第58話 リキを見舞う
廃墟ビルでの戦闘から、一週間以上の時が過ぎ、沖田が助け出したリキを見舞うために病院に訪れていたのである。
病院の関係者や、患者たちは端整のとれた愛嬌のある沖田に、誰もが見惚れていたのだった。
そんな煩わしい視線にも、いやな顔一つせずに、にこやかに応えていく。
目的の病室の前で立ち止まる。
相手の都合も考えず、ノックもせずに、ドアを開けた。
ベッドで大きな枕を背にし、リキは窓を眺めていたのだった。
窓際に以前来た時の花が、まだ飾られている。
「何しに、来たんだよ」
そっけない態度。
「具合は、どうかなって」
「回復しているよ」
「そう。それはよかった」
身寄りがなく、身の回りのものに困るだろうと、足を運んでいたのだ。
かかわりがないと、ほっとくこともできた。
でも、リキに対して興味を憶えたこともあって、時間があると足繁く通っていたのである。
「もう、何でも食べられるんでしょ? だから、これ」
持っていた袋を掲げる。
袋の中身はリンゴ、鯖サンド、肉サラダ、煮物などアンバランスな物が入っていたのだった。
中身を見て、眉間にしわを寄せる。
腰掛けて微笑んでいる沖田の顔を、凝視したのだった。
「何、この脈絡のない取り合わせは?」
「貰い物を、袋に詰めてきた」
「……」
周りからいろいろと貰い物をするので、頻繁に深泉組の隊員始め、光之助たちや近所にいる浮浪者たちにも配っていたが、配るのも大変なぐらいに、沖田の人気が凄く、部屋に置く場所もなくなるほど、食べ物や身の周りのもの、服などが送られていたのだった。
「心配しなくても、大丈夫だよ。まだ食べられるものばかり詰めてきたから」
愛嬌たっぷりに微笑んだ。
さぁ、食べて元気になってねと言う顔を滲ませていたのである。
「ソージ。どんだけ貰っているんだよ」
呆れ交じりの声を漏らしていた。
ソージとリキと、呼び合うぐらいの仲になっていたのだ。
首を傾げながら、素直に聞かれたことを思案する。
「……考えたことないな。一応、食料は食べきれないから、人にあげているけど、それでも残っているし……。でも、せっかくくれる物を返すのは失礼だし、可哀想だから、貰っちゃうんだけどね。そのせいか、部屋がいっぱいで片づかないんだ。光之助たちにも、整理しなよと小言を言われるんだけど、なかなか面倒で放置しちゃっているんだよね」
てへへと無邪気に笑う。
胡乱げな表情を、リキは隠せない。
(一体、どういう人生を歩んできたら、こういうやつになるんだ)
「……本当に食べられるんだろうな」
疑いの眼差しに変わっていた。
「大丈夫。どれも昨日の夕方や、朝貰った物を詰めたから」
安堵していいものかと、微妙な表情をするのだった。
ニコッとしたままの沖田。
鯖サンドをチョイスし、リキが一口齧った。
瞬く間に、顔が渋面する。
「毒でも、入っていた?」
可愛らしく首を傾げながら、沖田が尋ねた。
渋面したまま、咀嚼してからゴクリと飲み込んだ。
「……レモンが入っている」
スライスしたレモンが入っていた。
「嫌いなの?」
「……ああ」
「それは、大変」
テーブルにあるペットボトルの水を渡したのである。
素直に受け取り、ごくごくと口に残っているレモンのすっぱさを掻き消した。
けれど、まだ残っている気がし、落ち着かない。
何度も、舌を動かす。
そんな子供のような仕草に、クスッと笑う沖田だった。
「吐き捨てれば、いいのに」
「勿体ないだろう」
真面目な顔を傾けている。
「優しいね、リキは」
照れを隠すために、ふんとそっぽを向く。
ますます、リキが可愛くなっていった。
「そう言えば、もうじき退院だって?」
病室に訪れる前に、医師から退院の事を聞いていたのである。
「ああ」
ぶっきらぼうに、短く答えた。
その瞳は、まっすぐにリキを見据えている。
「随分と早いね。一応聞くけど、身寄りがないから、早く出て行けとか言われたの?」
若干、沖田の目が鋭くなっていた。
だが、そんな沖田に怯える様子もみせない。
ただ、飄々としていたのである。
「それもあるだろうけど、本当に身体が回復しつつあるんだ。医者のやつらも、驚いていたよ」
「そうなの。でも、言われたんだ……。僕、ちゃんと回復するまでは、ここで診てくださいねって、お願いしたのに」
僅かに目を見張った顔を覗かせる。
「そんなこと、言ったのかよ」
心外だなと言う顔をし、口を尖らせていた。
(きっと、こういう顔に、やられるんだろうな。災難なことで)
「言ったよ。十分回復していないのに、追い出す可能性もあるからね」
「確かに。どこも、同じだよな」
「でしょ?」
「考えてみれば、結構至れり尽くせりだったよ」
これまでの短い病室生活を思い返していた。
「そうなの?」
「医者じゃなく、看護士が」
「看護士の人にも、お願いしておいたから」
何でもないような顔をする沖田だった。
沖田にとっても、お願いするのは大したことではない。
ただ、願いを口にすれば、周りが聞き届けてくれるからだ。
「ありがとう」
「大したことしていないよ。でも、本当に身体が回復しているの?」
少し信じられない顔を、微笑みの中に滲ませている。
当初診察した際は、かなりの量を打たれことがわかり、危険視されていたのだ。
一生、薬が手放せない状況まで陥っていたのである。
けれど、現状は禁断症状が訪れるものの、その感覚が少なくなっていった。
そういった話を聞いていたので、もうしばらく入院した方がいいなと巡らせていたのだ。
自分の目で、自分の身体を見つめる。
「自分でも、だいぶいいのがわかる」
「そうなの」
曖昧な返事を返した。
こちらを気遣っている可能性を鑑みたのだ。
よくよく観察しても、そういった様子が全然ない。
(面白いなリキは。……それにしても、どうして、こんなに早く回復しているんだろう?)
