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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第3章  自負 後編
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第52話  武器部屋

 食事を終えた草太が、瑛介たちと剣術の稽古をせずに、武器部屋にある武器の手入れをしていたのである。

 高杉に目を掛けて貰っていたので、誰もが付きたいと憧れる仕事を与えられていたのだ。


 定期的に訪れ、管理や手入れの仕事を任されている。

 武器部屋の管理は、これまで身元がしっかりとした者たちが担っていた仕事である。それ以外の雑用を、下っ端の階級層の者たちが執り行っていたのだ。


 新人で、下の階層の身分でありながら、破格の抜擢だった。

 そのために階級層が上の者たちにとって、常に目を掛けて貰っている草太の存在が、嫉妬の対象でもあったのである。


 そんな状況に置かれても、不平不満を漏らさない。

 ただ、ひたすら憧れの高杉さんから請けた仕事を、一生懸命にこなしていたのだ。


 この武器部屋の管理に、五人の少年がいて、その少年たちを束ねているのも、草太と言うことになっていた。だが、まだよくわからない草太に成り代わり、実質リーダーをしているのが、サブとして就いている上級階級層の少年だった。そして、サブしている少年が中心的となって、草太を無視していた。


 ハブされた感があったが、そんなことを高杉に一言も漏らさない。

 ただ、煩わせたくなかったのだ。

 黙々と一人で、剣の手入れをしている。


 一心不乱に磨いていても、考えることは最近一つだった。

 リキのことだ。


 食事をしている時でも、稽古をしている時でも、巡らせていたのである。

 だが、あれ以来、あそこへ足を踏み入れていない。

 何かが、崩れそうな気がしていたからだ。

 だから、怖くていけなかった。


 剣の手入れをしていると、同じように管理の仕事を任されている、キルと言う少年が声をかけてきた。

「一人で、つまらなくないのか?」

 顔を上げると、呆れ交じりの顔で眺めていた。


「……平気」

「そうか」

 草太の正面に、キルが腰掛けた。

 まだ残っている剣の手入れを手伝う。

 瞠目する草太。

 忘れ物でも取りに来た感覚だったのだ。


「終わらないだろう?」

「いいのか?」

「見つからなければ、いいだろう」

 あっけらかんと言い放った。


 草太以外の四人が、別な日に仕事をし、草太の分を残していたのである。

 それも、一人では終わりそうもない量を。


 階級層に含まれていたが、キルはその中でも身分が低かった。

 ハブしている状況に、納得していなかったのである。

 集団の和を乱したくはないが、この状況をいいとは思っていなかったのだ。

 キル一人だけが言っても、何も変わらないだろうと確信していたので、こっそり手伝いに来たのだった。


「……ありがとう」

「いや。礼言う暇があるなら、どうにかしろ」

 そっけない言い方だ。

 アハと笑って誤魔化す草太に、目を細める。

「自分で動かないと、何も変わらないぞ」


 真摯に言ってくるキルに対し、ありがたいと抱きつつ、段々と申し訳なくなっていく。

 きっと、言われていることを、できないからだ。


「せめて高杉さんに言えないのなら、高杉さんが信頼している桐生さん辺りに言った方がいい。このままだと、図に乗っていくぞ?」

 憧れの対象である二人に認めて貰おうと、キルは努力していたのである。

 だから、高杉から目を掛けて貰っている草太のことを観察していたのだった。


「……う……ん」

 曖昧な返事しか、できない。

「しっかりしろ。お前がそんな態度だから、こういうことにも、なるんだぞ」

「……うん。気をつけるよ」


 はっきりしない態度を覗かせる草太に、首を竦める。

 進言するキルは、高杉や桐生に憧れ、ここに来た口だった。


「いいな、草太は。高杉さんに目を掛けて貰って。……俺はいつか、お前みたいに目を掛けて貰いたいよ。だが、あいつらのようには、なりたくはないな」

 遠い目をするキル。

 乾いた笑いしか、出てこない。


 サブをしている上級階級層の少年を中心に、草太を突き落とそうと躍起になっていたのである。

 普段なら、瑛介や篤志が助けてくれるが、二人は仕事を任されていない。

 草太もはっきり言わないので、何となく予測しているだけだ。

 そんな二人にも、これ以上迷惑かけられないと抱いている。


「お前、溜め込みすぎだ」

「……」

 言われた自覚があった。

 以前に、光之助たちにも、言われたことがあったのである。

 突如、光之助たちのことが気に掛かった。


(黙って来てしまったけど、心配しているだろうな……)


 ギュッと、胸が締め付けられる。


(ごめん。止められると思って、何も告げずに来て)


「いつもお前を庇っているやつらに言え」

 キルの言葉によって、現実に引き戻された。

「……」


「そうやって、溜め込むのはよくはない」

「……」

「言わないなら、自分で動け」

「……う……ん」


(言いたくない。でも、動けって言われても……)


 ふと、気になっていたことを口にするキル。

「何か、あったのか?」

「えっ?」

「いつもと様子が違って、どこか思いつめている顔してる」


 虚を突かれた顔をしてしまう。

 じっと草太のことを凝視している。


(……リキのことを考えていたせいかな?)


