第6話 ハチャメチャな歓迎会
その夜。警邏軍のビル近くの御茶屋『杜若』で、深泉組に入隊したばかりの沖田の歓迎会が行われた。近藤隊の仕事はすべて六時までとなり、それぞれに御茶屋に集まってきた。それ以降の仕事や遅番の仕事は芹沢隊や新見隊がすることに一応なっていた。
全員が揃ってから隊長近藤からの挨拶が始まって、副隊長土方に挨拶が移った。土方の挨拶はたった一言で済ませ、今回の主賓である沖田へと挨拶が回ってくる。
長くもなく、短くもない、ちょうどいい挨拶をして賑やかな歓迎会が始まった。
ざわめく中で近藤は張り上げる声を響かせる。
「自由に楽しく飲め。今日は上も下もなしだ」
「隊長の許しが出たぞ」
「じゃんじゃん飲むぞ」
「ぶっ倒れるまで、行くぞ」
無礼講を許された途端、水を受けた魚のように近藤隊の中でも騒がしい原田や永倉たちの班がいっせいに好き勝手な行動を取り始める。部屋のふすまや障子は次々に破られ、飾られている掛け軸や花瓶などもあっという間に損傷してしまった。
そんな状況を険しい表情で土方は凝視している。
「トシ。許してやれ」
上座にいる近藤が隣で鋭い牙のように騒いでいる連中を睨む土方をなだめていた。
傍から見れば、どちらが隊長で副隊長だかわからない。
今にも切りかかろうとする雰囲気をありありと放出している。
そんな状況でも騒いでいる連中は気にかけず、狂喜乱舞のように騒ぎまくっていた。
「落ち着け。今日は楽しく飲もうじゃないか」
「……」
「久しぶりの宴会なんだ。頼むよ、トシ」
せっかくの歓迎会が台無しになる可能性が高い。
それでは隊員たちが哀れだと近藤は思うのだった。
「代金が……」
「私が支払う。大丈夫だ」
「ですが……」
「全額、私のポケットマネーから出す。気にするな」
「甘いです。やつらが図に乗ります」
険がある視線で、踊り始めた数人の隊員を睨む。
隙あらば、騒ぐことを楽しむ面々が深泉組に多く集まっていた。
「一度や二度ではないのです」
「そうだな。でも、無礼講と言ったのは私だ。だから、少し寛大な気持ちで許してやってくれ。何なら、トシもふすまや障子を破いてみるか?」
眉間に深いしわが刻まれていく。
「……結構です」
騒いでいる連中から視線を外して、酒を勢いよく煽った。
「楽しいかもしれないぞ」
唇の端が笑っていた。
「やりません」
規律を守れない者たちに甘いと感じているが、隊長近藤が許している以上副隊長の土方としてはどうすることもできなかった。
深泉組の資金として出されている金額は決して多くはない。
あまり警邏軍本部から貰えていないが現状である。そのため次々と壊れていくふすまや障子、掛け軸などの高価な損傷の代金を土方は案じていたのだ。
けれど、一度口にしたことを曲げない近藤の性格を心得ていたし、気に掛けていた。
酒に関しては底抜けで普段から浴びるように飲む原田や永倉はどこから持ってきたのかわからない大きなどんぶりで酒を飲み始めていた。
二人は互いにどれだけ飲めるのかと競い始めていた。
マイペースな藤堂は手酌酒で次々と徳利を空けていく。
無茶をしないかと三人を影から見守っている井上は不安な眼差しを投げかけていた。
「今日は俺が勝つ」
「そうは行くか」
漏れ出す酒が首筋を通り、黒の防御具のアンダーを濡らしていく。
「安物とは違い、うまい」
「なくなるまで飲んでやる」
井上同様に原田班に所属している鳥居真琴、ロビン・ドルナ、フラード・カルマが顔を真っ赤にして中央で裸踊りを繰り広げていた。どこの班よりも早く御茶屋に来て、すでに全員が揃う前から出来上がっていたのである。
浴びるように飲み、千鳥足で踊って危なげだ。
