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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第3章  自負 後編
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第54話  廃墟ビルにての摘発1

 西地区にある廃墟ビルの周辺は、深泉組の隊員で埋め尽くされていたのである。廃墟ビルから、ねずみ一匹も出られないように厳重に包囲していたのだ。

 関係ない人たちも、随時退避させていたのである。


 廃墟ビルの中でも、集められた兵士や少年少女たちが、今か今かと深泉組が来るのを待ち構えていたのだった。

 深泉組が摘発に来ると言う情報が、すでに彼らにも伝えられていたのである。

 戦闘準備をし、深泉組と戦う時を刻々と待っていた。


 廃墟ビルの裏手に、新見隊が陣取っている。

 表に芹沢隊と近藤隊が陣取っていたのだった。


 緊張が走っている近藤隊。

 そこへ、平山と平間を引き連れた芹沢が訪ねてきた。

 周囲を楽しげに眺めながら、綿密な打ち合わせをしている近藤と土方の元に近づいていく。


 深泉組の元凶の元の気配に気づき、思わず土方の眉間が険しくなった。

「トシ」

 小さく窘める。


 強張っていた力を抜く。

 軽く息を吐いた土方を見定め、視線の矛先を近づいてくる愉悦に浸っている芹沢に移した。

 近藤の風貌は、物堅いものだった。


「こちらから、伺おうと思っていたところです」

「そうか、様子を見に来た。どうだ、この緊張を楽しんでいるか?」

 ふくよかな頬を上げ、笑っている。

 これから激しい戦闘が予想されるにもかかわらず、芹沢からそんな緊張が伝わってこない。

 いつものように、花街へ行くような感じさえ見受けられる。


 そんな場違いな態度に、土方の心情が悪くなっていく。

 それを改めようとはしない芹沢だった。

 そんな振舞いに、近藤が眉を潜めることなく、淡々としている。


「それなりに」

 返事を聞き、周囲を一望する芹沢。

 近藤隊の隊員たちが、忙しなく動き回っている。

 その表情が様々だ。


「お前のように、楽しんでいる者が少ないな」

 簡素な声音で、感じ取った現状を口にした。

 ほとんどの隊員の顔が、強張っていたのである。

 中には芹沢のように、和気藹々と騒いでいる人間もいたのだ。


「すいません。まだまだ、指導不足なそうです」

「そのようだな」

 真摯に頭を下げる近藤の脇で、土方が眼光鋭く凝視している。

 だが、そんな些細な殺気も、のほほんとしている芹沢は気にしない。

 芹沢の背後にいる平山と平間が、そんな土方の態度を鼻で笑っていた。


(何、笑っている。貴様らと、俺は同等だろうが!)


 一触即発な雰囲気にもかかわらず、隊長の二人が変わらない。

「新見隊の準備も、整ったぞ」

「そうですか」

「新見隊に、補充の人員を回した方がいいですか?」

 三つの隊の中で、新見隊の戦力がやや低かったのである。

 それを気にし、提案したものだった。


「新見隊だけで、大丈夫だろう」

「ですが」

「気にするな。裏に回さなければいい」

 不敵な笑みを零す芹沢に、首を竦めてしまう。


 裏まで行かさずに、すべて自分たちでやればいいだろうと言う強気な態度。

 できなくはない。

 ただ、そうすると、一切手加減ができなくなる恐れがあった。


 この中に警邏軍が総力を挙げて、捜している人物も含まれているのだ。

 それを踏まえると、どうしても手加減せざるおえない。

 安易な提案を、なかなか受け入れることができなかった。


「逃げられるのは、厄介かと」

「自信がないのか?」

「いいえ」

 芹沢の仕草に、不安げな眼差しを注いでしまう。


(ダメだ。これは不味い方にいってる)


「なら、大丈夫だ。私が直々に久しぶりに遊んでやる」

 双眸が怪しげに輝いている。

 爛々と光る瞳が、本気モードに突入していることを語っていた。

 そうなると、誰にも止められなくなってしまうのだ。

「……」


「抵抗しない者は、捕まえてください。それに……」

 最後まで聞かずに、逸楽している芹沢が遮る。

「私は、私のやり方を通すまでだ」

 どこまでも、強気な芹沢。


「芹沢隊長……」

 思わず、頭を抱え込む。

 芹沢の頭の中に、確保する言葉が一切刻まれていない。

 ただ、目の前にいる敵を殺すのみだ。

 挑むような眼差しを注いでくる。


「先に、お前が確保すればいいだろう」

「……」

 曲げそうもない意志に、嘆息を吐いた。

 極力、自分たちが確保しないと、不味い展開になると心に刻む。


(だが、うちの連中も、血の気が多い者が多いからな……)


