第67話 三条と姉小路
岩倉と逢った後のパーティーに、出席しなかった姉小路。
連れ添っていた愛人と共に、最近見つけた趣味に、満喫していたのだった。
そして、翌日、香茗と面会するために、控室に訪れ、そこで待機している三条と、話し込んでいたのである。
僅かに、眉間にしわを寄せ、三条がイライラとしていた。
控室に、二人以外、誰もいない。
三条が控室に入った途端、待っていた者が、そそくさと退室してしまった。
けれど、そんなことお構いなしに、三条の近くに、姉小路が腰を下ろす。
二人だけの、異様な空間となったのだ。
お喋り好きでもある姉小路が、話しかけるのをやめない。
三条としては、情報交換以外の話をするのは、やめて貰いたかったのが本音だ。
(三条殿は、つまらないな。こういう時は、岩倉殿の方が、付き合いがいい)
人前に出せる愛人たちの話を、次々と語っていく。
聞かされている三条の口は、固く結ばれたまま、ピクリとも動かない。
返事も、相槌も、打たない相手に対し、お喋りを止めなかった。
むしろ、止まるどころか、その勢いは増しているようでもある。
姉小路は四人の妻がいながら、愛人が十人近くいたのだった。
それに対し、三条は三人の妻しかいない。
「姉小路殿。少し身を、包まれては如何か?」
ようやく、三条の口が動いた。
そして、嫌悪を隠さない。
言われても、微かに首を傾げ、全然悪びれる様子がない。
「私としては、もう少し増やそうかと、思っているところですよ」
姉小路は、双眸をパチパチさせていた。
思わず、眉間にしわが寄ってしまう。
「現在、数人候補がいる状況です」
楽しげな顔を、滲ませていた。
ますます不快感を募らせていった。
(姉小路殿も、岩倉殿も、見栄えないのだから……)
ありありと、お喋りをし、高揚している姉小路の前で、嘆息を吐く。
近くにいる、すべての部下の男たちを、愛人に囲っていると、岩倉の噂が囁かれていたのである。そうした噂を信じている三条が、二人のことを、嫌っている要因でもあった。
岩倉としては、そうした噂話に、否定も、肯定もせず、堂々と立ち回っていただけだ。
実際に、部下の男たち数人としか、身体の関係がない。
勿論、その中に、鷹司と菊川が含まれている。
口に出さなくても、三条がいい感情を持っていないことを、把握していた。
だが、わざわざ訂正することもないと抱き、噂の渦中にいる岩倉は、噂話について、否定するのも面倒だったので、何も言わなかったのだった。
そんな姿勢が、傲慢と映っていたのである。
眉を潜めているものの、背筋がしっかりと伸びていた。
話をしながら、目の前にいる三条の観察をしている姉小路。
忌まわしいと言う顔を覗かせている三条に、首を竦めている。
(ホント、面白みの欠片もない人だな、三条殿は。もう少し、遊びを憶えた方がいいが……。決して、今、興じていることを、言えないな。その点、岩倉殿は、理解を示してくれるだろう)
ふふふと楽しいことを見つけたと言う顔が、前面に出てしまっていた。
楽しい遊びを見つけると、飽きるまで、やめられない性格だった。
表情が変貌した顔に、三条が怪訝した顔をみせる。
詰めの甘さが見える姉小路に、岩倉が信用できず、警戒していた点だ。
「姉小路殿。どうしましたか?」
「いえ。何でもありません」
瞬時に、いつも通りの表情に改める。
それでも、訝しげたままでいた。
何かあると、三条が感じ取っていたのである。
巡らせるだけで、口にしない。
調べればいいだけだからだ。
それぞれ繋がっているが、互いに信用をしていなかった。
互いに、繋がりつつも、警戒し、常に探らせていたのである。
「そう言えば、このところ香茗様が、頻繁に岩倉殿と、お会いしているのを、ご存知ですか?」
瞬く間に、三条の顔色が失っていく。
初めて、聞く話だった。
そして、一番警戒していることだ。
毒婦に、大切な香茗が奪われないかと。
顔色が変っていく三条を、面白がっている。
この話をし、三条の変貌振りを楽しむために、訪れたのだった。
元々、姉小路は、香茗に面会するほどの用事などない。
ただ、三条の慌てふためく顔を見たく、ここに来ただけだったのだ。
「それも、面会の記録からも、消しているようですよ。ですから、三条殿も、気づかなかったのかもしれませんね」
「……」