「後、もう少しすれば、薬の影響も消える」
「普通は、消えないと思うけど?」
自分の身体を眺めていた瞳が、不可思議な顔を覗かせている沖田に傾ける。
思案している姿がおかしく、笑みが漏れてしまう。
(ソージって、こんな顔もするのか)
「そうだ。普通だったら、きっと廃人になっていたんじゃないかな。でも、どうして、俺がそんな状況に置かれながらも、そうならないのは、どうしてでしょうか」
いたずらげな問いを仕掛けた。
間を置かず、沖田が即答する。
「考えるのが面倒、答えを言って」
諦めが早い沖田に、半眼した。
「面白くないな、ソージは」
「早く、答えを教えて」
不満に思いつつ、有無を言わせない姿勢に首を竦めた。
「ねぇ、早く」
「俺の血の中に、半妖の血が流れているからだよ」
憂いもなく、堂々と胸を張って口にしていた。
誰もが、隠したがる事実を。
瞳をパチパチさせ、リキの全身を窺う。
けれど、どこにもそういった形跡がなかったし、医師からも半妖の形跡があったと報告を受けていなかったのである。
「半妖の跡がないって、思っているでしょ?」
素直に、沖田が頷いた。
驚かせたぞと、ニンマリが止まらない。
「俺の場合は、俺のじいちゃんのじいちゃんが、ハーフだが、クーウォーターだったんだよ。だから、見た目が普通の人とは変わらない。それに、それだけ血が薄くなると、めったに半妖の血が流れる子が生まれないらしい。俺のお袋は、普通の人だったから」
意外な内容に、驚愕しつつも、そういう可能性もあるのかと感心していた。
「リキが、生まれるまで出てこなかったの?」
「いや。俺のじいちゃんが半妖の血が濃く出て、俺と同じで、見た目は普通の人と変わらなかったけど、身体が強靭に強かったんだ」
「へぇ」
感心した声が漏れた。
(確かに、リキの言う通りかもしれない。ハーフとかクーウォーターしか見たことなかったからな。みんな身体のどこかが違っていたから、そうした概念が、こびりついていたのかも。なるほど、半妖の血が薄れると、見た目が普通の人と同じなのか。面白いこと、知ったな)
「だから、いろいろと、じいちゃんから、レクチャを受けていた」
「撃ったり、斬ったりしても、大丈夫?」
素直な疑問を口にした。
怪訝な顔して答えを示す。
「普通の人より、丈夫なだけで、死ぬからな」
沖田の顔に試してみたいと言う顔が、見え隠れしていたのだった。
「残念」
本当に諦めたのかと、疑念の視線を注いでいた。
真剣に自分を見ているリキの双眸に、徐々におかしくなっていく。
「しない。そんな目で、見ないでよ」
ちょっと拗ねた顔を窺わせたのだ。
「……わかった」
疑念を消し去った。
「ところで、そんな大切なこと、僕に打ち明けてよかったの?」
「じいちゃんには、決して誰にも喋るなって、口止めされていた。けど、ソージは俺の秘密喋らないだろう?」
「喋らない。後、報告もしないよ」
「だと思った」
不意に、思ったことを口にしている。
「じいちゃんも、母さんもいないの?」
「じいちゃんは数年前に死んだ。お袋は知らない。こんな俺を自分の子と認められずに、蒸発したから」
自分の過去を、何でもないような顔で打ち明ける。
金で請け負う仕事をいろいろとしてきたり、情報屋の仕事もしていたと語った。
(随分と、苦労していたんだリキは。半妖の血のおかけで、これまで危険なところまで陥っても死ななかった訳だ)
「いい金だと思ったら、あんなところだったなんて。ホント、あの時ほど、やになったことはないよ」
廃墟ビルに入った際のことを思い返し、辟易した顔を浮かべていたのである。
「大変だったね」
「ところで、ソージ」
まっすぐ屈託のない顔をしている沖田に、眼光を傾けた。
「ずっと、俺を情報屋として、雇わない?」
病室で、ずっと考えていたことを打ち明けた。
意識を戻し、沖田に助けられたことを知り、訪ねてくる沖田のことを見て、そして、何より自分に似ているところがある沖田自身に、興味があって、今後どうなるのか、自分の目で確かめたくなっていたのだった。そのため、自分ができる情報屋としてのスキルを生かし、傍らで見ていこうと決めたのである。