「私たちは、何も知らないのだから……」

 小栗指揮官から命じられた言葉を口にした。

 この状況を楽しんでいる姿に、疲れてしまう。


(昔から、変わらないな)


 思わず、小さく笑ってしまう。

 久しぶりに垣間見る本気モードに、嬉しさがこみ上げていたのだ。

 困る状況のはずなのに。


「そうだろう? 近藤隊長」

「はい。私たちは、何も知らないです」

 小栗指揮官から知らなかった振りをすること、命じられている以上、止める術を持たない。

 好きにさせる他なかったのだ。


 ふふふと言質を取ったと、芹沢が笑っていた。

 二人の会話に、土方が加わる。

 いつもより、怪訝さを増していく土方の表情に、素知らぬ顔で芹沢が、僅かに視線を傾けた。

「芹沢隊長、こんな時に、お酒とは不謹慎です。他の隊員に示しがつきません」


「よいではないか? 景気づけだ。土方も飲むか?」

 ピンク色したふくよかな頬に、視線が縫い止められている。

 持っていた酒のボトルを勧めた。


「結構です」

 芹沢の申し出を、きっぱりと断った。

 面白くないやつと言う顔を覗かせる。


(困った御仁だ)


 かつての部下である近藤は、昔から力が入る戦闘がある時に、景気をつけるための意味を込め、酒を飲むことを知っていたのである。そのために、ここへくる前から酒飲んでいることを把握していたが、芹沢の儀式のようなものだと見逃していたのだった。


「近藤。お前は?」

「私も、結構です」

「そうか。平山、平間、お前たちは、どうする?」

 一緒に来た二人からも、断られてしまう。

「つれないな」


 誰も付き合ってくれないとぼやき、酒のボトルに口をつけた。

 その光景を、いやそうに土方が眺めている。

 飲み終わると、懐に仕舞い込んだ。


「状況は?」

 近藤に向かって、近藤隊の戦闘準備が終わったのかと確認してきた。

 元々、これを聞くために足を運んだのだ。

 真剣な眼差しに、近藤一人だけが気づく。


 土方、平山、平間は、芹沢が放出する空気が変わったことに気づかない。

 かつての部下だからこそ、纏う空気が変わったことに気づいたのだった。

 背筋を伸ばし、近藤の口が開く。

「もう少しで、準備が終わります」


「遅い」

「すいません」

 慌ただしく動き回る隊員たちに、目を凝らす。


 原田班の井上が廃墟ビルの中の状況を、ロビンやフラードに説明していたり、山南班の千葉や島田班の有間が、自分たちが使用する武器の確認を行っている状況に、眉を潜めるのだった。

 関係ない人たちを退避させていたので、近藤隊は遅れ気味なのである。

 芹沢隊と新見隊は、そんな面倒な仕事をしていない。


「急がせろ。我が隊は、すでに終わっているぞ」

「はい」

 若干、いつもより低い声音を耳にし、芹沢の苛立ちを感じ取る。

 それは今の部下の平山と平間も感じているようで、自分たちに飛び火しないように、気づかれないように身構えているようだった。

 そして、土方も何かを感じているようで、口を閉ざしている。


「随分と、悠長な構えをしているな」

「申し訳ありません」

 目を細め、目の前に立つ近藤と土方を注視している。

 見つめていたのは、時間にして、僅かな時間だった。

 いつもの飄々とした顔に戻っていった。


(何だ? この悪寒は。……私と近藤隊長は、力量を試されているのか? こんなふてぶてしいやつにか?)


 不快感を滲ませている土方。

 そんなことを気にせずに、もう一つの用件を済ませる。

「ルートを決める」


 正門から入って、廃墟ビルに突入するまでに、二つのルートが考えられたのである。

 勤皇一派も、簡単に入れてくれないだろうと言う読みからだ。

 一つ目のルートは、ただひたすらにまっすぐ進むルート。

 一見、ラクそうだが、人が一番多く配置されているだろうと予測が立てられたのである。

 二つ目のルートは、起伏のある脇から行くルート。

 人があまり配置されていないだろうが、あらゆる仕掛けがされていると予測が立てられている。


 他にも、ルートが存在しているが、他のルートは捨てた。

 人員的に、無理があるからだ。


「まっすぐなルートか、起伏のあるルートか。どちらを選ぶ? 近藤隊長」

 自分の頬に、生暖かい風を感じる近藤。

 僅かに逡巡し、迷うことがない顔で、芹沢の問いに答える。

「まっすぐなルートを」


 選んだルートは、土方も同じ選択をしていたのである。

 近藤の解答に、芹沢がほくそ笑んだ。

「正解だ」

 次に、顔を傾けた先は、不機嫌な土方だった。


「その理由は?」

 答えようと口を開こうとした瞬間、芹沢の方が先に言葉を発する。

「わかっているようだな」

 答えを言わせない芹沢の仕草に、ムッとする。

 それを、ただ笑っていた。


(トシで、遊ばないでください)


