表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第4章 散華 前編
68/290

第60話  母と息子

 早急に仕事を片づけ、土方が警邏軍のビルを後にした。

 周囲は、仕事を早く終わらせようとする土方に気づいていない。

 ただ、薬の売人を摘発した件で、機嫌が悪いものだと思い込んでいたのである。


 腕時計で、時間を確かめた。

 終わらせようとしていた時刻より、十五分も遅れていたのだ。

 チッと、舌打ちを打つ。

 星空を眺めた。


(結局、ソージに言わなかったな。後で、席を設ければいいか)


 弟に、何度か母が来ていることを、告げようとしたが、上手い具合に、二人になる機会がなく、言う機会を逃していたのだった。

 軽く、息を吐く。


 時間が遅れていることもあり、早々に待ち合わせ場所である馴染みの御茶屋に向かった。

 御茶屋に辿り着くと、珍しくいつも遅刻をしてくる相手が、先に来ている。

 待っている部屋の障子を開けた。


 開口一番、言われてしまう。

「遅い!」

「……すまない、母さん」

 素直に謝った。


 何年かぶりに会う母親が、目の前で腰掛け、食事を取っていたのである。

 とても、二人の息子がいる女性とは思えないほどだ。

 仕事とは違い、長い髪を下ろしている。


「それと、母親をこんなところに、連れてくるんじゃないよ。もっと普通の場所がなかったの」

 スバスバと言う母美和に、嘆息を漏らした。

 端整の取れた顔とは違い、物怖じせず、何でも口にしてしまう性格なのだ。

 そのせいで、上司との衝突が絶えなく、常に地方の支社に、回されていたのだった。


(黙っていれば……)


「何か、言いたそうだね」

 咎めるような眼差しを注いでくる。

「何でもないよ」

「そう。で?」


 御茶屋での待ち合わせ場所が、気に入らなかったようだと、面と向かって、嘆息を零せないので心の中でしたのだった。

 ここは、土方と美和の仕事場の中間点でもあった。

 でも、女や男を囲って、遊ぶ場所でもあったのである。


(母さんだって、仕事でこういったところに、来ているじゃないか)


「すまない。母さん」

 もう一度、謝った。

 言い返せば、それが何倍となって、降りかかることを、身に染みていたからだ。

 瞳を眇めていたのをやめる。

 いつもの表情に、美和が戻っていた。


「食事は、頼んで用意されているから、立ってないで座りなさい」

「ああ」

 促されるがまま、用意されている食事の前に、腰をかけた。

 勿論、女も男も、呼んでいない。

 ゆっくりと、二人で喋るためだ。


「仕事、忙しいの?」

 気遣うように、美和が尋ねた。

 息子が、落ちこぼれ集団である深泉組の所属になったことは、すでに聞いて、知っていたのである。

 どんな仕事をしているのかも、把握していたので、久しぶりに会う息子を、気遣ったのだった。


「前まで忙しかったが、今はそうでもない」

「そう。私も、少しは都にいられそう」

 頬を緩ませる美和。

 息子との時間が、もう少し取れそうだと。


「どれぐらい?」

「一ヶ月ぐらいかな」

「そうか。それなら、また時間取れる?」

「取れるけど?」

「ソージが、来てる」

 何でもないような顔で、土方が口にした。


 意外な事実に、瞠目し、何度もパチパチと目蓋を動かす。

 地方にいるもう一人の息子のことは、忘れたことがない。

 ただ、都に来ることが、意外過ぎて、驚愕していたのである。


「ソージが? あの子、何をしているの?」

「俺と同じ、深泉組」

 苦々しそうに、土方が呟いた。

 フリーズ気味な美和に、溜息を漏らすのだった。


(仕事人間も、ここまで来ると、凄いな)


