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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第4章 散華 前編
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第66話  パーティー

 天帝家の家臣のパーティーに、鷹司と岡田を伴って、岩倉が参加している。

 岩倉と鷹司が、パーティーに参加している人と、談笑していたが、こういった場所に、不慣れな岡田が、壁の花と化していたのだった。

 そのいでたちは、ドレスといった格好ではなく、仕立ての良いスーツを身に纏い、男装している。

 顔立ちも悪くないので、密かに目立っていたのだ。


 パーティー様式に合わせ、ここに訪れる前に、岩倉は黒に近い深緑のドレスの装いに、着替えていた。

 会場に入った途端、訪れていた人たちの目を釘付けにさせていたのである。

 その視線は様々だった。

 羨望の眼差しだったり、見下したり、私怨に満ちた視線などだ。

 けれど、そうした視線を無視し、妖艶な微笑みを携えていたのである。


 このパーティーに、天帝家の関係者だけではない。

 商いをしている商人や、勤皇一派の関係者、それに徳川宗家の関係者まで、顔を揃えている。

 目聡く鷹司が、自分たちの利益になり得る者たちを見つけ、巧妙な話術で取り込もうとしていた。

 岩倉自身も、馴染みの家臣たちと、いろいろな情報交換を行っていたのである。

 だが、目ぼしい情報を得られず、意識が別なところへ、傾きかけていたのだった。


(……あれは。和音様も、大変ね)


 強張っている和音の表情に、目が奪われている。

 岩倉の周りにいる者たちは、誰一人気づかなかった。

 上手い具合に、相槌を打っていたのだ。


 岩倉たちから離れた位置で、小規模な集団ができ上がっていたのである。

 その中央にいるのが、天帝一族の秘宝とも言われている和音だった。

 愛想笑いが崩れかかっている和音の周囲に、独身の男しかいない。

 その男たちが、和音の気を引こうと、躍起になっていたのである。


 その中で、異質な者が一人だけいた。

 余裕な態度を、振りまいていたのだ。

 許婚候補の筆頭にいる、有栖川足彦だった。


(随分と、有栖川殿は、落ち着いていらっしゃるわね。三条殿が有栖川殿を、押しているからかしら?)


 まだ若い和音の許婚に、筆頭家臣の一つである三条家では、三十三歳である有栖川足彦を、強く押していたのである。そして、三条家が押していることもあって、許婚候補の筆頭に、上げられていたのだった。

 三条家が選んだ理由は、有栖川足彦が、天帝家と血筋が一番濃いからだ。


 他の男とは違い、有栖川足彦は、遊び慣れている空気を醸し出していた。

 この会場の中にいる多くの女性とも、数多く浮名を流していたのだった。

 それを、和音に告げ口する者もいない。

 和音自身も、すでにそのことを把握していたからだ。


 和やかに談笑しつつも、岩倉の眼光に、哀れむ色を滲ませている。

 誰も困惑している和音を、助けようとしない。

 誰も、自分が近しい者と、結ばれてほしいと画策しているからだ。


(さすがに、これはちょっとね……)


