第59話 夜中に出掛ける
今日から、第4章 散華 前編に入ります。
暗闇が明ける時刻。
崩れかけているビルの周辺に、ポツンと沖田が立っている。
廃墟ビルと、無造作に生えている雑草しかない場所だ。
他に、何もない。
ただ、廃れた場所でもあった。
とても端整のいい沖田に、似合わない場所である。
ようやく、リキがもたらした情報で、見世物小屋が、ここで開かれていることを突き止めたのだった。
意気揚々と、久しぶりに会える友達に、足取りも軽かった。
「珍しいところにいるな、沖田」
「それは、芹沢さんもですよ」
ふくよかな腹を左右に揺らしながら、ほろ酔いの芹沢が近づいてくる。
私服の沖田同様に、芹沢の服装も、制服ではなく、私服だった。
少し前から、沖田が近くに潜んでいるのを察知していた。
引き返すことも、捕らえることもしないで、静観していたのだ。
「そんなに飲んで、身体壊しませんか?」
「俺にとっては、薬だ」
「そうなんですか」
愛嬌たっぷりの微笑みで、ゆったりとしている芹沢を迎えた。
周囲に、二人しかいない。
こんな時間帯に、出歩く人なんて、珍しいことだった。
「この前は、ご苦労様でした」
「ああ。お前が倒したやつの遺体を見た。いい切れ味だ」
「ありがとうございます。芹沢さんも、暴れていたと聞きましたよ」
クスッと、沖田が笑みを漏らしている。
薬の売人の摘発する現場で、近藤隊とは、別なルートを使っていた芹沢隊では、生死を問わず、闇雲に敵を排除していった。
命乞いを無視する形で。
戦意喪失の少年少女たちを、容赦なく斬り捨てたのだった。
何でもないだろうと言う顔を漂わせている。
「面倒なことはしないたちだ。それに、あの場にいる連中がいけない。死が怖いなら、あそこへ、行かなければ、よかったんだ、ぬるま湯に浸かっているべきだった、最初からな」
飄々と、自分の持論を語った。
「そうですね」
「随分と、周囲がおとなしくなったな?」
急に、話題を変えた。
沖田の周囲に、見張りがついていたのを把握していたのである。
「よかったです。ずっとついていましたから」
首を竦め、苦笑してみせる。
行方不明者の捜索に辺り、沖田の警戒が終わっていたのだった。
最近では、探る人数が、ガクッと減ったのだ。
現在、沖田のつけているのは、興味のある庶民や、勤皇一派の手の者たちが主だった。
そのこともあり、平気でつき惑っている人間を、撒くようになっていたのである。
ここに辿り着く間にも、何人もの数を撒いてきた。
「大変だな。人気者は」
「大変です」
疲れ気味な表情を覗かせ、素直に吐露した。
「斬り捨てればいいだろう?」
ふてぶてしい顔で、過激な発言を繰り返した。
それに対し、顔色一つ変えない。
「さらに、面倒になりますよ」
少し、口を尖らせる。
深泉組の中で、あまり芹沢と話したがる人間がいない。
躊躇なく、沖田は芹沢と接する一人でもあった。
一緒にいることが多い、新見隊や芹沢隊の中でも、芹沢を煙たがったり、嫌ったり、怖がったりする者がいたのである。
その中でも、平然と話ができる沖田が、稀有な存在だった。
「ところで、どうして、このような場所にいる?」
目を細め、ニコニコとしている沖田を見据えている。
ここに訪れた時から、芹沢は様子を窺っていた。
芹沢自身、まさか、このような場所で、出逢うとは思ってもいなかったのだ。
ずっと殺気を漂わせ、探っていたのである。
そんな芹沢に対しても、沖田の対応は変わらない。
愛嬌を振りまいているだけだ。
「久しぶりに、友達に会いに」
「友達?」
さらに、目を細めた。
真意を見極めるために。
「えぇ。地方にいた友達です」
研ぎ澄まされた視線に対し、一段と愛嬌を醸し出している。
「……友達か」
(半妖を、平然と友達と呼ぶのか。さっぱりわからん男だ)
