第56話 廃墟ビルにての摘発3
一番後方にいた近藤と土方が、地上に配備されていたあらかたの敵を、倒していったことを目視で確認していく。
二人の近くに、戦意を喪失している敵が捕縛され、おとなしく固まっていたのだった。
作戦としてはシンプルで、地上の敵を排除してから、廃墟ビルに突入し、すべての敵を鎮圧することになっていた。
島田班によって、負傷した者や、すでに戦いをやめている者を拘束していったのである。
彼らより、少し前にいる山南班が、完全に近い鎮静を図っていたのだ。
視線の先を巡らせれば、すでに息絶えている者も多く存在している。
動けない者に関しては、その場に放置する形を取っていたのだった。
ある程度、落ち着きを見計らったところで、静観していた土方が、隣にいる近藤に話しかける。
「予想より、多くの人員を集めていたようです」
「そのようなだ」
簡素に近藤が口にした。
集められた少年少女たちや、敵兵の数を、実際の数よりも下に見ていたのである。予測以上の人数に、近藤も土方も渋い表情を覗かせていたのだった。
「沖田より、先ほど報告がありましたが、救急隊に定刻よりも、即来るように命じておきました。まさか自分たちの部下たちに、薬を使ってくるとは思いませんでした。読みが甘く、申し訳ありませんでした」
軽く頭を下げる土方に、苦笑をする顔を傾けた。
「私も、そこまで読めなかった。気にするな」
「ですが、このような事態になったのは、私たちの不手際でしか………」
「トシ。私たちが踏み入ったら、こういう状況だったんだ」
揺るがない視線を注いでくる。
「……」
威圧していた顔を、ふと和ました。
「そう、小栗指揮官からも言われている。だから、気にすることはない」
「ですが……」
上からの叱責を受けるのは近藤であり、その立場に立たせることを申し訳なかったのだ。
居た溜まれずに、下ろしていた拳をギュッと握りしめる。
律儀な土方に首を竦めた。
「気にするな」
「……わかりました」
声をかけても、変わらない土方のために話を変える。
「薬の投与は、どれぐらいだと思う?」
「判断はつきませんが、残る者もいるかもしれません」
身体に薬の影響が出るほど、打たれている可能性があった。
眉を潜め、近藤が廃墟ビルに視線を傾ける。
「厄介だな」
「はい。死者の方も、かなりの数がいると思うので、そちらも厄介かと」
不快感を滲ませる近藤。
死者を出させないように、心掛ければいいだけだ。
だが、敵対する人数が多く、歯向かう者を切り捨てなければならない。
そんな状況に、二人が苦虫を潰していたのである。
「……私たちが怒られるだけだ。だが、薬の影響が残る方が大変だと思う」
「近藤隊長……」
敵にまで心を配る近藤の優しさに、頭が下がる土方であった。
不意に、自分が出る時間になったことに気づく。
「では、先に出ます」
「ああ。トシの裁量に任せる」
頭を下げ、土方が廃墟ビルに向かって、ゆっくりとした歩調で動き出したのだった。それを近藤が見定めていたのである。
遥か前方で、島田班の三浦が苦戦しているところを土方の視界に捉えた。
武力の伸びが悪い三浦に、思わず眉を潜める。
(この程度で苦戦してる。勉強ばかりしているから、こんなことになるんだ。甲斐のやつ、どういう鍛え方をしているんだ。これでは瞬く間に死んでしまうではないか)
完全に呼吸が乱れている三浦の元へ向かおうとすると、同じ班の有間と毛利が加勢に入っていった。
地上ではほぼ鎮静化していると言っても、気絶から蘇ったりしていた者が急に暴れ出したりして、安全とは限らなかったのである。
「大丈夫のようだな」
何気ない土方の呟きが漏れていた。
「もう少し、腕を磨くように言って置くよ」
「腕もそうだが、基礎体力がなっていない。まずそれをどうにかした方がいい」
顔を動かさずにいる土方の傍らに、飄々とした仕草で島田が来ていたのである。
周辺の様子を傍観している。
同じように、辺りを見渡している島田の口が開く。
「一応、走り込みをしろって言ってあるんだがな。どうも、そういった時間を勉強に回す傾向があるんだ」
以前から、勉強ばかりしないで身体を動かせと言っているにもかかわらず、身体を動かすことが苦手な三浦は、上司の言葉を聞かなかったことにし、勉強に打ち込んでいたのだった。
「あれじゃ、勉強しても、上に上がれないぞ」
「ああ。私もそう思うよ。技術面でばっさり切られるだろうね」
容赦のない二人。
「だったら、さっさとそれを言ってやれ」
「でもね、せっかくのやる気を失うのも可哀想で」
ぼりぼりと、島田が頭を掻いている。
「現実を突きつけないと、いつか死ぬぞ?」
「うん……。わかってはいるんだけどね……。少しは沖田を見習って、剣術に興味を持ってくれればいいと思ってはいたんだが、どうもさらに勉強に励むように、なっちゃってさ」
てへへと笑う島田に呆れるしかない。
ほぼ放置しているような状況じゃないかと、眉間にしわを寄せている。
S級ライセンスの試験同様に、階級試験も筆記試験が重要だが、技術面も重要視されていたのである。それを理解していたので、三浦の階級試験の合格はないと見込んでいたのだった。
「早く、軌道修正させろ」
隣にいる真剣みがない島田を、眼光鋭く睨む。
「……わかった。副隊長殿」
