第65話 ひと時の休息
二つの会合を終え、岩倉が岡田と共に、鷹司と合流するために、クラッシクを楽しむバーで、清らかな旋律を耳にし、ひと時の休息を味わっていたのである。
岩倉たちがいる場所は、二階席で、二人だけしかいない。
他の客たちは、一階席で聴いていた。
支援者との集まりで、できるだけ顔を出しておく必要があるが、岩倉の身体は一つしかなく、すべてのところへ、回れないために、代理として鷹司を行かせていたのだった。
そして、鷹司と合流し、招待を受けているパーティーに、出席するために待っていた。
時間を見つけては、音楽やお茶などで、休息を取っていたのである。
流れる旋律に、馴染みがない岡田。
訝しげている表情を、覗かせていたのだ。
そこへ、邪魔するかのように、姉小路が姿を現したのだった。
「岩倉殿。このようなところで、逢うなんて」
にこやかな笑顔を作っていたのである。
(神出鬼没な方ね、こんなところで、逢うなんて)
「これは、姉小路殿」
立ち上がらず、微笑み返す。
チラリと、隣にいる岡田へ、視線を巡らす。
一瞬だけ、姉小路の目が鋭く、岡田を捉えていたのだ。
それに対し、気づいていた岡田だが、相手が自分より、格下だったので、放置したのである。それと、身分が上の人と、どう接していいのか、不安だったので、知らぬ振りで通すことに決めたのだった。
そんな姿に、小さく笑う。
「彼女。私の護衛を、頼んでいる者なんです」
何でもない顔つきで、視線を合わそうとしない岡田を紹介した。
「確か、岡田と言いましたかな?」
(さすが、姉小路殿ね。依蔵のことはわかっているのね)
抜け目がない姉小路に、微笑みながらも、見据えていたのだった。
「えぇ。岡田依蔵と言います。依蔵」
促され、頭をちょこんと下げた。
礼儀がなっていない姿に、眉を潜めることなく、笑っている姉小路。
(三条殿だったら、深い眉間がしわができ、不機嫌になっていたでしょうね)
「申し訳ありません。礼儀のない子で」
「いや。構いませんよ」
「ありがとうございます」
姉小路に気づかれないように、岩倉が姉小路の背後に、視線を微かに傾ける。
すると、スカートが僅かに見え隠れしていた。
(私に、存在を意識させたかったのね。随分と、嫉妬心のある人と、今回は付き合っているのね。くだらないわね……、私が姉小路殿を、誑かせると思っているのかしら?)
思わず、口角が上がってしまう。
岡田は気づいたようだが、姉小路は気づいていない。
姉小路は愛人を連れ、ここのバーに訪れていた。
だが、そこに先客として岩倉がいて、愛人を伴って、岩倉の前に出る訳にも行かず、愛人に顔を出すなと命じ、顔を出したのである。
素直に、姉小路の言葉を受け入れず、自分の存在を見せ付けるように、スカートをわざと見えるようにしたのだった。
何人か、愛人を伴って、岩倉の前に出て行ったこともあったが、今回の愛人は、顔を出させたくなかった。
そのために、顔を隠すように命じたのである。
(隠されると、興味が湧くわね。一体どんな方なのかしら?)
