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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第4章 散華 前編
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第65話  ひと時の休息

 二つの会合を終え、岩倉が岡田と共に、鷹司と合流するために、クラッシクを楽しむバーで、清らかな旋律を耳にし、ひと時の休息を味わっていたのである。

 岩倉たちがいる場所は、二階席で、二人だけしかいない。

 他の客たちは、一階席で聴いていた。


 支援者との集まりで、できるだけ顔を出しておく必要があるが、岩倉の身体は一つしかなく、すべてのところへ、回れないために、代理として鷹司を行かせていたのだった。

 そして、鷹司と合流し、招待を受けているパーティーに、出席するために待っていた。

 時間を見つけては、音楽やお茶などで、休息を取っていたのである。


 流れる旋律に、馴染みがない岡田。

 訝しげている表情を、覗かせていたのだ。

 そこへ、邪魔するかのように、姉小路が姿を現したのだった。

「岩倉殿。このようなところで、逢うなんて」

 にこやかな笑顔を作っていたのである。


(神出鬼没な方ね、こんなところで、逢うなんて)


「これは、姉小路殿」

 立ち上がらず、微笑み返す。

 チラリと、隣にいる岡田へ、視線を巡らす。

 一瞬だけ、姉小路の目が鋭く、岡田を捉えていたのだ。

 それに対し、気づいていた岡田だが、相手が自分より、格下だったので、放置したのである。それと、身分が上の人と、どう接していいのか、不安だったので、知らぬ振りで通すことに決めたのだった。


 そんな姿に、小さく笑う。

「彼女。私の護衛を、頼んでいる者なんです」

 何でもない顔つきで、視線を合わそうとしない岡田を紹介した。

「確か、岡田と言いましたかな?」


(さすが、姉小路殿ね。依蔵のことはわかっているのね)


 抜け目がない姉小路に、微笑みながらも、見据えていたのだった。

「えぇ。岡田依蔵と言います。依蔵」

 促され、頭をちょこんと下げた。

 礼儀がなっていない姿に、眉を潜めることなく、笑っている姉小路。


(三条殿だったら、深い眉間がしわができ、不機嫌になっていたでしょうね)


「申し訳ありません。礼儀のない子で」

「いや。構いませんよ」

「ありがとうございます」

 姉小路に気づかれないように、岩倉が姉小路の背後に、視線を微かに傾ける。

 すると、スカートが僅かに見え隠れしていた。


(私に、存在を意識させたかったのね。随分と、嫉妬心のある人と、今回は付き合っているのね。くだらないわね……、私が姉小路殿を、誑かせると思っているのかしら?)


 思わず、口角が上がってしまう。

 岡田は気づいたようだが、姉小路は気づいていない。


 姉小路は愛人を連れ、ここのバーに訪れていた。

 だが、そこに先客として岩倉がいて、愛人を伴って、岩倉の前に出る訳にも行かず、愛人に顔を出すなと命じ、顔を出したのである。

 素直に、姉小路の言葉を受け入れず、自分の存在を見せ付けるように、スカートをわざと見えるようにしたのだった。


 何人か、愛人を伴って、岩倉の前に出て行ったこともあったが、今回の愛人は、顔を出させたくなかった。

 そのために、顔を隠すように命じたのである。


(隠されると、興味が湧くわね。一体どんな方なのかしら?)


