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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第3章  自負 後編
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第49話  小栗指揮官と三人の隊長

 情報が幾つか集まり、数日経過してから三人の隊長が、小栗指揮官の下へ集合をかけられていたのである。

 珍しく芹沢や新見が、一度の号令で部屋に訪れたのだった。


 八木からもたらした情報を元に、芹沢が黒烏通りに売りに来た三人の男を捕まえ、拷問にかけ、情報を聞き出していたのだ。

 永倉が手にした情報で、山南たちが廃墟ビルの近くまで様子を窺い、周辺の状況や中の様子を確かめていた。


 他の情報も書類となって、机に並ばれている。

 腰掛けている小栗指揮官の前に、三人の隊長が立ち並ぶ。

 神妙な顔つきで、報告を受けていた。

 聞いた報告内容に、大きく嘆息を吐く。


 目の前にいる三人の隊長の顔に、視線を巡らした。

「随分と、手間の掛かることが好きだな」

「人、それぞれでしょう、小栗指揮官殿」

 飄々とした仕草で、芹沢が答えた。


 まっすぐに目の前にいる芹沢を、視界に捉えている。

「高杉真朔がいると言うのは、確かなのか?」

「大抵はいるようですね。不定期に、どこかへ出かけることがあるみたいですが?」

 捕まえた男から吐かせた内容を、淡々と伝えた。

 それを真摯に小栗と近藤が耳を傾けていたのである。

 心許ない表情を、小栗が覗かせていたのだ。


「不定期? つかめないのか?」

「それは、無理ですね」

 そっけなく返した。

「……」

 溜息を漏らしつつ、逡巡した。


 ゆっくりと、下げていた視線を平然としている芹沢に戻す。

「銃器組が捜している、ご子息やご息女がいるのか?」

 半眼した目を注いだ。

 最も知りたい情報だった。

 そんな仕草を見せられても、いっこうに芹沢も新見も興味なげな態度を崩さない。


「男たちは、高杉が慕ってくる連中の身分をよく知らないようです。ですが、十中八苦、間違いないかと思いますが?」

 不敵な笑みを覗かせ、どうする?と、挑発する眼差しを送っている芹沢。

 そんな態度に、隣にいる近藤が頭を抱え込む。


(芹沢さん、何をしているんだ。指揮官に向かって……)


「近藤。山南たちを近くまで行かせたのだろう?」

「はい。特定まで行きませんが、近くにいる者の話によると、身なりのいい者がいるようです。そこから推定すると、ほぼいるのではないかと思われます。これは私の意見ですが、ただ、いくつかの場所に分散している可能性もあるかと存じます。ですので、銃器組が捜している者が全員揃っているとは限りません」

 ますます状況が悪い方に傾いている自体に、頭を悩ませていたのである。


 大きく溜息を漏らした。

 小栗としては、この事件を深泉組だけで片づけ、深泉組を潰そうとしている上層部に見せ付けたい思惑を持っていた。だが、それは警邏軍が総力を挙げて捜している、ご子息やご息女がいることや、勤皇一派である高杉真朔がかかわっていると言う情報から、銃器組に、この案件を返さなければならない状況に追い込まれていたのだ。


 普段、深泉組に捜査権も取締りなどの逮捕権もなかったのである。

 ただの苦情聞きの仕事をしていた。

 今回は特別な理由があったため、銃器組が忙しいと言うこともあり、この案件に関しては捜査権や逮捕権を最初から委ねられていたのだった。


 大きな嘆息を、小栗が吐いた。

 どこか、憔悴しきっている。


 不意に、三人の隊長が苦悶している小栗を眺めていた。

 それぞれ表情が違っている。

 苦労を慮っている近藤。

 それに対し、芹沢と新見が面白がっている。

 もう一度、小栗が嘆息を漏らしたのだった。


(さて、さて、小栗指揮官は、どうするのだろうか?)


 我慢できずに、新見の口の端が完全に上がっていた。

 芹沢は注意をせず、ほっといている状況だ。


(……小栗指揮官の前ですよ。芹沢さん、注意してください)


 小さな嘆息を近藤が零したが、熟慮しているため小栗が気づかない。

 どうする? どうする?と、いたずら心丸出しの芹沢の眼差し。

 上司で遊ばないで貰いたいと抱くが、銃器組七番隊にいた頃から、この厄介な性格のせいで、かつての部下たちは誰も手出しできず、黙って静観していたのである。

 それがもっとも穏やかに、ことが進むことだと把握していたのだった。


 静寂の中で、それぞれの思惑が交錯していた。

 ようやく、重い口が開く。

 その目は、挑戦的な芹沢を双眸に映していたのだ。


「確定ではないんだな?」

「ですね」

「不明なんだな?」

 念を押していく。


「何せ、締め上げて、吐かせた情報を、そのまま伝えただけなので、まだ確かめていません。情報が正確かどうか、誰かを近づけさせますか?」

 危険を冒してまで、もう一度、行かせるかどうか、悩む。

 答えが出せないので、二人の隊長に視線を巡らす。

「……どう思う? 新見、近藤」


「早急に動いた方が賢明だと思います。向こうはまだ芹沢隊が確保した男たちの情報を得ていないはず。もし、男たちが捕まったと知れば、移動するか、次の動きを起こす可能性があると思います」