 まるで子兎に群がっている狼のように、男たちの双眸が、ぎらついている状況だった。

 気づかれないように、微かに岩倉が息を吐いた。

 優雅に口角を上げている微笑みを、喋っている男たちに注ぐ。

「ちょっと、よろしいかしら?」

 断りを入れてから、動く。


 それに合わせるように、少し離れたところにいた鷹司の視線が、動こうとしている岩倉に傾けられた。

 勿論、談笑している者たちに、気づかれないようにだ。

 警護している岡田の視線も、岩倉の周囲を捉えている。

 敵はいないかと。


 パーティーに、参加している客たちの間をすり抜け、岩倉が和音の周囲に、できている小規模な集団の中へ、躊躇いも見せずに入っていく。

「和音様。ちょっと、よろしいでしょうか?」

 恭しく、必死に頑張っている和音に、声を掛けた。


 僅かに、ホッと胸を撫で下ろす和音。

 周囲にいる男たちが、あからさまにムッとしたような顔を、覗かせている。

 その中でも、穏やかな顔色を見せていた有栖川が口を開く。

「無粋ではないですか? 岩倉殿」

「申し訳ありません。有栖川殿」


 突然、来た非礼を詫びる姿を窺わせるが、怯む様子がない。

 逆に、壮麗な微笑みを漏らしている。

 若干、有栖川の口元が、引きつっていた。


 有栖川の方へ助勢しようと、周囲にいた男たちの動きを読み取り、和音の方が先に動きをみせた。

「岩倉殿。私に用件ですか?」

 険悪な雰囲気が、一気に霧散していく。

 誰も、和音に逆らえない。


「はい……」

 返事しながら、周囲を窺う仕草を滲ませた。

「ここでは、ちょっと……。別なところで、よろしいですか?」

「構いません」

 周囲にいる男たちに向かい、申し訳ない顔を装う和音だった。

「申し訳ありません。岩倉殿と、話がありますので、席を外させて貰います」

 和音の発言によって、次々に男たちが渋々理解していく中、有栖川だけは違っていたのである。


「岩倉殿、純粋な和音様を、誑かさないで、いただきたいが?」

 口の端を、いやらしく上げている有栖川。

 その双眸の奥に、鋭利な欲望を覗かせている。

 そんな姿に、嫌悪感を抱く和音だ。


(まだ、昔のこと、根に持っているのかしら?)


 にこやかな表情を崩さず、昔の出来事を巡らせている。

 以前、有栖川に岩倉は声を掛けられたのだった。

 けれど、何の利益もない有栖川を、あっさりと袖にした経緯があったのだ。


「誑かすなんて。ただ、お話をするだけですよ、有栖川殿」

「そうです。岩倉殿に対し、失礼です」

 心象を悪くしたかと抱き、すぐさま有栖川が態度を翻した。

「失礼した。あまりいい噂を聞かないもので、心配をしてしまい、出てしまったようです」

「有栖川殿……」

 さらに有栖川に対し、嫌悪していく和音だった。


「そうですか。私は気にしておりませんので」

 優雅な振舞いが、乱れることがない。

 まだ、何か言いそうな和音を促し、その場から離れていく。

 モヤモヤと、和音の顔が晴れないままだ。

 いろいろな噂が和音自身にも届いていたが、岩倉と話すことは、嫌いではなかったので、入り込む噂話を無視していたのである。


 二人は、誰もいない会場の外へ出て行き、人の気配がいないところで、ようやく立ち止まった。

「助けていただき、ありがとうございます。岩倉殿」

「いいえ。余計な真似をしました」

 苦笑してみせる岩倉。


 自分が出てきたことで、悪い噂が立つ恐れもあったからだ。

 その可能性が、大きかった。

 有栖川が率先し、流すことが明白だった。

 以前、振った腹いせの時のように。


「そんなことありません。岩倉殿が助けてくれなければ、酷いことに、なっていたかもしれません」

 真摯な顔を、和音が覗かせていた。

 ずっと、男たちに囲まれ、逃げ出したいと願っていたのだ。

 誰も助けてくれない中、颯爽と姿を現し、促してくれた岩倉に対し、心底感謝していたのである。


「そんなことはありません。きっと和音様なら、上手く回避していたと思います」

 肩の力が抜け、安堵している姿を、双眸に捉えていた。

 疲労感を滲ませている。


(連日の出ているせいで、相当疲れているようね)