 仕事以外の情報を、徹底して、排除していたんだろうと読んだ。

「母さん、知らないの? 都で、話題になっているよ」

「へぇー。そうなの。じゃ、兄弟で一緒のところに?」

「ああ」

 いやそうな顔を、土方が覗かせる。


 そんな土方の意図を読んで、クスクスと笑う美和だった。

 自分も知らぬうちに、弟がS級ライセンスに合格し、深泉組に無理やりねじ込んだことを語ったのである。


(ソージらしい行動ね。トシが嫌がると思って、とことん情報を隠していたんだろうね。さすが、私の息子だわ)


 元気そうな沖田の様子に、微笑む。

 そして、哀れむような視線を、目の前にいるもう一人の息子に注いだ。

 辟易した顔を覗かせている。


「ソージと、一緒とは、可哀想だね」

「……」

「兄弟だから、周りも、気を遣うだろうし」

「知らない」

 ボソッと、土方が零した。


「調査すれば、わかるでしょ?」

「ソージがいじったみたいだ。それに父さん、再婚して、その人がソージの母親になっている」

 数年前に、父親が再婚していたことを語った。

 その再婚相手が、現在家を出て行ったことも、付け加えたのだった。


「へぇー。あの人、再婚したんだ。それも出て行かれたなんて。よく繰り返すわね。それに、籍抜くのも忘れているなんて、あの人らしいわね。元気そうで、よかった」

 気遣うような眼差しを送る土方。

 そんな息子に、やれやれと首を竦めるのだ。


「トシ。私とあの人、何年前に、離婚したと思っているの? 逆に、ありがたいと思っているよ。結局、逃げられちゃったみたいだけど」

「そう。それならいい」

 少し、肩の荷が取れた土方だった。

 会う前から、そのことを、気に掛けていたのである。


「トシの方が、ショックだったようだね」

「……。俺をいくつだと思っているんだ、母さん」

 子ども扱いする美和に、訝しげる。

 ムッとしている息子に、小さく笑っていた。


「親からしたら、いくつになっても、子供は子供よ」

「……」

「トシは、あの人を気遣って、会いに行っていたからね」

「……」


 母親に内緒で、父親や沖田のことが心配で、何度か会いにいっていたことが、バレていたのだった。

 まさか、知られているとは思ってもみなかったのだ。


「時間と言うことは、ソージと会わせようと?」

「ああ。ただ、ソージには言っていない。母さんが都に来ていること。話そうとしても、なかなか二人になる、時間が作れなくって」

「そう、私はいつでも、いいよ。可愛い息子二人が、会いたいと言えば、無理やり、時間が作るから」

 ニッコリと、微笑んだ。


「無理は、よくない」

 心配げな眼差しを傾けてくる。

 自分以上に、美和が仕事人間なことを知っていたのだ。

 だから、無理をするのが明白だった。


「よく言うね、トシ。私に似て、仕事人間の癖ね。どうせ、遅れたのだって、仕事を早急に、終わらせてきたんでしょ? 明日に、持ち越すなんて、私もそうだが、トシもできないからね」

 笑っている美和に、見事に当てられ、何も言い返せない。

「私は地方で、仕事仕事で、息子たちに会えないから。たまに、無理をしてでも、時間は作るよ」

 仕事人間のせいで、随分と、迷惑をかけたことを自覚していた。

 そのため、どんなに仕事が忙しくっても、息子のために時間を絶対に作ると、決めていたのだった。


「ありがとう」

 美和の覚悟を読み取り、感謝を告げた。

「ソージのこと。要領力、仕事も、人付き合いも、上手くこなしているんだろうね」

「勿論だ」

「その点……」

 哀れむような視線から、思わず、背ける土方。


「もう少し、頬の筋力を緩めなさい」

「……」

「それでなくでも、不機嫌そうに、見えるんだから」

「……」

「スマイルよ。トシ」

「もういい」


 大きく嘆息を吐いた。

 それも、これ見よがしに。


「どうして、兄弟なのに、ここまで違うのかしら?」

「……知らない」

 不機嫌さを前面に押し出している息子に、クスッと笑う美和だった。


読んでいただき、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