「姉小路殿。座りませんか」
「そうだな」
促され、姉小路が隣に腰掛けた。
「姉小路殿も、休息しに、こちらに?」
「私が、パトロンしている者が出ているので、こちらに窺っただけですよ」
「そうだったんですか。どの方も、素晴らしい才能の持ち主です」
「勿論だ。私がパトロンをしているのだからな。岩倉殿は?」
「えぇ。面倒を見ている子はいますが、まだ発展途上と、言ったところかしら?」
「では、後々が楽しみと、言ったところですかな」
「そうだと、いいんですけど?」
綺麗に、首を傾げてみせる。
「三条殿も、こうした活動にも、積極的になられるといいのだが……」
チラッと、愛嬌のある微笑みを絶やさない岩倉を窺う。
「あの方は、愚直な性格ですから。きっと、気に入った子が、見つからないのでは?」
「そうかもしれませんな」
天帝家の家臣の多くが、伝統や文化を愛する者が多く、パトロンとなって、多くのそうした伝統を受け継げ者や、文化を勉強している若者を支援していたのである。
だが、三条だけは、そうした支援を行わず、天帝家のために、尽力を尽くしていたのだった。
「面白い嗜好のパーティーがあるのですが。参加されませんか?」
少し享楽的な顔を、覗かせる姉小路だった。
突如の申し入れに、気づかれないように見据えている。
こうした誘いが、始めてのことだった。
「嗜好?」
首を傾げ、怪しく双眸が光る、姉小路を眺めている。
嗜好を凝らしたパーティーをしている噂を耳にしていた。
あまりいい嗜好とは、言えないものばかりだ。
「えぇ。最近始めたパーティーなのですが。それにハマっておりましてな」
さらに、悦を深めていく姉小路。
その表情が、不気味なほどだった。
「なかなか手に入らないものを集め、遊ぶのは楽しいですよ?」
「……」
「都はホント、大変ですから」
微笑みが消えない眼光の奥に、僅かに下劣を見るような光を、滲ませていたのだった。
何も答えず、完璧な微笑みを覗かせている。
ただ、姉小路は、愉悦に浸っていた。
「岩倉殿も、楽しいと思いますよ」
「……そうなのですか。今度、時間が合えば」
(安易に、半妖のことをほのめかして。……ますます嫌いになっていくわね、姉小路殿のことは。半妖を使って、一体どんなパーティーを、させているのかしら。ゲスな人ね)
「えぇ。一緒にできることを、楽しみにしていますよ」
「勿論です。でも、気をつけてくださいね。何かと、そういった者を集めるのは、難しいですから」
「わかっております」
すでに下品な人と喋りなくないので、連れの存在をばらす。
「ところで、大丈夫ですか? お連れの方を、待たせて?」
話に夢中になっていた姉小路が、連れてきた愛人の存在を忘れていたのだ。
指摘され、ようやく気づくのだった。
「……気づいていましたか?」
「申し訳ありません」
困ったような顔を、滲ませている。
「いや。このことは内密に」
「勿論です」
言質をとった姉小路が、立ち上がった。
「岩倉殿は、この後のパーティーに?」
「えぇ。出席いたします。姉小路殿は?」
「少し遅れると思いますが、顔を出す予定です」
「では、そちらで」
「そうですな」
姉小路が来た場所へ、戻っていった。
それを見送っていた岩倉が、苦笑する。
「せっかくの休息が、潰れてしまったわね」
隣にいる岡田に視線を巡らせると、渋面している顔を覗かせていた。
「姉小路殿の話を、理解した?」
さらに、眉間のしわが濃くなり、顔を横に振る。
束ねている長い髪が揺れた。
「なら、忘れなさい」
「いいのか……、じゃなくいいのですか?」
「えぇ。あったことも、忘れていいわよ? いい思い出では、ないでしょうから」
「確かに。あの顔が笑うたびに、気持ち悪かった」
正直な気持ちを、岡田が吐露した。
顰めっ面の顔を窺い、リラックスした笑みを零したのである。
「……私も、そう思うわ」
「なら、何であんなやつの顔を、見るしかないんだ……、あの人の顔を、見るのでしょうか?」
言い方があっているのか、不安な面持ちでいる岡田の顔を捉えていた。
岩倉がいないところで、鷹司が敬語を使うようにと、指導しているのを知っていたのだった。
それも面白いかもと巡らせ、放置していたのである。
「武市さんだって、嫌いな人にも、愛想振りまいていたでしょ?」
「う……、そうかも?」
自信なく、首を傾げている。
「それと、同じことよ」
「……大変なんだな」
すっかり言葉遣いが、戻っている岡田だった。
「鷹司に変わったことがなかったかって、聞かれたら、気持ち悪い獣と、逢っていたと答えなさい」
「わかった」
素直に応じる岡田だった。
「それと、無理して敬語を使おうと、思わないでいいわ」
目を丸くし、絶句している。
「後で、私がフォローしてあげるから」
逡巡した後、コクリと頷く岡田だった。
「では、鷹司が来るまで、ゆっくりしましょうか」
「……まだ、いるのか?」
双眸を彷徨わせる。
聞き慣れない音楽が、岡田にとって、苦行でしかない。
「もう少しの辛抱よ。我慢しなさい」
「……わかった」
がっくりと首を落とす。
そんな姿に、クスクスと笑う岩倉。
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