「和音様。もう帰られた方が?」

「でも……」

 視線を、宙に彷徨わせる。


 自分の結婚相手候補と、引き合わせるために、パーティーが開かれている状況の中で、帰れないと巡らせていたのだった。

 自分のおかれている立場を、十分過ぎるぐらい、理解していたのである。

 理解しているが、どうしても、心で納得することができない。


「顔色も、優れないようです」

「……」

 本心では、帰りたい和音。

 だが、自分の置かれている立場を踏まえ、躊躇してしまう。


「無理は、よくないです」

 和音の身体を心配し、窘める岩倉だった。

 心がぐらつく。

「……大丈夫で、しょうか?」

 窺うような眼差しを滲ませている。


「大丈夫です。気分が悪いと、御付きの者に言って、ここから離れてください」

 安心するように、ニッコリと岩倉が微笑む。

「ですが、私がこのまま離れたら、岩倉殿に迷惑が?」


 先ほどの有栖川の振舞いを思うと、その矛先が助けてくれた岩倉に、向けられると抱く。

 そうなっては申し訳ないと、巡らせる。

 けれど、そんなことを思わせない、凛とした姿を覗かせたのだ。


「大丈夫です。私には、いろいろな噂があるので、増えたところで、代わりはないです」

「……」

「ですから、このまま、お帰りください」

「……ありがとうございます」

 礼を伝えた和音が会場に戻らず、御付の者が控えている場所へ、向かっていった。

 和音を見えなくなるまで見送り、会場へ戻っていく。




 誰かと談笑しようとかと捜していると、視界に勤皇一派の西郷と、西郷を陰で支えている大久保敏路が喋っているところを、捉えることができた。


(忙しいから、見えないと思っていたけど。今回の火消しで、訪れたのかもしれないわね)


 周囲の視線を集めている西郷ではなく、真面目に喋っている様子の大久保に、視線を注いでいたのである。

 勿論、周囲を窺うことも、忘れていない。


(可哀想な大久保さん。西郷さんばかりに、注目が浴びて)


 真剣な眼差しでいる大久保に視線を傾け、以前、調べさせていた内容を、思い返していたのである。


(堅実で、仕事をしっかりと、こなしている。それに、西郷さんの代わりに、陰ですべての雑務を、大久保さんが一手に引き受け、それを難なく、こなしている。その功績をすべて、西郷さんに渡している。そろそろ表舞台に出ても、いいと思うのだけど。きっと、陰で仕事をしていることに、誇りを持っているのでしょうね。……でも、それじゃ、困るわ、表舞台に出て貰わないと)


 不敵な笑みを零している。

 目もくれず、ただ、真剣に話を詰めている大久保を眺めていた。

 そして、歩き出し、まっすぐに西郷と大久保に向かっていく。

 二人の前で、立ち止まった。


「西郷さんも、来ていたのね」

 突如、自分たちの前に姿を現した岩倉に、瞠目している。

 最初に回復したのは、何度も面識がある西郷だった。

 遅れて、大久保が西郷の背後に控える。


 西郷たちに近づいた岩倉に、周囲の参加者たちが、事の成り行きを窺っていた。

 だが、そうした視線を物ともしない。

 ただ、にこやかに微笑んでいるのだ。


「お久しぶりです。岩倉殿」

 礼儀正しく、西郷が頭を下げる。

 レンガ屋敷にいる豪快さはなく、紳士的な振舞いに徹していた。


 筆頭三家である三条家、岩倉家、姉小路家を、均等に行き来しているが、どちらかと言えば、西郷は三条家に対し、強いパイプを持っていたのである。


「久しぶりね。最近は誰かを通して、話すばかりで、寂しかったわ」

「申し訳ありません」

 真摯に謝罪した。

 あちらこちらに状況を説明しなければならず、どうしても西郷自身が出向かないといけないところがあり、岩倉家ではないも言わないことをいいことに、近頃は足が遠のいていたのだった。


「いいのよ。西郷さんの苦労は、知っているから」

「ありがとうございます」

 不快に思っていないことに、安堵する西郷。

 その間も、周囲の参加者たちは、互いに談笑しているが、その興味は、岩倉と西郷たちに注がれていたのである。

 そうした視線に、西郷と大久保は、居た堪れなさを抱くのだ。

 だが、話をいっこうにやめようとはしない。


「高杉さんは、大丈夫? 身体を壊されているのでしょ?」

「はい。いつもの事ゆえ、大丈夫です」

「それはよかったわ。西郷さんも、身体に気をつけて」

「勿論です」

 置かれている状況に諦めた西郷が、微かに強張っていた肩を落としていた。

 周囲の好奇な視線を、気にしなくなっていたのである。


「桂さんは、いつも通り?」

「はい。自分で動かないと、気がすまないようで」


 西郷は、仲間や部下に仕事を任せることができるが、何事においても、慎重な桂は、仲間や部下に仕事を任せても、慎重過ぎるぐらいに、自分で確かめていたのだった。そのために味方からは、煙たがられることが多かったのである。


