殺気が、込められていたのである。


「彼らじゃない。……庇っている訳じゃない。本当に見つけた時に、死んでいたんだ」

「……逃げるのに、邪魔になって、殺したと言うことですか?」

 沖田の声音が、低くなっていた。

「いや。違う」


 悔しげな、かつ、おぞましいと言う表情を、山南が滲ませていた。

 気持ちを切り替えるために、ひと呼吸置く。


「嗜好品として、遊ばれたんだろう。拘束された上に、無数に、銃で撃たれた跡や、剣で斬られた裂傷の傷跡があった」

 沖田の笑顔に、凍えるものを、感じ取っていたのである。


 不意に、特殊組に所属していた際、そうした半妖の遺体を、何度か見つけたことを巡らせていた。

 いくら半妖が嫌いとは言え、あの有様が気に入らなかったのだ。

 弄ばれて、いいはずがないと。

 あの時の悔恨の思いが、呼び起こされていた。

 そして、最近、そうした遺体が発見されることが、多くなっている事実を思い返していたのである。


「もしかして、それらの捜査が、行われていないのですか?」

 先ほどから笑っている双眸の奥に、刺すものを感じていた。

「秘密裏に、されている」

「秘密裏に?」

 気に食わないと言うのが、声音からも、読み取れる。


(私でも、気に入らないのに、沖田にしたら、もっと気に食わないだろうな)


 自嘲気味な笑みが、山南から漏れていた。

「本来ならば、捜査しないで、放置されているが、私のかつての仲間たちが、密かに捜査している」

「ちなみに、山南伍長は、それに対し、賛同しているんですか?」

「確かに、半妖のことは嫌いだが、このような真似が許されて、いい訳がない」

「それを伺い、ほっとしました」


 若干、身体が受けていた刺すものが、軽減されていた。

 沖田からの呪縛から解き放たれ、軽く息を吐く。


「亡くなっている者の特徴を、知りたいのですが?」

「友達か、どうか、確かめるのか?」

「はい。友達ならば、その友達の故郷に、埋葬してあげようかと」

「……」

 どこか、逡巡している山南。

 それが終わると、視線を沖田に戻した。


「すぐが、いいか」

「できれば」

「……わかった。そのまま、地下の訓練場に行け。私の知り合いを行かせる」

「ありがとうございます」

 真摯に、頭を下げた。

 用は済んだとばかりに、足を進み始め、沖田も言われた場所に、向かうために歩み出したのだった。


読んでいただき、ありがとうございます。

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