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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第1章  入隊
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第5話  借金に奔走する原田

 沖田と別れた井上は深泉組の部屋に戻ってきていた。部屋へ入ると、まだ事務三人組と原田との攻防が熾烈に行われていた。

 逃げ惑う事務三人組を執拗に追い回している。

 周囲のギャラリーはかかわり持たずに完全に無視を決め込んでいる。

「サノさん……」

 やっぱり続いていたかとがっくりとうな垂れてしまう。


 案内している間、原田が給料の前借を頼んでいるだろうと確信的な予測していた。

 しょうがないなと苦笑し、止まっていた足を動かし始めた。

「みっともないから、もうやめてください。サノさん」


 止めに入る声に三上たちや原田、無視していたギャラリーたちがいっせいに今まで部屋に姿がなかった井上に注目する。

 一緒にいたはずの沖田の姿がないことに乱暴に原田を押しのけ、三上が詰め寄っていく。それに続くように伊達やジュジュも助けに入ってくれた井上に突進していった。

「沖田さんは? どうしていないですか?」

 事務三人組はたじろぐ井上にずんずんと近づいていく。

 その迫力に飲み込まれ、周囲のギャラリーたちの目もどこだと威圧していた。


「じょ、上、上層部への挨拶回りです」

「上層部?」

 案内している最中に沖田が上層部への挨拶回りをしていなかったと言って、別れた経緯を語った。

その話に当分帰ってこないと落胆する三上たち。


 一番落ち込んでいる三上にうっかり余計なことを原田は零す。

「振られたな」

 楽し気に笑っている原田をギロッと睨む。

「他にも男は……」

 最後まで聞かずに三上は冷たい視線を注ぐ。

 そして、空気の読めない原田から立ち去った。


 そうとは知らずに原田は一人でしゃべっていた。

 三人の中でも一番三上が新人の沖田と話したいと願っていた。そのことを知っている伊達とジュジュはやっちゃったと言う顔で鈍感な原田に咎める視線を傾けていた。

「沙也ちゃん? どこに行っちゃったの?」

 成り行きを静観していた井上は呆れ顔で三上の姿を捜す原田を眺めている。


(どうしようもないな、この人は)


「自業自得です。前借は諦めてください」

 わかっていると拗ねる原田。

 何か思いついたような瞳に生気が漲っていった。

 嫌な予感を憶え、井上は後退りした。

 だが、机が邪魔して下がれない。


「幻三朗ちゃん」

「貸しません」

 きっぱりと断った。

 狙う対象者を三上から井上に乗り換えた。

 笑顔に豹変した瞬間に自分に標的が移ったことを悟ったのである。


「俺はまだ何も言っていないぞ」

 井上の即答に機嫌を悪くする。

「それぐらいわかります。ダメなものはダメです」

 すがるような視線にも動じない。

 諦めきれず甘えるような笑顔を振りまく。

「少しだけ? 幻三朗ちゃん」

「ダメです」

 揺るがない態度にダメだとスイッチを切り替えた。


 対象者を次に移行しようと新たな獲物を物色し始める。

 それを察知したかのように誰も原田と視線を合わせようとはしない。

 近くに永倉、藤堂の姿があるが同じように金欠なのを知っているので頼れなかった。そして、女ながらに体格がしっかりして付き合いが長い島田甲斐に視線が止まる。


「甲斐。頼む、貸してくれ」

「断る」

 即座に返した。

 化粧っ気がない顔で、懇願する原田を見下ろしていた。

 島田は原田同様に島田班の伍長と言う立場に立っていた。

「捨てる金はない」

「絶対に返す」

「無理だ」

「甲斐~」

 プライドも何もない。

 ただ、甘えるようにすがりつく。

 鬱陶しいとそんな原田をピシャリと叩き落した。

「諦めろ」

 終焉を迎えたような顔で、何もない天井を見上げる。

 煙草を吸いながら永倉が話しかける。

「だいたい階級が変わらない身分同士、貰っている金額だって大して変わらないのに貸せるかよ。考えれば、わかることだろう」

「それもそうか」

 がっくりと首を落とす。


 金策の道が閉ざされてしまった。

 深泉組に所属している隊員たちの階級は低い。隊長である近藤でも階級は曹長だった。原田自身、階級は一番下の兵士なのである。階級は下だったが、腕や統率力などが買われて近藤が伍長に指名した経緯があった。島田は一つ上の三曹長の階級を持っていた。だから、給料の差は大して変わらなかった。


「……」

 落胆の色が激しい。

 背中を丸めている姿を哀れに思い、励ますために揚々と島田は原田の背中を叩いた。

 すると、自慢のカールしてある長い髪がしなやかに揺れ動く。

「頼むなら、階級が上の者に頼め」

「そんなやつ、いないだろうが!」

 ギラギラとする眼光に島田は笑ってみせる。


「だから、素直に諦めろ」

「諦められるなら、とっくに諦めている。俺は諦めが悪いんだ」

「困ったものだな」

 笑っている近くで、伊達がポロリと余計な一言を漏らしてしまう。


「いる……」

 掠れた声を聞き逃さなかった。

 野獣の瞳はしまったと言う顔の伊達を捉えている。


 立ち尽くしている伊達の元に猛突進していく。

 逃がさないぞと言う目がすさましく恐ろしかった。


「雪美、本当か」

 興味のある島田たちも注目している。

 誰も似たり寄ったりの給料だと思っていたのだ。

 違っているとしても、それは微々たる違いしかないと思っていた。


「誰だ! 言え!」

「……」

 物凄い剣幕に圧倒され、言葉が紡げない。

 それほど鬼気迫るように迫っていた。

「雪美。吐け」

 原田の勢いに蹴落とされ、ジュジュも助けられない。


「……沖田か」

 野生溢れる原田の勘はズバリ当たっていた。


「どうなんだ。言え、吐け、出せ」

「……はい。沖田さんの給料は総務組の経理が管理しています」

 そそられる話に興味を持つ面々がずらりと勢揃いしていた。


「その話、俺たちも知りたいな」

「確かに。永倉の言うとおりだ」

 永倉と島田がニヤリと顔を近づける。


 逃げ場のない状況に給料のシステムを詳しく話した。

 それぞれに配属されている事務の人間が配給されている資金から給料などを算出している仕組みになっていたが、階級が少佐以上またはS級ライセンスを持っている者は総務組の経理の人間が算出する仕組みになっていた。そのために同じ総務組の人間でもそちら経由で算出されている給料の額を把握していなかった。


「なるほど、多く貰っている可能性があるのか」

「恐らくです。私たちも知りませんので……」

 不気味に原田の顔が微笑む。


 誰もが何を企んでいるのか察する。

「サノさん、やめてください。新人の沖田さんにたかるのは」

 必死に止めに掛かる井上の意見に原田といつもつるむ永倉も同意する。

「サノ、みっともないぞ。そんなことはやめろ」

 島田たちにも説得され、渋々たからないことを約束させられた。けれど、誰もがまだ不安の渦にいた。原田以外の人間は沖田のお金を無心しないかと疑いを拭えきれなかった。


読んでいただき、ありがとうございます。

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