第61話 何気ない日常
出勤前に、沖田が光之助のところに来ていた。
葵たちは、まだ来ていない。
光之助、ただ一人が、崩れかけている塀の上に、腰掛けていたのだった。
「大丈夫?」
伏せていた顔をあげる。
「平気……じゃないけど、平気」
少しだけ、強がってみせる光之助。
「そう」
みんなの前では、光之助がひと際明るく、振舞っているのを知っていた。
草太が薬の摘発の現場にいて、その際に抵抗し、死んだことを告げたが、草太を斬ったのが、沖田だと言うことは伏せられていたのである。
それは、周囲が止めたからだ。
沖田自身としては、告げてもよかった。
だが、近藤隊長、斉藤伍長など様々な人たちが、言わない方がいいと言われ、やめた経緯があったのだ。
二人でいると、葵たちいつものメンバーが、徐々に集まってくる。
いつものように、沖田が朗らかに声をかけていった。
「ちゃんと、食べた?」
「「「「うん」」」」
いつもより、元気が薄い様子で、みんなが返事を返した。
そんな沈んでいる葵たちに、光之助が喝を入れる。
「いつまで、落ち込んでいるんだよ。元気出せ」
葵たち、一人一人に顔を傾けていた。
誰もが、微妙な顔つきだった。
「だって、光之助……」
沈んだまま、年長である亮が、口ごもった。
光之助より、年上なのに、亮は言い返せない。
「死んだやつは、帰ってこないんだ。そんなにジメジメしていたら、草太のやつだって、成仏できないだろう? だから、いつも通りに、元気を出せ、亮」
咎めるような視線を、光之助が注いだ。
年長の俺たちが引っ張らないで、どうすると言う顔を覗かせている。
(さすが光之助だな。みんなを引っ張って)
「……ごめん」
囁くような声で謝った。
持っているお菓子を取り出し、叱咤された亮に、一番に渡した。そして、他の子にも渡し、最後に光之助に上げた。
「ソージ兄ちゃんのポケットって、何でも入っているよね?」
不思議そうに、一番年下の瑞希が口にした。
気落ちしている亮を見兼ね、制服のあらゆるポケットなどを探り、そこに入っていたお菓子を出したのだった。
いつもポケットに、お菓子を携帯していたのである。
「何でも、入っているよ」
お菓子から始まって、小型の無線機、小型のナイフなど、数本を取り出してみせる。
その他にも、無造作に入ったお金やカードの類も、後から出してみせたのだった。
後から、後から出てくる状況に、瑞希が目を輝かせる。
それを胡乱げに眺めている、他のメンバーたち。
凄いでしょと、自慢げな顔を、沖田が覗かせている。
「ソージ兄ちゃん。何でもかんでも、ポケットに入れるのは、どうかと思うよ?」
整理整頓ができない沖田を葵が窘めた。
てへと笑ってみせる。
子供じみた振舞いに、光之助が首を竦めている。
「気をつけるよ」
「そう言って、直したこと、ないよ、ソージ兄ちゃん」
愛嬌を振りまく姿に、訝しげに高志が突っ込んだ。
これまでの経緯で、光之助たちに言われ、直した方が少ない。
未だに、年下の子供たちから、注意を受けても、直せなかったのだ。
微笑みながら、頭を掻く。
胸を張って、先ほどまで沈んでいた様子を、光之助は微塵も窺わせない。
「ソージ兄ちゃん。いつも言うけど、しっかりしてくれよ」
「う……ん」
どうでもいいことを、蔑ろ気味にしてしまう傾向があると、自覚しているので、しっかり者の光之助に気圧されてしまう。
日常生活において、沖田は生活不適合者だった。
「しょうがないな。俺たちがしっかりと、ソージ兄ちゃんの面倒をみないと」
しゅんとしている姿を、光之助が双眸で捉えている。
頷く面々。
彼らにとって、ダメな子供の保護者のような気分だったのだった。
「ところで、ご飯は食べたの?」
早速、葵が沖田を気遣って尋ねた。
「昨日から、少しお菓子をつまんだだけかな?」
食事した記憶を呼び戻しながら、当たり前な顔で答えていった。
昨日から、お菓子をつまんだだけで、食事らしい食事をしていなかったのだ。
光之助たちは、大きく嘆息を漏らす。
ほら、見たことかと滲ませていた。
「ちゃんと食べないとダメだよ、ソージ兄ちゃん」
怒る葵に、さらに小さくなる沖田だった。
何かと光之助たちは、沖田の日常の面倒を見ていたのである。
それでも、いっこうに改善されないでいた。
「ソージ兄ちゃん。あげる」
小さな瑞希の手に、何も挟んでないパンがあった。
「私は、さっきお菓子食べたから」
「それは、瑞希が、後で食べた方が、いいよ?」
「仕事でしょ? しっかり食べないと」
お姉さん気取りの瑞希を見下ろす。
困っている沖田を、見据えていた。
(小さな子から貰えないな。どうしようかな……)
そんなやり取りを傍観していた光之助が、溜息を吐いた。
「貰って、食べてやれ。後で、瑞希には、別なものを上げるから」
妥協案を、提示してあげた。
ようやく、ホッとする沖田だった。
