第53話 草太、高杉の独白を聞く
先頭を歩く桐生についていく草太。
集められた少年少女たちと、何度もすれ違っていた。
そのたびに、羨望の眼差しが草太に注がれている。
嫉妬交じりの視線を投げかける者もいたのだ。
けれど、そんな視線を気にせずに歩いていった。
高杉が待っている部屋に入ると、感嘆の声を漏らしてしまう。
「凄い」
目を丸くし、部屋中を一望する。
専用の部屋ではなく、別な部屋に通されていたのだ。
それにもかかわらず、見たことのない部屋に、驚愕が隠せない。
部屋には数少ないが、インテリアがシンプルに彩られていた。
でも、食べることにも困る生活だったため、このような部屋のインテリアを、一度も見たことがなかったのである。
ただ、度肝を抜かれていた。
今まで見たことがない部屋に圧倒され、高杉がいることも忘れ、部屋を眺めている。
部屋に入ってきて早々に、自分に見向きもしない草太に怒りもしない。
ただ、素直な仕草に、頬が上がっている。
自分の背後にいるため、草太は桐生の顔を見ることができない。
目を輝かせている後ろで、桐生の顔が渋面していた。
高杉の存在を忘れ、インテリアに没頭している草太に。
「驚いたのかな」
声をかけ、クスクスと笑っている高杉。
ようやく自分の失態に気づき、慌てながら背筋を伸ばした。
「す、す、すいません」
「いいんだよ。草太の暮らしを踏まえると、この部屋は豪華な部屋に見えるのだろうな」
「はい……。本当にすいませんでした」
頭を下げる草太に、それを遮る高杉。
「そのままで」
「でも……」
「いいから」
「はい」
下げかけていた頭を元に戻した。
驚愕の眼差しで眺めていた部屋を、高杉がもう一度眺め直す。
ここの部屋は、来客が来ても、大丈夫なように飾られていた。
「この部屋にあるものは、安物だよ」
「安物?」
「ああ。安物が飾られているんだよ」
信じられないと言う顔を覗かせる。
そんな仕草に、クスッと気づかれないように、高杉が笑っていた。
「君だって、このくらいの暮らしが、普通にできるようになるんだよ」
面を喰らっている草太の肩に、手を置いたのだ。
促されるように、微笑んでいる顔を見上げる。
(普通に、こんな暮らしが?)
仰天し、言葉にならない。
そんな様子を窺いながら、次なる言葉を高杉が紡ぎ出す。
「徳川宗家や、その偉い人たちは、もっとこれよりも、数百倍もいい暮らしをしているんだよ」
「……本当ですか?」
眉間のしわが濃くなっていた。
「ああ。本当だ。みんなが苦しんで、食べるものも困っているのにね」
「……」
もう一度、部屋の中に飾られているインテリアに目を傾ける。
(食べ物も買えないで、母さんは死んでしまったのに……。偉い人たちは、こんな贅沢をして暮らしていたのか。何で、こんなに違うんだ?)
理不尽さに苦しんでいる。
貧しい中で育ち、その貧しさのせいで死んでいく人たちを、何人も見てきた。そのたびに哀しく、もっとお金があったら、こんなことにはならないんじゃないかと、巡らせ悲しんでいた時を思い返していたのである。
(あの時、お金があれば……)
痩せ衰え死んでいく母親の顔を、見ていることしか、できない不甲斐ない自分を思い出していたのだった。
思わず、ギュッと拳を握り締める。
(許せない!)
心の中に、怒りの嵐が渦を巻いていた。
思い通りになっていく展開に、高杉がほくそ笑んでいる。
その顔は、心とは裏腹で、真摯な面持ちだ。
(もっと、怒れ! 怒りを燃やすのだ。そうして、私の駒となるのだ、草太)
二人の様子を、桐生が静観している。
順調に調教できつつある状況に、ニンマリとしていたのだ。
「力を合わせ、世の中を変えていこう」
力強い声音で、口にした。
投げかけられた草太も、まっすぐ高杉を見つめている。
「はい。高杉さん」
「頼もしく思うよ。草太のように強い信念を持っている人が、近くにいることに」
「ありがとうございます」
「一緒に、頑張っていこう」
「はい」
その双眸に強い意志を覗くことができ、満足いく結果に小さく口の端が上がっていた。
カリスマ性を前面に押し出し、真摯な視線を草太に注いでいる。
「ところで、草太。武器の状況を聞こうと思って呼んだんだ」
使用できる武器が、どのくらいあるのか、また修理が必要としている武器が、どれくらいあるのかと尋ねたのである。
躊躇なく、堂々と答えていく。
「はい。使用できる武器は三百二十四あります。そして、修理が必要な武器は七十九あります」
できない仕事の方が多いので、自分にできる仕事を一生懸命にしていたのだ。
使えるものと、使えないものの把握は、常に把握していたのである。
「そうか。それは、すぐに修理するように命じておこう」
「お願いします」
「桐生。聞いていたな?」
草太の背後にいる桐生に、視線を傾ける。
「勿論です。そのように、私の方から伝えておきます」
「頼む」
指示が終わると、深く溜息を漏らした。
不意に、顔に暗い影が落ちたのだ。
「どうかしたんですか? 高杉さん」
首を傾げ、憂いを滲ませる高杉の顔を覗き込む。
疲れきっている様子に、心配げな顔を注いだ。
華々しく、常に明るい姿を見ていた草太にとって、珍しい光景だった。
沈んでいる表情に、胸を締め付けられる思いを抱く。
「大丈夫ですか?」
「ちょっとな、頭の痛くなる出来事が起こってしまって」
「それはいけません。休まないと……」
「それもできなくて、困っている」
「そんな……」
高杉の身体を気遣う。
激務で身体が疲弊しているのだろうと思い込んでいる草太。
案じている姿を、しっかりと確かめ、身体を動かして、テーブルに置かれた資料のところに視線を傾けさせる。
思惑通りに草太の視線が、テーブルに乱雑に置かれた資料を視界に捉えていた。
資料の他に、何人かの写真を入っていたのである。
(ソージ兄ちゃん!)
