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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第4章 散華 前編
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第61話  何気ない日常

 出勤前に、沖田が光之助のところに来ていた。

 葵たちは、まだ来ていない。

 光之助、ただ一人が、崩れかけている塀の上に、腰掛けていたのだった。


「大丈夫?」

 伏せていた顔をあげる。

「平気……じゃないけど、平気」

 少しだけ、強がってみせる光之助。

「そう」


 みんなの前では、光之助がひと際明るく、振舞っているのを知っていた。

 草太が薬の摘発の現場にいて、その際に抵抗し、死んだことを告げたが、草太を斬ったのが、沖田だと言うことは伏せられていたのである。

 それは、周囲が止めたからだ。

 沖田自身としては、告げてもよかった。

 だが、近藤隊長、斉藤伍長など様々な人たちが、言わない方がいいと言われ、やめた経緯があったのだ。


 二人でいると、葵たちいつものメンバーが、徐々に集まってくる。

 いつものように、沖田が朗らかに声をかけていった。

「ちゃんと、食べた?」

「「「「うん」」」」

 いつもより、元気が薄い様子で、みんなが返事を返した。


 そんな沈んでいる葵たちに、光之助が喝を入れる。

「いつまで、落ち込んでいるんだよ。元気出せ」

 葵たち、一人一人に顔を傾けていた。

 誰もが、微妙な顔つきだった。


「だって、光之助……」

 沈んだまま、年長である亮が、口ごもった。

 光之助より、年上なのに、亮は言い返せない。


「死んだやつは、帰ってこないんだ。そんなにジメジメしていたら、草太のやつだって、成仏できないだろう? だから、いつも通りに、元気を出せ、亮」

 咎めるような視線を、光之助が注いだ。

 年長の俺たちが引っ張らないで、どうすると言う顔を覗かせている。


(さすが光之助だな。みんなを引っ張って)