覚束ない足にいつ倒れ込むかと冷や冷やする隊員もちらほらいる。
そんな状況だからこそ、高価な御茶屋の備品が壊されていった。
原田班に負けてやるものかと永倉班に所属しているモアン・神保が裸踊りに野次を言い始める。裸踊りで身を落としたくないが、あまり目立つのも面白くなかったのである。
乱れている状況を他の班の隊員たちは楽し気に眺めていたり、冷ややかなに見ていたり様々だった。
(もう、壊れるペースが速すぎますって)
次々と壊れていく現状に頭を抱え込む井上。
一人でこの状態を嘆き、眉間にしわを寄せている土方やおぞましいと嫌悪感を滲ませている山南班の伍長である山南圭介などの姿を密かに捉えていた。
ピクピクと山南の太く凛々しい眉が動いていた。
ヤバいと警鐘が頭の中で響いている。
ムクッと立ち上がって、ことの収拾を図ろうと井上は動き出す。
これ以上の放置は危険と二人の表情から読み取ったのだ。
「席に戻ってください。三人とも」
「あう……?」
「ほへ?」
「な?」
呂律が回っていない三人を席につかせようと強引に引っ張る。
「幻三朗。好きにやらせろ」
やめさせようとする井上を近藤が制止させた。
「ですが……」
不機嫌な土方と山南の動向が気になる。
刺々しいオーラを放っていた。
そんな二人にお構いなしの近藤である。
「そのうちぶっ倒れるから、大丈夫だ」
「はい……」
隊長に言われてはこれ以上何もできない。
推移を見守るしかなかった。
訳のわからない裸踊りが再開される。
自分の席に下がっていった井上に、隣に座っている島田がご苦労様だなと声をかけながら酌を注いであげた。面倒見がいい井上の労をねぎらった。
井上よりも階級は上だが、大雑把な性格で上下を気にするタイプではない。
料理に手を付けずに島田は酒ばかり手酌で飲んでいたために、周囲には空の徳利が溢れ散乱していた。
(甲斐さんも飲みすぎますって)
原田や永倉同様に島田もこよなく酒を愛していた。
恐れ入りますと低姿勢で島田から酌を受け取る。
「苦労が絶えないな」
「いいえ」
苦笑する井上。
「あいつらの面倒はいいから、せっかくの上手い料理を食べろ」
「それじゃ、いただきます」
豪華な料理に舌鼓を打つ。
安い給料では食べられない料理がたくさん目の前に鎮座していた。
柔らかな豚の角煮を口に放り込む。
(味も、とろけ具合も違うな)
料理を楽しむ姿を眺めていた島田は席を離れた。
騒々しい状況を楽しんでいる近藤のところへ行き、何も言わずに持ってきた酒を空の杯に注ぐ。近藤の労も黙ったままねぎらったのだった。
空席になった前に手付かずの豚の角煮が置かれていた。
「おいしいのに……」
思わずものほしそうな目で井上は呟いてしまった。
ふと、正面で踊っている先の席に視線を傾けた。
つい先ほどまで空席だったところに無表情な斉藤の姿があった。
「!」
驚きが隠せず、酔いで錯覚を見ているのかとゴシゴシと目を擦って確かめる。
けれど、黙々と酒を飲んで料理を食べる斉藤の姿があった。
唯一、斉藤だけが歓迎会が始まる時間になっても姿を現わしていなかった。単独行動が多いために斉藤抜きで歓迎会は全員揃ったと言うことになって始まっていた。
「いつの間に……」
自然と呟きが漏れた。
まったく斉藤の気配を感じられなかった。
感激していたとは言え、気配を感じないほど料理には夢中になっていなかった。その証拠に料理や酒を持って来る女中の気配を常に感じ取っていたのである。
「あの人は一体……」
何を考えているのかわからない斉藤は神出鬼没な存在だ。
いないと思っていると、いつの間にか居て、その場に溶け込んでいた。