「姉小路殿。座りませんか」

「そうだな」

 促され、姉小路が隣に腰掛けた。


「姉小路殿も、休息しに、こちらに?」

「私が、パトロンしている者が出ているので、こちらに窺っただけですよ」

「そうだったんですか。どの方も、素晴らしい才能の持ち主です」

「勿論だ。私がパトロンをしているのだからな。岩倉殿は?」

「えぇ。面倒を見ている子はいますが、まだ発展途上と、言ったところかしら?」

「では、後々が楽しみと、言ったところですかな」

「そうだと、いいんですけど?」

 綺麗に、首を傾げてみせる。


「三条殿も、こうした活動にも、積極的になられるといいのだが……」

 チラッと、愛嬌のある微笑みを絶やさない岩倉を窺う。

「あの方は、愚直な性格ですから。きっと、気に入った子が、見つからないのでは?」

「そうかもしれませんな」


 天帝家の家臣の多くが、伝統や文化を愛する者が多く、パトロンとなって、多くのそうした伝統を受け継げ者や、文化を勉強している若者を支援していたのである。

 だが、三条だけは、そうした支援を行わず、天帝家のために、尽力を尽くしていたのだった。


「面白い嗜好のパーティーがあるのですが。参加されませんか?」

 少し享楽的な顔を、覗かせる姉小路だった。

 突如の申し入れに、気づかれないように見据えている。

 こうした誘いが、始めてのことだった。


「嗜好?」

 首を傾げ、怪しく双眸が光る、姉小路を眺めている。

 嗜好を凝らしたパーティーをしている噂を耳にしていた。

 あまりいい嗜好とは、言えないものばかりだ。


「えぇ。最近始めたパーティーなのですが。それにハマっておりましてな」

 さらに、悦を深めていく姉小路。

 その表情が、不気味なほどだった。

「なかなか手に入らないものを集め、遊ぶのは楽しいですよ?」

「……」


「都はホント、大変ですから」

 微笑みが消えない眼光の奥に、僅かに下劣を見るような光を、滲ませていたのだった。

 何も答えず、完璧な微笑みを覗かせている。

 ただ、姉小路は、愉悦に浸っていた。

「岩倉殿も、楽しいと思いますよ」

「……そうなのですか。今度、時間が合えば」


(安易に、半妖のことをほのめかして。……ますます嫌いになっていくわね、姉小路殿のことは。半妖を使って、一体どんなパーティーを、させているのかしら。ゲスな人ね)


「えぇ。一緒にできることを、楽しみにしていますよ」

「勿論です。でも、気をつけてくださいね。何かと、そういった者を集めるのは、難しいですから」

「わかっております」


 すでに下品な人と喋りなくないので、連れの存在をばらす。

「ところで、大丈夫ですか? お連れの方を、待たせて?」

 話に夢中になっていた姉小路が、連れてきた愛人の存在を忘れていたのだ。

 指摘され、ようやく気づくのだった。


「……気づいていましたか?」

「申し訳ありません」

 困ったような顔を、滲ませている。

「いや。このことは内密に」

「勿論です」

 言質をとった姉小路が、立ち上がった。


「岩倉殿は、この後のパーティーに?」

「えぇ。出席いたします。姉小路殿は?」

「少し遅れると思いますが、顔を出す予定です」

「では、そちらで」

「そうですな」

 姉小路が来た場所へ、戻っていった。

 それを見送っていた岩倉が、苦笑する。


「せっかくの休息が、潰れてしまったわね」

 隣にいる岡田に視線を巡らせると、渋面している顔を覗かせていた。

「姉小路殿の話を、理解した?」

 さらに、眉間のしわが濃くなり、顔を横に振る。

 束ねている長い髪が揺れた。


「なら、忘れなさい」

「いいのか……、じゃなくいいのですか?」

「えぇ。あったことも、忘れていいわよ? いい思い出では、ないでしょうから」

「確かに。あの顔が笑うたびに、気持ち悪かった」

 正直な気持ちを、岡田が吐露した。

 顰めっ面の顔を窺い、リラックスした笑みを零したのである。


「……私も、そう思うわ」

「なら、何であんなやつの顔を、見るしかないんだ……、あの人の顔を、見るのでしょうか?」

 言い方があっているのか、不安な面持ちでいる岡田の顔を捉えていた。

 岩倉がいないところで、鷹司が敬語を使うようにと、指導しているのを知っていたのだった。

 それも面白いかもと巡らせ、放置していたのである。


「武市さんだって、嫌いな人にも、愛想振りまいていたでしょ?」

「う……、そうかも?」

 自信なく、首を傾げている。

「それと、同じことよ」

「……大変なんだな」

 すっかり言葉遣いが、戻っている岡田だった。


「鷹司に変わったことがなかったかって、聞かれたら、気持ち悪い獣と、逢っていたと答えなさい」

「わかった」

 素直に応じる岡田だった。


「それと、無理して敬語を使おうと、思わないでいいわ」

 目を丸くし、絶句している。

「後で、私がフォローしてあげるから」

 逡巡した後、コクリと頷く岡田だった。


「では、鷹司が来るまで、ゆっくりしましょうか」

「……まだ、いるのか?」

 双眸を彷徨わせる。

 聞き慣れない音楽が、岡田にとって、苦行でしかない。


「もう少しの辛抱よ。我慢しなさい」

「……わかった」

 がっくりと首を落とす。

 そんな姿に、クスクスと笑う岩倉。


読んでいただき、ありがとうございます。

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