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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第3章  自負 後編
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第53話  草太、高杉の独白を聞く

 先頭を歩く桐生についていく草太。

 集められた少年少女たちと、何度もすれ違っていた。


 そのたびに、羨望の眼差しが草太に注がれている。

 嫉妬交じりの視線を投げかける者もいたのだ。

 けれど、そんな視線を気にせずに歩いていった。


 高杉が待っている部屋に入ると、感嘆の声を漏らしてしまう。

「凄い」

 目を丸くし、部屋中を一望する。


 専用の部屋ではなく、別な部屋に通されていたのだ。

 それにもかかわらず、見たことのない部屋に、驚愕が隠せない。


 部屋には数少ないが、インテリアがシンプルに彩られていた。

 でも、食べることにも困る生活だったため、このような部屋のインテリアを、一度も見たことがなかったのである。

 ただ、度肝を抜かれていた。


 今まで見たことがない部屋に圧倒され、高杉がいることも忘れ、部屋を眺めている。

 部屋に入ってきて早々に、自分に見向きもしない草太に怒りもしない。

 ただ、素直な仕草に、頬が上がっている。


 自分の背後にいるため、草太は桐生の顔を見ることができない。

 目を輝かせている後ろで、桐生の顔が渋面していた。

 高杉の存在を忘れ、インテリアに没頭している草太に。


「驚いたのかな」

 声をかけ、クスクスと笑っている高杉。

 ようやく自分の失態に気づき、慌てながら背筋を伸ばした。

「す、す、すいません」


「いいんだよ。草太の暮らしを踏まえると、この部屋は豪華な部屋に見えるのだろうな」

「はい……。本当にすいませんでした」

 頭を下げる草太に、それを遮る高杉。

「そのままで」


「でも……」

「いいから」

「はい」

 下げかけていた頭を元に戻した。


 驚愕の眼差しで眺めていた部屋を、高杉がもう一度眺め直す。

 ここの部屋は、来客が来ても、大丈夫なように飾られていた。


「この部屋にあるものは、安物だよ」

「安物?」

「ああ。安物が飾られているんだよ」

 信じられないと言う顔を覗かせる。

 そんな仕草に、クスッと気づかれないように、高杉が笑っていた。


「君だって、このくらいの暮らしが、普通にできるようになるんだよ」

 面を喰らっている草太の肩に、手を置いたのだ。

 促されるように、微笑んでいる顔を見上げる。


(普通に、こんな暮らしが?)


 仰天し、言葉にならない。

 そんな様子を窺いながら、次なる言葉を高杉が紡ぎ出す。

「徳川宗家や、その偉い人たちは、もっとこれよりも、数百倍もいい暮らしをしているんだよ」

「……本当ですか?」

 眉間のしわが濃くなっていた。


「ああ。本当だ。みんなが苦しんで、食べるものも困っているのにね」

「……」

 もう一度、部屋の中に飾られているインテリアに目を傾ける。


(食べ物も買えないで、母さんは死んでしまったのに……。偉い人たちは、こんな贅沢をして暮らしていたのか。何で、こんなに違うんだ?)


 理不尽さに苦しんでいる。

 貧しい中で育ち、その貧しさのせいで死んでいく人たちを、何人も見てきた。そのたびに哀しく、もっとお金があったら、こんなことにはならないんじゃないかと、巡らせ悲しんでいた時を思い返していたのである。


(あの時、お金があれば……)


 痩せ衰え死んでいく母親の顔を、見ていることしか、できない不甲斐ない自分を思い出していたのだった。

 思わず、ギュッと拳を握り締める。


(許せない!)


 心の中に、怒りの嵐が渦を巻いていた。

 思い通りになっていく展開に、高杉がほくそ笑んでいる。

 その顔は、心とは裏腹で、真摯な面持ちだ。


(もっと、怒れ! 怒りを燃やすのだ。そうして、私の駒となるのだ、草太)