「慎重になるのはいいけど、慎重過ぎるのね。周囲の人にとってみれば、疑心暗鬼になってしまうものね」

「そうかと」

 何とも言えない顔つきを、互いに覗かせていた。

「そのせいで、敵からではなく、味方からも、逃げているのでしょ」

「……はい」


 苦笑気味に、西郷が笑っている。

 なかなか決断できなく、味方から決断を求められ、その決断を先延ばしにするために、桂は味方からも、逃げていたのだった。


 チラリと、大久保のところへ、視線を傾けた。

 紹介していないことを察し、西郷が大久保のことを紹介する。

「私と、同じく幹部を務めております、大久保と言います。以後、顔を合わせることも、あるかと思います」

 以前から、自分と同じように、優秀な大久保を表舞台に立たせたいと、抱いていた西郷は、これ幸いと、大久保を紹介したのだった。


 これまで何度も、表舞台に立つように進言したが、頑なに大久保が、誇示していたのだ。

 いい機会と巡らせ、岩倉に紹介したのである。

 唐突に、表舞台に担ぎ出された大久保は狼狽え、西郷に対し、視線だけで抗議しているのが、二人は見ぬ振りを通していた。


(な、な、何を言っている、西郷。顔を合わせる機会なんて、ないぞ。今回は、どうしても、お前に話をつけなくなって、ここに来ただけだぞ)


 必死に、抵抗してみせる大久保。

 頑として、それを無視する西郷。

 そんな二人のやり取りを、面白そうに傍観している岩倉である。


「お名前だけは、聞いていたわ。かなりの手腕があると」

「確かに。大久保に、その手腕があると、私も思っております」

 岩倉の言葉に対し、揺るがない自信を見せている西郷。

 幼馴染が褒められ、嬉しくない幼馴染はいない。


「西郷さんが、そうおっしゃるなら、さらに確信を得ましたね」

 柔和な眼差しを、当惑している大久保に対し、巡らせている。


 そこへ、西郷に近づく男。

 西郷が話している岩倉に、断りを入れてから、男から耳打ちを入れていく。

 やや眉間にしわを寄せていった。


(何か、あったのね)


「私のことはいいわ。西郷さん、仕事をしてちょうだい」

「申し訳ありません。お言葉に甘えて、席を外させて貰います」

 一緒に席を外そうとする大久保に、瞬時に西郷が口を開く。

「私の代わりに、岩倉殿の相手をしてくれ」

「私が、行く」

「いや。私が行くから、敏さんは、ここに」

 小声で、一緒に席を外そうとする大久保を窘めた。


 縋るような視線を送るが、無言で西郷が、首を微かに横に振る。

 咎めるような視線を、一瞬だけ、巡らせ、溜息を漏らしたのだった。

 一度決めたことを、覆らせない性格を理解していたのだ。


 優美な振舞いで、西郷が岩倉の元を離れていく。

 大きな背中が小さくなってから、岩倉がやや申し訳なさそうな表情を滲ませた。

「ごめんなさいね。西郷さんも、いきなり押し付けなくてもね」


 意を決し、表情を改めた大久保。

 先ほどまでの狼狽した顔が、消えている。


「こちらこそ、失礼しました。私、西郷と同じく、幹部を務めている、大久保敏路と申します。以後、よろしくお願いします」

 挨拶していなかったことに気づき、律儀に挨拶から、始めたのだった。


(予想以上に、真面目なのね)


「よろしくね」

「先ほどのことですが、西郷は、私のことを気遣って、岩倉殿とのパイプを、つなげてほしいと思ってのことだと存じます」

「そうね。西郷さんは、周りを気遣える人だから」

 僅かに、柔らかい顔を覗かせたのを、岩倉が見逃さない。


(二人の絆は、深いようね)