「……ありがとう」
瑞希から受け取り、味気ないパンを食べる。
全部食べきるまでは、許さないぞと言う顔を覗かせている瑞希のために、貰ったパンを完食するのだった。
「よく食べました。ソージ兄ちゃん」
ニッコリと、瑞希が微笑む。
何気ない日常が、戻ってきていた。
今までいた草太が、いないが。
「そろそろ、仕事行った方がいいよ」
「そうだね」
「いつも、遅刻して、怒られないの?」
疑念に抱いたことを、何気に高志が口にした。
「怒られるよ」
シラッとしている。
ダメだと、巡らせる子供たち。
悪びれる様子がない姿に、光之助は呆れるしかない。
小さくても、遅刻してはいけないと言うことを、痛感していたのである。
「じゃ、行ってくるよ」
みんなに見送られ、深泉組の待機部屋にいく。
警邏軍に向かう道中、沖田は他の人たちも呼び止められ、いろいろな貰い物をし、ようやく待機部屋に辿り着くのだった。
遅刻癖の直らない沖田と共に、斉藤班が外に見回りにいく。
現時点で、この前の薬の摘発の一件で、深泉組は部屋で待機していることになっているが、街の治安を考慮し、外の見回りを、こっそりとしていたのだった。
他の組からは、待機できず、遊び回っているのだろうとしか、思われていなかった。
これも、日ごろからの行いからだ。
特に、芹沢隊や新見隊などであるが、原田班や永倉班も、日ごろから仕事をせず、遊んでいることが多いので、それらの目線で見られていたのである。
それ幸いにと、近藤は見回りをさせていたのだった。
黒烏丸通りで、沖田たちが歩いている。
情報屋として働いているリキから、呼び出しを受けたからだ。
視線だけで、周囲を窺っている。
すると、ローブを目深にかぶった者が、沖田目掛けて襲い掛かってきた。
小さく口角があった沖田が、あっさりと、その攻撃を交わし、その相手と一定の距離をとる。
「まだまだだね、ククリ」
「何で、驚かない。それに、どうしてわかった!」
矢継ぎ早に、噛み付いた。
その声音は、怒り心頭だった。
ますます、口角が上がっていく。
攻撃を仕掛けてきたのは、地方での幼馴染であるククリだ。
リキから食料を貰うと、沖田に内緒で呼び寄せろと、頼んでいたのだった。
勿論、リキはククリに頼まれたため、決して待ち伏せしているとは、一言も漏らしていない。
けれど、ククリの性格を、完璧に読み取っていた。
「そんなの愚問だね。ククリの性格を考えれば」
嬉しそうな沖田を尻目に、ムッとしているククリ。
歯軋りし、半眼している。
その間も、愛嬌ある微笑みを絶やさない。
「随分と、ケンカ好きな友達だな」
いきなり攻撃を仕掛けてきた友達の様子を、傍観していたノールが、会話に割り込んできた。
ある程度、斉藤たちと距離があったのと、ククリが沖田のことしか、見えていなかったこともあり、斉藤たちに意識がなかったのである。
突然、沖田以外の登場に、フリーズしていた。
そんな姿を、面白がる沖田だ。
外回りの途中で、沖田が黒烏丸通りに行きたいと言い出し、理由を安富が問いかけたら、地方にいた幼馴染が出てきているので、顔がみたいとの話だった。
深泉組が、独自で外回りをしているだけなので、いいだろうと斉藤が了承し、斉藤班全員で、ここに来ることになったのである。
「皆さんに、紹介しますね」
絶句しているククリを無視し、肩に腕を回している。
ピクリとも、動かない。
ショック過ぎて、回復できなかったのである。
「僕の友達のククリです。人見知りで、固まっていますが、とても面白い子です」
「人見知りで、よくここに、来ようと思ったな」
ローブを目深にかぶったままでいるククリを垣間見、少し呆れ気味なノール。
地方に比べ、人口密度の高い都。
「逆に、目立っていますよ、その格好」
ローブを目深にかぶっていることで、周囲から見られていることを、冷静に指摘する保科だった。
安富と斉藤は、静観したままだ。
「これには、一応理由があるんですよ」
微笑みを絶やさないまま、苦笑した。
「何だ?」
先を促すノールだった。
その目は、僅かに好奇心を滲ませていたのである。
そして、隣にいる保科も、物珍しそうに眺めていた。
ふふふと笑ってから、ローブに手をかける沖田。
フリーズから、ようやく立ち直ったククリが、沖田がやろうとしていることを、阻止しようと動くが、時に遅かった。
僅かに、沖田の動きが速い。
容赦なく、目深にかぶっていたローブを、引き上げたのだ。
「「「「!」」」」
斉藤を初めとして、息を飲む面々。
周囲にいた誰もが、瞠目していた。
そこに、美男子が立っていたのである。
「イケメンでしょ」
「ソウ。てめぇ」
暴れるククリ。
それを難なく、交わす。
(わかっているのか? ソウ)
(何のことかな)
ニッコリと、沖田が微笑む。
(お前と言うやつは……)
(ククリ。腕上げた?)
