閑話(4)
第57話の後の話です。
薬の摘発の仕事で、深泉組は待機となっている。
事実上の謹慎処分を受けていたのだ。
その間、小栗指揮官と共に連日、上層部に頭を下げる行脚を続いていた近藤であった。
芹沢と新見も、参加のはずだったが、雲隠れし、姿を眩ませていたのである。
小栗指揮官が会議に出席する時間になったため、お詫び行脚が一端中止となり、近藤が警邏軍にある、とある会議室に訪れていた。
ドアの前に、空室と言うプレートが掛けられている。
何の躊躇いもなく、部屋に入ってしまった。
部屋では、すでにかつての同僚である八神伊槻が待っていたのだ。
小栗指揮官と廻っている際、八神が密かにコンタクトを送っていたのである。
呼び出され、素直にそれに応じる形となった。
「すまない」
開口一番、珍しく八神の方から口を開いた。
普段は無口で、必要最低限しか、喋らない男だったのだ。
僅かに瞠目し、クスッと近藤から笑みが零れている。
「気にするな」
銃器組に所属している八神にとってみれば、すべての責任を深泉組に押し付けたようで、申し訳ないと思っており、それを詫びるために、密かに呼び出したのだった。
かつては芹沢班で、共に切磋琢磨していた仲間だった。
所属が変わっても、親交は変わらなかったが、警邏軍の上層部や、銃器組の上司たちが、それをよしとしなかったのである。
かつての上司である芹沢や、同僚の近藤と、接触するのを禁じていたのだった。
そのため、逢う時は細心の注意を払い、逢っていたのだ。
「だが、迷惑をかけたのは事実だ」
真摯な眼差しを注いでいる八神。
その双眸に、沈痛が滲み出ている。
(本当に気にすることないのに。人一倍、責任感が強い男だからな)
「責任のすべてを、深泉組にかぶせて……」
降ろされている拳を、ギュッと握り締めている。
「私たちがしたことだ」
あっけらかんとしている近藤だった。
「元をただせば、銃器組がする仕事だったはずだ。俺たちがバカバカしい人捜しをしていたせいで……」
苦渋に歪めた表情を、八神が覗かせている。
(八神にとって、あの仕事は苦痛でしかなかっただろうに)
深泉組を抜かした警邏軍総出で、徳川宗家の家臣や、上層部の子息息女を捜していたために、都で蔓延している薬の摘発が後回しになっていたのである。
まさか、それに行方不明となっていた子息息女が、関係していたとは知らず、そのすべての捜査と、摘発の仕事を、深泉組に押し付けてしまったのだった。そして、多くの行方不明となっている子息息女たちが、摘発によって、死亡することとなってしまったのだ。
その責任のすべてを、落ちこぼれの集団と揶揄される深泉組に、押し付けてしまったのである。
「八神たちは、関係ないだろう? 私たちの判断で、してしまったことなのだから」
「だが、想定以上に多くの人員がいて、しょうがなかったにもかかわらず、謹慎処分はないだろう? 自分がその立場だったら、部下のことを考え、同じ決断をしていたはずだ。それなのに、すべての責任を押し付けるなんて……」
悔しげに、唇を噛み締めている。
深泉組を潰したい上層部のやり方に、八神は気に入らない。
この問題を押し付け、深泉組を潰そうとしている上層部がいたのである。
それを阻止するために、小栗指揮官が近藤を伴って、お詫び行脚を行っていたのだった。
かつての芹沢の部下たちが、躍起に動き回って、芹沢と近藤の窮地を救おうとしていたのだ。
彼らが何も言わずとも、近藤は彼らがしていることを見抜いていた。
だからこそ、かつての仲間に感謝してこそ、不満なんてなかったのである。
どんな結果になろうとも。
「いや。自分たちのせいだ。人員を甘く見積もっていた。だから、こんな結果になってしまったんだ。だから、八神が気にすることじゃない」
「だが……。すまん、近藤一人に。芹沢班長のことを頼んで」
何でもないと言う顔を、近藤が滲ませていた。
さらに、痛ましく顔を歪めている八神。