「……ごめん」

 囁くような声で謝った。

 持っているお菓子を取り出し、叱咤された亮に、一番に渡した。そして、他の子にも渡し、最後に光之助に上げた。


「ソージ兄ちゃんのポケットって、何でも入っているよね?」

 不思議そうに、一番年下の瑞希が口にした。

 気落ちしている亮を見兼ね、制服のあらゆるポケットなどを探り、そこに入っていたお菓子を出したのだった。

 いつもポケットに、お菓子を携帯していたのである。


「何でも、入っているよ」

 お菓子から始まって、小型の無線機、小型のナイフなど、数本を取り出してみせる。

 その他にも、無造作に入ったお金やカードの類も、後から出してみせたのだった。

 後から、後から出てくる状況に、瑞希が目を輝かせる。

 それを胡乱げに眺めている、他のメンバーたち。

 凄いでしょと、自慢げな顔を、沖田が覗かせている。


「ソージ兄ちゃん。何でもかんでも、ポケットに入れるのは、どうかと思うよ?」

 整理整頓ができない沖田を葵が窘めた。

 てへと笑ってみせる。

 子供じみた振舞いに、光之助が首を竦めている。


「気をつけるよ」

「そう言って、直したこと、ないよ、ソージ兄ちゃん」

 愛嬌を振りまく姿に、訝しげに高志が突っ込んだ。

 これまでの経緯で、光之助たちに言われ、直した方が少ない。

 未だに、年下の子供たちから、注意を受けても、直せなかったのだ。


 微笑みながら、頭を掻く。

 胸を張って、先ほどまで沈んでいた様子を、光之助は微塵も窺わせない。


「ソージ兄ちゃん。いつも言うけど、しっかりしてくれよ」

「う……ん」

 どうでもいいことを、蔑ろ気味にしてしまう傾向があると、自覚しているので、しっかり者の光之助に気圧されてしまう。

 日常生活において、沖田は生活不適合者だった。


「しょうがないな。俺たちがしっかりと、ソージ兄ちゃんの面倒をみないと」

 しゅんとしている姿を、光之助が双眸で捉えている。

 頷く面々。

 彼らにとって、ダメな子供の保護者のような気分だったのだった。


「ところで、ご飯は食べたの?」

 早速、葵が沖田を気遣って尋ねた。

「昨日から、少しお菓子をつまんだだけかな?」

 食事した記憶を呼び戻しながら、当たり前な顔で答えていった。

 昨日から、お菓子をつまんだだけで、食事らしい食事をしていなかったのだ。


 光之助たちは、大きく嘆息を漏らす。

 ほら、見たことかと滲ませていた。


「ちゃんと食べないとダメだよ、ソージ兄ちゃん」

 怒る葵に、さらに小さくなる沖田だった。

 何かと光之助たちは、沖田の日常の面倒を見ていたのである。

 それでも、いっこうに改善されないでいた。


「ソージ兄ちゃん。あげる」

 小さな瑞希の手に、何も挟んでないパンがあった。

「私は、さっきお菓子食べたから」

「それは、瑞希が、後で食べた方が、いいよ?」

「仕事でしょ? しっかり食べないと」

 お姉さん気取りの瑞希を見下ろす。

 困っている沖田を、見据えていた。


(小さな子から貰えないな。どうしようかな……)