 からかわれた土方が、楽しんでいる芹沢を睨んでいる。

 まるで、新人扱いされたことに納得できない様子だ。


 昔から、芹沢は戦法に長けていたのである。

 そのため、二人を試す意味を込め、先にルートを選ばせたのだった。

 二人とも芹沢が考えた通りの答えを、瞬時に出したのだ。


 まっすぐなルートは、何もないところなので罠を仕掛けるのが難しい地形だった。起伏のあるルートは、いろいろとその地形を利用し、いかようにも罠を仕掛けることができたのである。

 敵が大勢組み込まれているだろうが、罠がない場所と、罠がふんだんに組み込まれた場所では、近藤隊はまっすぐなルートが適していた。それに対し、戦法を駆使して戦える芹沢にとって、罠が仕掛けられた場所は得意でもあったのだ。


「土方副隊長。私から見れば、お前など、まだヒヨっ子だよ」

 今にも襲い掛かろうとする双眸を目にしても、意地悪のような笑みが収まることがない。


(敵を前にしているところで、挑発しなくても……。何で、芹沢班長は昔から、自ら面白いと思う人間をからかって遊ぶのか……。芹沢班長に目をつけられ……、潰れた人間がいたな……可哀想に。でも、潰れずにいる人間もいた。トシには、潰れてほしくはないが、たぶん、大丈夫だろう)


 切り掛かろうとはしていないが、副隊長と言う矜持を傷つけられ、嫌悪のある目でふくよかな頬が上がっている芹沢の顔を一睨みしている。

「よいか。これぐらい言われ、腹を立てるようでは、まだまだだ。土方副隊長。鳴瀬大将でできたことが、なぜここでは、できない。もう少し精進すべきだな」


 鳴瀬大将と言う響きに、土方が瞠目していた。

 揺れ動く瞳を、抑えることができない。

 まさか、鳴瀬大将との一件が、芹沢の耳にまで入っているとは思ってもみなかったのだ。


「なぜ、知っていると言う顔だな?」


(ああ。なぜ、あなたが知ってるんだ!)


「なぜだと思う? 土方副隊長」

 いやらしく口の端が上がっている。

 ますます機嫌を悪くする土方だ。


「あんなところで、一悶着あれば、筒抜けだろう」

「……」

「隠せると思っていたのか? 随分と、楽観的な頭だ」

「……」

「顔に出ているぞ。副隊長なら、何でもない風を装うべきだな」


 まんまと芹沢の罠にハマった自分に、悔しげに唇を噛み締める。

 どう言葉をかけていいのかと悩む近藤であった。

 わざと、土方を怒らせる目的で言ったことを見抜き、早々に口を閉ざしていたのである。


「副隊長たるもの、冷静さは大切だ」

 拳をギュッと握り締めている土方に、アドバイスを送った。

 嫌悪する相手からのアドバイスに、ますます悔しさがこみ上げてくる。


 チラリと、芹沢に鴨にされた土方に、哀れみの視線を注いでいる近藤の様子を窺った。

 昔とは違い、冷静に対応していることに、学んだかと思う芹沢である。

 ひと昔の近藤だったら、庇う姿勢をとって、声を荒げていたからだ。


 かつての部下の成長振りに、小さく口角を上げ、ようは済んだとばかりに立ち去ったのだった。

 憎々しい眼差しで、大きな芹沢の背中を睨む土方。


 冷静なままでいる近藤に向かって話しかける。

「捻くれています」

「そういう人だよ。少し芹沢隊長の性格ぐらい、把握しないと疲れるぞ」

「……はい」


 気落ちしている土方の肩に、手を置く。

「敵が多いが、何も考えずに、突っ込んでいける血の気の多いうちでは適している」

「私も、そう思います」

「トシだって、あまり考えずにいけるだろう」

「はい」


「とりあえず、抵抗しない者に関しては、捕まえるように」

「わかりました」

「芹沢隊長に言われた通り、準備を急がせよう」

「わかりました」

 部下たちに命じるために、土方が急ぎ足で戦闘準備が終えていない部下たちにところへ向かっていった。


読んでいただき、ありがとうございます。

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