不意に、近藤が遠くに視線を巡らせている。
(八神のこと、落ち込ませてしまったか……。私一人だけじゃ無理だ。こんな時、清河がいれば……)
「……当たり前のことだろう? 禁じられている八神たちと違って、所属が同じなのだから。ただ、私の力不足のせいで、何もできないが」
銃器組にいるかつての同僚たちは、近藤にすべてを押し付けているようで、誰も申し訳ないと抱いていたのである。
自分たちの立場を、疎ましく思う時さえあったのだ。
「それに、芹沢班長にも、会いに来るなと命じられているのだろう」
近藤の指摘に、悔しげに震えていた身体が止まった。
律儀に多くの芹沢の部下たちが逢うことを控えていたのである。
その裏で多くのことをもみ消したり、近藤に情報を流したりしていたのだった。
「……。だが、逢って、自分たちも諫めるべきだ」
後悔に滲ませた声音だった
「班長の命は、絶対だ」
フリーズする八神。
当時、芹沢の命令が絶対だった。
その禁を犯す者が、一人もいなかったのである。
忠実に、芹沢の命に従っていたのだ。
か細い声で、八神の口が開く。
「近藤」
「何とかなる」
口角を上げ、笑ってみせる近藤だ。
視界を捉えているのが、辛くなり、近藤から視線を外す。
「……こんなところにいるもんじゃないな。さっさと、あの時にやめておくんだった……」
芹沢が銃器組七番隊から深泉組に移る際に、やめるべきだったと思いを侍らせていた。
だが、それを制したのは芹沢であり、かつての同僚たちだった。
唇を噛み締めている顔を伏せている。
「やめて、どうなる?」
弱々しく、うな垂れていた顔を上げた。
「芹沢班長と、同じことを言うんだな」
「……」
「芹沢班長にも、同じことを言われたよ。俺が、どこにいようとも関係ない。だから、続けろって」
「……そうか」
辛うじて、近藤が返事を返した。
顔を暗くしている近藤に気づかない。
淡々とした声音で、溜まっている気持ちを吐き出す。
「部下に仕事を放棄させ、自分たちの利益を優先する上司に、何の魅力がある?」
自虐的な笑いしか出てこない。
「いくら仕事をさせろと言っても、人捜しが優先だと、命じてくるバカな上司だぞ」
進言しても、命が撤回されることがなかった。
上司からの命令だからと、血反吐を吐く思いで、命令に従い、人捜しを行っていたのである。
その結果が、これだ。
崇拝している芹沢や、かつての仲間の近藤に迷惑をかけることだった。
「随分と、銃器組も変わってしまったんだな」
「ああ。今は徳川宗家の家臣の機嫌取りだ」
僅かに顔を歪め、吐き捨てた。
「そこまで深刻なのか?」
「どこの派閥がいいのか、そればかりだ」
「……」
「バカげているだろう? こんなことをしている上層部に。都の外は、大荒れだと言うのに、権力争いをしているんだからな」
何もかける言葉が見つからない。
深泉組に所属していなかったら、自分もそうした渦に巻き込まれていたかもなと、巡らせていたのだった。
「上の人間は、見ていない。いや、見ようとしないでいるんだろうな」
「……。権力争いに、メドは立ちそうなのか?」
「無理だろう。当分、続くと見るべきだ」
虚ろな眼差しを、八神が注いでいた。
「そうか。ところでいいのか? こんなに時間を空けていると、怪しまれぞ」
「構わない。かつての仲間に迷惑をかけたのだから、頭を下げていたと告げるさ」
「八神」
窘めるように呼び掛けた。
「これくらい、好きに言わせろ」
「……。清河に続いて、上を目指せ」
突拍子もない助言に、眉を潜めている。
「俺は、これでいい」
「いける人間なんだ。そして、あり方を変えてくれ」
懇願するような顔を、近藤が覗かせていた。
「……近藤」
「頼む。やめないで、上を目指してくれ」
「……考えておく」
近藤の頼みを、むげに断れない。
だが、素直に応じられなかったのだ。
「ありがとう」
読んでいただき、ありがとうございます。