 そんなやり取りを傍観していた光之助が、溜息を吐いた。

「貰って、食べてやれ。後で、瑞希には、別なものを上げるから」

 妥協案を、提示してあげた。

 ようやく、ホッとする沖田だった。


「……ありがとう」

 瑞希から受け取り、味気ないパンを食べる。

 全部食べきるまでは、許さないぞと言う顔を覗かせている瑞希のために、貰ったパンを完食するのだった。

「よく食べました。ソージ兄ちゃん」

 ニッコリと、瑞希が微笑む。


 何気ない日常が、戻ってきていた。

 今までいた草太が、いないが。


「そろそろ、仕事行った方がいいよ」

「そうだね」

「いつも、遅刻して、怒られないの?」

 疑念に抱いたことを、何気に高志が口にした。


「怒られるよ」

 シラッとしている。


 ダメだと、巡らせる子供たち。

 悪びれる様子がない姿に、光之助は呆れるしかない。

 小さくても、遅刻してはいけないと言うことを、痛感していたのである。


「じゃ、行ってくるよ」

 みんなに見送られ、深泉組の待機部屋にいく。




 警邏軍に向かう道中、沖田は他の人たちも呼び止められ、いろいろな貰い物をし、ようやく待機部屋に辿り着くのだった。

 遅刻癖の直らない沖田と共に、斉藤班が外に見回りにいく。


 現時点で、この前の薬の摘発の一件で、深泉組は部屋で待機していることになっているが、街の治安を考慮し、外の見回りを、こっそりとしていたのだった。

 他の組からは、待機できず、遊び回っているのだろうとしか、思われていなかった。


 これも、日ごろからの行いからだ。

 特に、芹沢隊や新見隊などであるが、原田班や永倉班も、日ごろから仕事をせず、遊んでいることが多いので、それらの目線で見られていたのである。

 それ幸いにと、近藤は見回りをさせていたのだった。


 黒烏丸通りで、沖田たちが歩いている。

 情報屋として働いているリキから、呼び出しを受けたからだ。

 視線だけで、周囲を窺っている。


 すると、ローブを目深にかぶった者が、沖田目掛けて襲い掛かってきた。

 小さく口角があった沖田が、あっさりと、その攻撃を交わし、その相手と一定の距離をとる。

「まだまだだね、ククリ」

「何で、驚かない。それに、どうしてわかった!」

 矢継ぎ早に、噛み付いた。

 その声音は、怒り心頭だった。


 ますます、口角が上がっていく。

 攻撃を仕掛けてきたのは、地方での幼馴染であるククリだ。

 リキから食料を貰うと、沖田に内緒で呼び寄せろと、頼んでいたのだった。

 勿論、リキはククリに頼まれたため、決して待ち伏せしているとは、一言も漏らしていない。

 けれど、ククリの性格を、完璧に読み取っていた。


「そんなの愚問だね。ククリの性格を考えれば」

 嬉しそうな沖田を尻目に、ムッとしているククリ。

 歯軋りし、半眼している。

 その間も、愛嬌ある微笑みを絶やさない。


「随分と、ケンカ好きな友達だな」

 いきなり攻撃を仕掛けてきた友達の様子を、傍観していたノールが、会話に割り込んできた。

 ある程度、斉藤たちと距離があったのと、ククリが沖田のことしか、見えていなかったこともあり、斉藤たちに意識がなかったのである。

 突然、沖田以外の登場に、フリーズしていた。

 そんな姿を、面白がる沖田だ。


 外回りの途中で、沖田が黒烏丸通りに行きたいと言い出し、理由を安富が問いかけたら、地方にいた幼馴染が出てきているので、顔がみたいとの話だった。

 深泉組が、独自で外回りをしているだけなので、いいだろうと斉藤が了承し、斉藤班全員で、ここに来ることになったのである。


「皆さんに、紹介しますね」

 絶句しているククリを無視し、肩に腕を回している。

 ピクリとも、動かない。

 ショック過ぎて、回復できなかったのである。


「僕の友達のククリです。人見知りで、固まっていますが、とても面白い子です」

「人見知りで、よくここに、来ようと思ったな」

 ローブを目深にかぶったままでいるククリを垣間見、少し呆れ気味なノール。

 地方に比べ、人口密度の高い都。


「逆に、目立っていますよ、その格好」

 ローブを目深にかぶっていることで、周囲から見られていることを、冷静に指摘する保科だった。

 安富と斉藤は、静観したままだ。

「これには、一応理由があるんですよ」

 微笑みを絶やさないまま、苦笑した。


「何だ?」

 先を促すノールだった。

 その目は、僅かに好奇心を滲ませていたのである。

 そして、隣にいる保科も、物珍しそうに眺めていた。

 ふふふと笑ってから、ローブに手をかける沖田。


 フリーズから、ようやく立ち直ったククリが、沖田がやろうとしていることを、阻止しようと動くが、時に遅かった。

 僅かに、沖田の動きが速い。

 容赦なく、目深にかぶっていたローブを、引き上げたのだ。


「「「「!」」」」

 斉藤を初めとして、息を飲む面々。

 周囲にいた誰もが、瞠目していた。

 そこに、美男子が立っていたのである。


「イケメンでしょ」

「ソウ。てめぇ」

 暴れるククリ。

 それを難なく、交わす。


(わかっているのか? ソウ)


(何のことかな)


 ニッコリと、沖田が微笑む。


(お前と言うやつは……)


(ククリ。腕上げた?)