「えぇ。友達です」
はっきりと、即答した。
「芹沢さんは、どうして、このようなところに?」
近くに、遊郭や酒を飲むところなんてない場所だったからだ。
「どんなところか、見に来ただけだ」
「そうなんですか」
先ほどから、芹沢から放つオーラが変わっていた。
けれど、身構えることも、怯えることもしていない。
ただ、微笑んで、受け流しているだけだった。
「身の潔白が、取れましたか?」
「そうだな」
「それは、よかった」
安堵の言葉を漏らしているが、その顔に不安な色がない。
沖田の言葉一つで、斬り捨てようとしていたのである。
それを察知しながら、何も行動に移していなかったのだった。
「久しぶりに、会うのか?」
「えぇ。こちらに来て、初めてですね。何せ、厳しいので」
「そうだな。厳しいからな、ここでは」
都で見世物小屋の取締りが、厳しい取締りの対象の上位に付けていた。
摘発されないように、見世物小屋は密かに場所を変えながら、営業していたのである。
一箇所に止まっていないために、リキも苦労し、場所を突き止めたのだった。
「でも、無理があると、思うんですよね? 今の現状では」
都と地方の現状を比べ、思っていたことを吐いた。
「だな。それが上の連中は、見えていない」
「えぇ、そうですね。いつまで持つのでしょうか」
やれやれですねと、首を竦めている。
「わからんな」
「そうなんですか」
微笑みを絶やさないまま、今度は芹沢を見据えている。
その顔は、意外と描かれていた。
「俺は、預言者ではないぞ」
「ですね。芹沢さんなら、見当ぐらいできるかなって」
微笑んでいる奥に、探るような眼差しを注いでいた。
だが、相手は、何も読み取られないようにしている。
(さすが、芹沢隊長だな。読めない。この人は、一体何がしたいんだろうか?)
「できるか、そんなこと。一年後に潰れるか、数年後に、潰れるか、それか、どうにか持ち堪えるか、なんてわかる訳ないだろう? お前は、わかるのか?」
挑戦的な眼差しを、芹沢が投げかけてきた。
間を置かず、即答で答える。
「いいえ。ただ、危ないってことだけですね」
「俺も、そんなもんだ」
ふてぶてしい表情から、やや真剣みが帯びてくる。
「友達がいる環境、悪いぞ」
僅かに、微笑みに変化が現れた。
表情を変えたなと、芹沢がほくそ笑む。
「俺からの助言だ」
「……ありがとうございます」
「俺と、喋っていると、友達と会う時間も、少なくなるだろうから、もう俺は行く」
沖田が来た場所へ、歩いていく芹沢。
それを見届けることなく、見世物小屋となっている廃墟ビルへと向かい、歩きだしていた。
芹沢が言った通りに、友達と過ごす時間が、短くなってしまっていたのである。
誰にも気づかれず、見世物小屋に入っていく。
今日の興行を終えたようで、各々が自由にしていたのである。
知らない半妖の姿を、ちらほら視界に捉えていた。
(ここには友達がいないかな? 久しぶりに会いたいのにな……)
そんな中、気配を消し、奥へと進んでいく。
半妖の多くは、普通の人間に比べ、敏感で、人の気配を察知することに、長けていたのだった。そのために気配を消し、友達を探し回っていたのだ。
懐かしい気配に気づき、口元が緩む。
迷うことなく、一つの部屋の扉を開けた。
部屋で、佇んでいた二つの影が、突如開かれる扉に、驚愕している。
「久しぶり」
場の空気を読まず、元気な声で発した。
軽快に、簡素な部屋へ足を進めていく。
「「……」」
二人の半妖がフリーズし、動けない。
少し遅れる形で、男の半妖が、まだ動けない女の半妖を庇う。
その間も、ニコニコと微笑んだままだ。
「「……」」
警戒している二人に、首を傾げている。
二人をよそに、勝手に話を始めてしまう。
「リズと聖だったんだね。ここにいたのは」