「どうかしたのか? 井上」
誰に対しても人当たりがいい島田班に所属している有間武憲が声をかけた。
気分でも悪くなったのかと心配したからだ。
「斉藤さんが……」
誘導されるように正面に視線を注ぐ。
静かに淡々と斉藤が料理を食べている。
「来たようだな。斉藤さん」
「気がつきましたか?」
「いや。でも、いつものことだろう」
仰天している井上ほど驚いた様子がない。
「謎の人だ」
か細い声で困惑のまま呟いた。
別な席では……。
うるさいと耳を塞ぎたくなるような賑わいに馴染めないでいる山南。
近藤隊の中でも真面目で、規律に厳しい人間だった。だから、この状況を楽しむことができなかった。
(早く帰るか……)
ふと、視線を変えると飲んでいる斉藤の姿を捉える。
「斉藤……」
渋い表情を作った。
単独行動が多いと常々注意している山南は、約束通りに来ない同じ伍長の斉藤にいい顔を示さない。
歓迎会の集合がバラバラで?み合わず、定刻の時間より少し遅れて始まったのだった。
好き勝手が多い深泉組の隊員に対して、何ごとにも規律などを重んじる山南は始まる前から不快感を滲ませていた。
微妙な変化に山南の腹心である尾形舜太郎が気づく。
「山南さん、どうかしましたか?」
「斉藤さんだ」
「確かに……、ついさっき来たようですね」
料理や酒の残り具合で斉藤が来た時期を特定していた。
場の雰囲気を気にせず、テンポよく料理を食べている。
「斉藤さんは自分勝手すぎる。捜査の時もそうだ、独断で行動して規律を乱す」
斉藤に関しての愚痴を零した。
普段は問題行動が多すぎる原田や永倉たちのことしか言わない。けれど、団体行動をとらず、独断行動が多い斉藤にも不満を抱えていた。
何となく尾形は察していたものの、これまで山南が口にしていなかったので大して気にしていなかった。
「伍長と言う立場を考えて行動を取って貰いたいものだ。下の者に示しがつかない」
「そうですね」
(今日の山南さん、饒舌だな……)
密かに伍長の自覚が足りないと斉藤を見ていた。そして、がさつで粗雑な原田や永倉のことも伍長として相応しくないと感じていた。何度か近藤に進言したことがあったが、一度として聞き入れて貰えなかった。
不快感を募らせる山南を案じて、尾形が酌をする。
主賓の沖田は乱れた状況を楽しんでいた。
不可思議な裸踊り、配膳している女中にちょっかいを出し始めたり、酒比べをまだ続けていたり、野次などを飛ばしていたり、一人で黙々と酒を飲んだり料理を食べたりと様々な人種の集団を目の当たりにして不信感や驚きもせず、ただ面白げに眺めていた。
肉料理に一切手をつけず、野菜料理を中心に箸をつけていた。
鳥居たちの裸踊りを目を細めて楽しんでいると、脇の近藤から話しかけてくる。
「楽しいやつらだろう」
「はい。楽しい人たちばかりですね」
心の底からそう感じていた。
二人の会話を聞いている者はいない。
「小栗指揮官が言っていた。いい人材が増えて、六百年続いている徳川宗家が治めるジパング国も安泰だと」
「そうですか。僕は安泰だとは思えません、虚構の平和と言った方が合っている気がします。そう思いませんか? 近藤隊長」
悪びれることなく、徳川に対する毒舌をあっけらかんと口にした。
目を丸くしたものの、近藤は更なる興味の方が勝った。
「……虚構の平和か、言ってくれるな。捕まえるぞ」
「真実を述べただけです。それにここには隊長しか聞いていません。この都はもうすでにガラスのようなものではありませんか」
「ガラスか……」
(ガラスは脆い。そして、いつか割れてなくなってしまう……)
読んでいただき、ありがとうございます。




