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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第3章  自負 後編
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閑話(3)

第57話の後の話です。

 摘発の仕事を終えた後、深泉組は部屋で待機するように、上から命じられていたのである。

 仕事がなくなった隊員は、各々で暇を潰していたのだった。


 連日のように、隊長の近藤は小栗指揮官と共に、上層部の元へ足を運んでいる。

 勿論、芹沢や新見も呼ばれているが、待機部屋に顔をみせない。

 雲隠れしているのだ。


 真剣な眼差しで、千葉と三浦が、いつものように昇進試験の勉強に励んでいる。

 そこへ、銃器組との話を終えた土方が戻ってきた。

 真っ先に、千葉と三浦に視線を巡らせる。

 二人を見た途端、怪訝な表情を滲ませていたのだ。


「千葉、三浦。私のところへ」

 呼ばれた二人が、顔を強張らせていた。

 互いに、ひそひそと喋っている。

「……」

 二人の名前で連想するのは、先日の摘発の仕事で、早く脱落したことだろうと話し込んでいたのである。


 消沈している面差しに、緩慢とした動きだった。

 そして、顰め面の土方のところへ行く。

 自分の席についていた土方が見上げる形で、暗い二人を視界に捉えていた。

 不愛想な顔つきだ。


 開口一番、土方が口を開く。

「呼んだ理由は、わかっているな」

「「はい」」

「なら、何で稽古をしない」

「「……」」

 咎めるような眼差しを注ぐ。


 視線で、どちらが先に言うか、牽制し合っていた。

 そんな態度に、ますます苛立ちを募らせていった。

「すぐ答えられないのか!」

 声を張り上げられ、瞠目している。

「何だ、あの失態は!」

 部屋中に、土方の声が響いていた。


 芹沢隊や新見隊からは、不快な視線を傾けられているが、気にしない。

 そのまま、二人への叱責をやめない。

 近藤隊では、いつものが始まったと言う感じで、傍観姿勢を貫いている。




 沖田、井上、毛利、水沢といったメンツで、お茶をすることが多くなって、いつものように四人で固まって、まったりとしていたのだった。

 毛利と水沢が、二人と同じ班と言うこともあり、憐みの視線を投げかけている。


「今回は、大変でしたからね……」

 お茶を飲みながら、摘発の仕事の際の厳しさを井上が漏らした。

 原田班や永倉班が、先頭に立っていたからである。

「ですね。私も、ばてそうでしたから」

 相槌を打つ毛利。

 そして、お茶を飲んだ。


「だが、早々に音を上げていたからな、千葉は」

 当時のことを振り返って、思い出している水沢である。

 体力がない千葉は、早々に体力を使い果てし、摘発の仕事から、リタイヤしていたのだった。それをカバーしていたのが、同じメンバーの藤川と水沢だった。


「三浦さんも、リタイヤはしませんでしたけど、何度もやられそうになっていましたね。甲斐さんが、しっかりとカバーしていたおかげで、大事にはなりませんでしたけど」

 みんな無事でよかったと言う顔を、毛利が覗かせている。

「しょうがないですね、二人も。稽古サボりがちですから」

 首を竦めている井上。


 稽古の時間は、隙を見計らって、二人はサボっていたのである。

 それも、昇進試験のために。

 千葉たちとは年齢が近かったが、昇進試験に対して興味がなかったので、距離があったのだ。


「どうして、勉強しているんでしょうか?」

 愛らしく首を傾げる沖田に、井上が二人のことを聞かせる。

「昇進試験、頑張っているんですよ」

「昇進試験?」

「二人とも、なかなか昇進試験に、通らないんですよ」

 井上の話に、毛利と水沢が苦笑していた。


 昇進試験に、深泉組の隊員は受けさせて貰えない上に、落とされる可能性が高いのだ。

 それでも、深泉組から抜け出したい二人は、トップで試験を突破しようと、躍起になっていたのである。

 トップに近い点数となれば、否応なく、昇進できるだろうと目論んでいたのだった。


「そんなに深泉組が、いやなんですか? 僕は好きなんですけどね、ここが」

 さらに苦笑する三人。


 のん気に四人で喋っているうちに、土方の説教が終わって、自分たちの席に戻っていくところだった。

 曇よりとしている二人を気遣い、毛利が自分たちのところに呼び寄せる。

「大丈夫ですか、三浦さん、千葉さん」

「「……」」

 肩を落とし、暗い二人。

 酷く説教を受けていたのである。