何となく気配を察知した瞬間、リズと聖だと、見当がついていたのだった。
金色に輝く瞳と、耳が長いなどの特徴があるのがリズだ。
彼女は、この辺でも見たことがないぐらいに美しかった。それに対し、リズを守っている聖は、身体全体が、剛毛で埋もれていたのである。
「「……」」
自分たちの名前を言い当てられ、さらに瞠目していた。
二人の半妖が食い入るように、愛嬌を振りまく沖田を凝視している。
「わからない?」
「……」
「……ソウちゃん?」
躊躇いがちに、リズがか細く声で尋ねた。
「正解」
ニコッと、微笑んだ。
警戒していた聖が、緊張の糸を解いたのだった。
「ソウか。急に来るな。それに気配を消すな。びっくりするだろう」
「そんなに、一度に怒らないでよ。聖」
ブスッとしている聖。
「聖。許してあげて」
機嫌が悪い聖に、優しい声音をかけた。
「……しょうがない。リズに免じて、許す」
リズの一言によって、いつも許していた。
(変わらないな。二人とも)
「ありがとう。リズ、相変わらず、綺麗だね」
「ありがとう、ソウちゃん。ソウちゃんも、一段と格好よくなったね」
「そう?」
小さく、首を傾げてみせる。
「うん。以前より、子供っぽさが抜けて、わからなかった」
「以前よりってことは、まだ残っているんだ」
クスッと、小さくリズが笑っている。
憂いのないリズに、心底ホッと胸を撫で下ろしていた。
「気配消して、脅かすところが、子供なんだよ」
余計な一言を漏らした。
それを見逃さない沖田。
「楽しいのに。聖も、やれば?」
首を傾げてみせた。
「やっても、お前は気づくだろう」
昔、何度も、気配を消して、脅かそうと試みたが、失敗したのだった。
やるたびに、気配を悟られ、逆に脅かされていたのである。
「だって、聖が下手過ぎるんだもん」
可愛らしく、口を尖らせた。
「下手ってな。お前が鋭過ぎるんだ」
ムッとした聖が、体格のいい身体で、詰め寄っていく。
その構図は、まるで襲っているかのようでもあった。
でも、沖田の方が、断然強かった。
勿論、聖も、沖田の強さを、把握していたのである。
じゃれ合っている二人を目にし、懐かしそうに、リズがその様子を眺めていた。
地方で一緒にいた時に、こうしていつも遊んでいたのだった。
しばらく、じゃれ合っているのに飽きたので、聖をするりと交わし、問いかける。
どこか、物足りない顔を聖が滲ませる。
「ところで、ここには二人だけ?」
「いや。ククリがいる」
じっと、動かないでいるリズの隣に戻って、聖が答えた。
影を覗かせるリズ。
そんな姿に、僅かに聖が顔を歪ませる。
身体が弱いリズのために、常に聖が守っているのだ。
「三人だけなの?」
「ああ。団長が変わって、他のところに、みんな移されたんだ」
「移された……」
寂しそうにしているリズに成り代わり、聖が置かれている現状を語った。
沖田の友達が、ここの見世物小屋に、六人ほど在籍していたが、団長が病気で亡くなってから、新しく団長になった人物によって、見世物小屋の出入りが、激しくなったと教えたのである。
「他の三人は、どこの小屋に?」
「知らないの」
囁くように、リズが口にした。
「知らない?」
「突然、いなくなったんだ」
聖が、リズの話に付け加えた。
「突然?」
団長に呼ばれ、その後に戻ってこなかったと話した。
その後の事を聞いても、他の小屋に移ったとしか言われないで、それ以上の事を聞こうとすると、罰を与えられていたのである。新しい子も連れてこられたりするが、すぐに別な小屋に移されたりして、居なくなることもたびたびあったと語った。
「面倒を見たり、しているから、いなくなると、少し寂しい。昔はアットホームな感じでよかったけど。今は……ちょっとね」
儚げに、リズが俯く。
妖精のような艶麗があった。