早急に、知らせなかった行動に、三条が半眼している。
それに対し、ニコニコと、微笑んでいた。
彼女が十六の歳に、岩倉家の前当主の養女として、華々しくデビューしたのだった。
どこの馬の骨を、養女にしたのだと、天帝家に仕える家臣たちで騒がれていたのだ。
それまでの彼女の生まれや、どこで育ったのかもわからず、ただ憶測だけが流れていた。それでも彼女は優美に笑い、噂を流す者や、誇張しいている者たちを、巧みな話術などを駆使し、やり過ごしたのである。
それと同時に、噂の大半を占めていたのが、前当主の愛人だった。
その当時、前当主は八十代後半の歳を、過ぎていたのだ。
前当主に、子供がいなく、跡継ぎがいない状況が続いていた。
誰もが、親戚筋から養子を取り、跡継ぎにするものだと、抱いていたのである。それが親戚筋ではない、ただの誰ともつかない彼女を、自分の養女にし、跡継ぎとして、指名したのだった。
周りや、親戚筋から、騒動が起こったものの、瞬く間にそれらは、沈静化していった。
それを黙らせたのが、前当主でもあり、彼女だったのだ。
三条は、その流れている噂が、事実だろうと確信していた。
前当主の趣味である、ロリコンを把握していたからだ。
以前から、前当主のロリコン趣味について、問題視されていたのである。それに対し、体面があると、たびたび三条が窘めていたのだった。
それでも、前当主は、そのロリコン趣味を、やめようとはしなかったのである。
そして、彼女が養女と発表された時、抱えている中で、一番こよなく気に入っていて、優秀だったから、養女にしたのだなと、巡らせていたのだった。
予測は正解で、養女と発表された途端、メキメキと彼女は、その手腕を発揮してみせたのだ。
その当時、筆頭三家と謳われているものの、岩倉家は落ち目だった。
力を挙げていったのが、現当主となった岩倉智巳である。
見事な手腕は、認めるものがあるが、決して彼女のやり方を、褒めるものではない。
香茗が、彼女の餌食にならないかと、常に警戒していたのだった。
それを掻い潜り、面会していたことに、強いショックを隠せない。
香茗に取り入り、その側室に入り込み、天帝家を牛耳ろうとしているのではないかと巡らせ、それを阻止しようと、岩倉を、常に警戒、観察していたのである。
(天帝家……は、私が守ってみせる)
唇を噛み締めている三条を、姉小路が愉悦していた。
思った通りの表情を覗かせている姿を、食い入るように眺めている。
(恐怖する顔も、面白いが、こういった顔も、面白い。やめられないな、この楽しみは)
「岩倉殿は、一体何を考えて、香茗様と、お会いしているやら?」
いやらしく笑ってみせる。
「わかりませんな」
先ほどとは違い、冷静さを取り戻した三条。
知らぬ顔を滲ませている。
姉小路に、これ以上、大きな顔をされたくなかったからだ。
「そうですか。それに、近頃は、いろいろと部下を、新しく買っているようですよ」
そうした噂を耳にしていたし、三条は昨日のパーティーでも、岡田のことを目にしていたのである。
新しく入った部下や、愛人となった部下も、隠そうともせず、岩倉はいつも通りに振舞っていたのだった。
「それについては、ご存知でしたか?」
「数人の部下と、岡田と申すものでしょう」
僅かに、警戒する三条だった。
姉小路が、何か企んでいる可能性もあるからだ。
「えぇ。彼女をボディーガードにするとは。さすがですね、岩倉殿は」
飄々とした顔を、姉小路が覗かせているだけだ。
「ま、何かと、命を狙われているでしょうから」
岩倉は、三条や姉小路以上に、命を狙われていたのである。
岩倉家の親戚筋や、前当主にかかわりがあった者たちからだ。
「確かに。ところで、岩倉殿が、西郷殿と会っていたとか?」
「そのようですな」
「いいのですか? もしかすると……」
意味ありげな表情を、匂わしていく。
そうした仕草に、今度は顔色を変えない。
「あれは、堅物です」
「ですね」
口角を上げていく姉小路だった。
いち早く、この場から離れ、香茗の元に訪れたい三条を、逃がさないぞと、姉小路が話しかけていったのである。
それを表情一つ変えることなく、苦々しく抱く三条だった。
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