 じゃれあって、遊んでいるかのようだった。

 ただ、じゃれ合っている二人が、イケメンと言う以外は。

 でも、ククリは羞恥心で、顔を赤らめている。


 ようやく、沖田から若干離れ、もう一度ローブを、目深にかぶるのだった。

 恨めしい眼差しを注ぐ。

 楽しそうに、沖田が笑っていた。


「イケメンで、人見知りだから……」

 目深にかぶったククリを、見つめている保科。

 どこか、その顔は羨ましげだ。

「そうなんです」

 ニコニコと、答えていく。


 代わって、ノールが思っていることを口に出す。

「ソウって、呼ばれているのか?」

「えぇ。いろいろですね」

「勿体ない。それだけのイケメンだったら、どこでも、雇って貰えますね。人見知りってところが難ですが」

 置かれているだろう現状を、勿体なげに、保科が語った。


「人見知りのせいで、いい職場がないですよね」

 困ったような顔を覗かせつつも、その顔は、どこか面白がっていた。

「それに、僕ほどではないですが、結構強いですよ」

「へぇ」

 感心するノールと保科。

 どこまで、強いのだろうと安富。

 無表情で眺めている斉藤だった。


「いい加減にしろ」

 詰め寄り、沖田の胸倉を掴む。

「ホント、仲がいいな」

 二人の様子を見て、ノールが呟いた。


「イケメン台無しだよ。ククリ」

「イケメンって、言うな」

「だって」

「ソウ!」

 乱暴に、吐き捨てた。


「ごめん、ごめん」

 二人のやり取りを見ていた保科が、意外そうな顔を滲ませる。

「もしかして、せっかくのイケメンの顔、気に入っていないの」

「勿体ないな。その顔と腕があるなら、どこでも働けそうなものを」

 少し哀れむような視線を、ノールが傾けた。


 沖田と変わらない長身で、ローブで覆われ、正確に確かめることができないが、スタイルも悪くなさそうだった。

 その上、沖田同様に、イケメンだったのだ。

 隣同士で並んでいると、どこのモデルだと髣髴させた。


 勿体ないと、連呼する二人に、ククリの身体が震えている。

 二人に襲い掛かろうとする勢いも、みられるほどだ。


「そう怒らない、ククリ」

「てめぇ」

 苦虫を潰した顔を、覗かせるククリに、微笑んでみせた。

 不意に、身体をノールたちに、傾かせる。


「ククリ。イケメンに見えますが、ホントは女の子なんです」

 ケロッとした顔で、とんでもない爆弾を投下した。

「「はぁ」」

 また、面を喰らってしまう面々。

 無表情だった斉藤も、微かに目が見張ってしまった。


(あっ。斉藤伍長も驚いた。さすが、ククリ)


「嘘だろう」

 無邪気な沖田に、ノールが問いかけた。

「本当です」

「なりは、こうですが、れっきとした女の子です」


 目深にローブをかぶって、顔を隠しているが、咎めるように、沖田を睨んでいるのが、誰の目からしても、明らかだった。


「昔から、男と間違えられ、酷い人見知りになっちゃったんですよね」

 過去を振り返っている。

 その顔は、どこか楽しげだ。


「その原因を作ったの、沖田さんも、関係しているじゃないですか?」

 痛々しい眼差しを、ククリに注いでくる保科だった。

「そうですか?」

 可愛らしく首を傾げ、きょとんとした顔を沖田がしている。

 安富やノール、保科の顔に、絶対そうだと描かれていた。


「どうなんだ?」

 冷静に、斉藤がククリに尋ねた。

「そうかもしれない。昔からソウは、俺をからかっていたから」

 不貞腐れている顔を、滲ませていた。


「だって、ククリって、面白いんだもん」

 一切、悪びれる仕草がない。

 ただ、ニコニコと微笑んでいるだけだ。


「ソウ……」

 どこか、悔しげな声音を漏らした。

 沖田とは、まだ長い時間いた訳ではないが、これまでの沖田を垣間見てきた面々は、手に取るように、ククリのことをからかっている光景が、浮かび上がっていたのだった。


「斉藤伍長。働きに出てきても、ククリのことです。働く場所を見つけられないでしょうから。日持ちする食べ物とかを、渡したいと思うのですが、時間を貰っても、いいでしょうか? それに、他の友達の分も買いたいので」

「構わない。地方から出てきたのに、働く場所がないのなら、しょうがないことだ」


「ありがとうございます」

「お金は?」

「普段、お金を使わないので」

「そうか。でも、私からも、お金を出させて貰おう」


 斉藤がお金を出し、他の安富たちも、私もと言って、お金を出したのだった。

「「ありがとうございます」」

 か細い声で、ククリも頭を下げた。

 二人は日持ちするものを買いに、足を進めたのだった。



読んでいただき、ありがとうございます。

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