じゃれあって、遊んでいるかのようだった。
ただ、じゃれ合っている二人が、イケメンと言う以外は。
でも、ククリは羞恥心で、顔を赤らめている。
ようやく、沖田から若干離れ、もう一度ローブを、目深にかぶるのだった。
恨めしい眼差しを注ぐ。
楽しそうに、沖田が笑っていた。
「イケメンで、人見知りだから……」
目深にかぶったククリを、見つめている保科。
どこか、その顔は羨ましげだ。
「そうなんです」
ニコニコと、答えていく。
代わって、ノールが思っていることを口に出す。
「ソウって、呼ばれているのか?」
「えぇ。いろいろですね」
「勿体ない。それだけのイケメンだったら、どこでも、雇って貰えますね。人見知りってところが難ですが」
置かれているだろう現状を、勿体なげに、保科が語った。
「人見知りのせいで、いい職場がないですよね」
困ったような顔を覗かせつつも、その顔は、どこか面白がっていた。
「それに、僕ほどではないですが、結構強いですよ」
「へぇ」
感心するノールと保科。
どこまで、強いのだろうと安富。
無表情で眺めている斉藤だった。
「いい加減にしろ」
詰め寄り、沖田の胸倉を掴む。
「ホント、仲がいいな」
二人の様子を見て、ノールが呟いた。
「イケメン台無しだよ。ククリ」
「イケメンって、言うな」
「だって」
「ソウ!」
乱暴に、吐き捨てた。
「ごめん、ごめん」
二人のやり取りを見ていた保科が、意外そうな顔を滲ませる。
「もしかして、せっかくのイケメンの顔、気に入っていないの」
「勿体ないな。その顔と腕があるなら、どこでも働けそうなものを」
少し哀れむような視線を、ノールが傾けた。
沖田と変わらない長身で、ローブで覆われ、正確に確かめることができないが、スタイルも悪くなさそうだった。
その上、沖田同様に、イケメンだったのだ。
隣同士で並んでいると、どこのモデルだと髣髴させた。
勿体ないと、連呼する二人に、ククリの身体が震えている。
二人に襲い掛かろうとする勢いも、みられるほどだ。
「そう怒らない、ククリ」
「てめぇ」
苦虫を潰した顔を、覗かせるククリに、微笑んでみせた。
不意に、身体をノールたちに、傾かせる。
「ククリ。イケメンに見えますが、ホントは女の子なんです」
ケロッとした顔で、とんでもない爆弾を投下した。
「「はぁ」」
また、面を喰らってしまう面々。
無表情だった斉藤も、微かに目が見張ってしまった。
(あっ。斉藤伍長も驚いた。さすが、ククリ)
「嘘だろう」
無邪気な沖田に、ノールが問いかけた。
「本当です」
「なりは、こうですが、れっきとした女の子です」
目深にローブをかぶって、顔を隠しているが、咎めるように、沖田を睨んでいるのが、誰の目からしても、明らかだった。
「昔から、男と間違えられ、酷い人見知りになっちゃったんですよね」
過去を振り返っている。
その顔は、どこか楽しげだ。
「その原因を作ったの、沖田さんも、関係しているじゃないですか?」
痛々しい眼差しを、ククリに注いでくる保科だった。
「そうですか?」
可愛らしく首を傾げ、きょとんとした顔を沖田がしている。
安富やノール、保科の顔に、絶対そうだと描かれていた。
「どうなんだ?」
冷静に、斉藤がククリに尋ねた。
「そうかもしれない。昔からソウは、俺をからかっていたから」
不貞腐れている顔を、滲ませていた。
「だって、ククリって、面白いんだもん」
一切、悪びれる仕草がない。
ただ、ニコニコと微笑んでいるだけだ。
「ソウ……」
どこか、悔しげな声音を漏らした。
沖田とは、まだ長い時間いた訳ではないが、これまでの沖田を垣間見てきた面々は、手に取るように、ククリのことをからかっている光景が、浮かび上がっていたのだった。
「斉藤伍長。働きに出てきても、ククリのことです。働く場所を見つけられないでしょうから。日持ちする食べ物とかを、渡したいと思うのですが、時間を貰っても、いいでしょうか? それに、他の友達の分も買いたいので」
「構わない。地方から出てきたのに、働く場所がないのなら、しょうがないことだ」
「ありがとうございます」
「お金は?」
「普段、お金を使わないので」
「そうか。でも、私からも、お金を出させて貰おう」
斉藤がお金を出し、他の安富たちも、私もと言って、お金を出したのだった。
「「ありがとうございます」」
か細い声で、ククリも頭を下げた。
二人は日持ちするものを買いに、足を進めたのだった。
読んでいただき、ありがとうございます。