ようやく隣にいる島田を垣間見て、敵の返り血などで制服がすでに汚れていた。
そして、顔の右頬に切り傷があるのを双眸で捉える。
その傷から、まだ血が流れていたのだ。
「大丈夫か?」
「何が?」
首を傾げている島田に、視線で傷を促した。
「あー。これか」
自分の手で、傷の血を無造作に拭う。
その手に、ベッタリと血がついていたのだ。
そんなやり方に、思わず土方が渋面した。
「平気だろう」
「清潔な水で、洗い流せ」
「面倒だな」
「甲斐が大雑把過ぎる。後で救急隊が来るから、見て貰え」
「そうする」
「それで、状況はどうなっている?」
戦闘状況の確認する土方に、真面目な顔つきで応えていく。
「サノやシンパチのところが、先陣を切って突っ込んでいる。今頃は廃墟ビルの中で戦闘が行われている頃だろうな。斉藤さんのところは、中間よりも、先に進んでいるところかな。廃墟ビルに入るのに、もう少し時間が掛かるだろうな。先頭行く二つの班が雑だったからな。後方にいる山南さんのところと、私のところは予定通りって言う感じだろうな。ただ、薬の影響と、予測よりも人員がいると言うことで、こちら側がやや疲弊している」
冷静な分析を耳にし、土方が僅かだけ瞳を閉じ逡巡した。
他の班と、武力の差を比べると、どうしても山南班や島田班が劣っていたのだ。
「……先にいる二班に、援護は入れられない」
「私もそう思う。ただ、生存率が低いと見るべきだな」
「……」
厄介な面々の顔が、通り過ぎていく。
苦虫を潰したような顔をし、口をきつく結んでいた。
「常に、問題ばかり起こす」
思わず、本音がポロリと漏れてしまった。
「今回ばかりはしょうがないだろう。薬の影響もあるんだ。これで手加減していたら、こちら側がやられる」
置かれている状況を鑑みて、平然と島田が語った。
「そうだな。けど、甘い顔をするつもりがない」
「ああ。それでいいと思う。甘い顔をすれば、図に乗るからな」
図に乗る原田の光景が、土方の頭の中を掠めていた。
(罰を、しっかりと受けて貰う)
不敵に笑う土方を尻目に、さらに話を続ける。
「そのせいで、きっと斉藤さん辺りが、大変なんじゃないか?」
一切の迷いもなく、揺るがない姿勢でいる土方。
「大丈夫だ。沖田がいる」
自信のある眼差しに、島田が瞠目した。
(凄いと思うが、沖田一人を随分と高く評価しているな)
「随分と、信用しているんだな」
「……経歴を見ている」
ボソッと、土方が答えた。
「そうか」
何の疑念を起こらずに、素通りしていった。
これ以上、この話題に触れたくないので、すかさずに話題を切り替える。
「随分と、薬の影響とは言え、ご子息やご息女が戦っているな」
負傷し、おとなしく捕縛されている様子を窺っていたのだ。
土方の見立てでは、銃器組が捜している少年少女たちの大半が、戦いに参加せずに降参すると見ていたのである。そういった人たちが、戦いに参加していることによって、少々やり辛い面が生じていたのであった。
「ここにいた全員が、打たれていると、見るべきだな」
いやな顔をし、島田が口にした。
(何のために集めたんだ? こんなにあっさりと薬を打たせて、切り捨てるなんて。随分と、人の命を軽んじているなやつらだ)
感情に任せ、持っている柄に力が入る。
「壊すなよ」
土方の一言に、入っていた力が抜けた。
「助かった。減俸されるところだった」
「これ以上の厄介ごとは、ごめんだからな」
島田の口角が、大きく上がっていた。
二人の背後から、近藤が声を張り上げる。
「トシ、甲斐。できるだけ生かすように、順次拘束するように命じろ」
後方にいた近藤の目に、拘束を目的よりも、切り捨てることの方が多いように映ってきていたからである。
そのために、意識をもう一度改めさせるために命じたのだった。
命令を受け、島田が自分たちの班の元へ、先に足を動かしたのだ。
思っていた以上に、島田と話し込んでしまったと反省する。
「申し訳ありません」
「いや。それよりも、みなの意識を戻さないと」
「承知しました」
不意に、自分たち以上に、不安視している芹沢隊や新見隊のことが気になり始める。
「芹沢隊や、新見隊は、大丈夫でしょうか?」
「裏手は大丈夫だろう。どう見ても、戦力がこちらに傾けている様子だからな。芹沢隊は……、こうなった以上は、できるだけ殺さないように、祈るだけだ」
思わず、土方は芹沢たちが陣取ったところに、視線を馳せた。
(あの人の場合、神頼みしかないか)
「できるだけ、こちら側に戦力を回して貰って、生存率を上げたいが、薬の影響のことを考えると、難しいものがある。けれど、少しでも戦意がない者は気絶、または動けないようして、傷つけないようにしておくように」
「はい」
「抵抗する者は急所を外し、命だけは失わないように」
「はい。そのように、徹底させます」
「頼む」
近藤からの指示が終わると、島田から聞いた状況をつぶさに伝えた。
「そうか。山南班の様子を見てから、トシは原田班と永倉班に向かってくれ」
「はい」
「斉藤班は伝えなくても、その辺のことは大丈夫だろう。それに沖田もいる。安心して任せられるだろう」
「はい」
「私は、少し裏手近くを見回ってから、廃墟ビルに行く」
「承知しました」
真摯に近藤の命に従う。
二人はそれぞれに別れ、目的の場所に歩いていった。
読んでいただき、ありがとうございます。