「とりあえず、これを飲んでください」

 話しながらも、器用に二人のお茶を用意してあげた。

「サボるからだ」

 これまでの行動を窘める水沢。


「「……」」

「昇進試験の勉強も、大切ですが、与えられた仕事も、頑張らないと」

 諭すように、井上が声をかけた。

「「……」」

「午後から土方副隊長、直々の稽古があるみたいですね」

 さらに、沖田の追い討ちに、ガックリと落ち込む。

 三人とお喋りしながらも、しっかりと土方の話も聞いていた。


「羨ましいです。僕も直々に手合わせ、して貰いたいです」

「厳しいですよ。副隊長は」

 微笑ましい顔を覗かせながら、毛利が突っ込んだ。

「楽しいと、思うのですが?」

「それ、沖田さんぐらいです」


「さすがに副隊長との稽古は、俺はいやだな」

 土方の稽古を思い出し、水沢が渋面している。

 とても厳しい稽古と、揶揄されていたのだ。

「「私もです」」

 水沢の意見に、同意する井上と毛利だった。


 荒事が好きな原田や永倉が逃げ出すほどだ。

 チラリと、黙っていた三浦が沖田の顔色を窺う。


「何ですか?」

「あっ、いえ……」

 唐突に話しかけられ、狼狽えてしまう。


「聞きたいことがあるなら、聞いた方がいいですよ。沖田さんは、何でも答えてくれますから」

 ニコニコと、毛利が助け舟を出した。

 瞳を彷徨わせた後、意を決したように顔を沖田に傾ける。

「どんな勉強をしているんですか?」

「勉強ですか?」

 首を傾げ、逡巡してみせた。


「はい。どんな勉強して、S級ライセンスに合格したのかと」

 必死な眼差しを注いでいる。

 藁にも縋る気持ちだった。

「そうですね……。改まって勉強はしていないですね」

「「「「「えっ」」」」」


「たまたま道を歩いていた際に、S級ライセンスの申込用紙を見かけ、何となく受けたら、受かっちゃったものですから」

 愕然としている面々。

 そこから一番早く脱したのが毛利だった。


(これは沖田さんに振らなければ、よかったパターンですね。三浦さんも、千葉さんも、灰になっちゃっていますね。それに井上さんも、水沢さんも、乾いた笑いしか出ていませんね。さすが沖田さんって感じです)


「あんまり気張らないで、リラックスして、受けるといいと思いますよ」

 立ち直れない二人に、アドバイスする沖田。

「沖田さん。全然、勉強はしなかったんですか?」

 ふと思ったことを、毛利が口に出した。


「えぇ。遊んでいましたね。試験当日も、その日が試験だと言うことを忘れて、ギリギリで会場に行ったぐらいです」

「さすが沖田さん。随分と、リラックスしていたんですね」

「そうですね。光之助が気づいていなかったら、S級ライセンスに、合格していなかったですね」

 ようやく回復した二人が、嫉妬が混じる眼差しで、愛嬌たっぷりに微笑んでいる沖田を睨んでいる。


「S級ライセンスに関係なく、勉強はしていなかったんですか?」

 興味津々といった顔を覗かせる井上が、話に割り込んできた。

「地方を転々としていたこともあり、学校に行ったことがないですね。自宅で本を読んでいた程度ですね」

「それだけで、合格するんだな」

 感心している水沢だった。


 眼光鋭く睨んでいる二人に、気を止めることもなく、ニッコリと沖田が顔を傾けた。

「教えましょうか?」

「「結構です」」

 千葉と三浦は、同時にムスッとした顔で立ち上がり、自分たちに席に戻っていった。


「何で、怒っているのでしょうか」

 首を傾げ、戻っていく二人を眺めている沖田だった。




 少し、離れたところで傍観していた島田が、しまった、人選を間違ったかと悔やんでいたのだった。

 まさか、ここまで頭がいいとは思わなかったのである。


「これまで以上に、のめり込みそうだな」

 大きく嘆息を漏らす。




 午後になり、土方による千葉と三浦との直々の稽古が始まったのである。

 同じ班である水沢や毛利も、二人に付き合うことにし、暇を持て余していた沖田も付き合うことにし、道場で汗を流していたのだった。


 土方が千葉と三浦を相手にし、沖田が水沢と毛利を相手にしていたのだ。

 リラックスしている沖田は、全然汗を流していない。

 僅かに息を切らしている水沢と毛利の方が、額に汗を滲ませている。


「少し、休みますか?」

 余裕を窺わせる沖田。

「「お願いします」」


 持参したタオルで顔を拭いたり、持ってきた水分で、補給している二人。

 不意に、沖田が土方たちのところへ視線を巡らせる。

 少し離れた場所で、厳しい土方が、二人を徹底的に痛めつけていたのだ。


(さすが厳しいな。あの二人、意識が朦朧としているんじゃないのかな)