 二人の様子を、桐生が静観している。

 順調に調教できつつある状況に、ニンマリとしていたのだ。


「力を合わせ、世の中を変えていこう」

 力強い声音で、口にした。

 投げかけられた草太も、まっすぐ高杉を見つめている。

「はい。高杉さん」


「頼もしく思うよ。草太のように強い信念を持っている人が、近くにいることに」

「ありがとうございます」

「一緒に、頑張っていこう」

「はい」


 その双眸に強い意志を覗くことができ、満足いく結果に小さく口の端が上がっていた。

 カリスマ性を前面に押し出し、真摯な視線を草太に注いでいる。


「ところで、草太。武器の状況を聞こうと思って呼んだんだ」

 使用できる武器が、どのくらいあるのか、また修理が必要としている武器が、どれくらいあるのかと尋ねたのである。

 躊躇なく、堂々と答えていく。

「はい。使用できる武器は三百二十四あります。そして、修理が必要な武器は七十九あります」


 できない仕事の方が多いので、自分にできる仕事を一生懸命にしていたのだ。

 使えるものと、使えないものの把握は、常に把握していたのである。


「そうか。それは、すぐに修理するように命じておこう」

「お願いします」

「桐生。聞いていたな?」

 草太の背後にいる桐生に、視線を傾ける。

「勿論です。そのように、私の方から伝えておきます」

「頼む」

 指示が終わると、深く溜息を漏らした。


 不意に、顔に暗い影が落ちたのだ。

「どうかしたんですか? 高杉さん」

 首を傾げ、憂いを滲ませる高杉の顔を覗き込む。

 疲れきっている様子に、心配げな顔を注いだ。


 華々しく、常に明るい姿を見ていた草太にとって、珍しい光景だった。

 沈んでいる表情に、胸を締め付けられる思いを抱く。

「大丈夫ですか?」


「ちょっとな、頭の痛くなる出来事が起こってしまって」

「それはいけません。休まないと……」

「それもできなくて、困っている」

「そんな……」

 高杉の身体を気遣う。


 激務で身体が疲弊しているのだろうと思い込んでいる草太。

 案じている姿を、しっかりと確かめ、身体を動かして、テーブルに置かれた資料のところに視線を傾けさせる。

 思惑通りに草太の視線が、テーブルに乱雑に置かれた資料を視界に捉えていた。

 資料の他に、何人かの写真を入っていたのである。


(ソージ兄ちゃん!)


 見知っている人の写真も入っていることに、思わず声を上げそうになるが、どうにかそれを堪えた。

 けれど、写真に吸い寄せされるように、近づいていく。

 食い入るように見つめている草太を、傍観している二人。

 沖田宗司の写真が、数枚ほど入っていたのだ。


(ソージ兄ちゃんの写真が、なぜ?)


「少しでも、心配事がなくなればいいのだが……」

 ぼやく声に、誘導される。

 頭を抱え込んで苦悩している姿から、目が離せない。

 ハッとしたように、高杉が草太を見つめる。


「すまない。上に立つ者として、恥ずかしいところを見られてしまったね」

 苦笑して見せる高杉。

「いいえ。もっと高杉さんの役に立ちたいと思いました」

「草太……」

「俺、絶対に高杉さんの役に立って、高杉さんの心配事を消します」

 気迫がこもる草太に、ニコッと微笑む。


「ありがとう。愚痴に少しだけ付き合ってくれるかい」

「はい」

 一枚の写真を取り、話し始める。

「新たな邪魔が増えてね、困っているんだよ」

 手に持っている写真は、沖田が写っているものだった。


「邪魔?」

 呟きを無視し、淡々と話を続ける。

「優秀な人材らしい。私ではないが、私の仲間の計画を邪魔しているようだ」

「……」


「彼を、どうにかしないと、いけないと思うだけど……、そう容易く、近づくこともできないし、どうしたものかと思っていたんだ。そうしないと、私が立てた計画が、なかなか前へ進めない」

「説得してみては?」

 思ったことを、口に出した。

 けれど、首を振られてしまう。

「……無理だろうね。私たちとは、相反する者だから」


「……」

「彼がいなくなれば……」

 か細い声で、高杉が呟いた。


(いなくなれば、高杉さんの計画が進む……)


「邪魔しているんですよね、その人が」

 手にしている写真に、目を傾け、尋ねる草太。

 その声が、どこか震えていた。


「そうだね」

 気づかぬ振りして答えた高杉。


「高杉さんにとって、邪魔なんですよね?」

「そうだね。彼さえいなければ、上手くいくね」

「邪魔な存在なんですね」

「ああ」

「早くいなくなれば、いいですね」

 もう、その声が震えていることがなかった。


「そうだね」

「……」

 思い耽っている草太を見てから、やんわりと声をかけた。

「愚痴を聞いてくれて、ありがとう」


 不意に、草太の双眸に高杉が映っている。

「いいえ。少しでも高杉さんのお役に立てて嬉しいです」

「また、聞いてくれるかい?」

「はい」




 思い耽る面持ちになった草太が、桐生と共に部屋から出てきた。廊下を歩いていると、珍しく草太から話しかけてくる。


「桐生さん。高杉さんが手に持っていた写真の人って、誰ですか?」

 知っていることを隠し、草太が前を歩いている桐生に問いかけたのだった。

 振り返ることもなく、尋ねられたことを、丁寧に口にしていく。

「深泉組の沖田宗司と言う男だ。高杉さんは、これから行う仕事よりも、先に沖田の方をどうにかしないと、本部に戻れない」

 少しの嘘を交え、高杉が置かれている状況を語った。


「戻れないって?」

「上からの命令で、沖田をどうにかしない限り、戻れないそうだ」

「本部に、戻れないですか……」

 前を向いたまま、桐生が頷いた。


「高杉さんには、やりたいことがあるのに……」

 桐生の言葉によって、思考が中断された。

「これでは、高杉さんの理想が遅れてしまう……」

 遅れると言う言葉が重く、草太の心に乗りかかる。


「高杉さんの立場も、悪くなる……」

「邪魔しているんですね、その人が」

「ああ。高杉さんにとって、邪魔な存在だね」


 頭の中では、もうリキがいなくなっていた。

 ただ、崇拝する高杉を困らせる存在のことで、満たされていたのだ。


「草太。このことは、決して誰にも言ってはいけないよ」

「はい」

「いい返事だ。君だからこそ、話したんだから」

「僕だからこそ?」

「信頼できる未来の有望株と見込んでだ」

「そこまで、高杉さんが」


「当たり前だろう。だからこそ、君を可愛がっているんだよ」

「ありがとうございます。高杉さんのために働きます」

「そうしてくれ」

 見ることがない桐生の顔が微笑んでいた。


読んでいただき、ありがとうございます。

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