「そういう人だから、いろいろと、抱え込んでしまうのでしょうね」

「できるだけ、私も、手伝っているのですが……」

 このところの問題で、大久保が顔を顰めている。


 武市の件や、高杉のことなど、いろいろあり、西郷が駆け回っていたのだった。

 どこか苦しげな顔を、滲ませていることに、岩倉の口角が、微かに上がっていた。

 その仕草に、大久保が気づかない。


「大久保さんも、表に出るべきかと」

 唐突な岩倉の発言に、若干、眉間にしわを寄せている。

 西郷にも、最近言われていることで、どうしても、賑やかな表舞台に立つ、自分が想像できなかったのだ。


「表に出ることに、苦手意識があるのかしら?」

 窺うような眼差しを注ぐ。

 黙っていた口が開く。

「……どうも、口下手なもので……」


「そう。でも、口下手だからと言って、すべてを西郷さんに、負担をかけるのは、どうかしら? 少しずつ、表で西郷さんを助けていくべきだと、私は思うわ?」

「……」

 近頃、巡らせていた思いを言われ、二の句が出てこない。

 すべてを押し付けることに苦慮し、西郷のような人材捜しを、している最中だった。

 だが、思うようにいかず、次から次へと、厄介な出来事が、起きてしまっていたのである。


「ごめんなさい。私のような若輩者が、偉そうなことを言ってしまって。それに、大久保さんを、責めたような言い方をしてしまって」

「いいえ。私も、そう思いました」

「そう感じて貰えれば、嬉しいわ」

 去ってしまった西郷の方へ、岩倉が視線を巡らせる。

「近頃の西郷さんが、あまりにも、忙しそうだったから」


(岩倉殿が、言う通りだ。どうにかしないと)


「私も、休めと言っているのですが……。次から次と、西郷に負担が掛かる、出来事が起こるものですから、西郷自身が、動かざるをえなくて……」

「そうね……」

 チラリと、視線を伏せている大久保を窺っている。

 まだ煮えきれない様子だったが、手ごたえを感じていたのだった。


(西郷さんと同じ、大久保さんも、頑固ね。でも、諦めるつもりはないわ)


「もう少し、西郷さんを手助けできる人が、増えるといいのだけれど。どうも、個性が強過ぎる人が、多過ぎると思ってしまうの? もう少し、周りの意見に、耳を澄ませ、まとめられ、時には、豪胆に動ける人が、必要だと思ってしまうの? 大久保さんは、どう思うかしら?」

 相手を窺う眼差しを送っている。

 それに対し、視線を外す真似をしない。


「私も、同じ考えです」

 微かに、首を傾げる岩倉。

 そして、まっすぐに真摯な大久保を、視界に捉えていた。

「私は、それができるのは、大久保さんだと思うわ」

 揺るぎない声で、はっきりと伝えた。

 瞠目し、フリーズしている。


(どうして、考えに至っていないのかしら?)


「そういった役をできるのは、大久保さん、私は、あなたしか、いないと思うわ。大久保さんの中で、桂さんや、若手坂本さんや、久坂さんなどと、思っているのでしょうけど、私は大久保さんだと思っているの」

 射抜くような視線に、大久保が逃げ出すことをしない。


(彼らでは、ダメね。役不足だわ。確かに、坂本さんや、久坂さんなんて、面白い人材だけど。面白いだけでは、ダメね。私の意のままに、動いて貰わないと、困るから。その点、大久保さんは、頑ななところがあるけど、律儀で真面目な人だから……)


「……」

「どうかしら?」

「……私では荷が重過ぎるかと。それに口下手で……」


 徐々に、大久保の顔が伏せていく。

 けれど、狙った獲物を逃さない。

 優雅に、口角が上がっていたのだ。


(逃がさないわよ。大久保さん。あなたには、私の駒となって、貰うのだから)


「そうかしら? 私とは、きちんと、お話できていると、思うのだけど?」

 口を固く結んでいる大久保。

 これまでの意志を曲げるつもりはないと、態度で表しているようだ。

 頑なな態度を取っても、狡猾に狙って、獲物を逃したことがない岩倉である。


「口下手と言うことを、理由にして、逃げているだけでは、ないのかしら?」

「……」

「自分にはできないと抱かず、まず動いてみては? 目の前にいる相手と、向き合ってみるべきかと思うわよ」

「……」


「少し考えてみて、貰えないかしら?」

「……考えてみます」

「そう言って貰えて、嬉しいわ」

 上機嫌な笑みを、岩倉が漏らしていた。


「せっかくのパーティー、楽しみましょう」

「……そうですね」

 満足げな岩倉が、やや顔を伏せている大久保の元を、離れていく。

 その場に取り残された大久保は、しばらくその場に、立ち尽くしているのだった。


読んでいただき、ありがとうございます。

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