 神妙な顔で、近藤が意見を述べた。


 それを聞いていた新見も、賛同する。

「私も同じですね。一つ申し上げれば、結構な人数を抱えているようです。移動、もしくは、逃げるにしても時間が掛かり過ぎるので、人数を削ぐ可能性も出てくるかと」

 哀愁を滲ませる演技を、踏まえていた。


 新見の意見に、小栗と近藤の眉間にしわが寄っている。

 そこまで、考えが至らなかったのだ。


「……自分たちで、引き抜いていったんだぞ?」

「ですが、人数のことを踏まえますと、移動が大変なのでは? 私だったら、せめて三分の一ぐらいは、切り捨てますね。捕まりたくないので。合理的に考えても、最初から切り捨て要員がいたはずですよ」

 平然としている新見。

「……」

 ますます新見の意見を聞くにつれ、憂鬱になっていく近藤。


(ありえない話ではないな。さすが、新見隊長だな)


 チラリと、小栗に視線を巡らせ、命令を下されるのを待つ。

 小栗の最初の目論見は、上層部の頭の固い連中に鼻を明かしたいだけだった。

 徐々に情報が集まっていくうちに、厄介な雲行きに変わっていき、この事件をどうするのか、思案のしどころである。


 ふくよかな頬が上がっていた。

 だが、眼光が冷静に、目の前の小栗を観察している。


(どうする? 小栗指揮官殿。このまま摘発するか、それとも銃器組に、渡すか? あなたはどちらを選ぶのだ? さぁ、早く決断しないと……)


 この状況を楽しんでいる芹沢としては、どちらでもよかったのだ。

 だから、小栗が苦悩する姿を面白く見られれば、大して大差がない。

 それに上司として、どう判断するのか見定めていた。


(あなたは、腐った上層部と同じか、それとも違うのか?)


 楽しんでいる芹沢を尻目に、新見は少し違っていたのである。

 面倒な摘発の仕事は、したくないと抱いていた。

 そのために、この仕事を渡すべきと思い、小栗に進言したのだった。


(あーいやだ。これは確実に面倒なだけだ。激しい戦闘になるはず、ケガもしたくない。でも、面白がっている芹沢さんがいる、どう転がるやら……。願わくは、小栗が銃器組に渡すことだけど……)


 行きたくないと言う顔を、前面に覗かせていた。

 不意に、近藤が鋭い双眸を投げかけている。

 気づいた新見が、関係ないだろうと、双眸からそっぽを向いてしまった。


「どう思う? 三人の意見を聞かせてくれ」

 三人の隊長の顔を見渡す。

 まず、先に答えたのが芹沢だった。

「どちらでも構いません。小栗指揮官に、命令されるままに動くだけです」

 不敵な笑みを零していたのである。


「……」

 黙り込んでいる小栗。


 次に、意見を述べたのが新見だ。

「睨まれると、厄介になるかと」

 上層部のことを仄めかしていた。

 その意見に、一理あると小栗が頷く。


 まだ、黙っている近藤に視線を傾けた。

「私としては、摘発に向かうべきかと思います。この仕事だったら、深泉組の力のみで、やり遂げることができると考えます」

 注がれている視線に、外すことなく応える。

 自信に満ちた近藤の表情で決めた。


「そうか」

 一端言葉を切って、芹沢のことを見据える。


「芹沢、今回は加わるんだろうな」

「勿論です。しっかりと仕事をしてみせます」

 鷹揚な振舞いをしてみせたのだ。

 それを無言のまま、小栗が凝視している。

 楽しげに、その口角が上がっていた。


「面白い仕事を、手放す訳がありません」

「……」

「たっぷりと、楽しませて貰いますよ」


 もう一人の不安要素の新見のことは確かめない。

 芹沢が出るならば、必ず新見も出てくるからである。

 芹沢に反する度胸がないと、しっかりと見抜いていたのだ。


「薬を摘発するために、廃墟ビルに出撃命令だ」

 三人同時に返事をした。

「ただし、あくまでも薬の摘発だけだ」

 それぞれの三人の隊長を窺いながら、強い声音だ。


「暴れて、抵抗したら、どうしますか?」

「……極力、死なせるな」

 多少の傷を負わせてもいいと言う言質を、芹沢が抜け目なく確かめた。

「わかりました」


 一切、勤皇一派がかかわっていたことを知らない振りをし、この事件を片づけようとしていたのである。

 三人の隊長も、しっかりとその意図を汲んだ。


「廃墟ビルに集まっている集団に、薬の売人がいて、それを摘発してくるのだ」

「承知」

 いたずらな笑みを漏らしている芹沢。

「「……」」


「何か、質問あるか?」

「捕まえた男たちは?」

 自分たちで捕まえた男たちの処遇について尋ねた。

 勤皇一派がかかわっていると言う証言が出ていたからである。


「必要ない。彼らは、そんなこと一切言っていない」

 冷静かつ、落ち着き払った表情で、小栗が捕まえた男たちを切り捨てた。


(取調べ中に、死ぬと言うことか)


 その冷酷さがあるからこそ、この若さでここまでのし上がってきたのかと改めて抱く近藤だった。

「切り捨てろと言うことですか?」

 あえて、芹沢が確認した。


 その顔は、いやらしく微笑んでいたのだ。

 眉を潜める近藤。

 返答を返さない小栗。

 それを了承と取った。


「わかりました」

 恭しく芹沢が頭を下げた。


 頭を下げる芹沢を無視するような形で、小栗が話を進める。

「わかっているとは思うが、これは純粋に薬の製造元を摘発する仕事だ。報告書には捕まえてから、勤皇一派がかかわっていたと報告するように。いいな」

 三人の隊長が、同時に頷いた。


読んでいただき、ありがとうございます。

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