 ぎこちなく笑って、誤魔化そうとする草太。

 口にしてはいけないと思ったからだ。

 言わない態度に、やれやれと首を竦めていた。


「お前を庇っているやつらには言え。あいつらも気にしているぞ?」

 観察していたことで、草太の様子が違うことを感じ取っていたのである。


(気づいていないのか? 言いたげな顔していることに?)


「……ありがとう」

 話すとは言えなかったので、精いっぱいな礼だけを言った。

 困ったやつだと言う顔を覗かせる。

 この話に突っ込んでも、これ以上の進展は見られないだろうと、話を打ち切ることにした。

 ただ、草太に何かあっただろうと言う疑念が消えることがなかった。


「今日の食事、おいしかったな」

 急に食事のことに振られ、戸惑ってしまった。

「あっ、……うん。そうだね」

「やっぱ、肉がいいな」

「そうだね」


 返答したが、曖昧な記憶しかない。

 気にかけてくれるキルに合せて、話をしている。


「お前は?」

「同じかな」

「うちは、上の階級層に掠っているだけだから、あんな肉料理なんて、出なかったよ」

「そうなんだ」


 逆に、キルの吐露に驚愕した。

 身分の高い人は、みんなあんないい食事をしていると思い込んでいたのである。


「身分があるからって、いいもの食っている訳じゃない。うちのようなところが大半だろうな」

「へぇ」

 素直な感嘆を漏らした。


「まぁ、食事が地味だと、文句を言っているやつらもいるが」

 そういう連中の顔が、草太の中で浮かんでいる。

 その筆頭が、ここの管理を任されているサブしてくれる上級階級層の少年だ。


 そんな草太を尻目に、しみじみと少し前の食事風景のことを、キルが思い返していた。

 肉が食卓に並ぶなんて、なかなかなかった。

 野菜が中心の食卓だったのだ。

 意識が戻っていき、正面の草太に顔を傾ける。


(俺たちよりも、酷かったんだろうな……)


 突如、しまっていた部屋のドアが開いた。

 外から高杉の側近の桐生が入ってきたのである。

 手入れをしていた手を止め、背筋を伸ばし、立ち上がる二人。


「いつも武器の手入れ、ご苦労様」

 労いの言葉をかけた。

 憧れの桐生に声をかけられ、硬直しているキル。


 まさか桐生のような立場がある人が、ここに訪れることが、これまでなかったからだ。

 驚愕しつつも、その表情が出ないように、キルが意識を持っていく。


「君たちが熱心に手入れをしてくれるから、助かっているよ」

「「ありがとうございます」」

 二人しかいない状況を見回した。


「他の人は?」

「……日を分けてやっています」

 僅かに視線を彷徨わせながら、草太が嘘を述べた。


(バカ。せっかくのチャンスなのに……)


 こういうやつかと、キルが諦めを滲ませている。

 けれど、庇っている草太を思い、今は合せようとした。


「そうか」

「はい。私も何度か使用したが、手入れが行き届いていた」

「「ありがとうございます」」

 桐生本人からも使い心地がいいと言われ、思わず頬が緩む。

 微笑みを覗かせながら、草太に近づいていく。


「ここでの仕事、頑張っているようですね」

「はい」

「リーダーとして、君を推薦した高杉さんも、鼻を高くしているよ」

 まっすぐに視線を草太に注いでいる。


「ありがとうございます。僕を認めてくれた高杉さんのためにも、高杉さんの名を汚さないように頑張ります」

 褒められ、なお意気込む。

「頼むよ」

「はい」

 桐生と草太が会話しているところを、羨ましそうに静観していた。


(いつか、ああなりたいな)


「ところで、草太。高杉さんが話があるそうだ。僕と一緒に来てくれないか?」

 なんだろうと言う顔を滲ませる。

 そして、キル一人だけ残すことに罪悪感が生じた。

 あたふたし始める草太に気づく。


「大丈夫だ。君も、仕事はここまでで、いいよ」

 起立したままのキルに、視線を傾け、口にした。

「はい」

 先に帰ろうとするキルが、何かに気づき、桐生に話しかける。

「少し、いいですか?」

 きょとんとした顔をする。


「いいが?」

 了承を得ると、キルが桐生の耳元で何かを囁く。

「……」

 話し終えると、キルが微笑む。


「ありがとう。貴重な情報を」

「いいえ。お役に立て、何よりです。では」

 今度こそ、先に部屋を出て行ってしまう。

 その顔は、晴れ晴れとしていた。

 その後を追うように、桐生と草太も部屋から出て行った。


読んでいただき、ありがとうございます。

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