 何度も、床に倒れる二人。

「立て! 千葉、三浦」

 起き上がる気配のない二人を見下しながら、叱咤した。

 そんな動作を何度も繰り返していたのだ。


「まだ、終わっていないぞ」

 眼光鋭く、息絶え絶えの二人を見据えている。


(これで音を上げるなんて。どれだけ稽古不足なんだ)


 立ちそうもない二人を、無理やりに立たせる。

 ふらつく足で、軸が定まらない二人だった。

 二人の焦点も、合っていない状況だ。


 息が戻ってきた水沢がぼやく。

「立っているのが、精いっぱいだな」

「ですね。ずっと、稽古サボっていましたから」

 可哀想な視線を、投げかけている毛利。


「意識を変えるより、逆行しなければいいが……」

 二人の様子を気に掛けた島田が、姿を現していたのだった。

「そうですね。あれでは、稽古嫌いになるかもしれないですね」

 苦笑している沖田だった。


「ところで、水沢と毛利は、沖田にいい稽古つけて貰ったのか?」

「いいアドバイスを貰いましたよ」

「私もです。気づかない欠点を教えて貰いました」

 ニコッと、微笑む毛利だった。


「それはよかった。で、問題は、あの二人だな」

「どうすれば、まともに稽古に精進するだろうな」

 ボロボロの二人に、視線を傾けながら、島田が嘆いていた。

 大切な部下を、失いたくはないからだ。

 嘆息を島田が漏らしていると、道場に血相を変えた井上が飛び込んできたのだった。


「た、た、大変です」

 慌てている井上の様子に、二人に稽古していた手が止まる。

「どうした? 井上」

 眉間にしわを寄せながら、問いかけた。

 稽古が止まったことに、うっすらと笑って、倒れ込む二人。


「ほ、本部のコンピューターが……」

 島田を含め、水沢と毛利の顔が困惑気味だ。

 ただ一人、沖田だけが、ニコニコとした顔を覗かせている。


「コンピューターが、どうした?」

「ダウンしました」

「はぁ?」

 フリーズする土方。


「どういう訳が、一斉に使えなくなってしまって、みんな大慌てです」

「うちもか?」

「いえ。深泉組は別のコンピューターなので、大丈夫です。でも、他の組が……」

「わかった。すぐに待機部屋に行く」

「はい」


 険しい表情の土方の一言によって、水沢たちが瞬く間に片づけていく。

 不愛想な土方が、ニコニコしている沖田の前を通り過ぎようとした際、沖田が穏やかな声音で話しかけた。

「大丈夫ですか、肩のケガ? 終わりにするんでしたら、冷やしておいた方が」

「……大丈夫だ」


(まさか、お前が、何か仕掛けたのか?)


 食い入るように土方が睨む。

 怖気ることもなく、ただ、微笑みながら受け流していた。


(兄さんが悪いんだよ? 僕に隠すから)


「そうですか」

 愛嬌たっぷりに、笑顔を振りまいている。

 目を細め、凝視している土方。

「……」


 黙ったまま、沖田の前を立ち去ってしまった。

 その後を追うように、井上や水沢たちが出て行った。




 道場に残っていたのは、倒れている二人に、沖田と島田の二人だった。

「沖田も気づいていたか? ケガのこと」

「えぇ。気づかれないように、していたみたいですけど、逆にそれが」

「だな。でも、本人として、必死に隠していたいみたいだ」

「そうみたいですね」

 首を竦めている島田に、苦笑してみせた。


「だから、あまり触れてあげるな」

「はい。そうします」


 その後、土方により千葉と三浦の稽古が、連日のように厳しくつけられるのだった。

 それを沖田は羨ましそうに眺めていたのである。


読んでいただき、ありがとうございます。

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