地方いる半妖たちは、売られたり、強制的に、見世物小屋に連れてこられたりしていたが、中には自分たちから、見世物小屋に入る者もいたのだった。
リズたちも、自分たちから、見世物小屋に入った者たちだった。
「そうか。それは大変だね」
「ソウ。今は、何をやっているんだ?」
辛気臭い話題を変えようと、聖が話を振った。
「深泉組」
また、フリーズする二人。
そんな二人を垣間見て、口角を上げていた。
都に来る以上、ある程度の知識を持っていたのである。
深泉組は、落ちこぼれ集団と呼ばれているが、自分たちを摘発する、警邏軍の一つだと把握していたのだった。
まさか、その深泉組に、入っているとは思ってもみなかったのだ。
「大丈夫。摘発なんてしないから」
「「……」」
「部署が、違うから」
「でも……」
金色の瞳が、揺れ動いている。
都で、特殊組が見世物小屋の摘発に、躍起になっていることを、当人たちはひしひしと感じていた。
「大丈夫だよ」
安心させるような眼差しを注ぐ。
ようやく、聖が強張っていた肩を和らげた。
「昔から、何考えるか、わからないやつだったもんな」
「褒められちゃった」
てへと、愛嬌たっぷりに笑う。
ジト目で、聖が睨む。
「褒めてない」
「本当に、いいの?」
どこか、まだ不安げなリズ。
「いいの。気にしない。ところで、食べ物、食べている?」
ほっそりしている二人が、気になっていた。
体格のいい聖の身体に、ハリつやなどがない。
リズの方は、ますます儚げな感じになっていたのである。
「……あまり貰えない」
ボソッと、決まり悪そうに漏らした。
「聖」
窘めようとするリズ。
「しょうがないだろう」
「でも……」
友達の沖田に、迷惑をかけたくなかったのだ。
まして、深泉組にいるのに。
「もしかして、ククリが、食料を調達に走っているの?」
「ああ。俺たちと違って、見た目が、人に近いからな」
腕や足、身体の一部分に、鱗のようなものがあるだけで、そこを隠せば、見た目が普通の人間と、変わらなかったのである。
「特殊組に、気をつけて」
「わかっている」
「ククリのことだから、目立つだろうから」
「ああ。気をつけるように、言っている」
どこか、悔しげな顔を、聖が滲ませている。
(自分が行きたいんだろうな。でも、見た目があれだから、しょうがないと。渋々、ククリに頼んでいるんだろうな。ククリは、ククリで、みんなの助けになりたいと、意気込んでいるんだろうな。昔と変わらないね)
ポケットなどに、食べ物が入っていないか、触って確かめた。
いくつのかのお菓子を取り出し、二人の前に差し出す。
「これ、食べて」
「ありがとう。ソウちゃん」
「すまない。ソウ」
聖は自分では食べず、弱っているリズに渡した。
「私は、この前食べたから、聖が食べて」
「何いっている。俺は大丈夫な」
「二人とも食べて。ククリの分や、みんなのものを含めて、後で持ってくるから」
「でも……」
紙に包まれたチョコを取り出し、瞳を彷徨わせているリズの目の前に、出したのだった。
有無を言わせない顔をしてみせた。
「食べて」
「……ありがとう。ソウちゃん」
ようやく、二人が食べ物を口にした。
食べ終わるのを待って、沖田の口が開く。
「明日、牡丹通りに来て。僕ではないけど、僕の代わりが、食べ物を渡すから」
「代わりって?」
不安顔の二人。
「ここを見つけてくれた子。リキって言うから」
「「リキ?」」
「だから、ククリに伝えてくれる?」
少し、聖が逡巡する。
「わかった」
「後、どれぐらい、都にいられそう?」
「三週間ぐらいかな」
リズが答えた。
「わかった。後のことは、任せて」
「ありがとう」
「すまない」
早々に、ここから切り上げる沖田だった。
読んでいただき、ありがとうございます。