「どうして?」
「俺は、ソージを気に入った。俺とソージは、見た目が一切似ていないが、根本的なところは似ている。ソージといたら、面白そうな高見が見られそうで……。それじゃ、いけない?」
相手の顔色を窺っている。
何一つ表情を変えずに微笑んでいる。
「いや。でも、もしリキが危険に晒されても、助けないかもよ」
辛辣なことを言われても、リキの表情が変わらない。
それは予想していた解答だったからだ。
「いいさ。それが俺の運だったんだろうよ。でも、必死で足掻くけど」
「リキらしい、答えだね」
クスッと、笑っていた。
「だろう?」
「退院したら、うちに来てもいいよ。部屋ないんでしょ?」
「たまに、行かせて貰うよ」
「そう。たまにでいいんだ。だったら、いつでも好きな時に使って」
「そうさせて貰う」
ニコッと見つめ、嬉しそうに微笑む。
「早速、頼んでもいい?」
「何?」
「僕の友達を、捜してほしいんだ」
「友達?」
首を傾げる。
最初の依頼が、簡単な仕事なのかと瞠目していた。
もっと、大変な仕事を頼むかと思い込んでいたのである。
そんなリキの心情を無視し、淡々と仕事内容を話し始めたのだ。
「たぶん、どこかの見世物小屋にいると思うから、見世物小屋を探してほしいんだ」
「見世物小屋って……」
訝しげるリキに、クスクスと笑う。
(やった! リキが驚いた。さっき驚かせた、お返しだよ)
「僕の友達に、半妖の子がいるんだ。地方だと、結構多くいるんだよ」
「へぇー。こことは大違いだな」
「普通に道を歩いて、買い物もしているよ」
意外な話に驚愕しつつ、半妖と聞いても、忌み嫌わなかったことを把握したのだった。
普通、半妖と聞いただけで、侮蔑な眼差しを向けられていたのだ。
リキは都で生まれ、育ったので、地方の情報をあまり把握していない。
ただ、地方から逃れてくる人たちの話で、最近妖魔が頻繁に現れ、地方の状況がよくないと言うことを知っている程度だった。
「地方って、そんなに半妖が多いんだ」
「そう。父親の関係で、地方を転々としていたから、いろいろな半妖の友達が多いんだ。でも、都に来た時はびっくりした。半妖がいないんだもん」
「取締りがあるからな」
都が置かれている状況を口にした。
都は半妖に対し、寛容ではなかったのだ。
半妖に対する取締りが、厳しく敷かれていたのである。
そのために、半妖の血が流れていることを、家族でも漏らさないケースがあった。
「それ聞いて、ちょっと落ち込んだよ。友達に会えないって。都に来る時に、また友達と会えると思っていたから、余計に」
沈んでいる沖田に、そんなに落ち込むことかよと言う眼差しを傾ける。
「とりあえず、見世物小屋を探せばいいんだろう」
「うん。でも、特殊組に気をつけて」
(言われなくても、知っているよ。一応、俺の中にも半妖の血が流れているものでね)
「ああ。結構、厳しくやっているからな」
「そのせいで、まだ見つけられなかったんだ」
困惑している顔の沖田に、同じ仲間だろうがと心の中で突っ込んでいる。
「前に、何度か見かけたことがあるから、その辺から当たってみるよ」
伏せていた顔を上げ、待ちきれないと言う顔を漂わせていたのだった。
(そんなに、嬉しいことなのかね……)
「助かる。さすがに光之助たちに頼めないから、これは」
「だろうな」
随分と話し込んでいたことに気づき、そろそろと帰ろうと立ち上がった。
「じゃ、帰るよ。いつでも来てね」
「情報が入り次第、行くよ」
「楽しみにしてる」
病室を後にする沖田だった。
廃れた酒場の二階。
まだ朝だと言うのに、客がまばらにいた。
二階に上がってきた子供が、目当ての人を捜している。
窓際で佇んでいる客を、視界に捉えた。
「潤平さん。お酒持ってきたよ」
「おう」
潤平の前に、酒を置いた。
そそくさと用事を終えると、忙しい一階に戻っていったのだ。
読んでいた新聞を畳む。
「ソージがS級ライセンスに合格し、深泉組ね……。相変わらず、訳がわからんやつだよ、ソージは。でも、楽しくなりそうだな」
不敵に笑い、酒を飲むのだった。
読んでいただき、ありがとうございます。