見知っている人の写真も入っていることに、思わず声を上げそうになるが、どうにかそれを堪えた。
けれど、写真に吸い寄せされるように、近づいていく。
食い入るように見つめている草太を、傍観している二人。
沖田宗司の写真が、数枚ほど入っていたのだ。
(ソージ兄ちゃんの写真が、なぜ?)
「少しでも、心配事がなくなればいいのだが……」
ぼやく声に、誘導される。
頭を抱え込んで苦悩している姿から、目が離せない。
ハッとしたように、高杉が草太を見つめる。
「すまない。上に立つ者として、恥ずかしいところを見られてしまったね」
苦笑して見せる高杉。
「いいえ。もっと高杉さんの役に立ちたいと思いました」
「草太……」
「俺、絶対に高杉さんの役に立って、高杉さんの心配事を消します」
気迫がこもる草太に、ニコッと微笑む。
「ありがとう。愚痴に少しだけ付き合ってくれるかい」
「はい」
一枚の写真を取り、話し始める。
「新たな邪魔が増えてね、困っているんだよ」
手に持っている写真は、沖田が写っているものだった。
「邪魔?」
呟きを無視し、淡々と話を続ける。
「優秀な人材らしい。私ではないが、私の仲間の計画を邪魔しているようだ」
「……」
「彼を、どうにかしないと、いけないと思うだけど……、そう容易く、近づくこともできないし、どうしたものかと思っていたんだ。そうしないと、私が立てた計画が、なかなか前へ進めない」
「説得してみては?」
思ったことを、口に出した。
けれど、首を振られてしまう。
「……無理だろうね。私たちとは、相反する者だから」
「……」
「彼がいなくなれば……」
か細い声で、高杉が呟いた。
(いなくなれば、高杉さんの計画が進む……)
「邪魔しているんですよね、その人が」
手にしている写真に、目を傾け、尋ねる草太。
その声が、どこか震えていた。
「そうだね」
気づかぬ振りして答えた高杉。
「高杉さんにとって、邪魔なんですよね?」
「そうだね。彼さえいなければ、上手くいくね」
「邪魔な存在なんですね」
「ああ」
「早くいなくなれば、いいですね」
もう、その声が震えていることがなかった。
「そうだね」
「……」
思い耽っている草太を見てから、やんわりと声をかけた。
「愚痴を聞いてくれて、ありがとう」
不意に、草太の双眸に高杉が映っている。
「いいえ。少しでも高杉さんのお役に立てて嬉しいです」
「また、聞いてくれるかい?」
「はい」
思い耽る面持ちになった草太が、桐生と共に部屋から出てきた。廊下を歩いていると、珍しく草太から話しかけてくる。
「桐生さん。高杉さんが手に持っていた写真の人って、誰ですか?」
知っていることを隠し、草太が前を歩いている桐生に問いかけたのだった。
振り返ることもなく、尋ねられたことを、丁寧に口にしていく。
「深泉組の沖田宗司と言う男だ。高杉さんは、これから行う仕事よりも、先に沖田の方をどうにかしないと、本部に戻れない」
少しの嘘を交え、高杉が置かれている状況を語った。
「戻れないって?」
「上からの命令で、沖田をどうにかしない限り、戻れないそうだ」
「本部に、戻れないですか……」
前を向いたまま、桐生が頷いた。
「高杉さんには、やりたいことがあるのに……」
桐生の言葉によって、思考が中断された。
「これでは、高杉さんの理想が遅れてしまう……」
遅れると言う言葉が重く、草太の心に乗りかかる。
「高杉さんの立場も、悪くなる……」
「邪魔しているんですね、その人が」
「ああ。高杉さんにとって、邪魔な存在だね」
頭の中では、もうリキがいなくなっていた。
ただ、崇拝する高杉を困らせる存在のことで、満たされていたのだ。
「草太。このことは、決して誰にも言ってはいけないよ」
「はい」
「いい返事だ。君だからこそ、話したんだから」
「僕だからこそ?」
「信頼できる未来の有望株と見込んでだ」
「そこまで、高杉さんが」
「当たり前だろう。だからこそ、君を可愛がっているんだよ」
「ありがとうございます。高杉さんのために働きます」
「そうしてくれ」
見ることがない桐生の顔が微笑んでいた。
読んでいただき、ありがとうございます。




