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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第3章  自負 後編
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第48話  発見された少年への事情聴取

 斉藤班の安富と沖田は、連日の確認作業に当たっていたのである。

 本日の仕事は行方不明者の確認作業の他にも、薬がらみの聞き込みもしていたのであった。


 疲れた顔を一切見せずに、安富の後についていく。

 淡々と、仕事をこなしていくのだ。

 単独行動をしている斉藤が、途中から仕事に加わって、三人で行動を共にしていたのである。


「ここです」

 安富の一言で、一軒の家で立ち止まる。

 その家は、とても貧弱で、外壁が崩れ落ち、ガラス窓もない。


 失礼すると言い、斉藤が中へ入っていった。

 すると、一人の少年が、ただの布を引いたところで横たわっている。

 少年は薬の末期症状が出ている様子で、顔色は青紫で、目がかなりくぼんでいた。

「……」

 口から涎が流れ、身体を震わせていたのである。

 少年の様子に、安富たちは二の句が出てこない。


 少年に付き添っている男が、立ち尽くしている斉藤を見上げる。

 付き添っている男は医者で、少年を診ていたのだ。

 その隣では、母親がただ泣いているだけだった。

「先生」

 容態を、斉藤が尋ねた。


 ゆっくりと、医者が首を横に振る。

 この少年は、ここから離れた住宅街で発見されたのだった。

 その時に、すでに薬に犯され、末期症状が現れていたのである。


 病院に連れて行かれることもなく、警邏軍の待機所に置かれ、身元がわかると、そのまま家に連れてこられたのだった。そして、この少年から事情を聞くために、沖田たちはここに訪れたのだ。


 医者が斉藤に簡素な説明をする。

「見てわかる通り、まともに話すことはできません」

「そのようですね」

 身体の震えが止まったと思ったら、虚ろな目で、魂がここにないようだった。

 そんな状態を、繰り返していたのだ。


「かなりの量を打たれたと見るべきしょう。調べてわかったことですが、致死量近くの量を打たれています。それに数回に分けてではなく、一度にたくさんの量を打ったと見るべきでしょうね」

 医師としての見解を述べた。

 腕に注射の痕が少なかったのである。


 少年にかけられている布が乱れていたので、口を閉ざしたまま、斉藤が綺麗に覆うようにかけてやった。

 この少年は、三週間前から行方不明となっていたのである。

 沖田たちが捜査に当たろうとした矢先に、無残な姿で発見されたのだった。


 もっと早くに見つけていれば、少しは違っていたかもしれないと、沖田の中で湧いてくる。

 片膝をつき、少年に近づく沖田。

 ただ、じっと見据えている。

 虚ろな目で、生きているのか、死んでいるのか、わからない少年のことを。


 そんな沖田の背後に立っていた安富。

 眉間にしわを寄せている。


 不意に、無言で斉藤が沖田の肩を叩く。

 こんな時に、言葉をかけても意味がないことを知っていたからである。

 むっつりとした斉藤の顔を見上げ、微かに口角を小さく上げた。

「大丈夫です」


 少年に視線を戻した沖田が、冷え切っている少年の手を触れる。

 冷えている手を、何度もさすって、温めてあげた。

 辛うじて温かみが戻ってくる。


「大丈夫だよ。もう心配はいらない」

 優しく問いかけるけれど、何の反応も示さない。

 それでも、さすってあげることをやめなかった。

 そんな行動を黙って窺っている医者。

 無駄と言う顔を覗かせている。


 だが、諦めないで、何度も、何度も繰り返した。

 斉藤も、安富も黙って、その光景を凝視している。


 柔和な微笑みと共に、少年の頬に手をやり、耳元で何かを囁いていたのだ。

 すると、穏やかな表情になり、少年が微笑んでいる沖田に視線を合わせた。

 それまでは虚ろな目だったり、苦悶に歪む表情しかみせていなかったのである。

 まるで沖田の言葉を理解したかのように、穏やかで安らぎの表情を窺わせた。


「どういうことだ」

 ありえない状況に、医者が瞠目してしまう。

 それは、安富も同じだった。

 表情一つ崩さずに、斉藤がその成り行きを見定めていたのである。


「何をしたんだ」

 凝視している医者の視線など気にしない。

 ただ、微笑みを絶やすことなく、沖田が少年に視線を注いでいた。

 無表情のまま、斉藤が沖田に話しかける。

「通じたようだな」

「はい」

 耳元で囁いた言葉を、斉藤はしっかりと耳にしていたのである。


 けれど、医者や安富は聞き取れない。

 沖田が何をしたのか、さっぱり理解できなかったのだ。

 穏やかになった少年を、誰も固唾を呑んで眺めている。

 段々と、少年の口が微妙に動き始めた。


 そんな変化が訪れた少年に、沖田と斉藤が口元に耳を近づけたのである。

 少年の意思を受け取ろうと、双眸が口元を捉え、意識を集中させた。

 誰も言葉を発しない。

 静かに、少年の言葉を聞き入る。


「……く、くん……れん。……」

 やっとのことで、声を搾り出している状態だ。

 でも、掠れて完全ではない。

 それでも、思いを伝えようとしたのである。

 最後の力を振り絞って。


 少年の口から、抜け出そうとしたことや、人体実験と言う単語を聞き出した。

 突如、また声が出なくなってしまった少年。


 穏やかな表情で亡くなっていた。

 声を上げ、大泣きしながら母親がしがみつく。

 斉藤と沖田、安富は、少年に向かって合掌し、家からそっと出てきた。


「よく聞き出した」

 沖田のことを褒めた。

 誰も諦めていたのだ。

「僕ではありません。きっと、あの子の力です」

「それを導いたのは、沖田だ」

 真摯な斉藤の眼差しに、小さく笑っただけだった。


「私も、そう思う」

 安富も、同意した。

「……ありがとうございます」

 状況を整理しようとする斉藤。


「ところで、あの少年のことだが、抜け出そうとしたところを見つかって、人体実験をさせられたのだろうな」

「単語から、読み取ると」

 最後の力を振り絞って出した言葉を、巡らせていった安富。

「ですね。私も同じ見解です」


 片言の単語しか、少年は喋れなかったのである。

 その単語の意味を推測し、組み上げていく。


「クンレンと言っていましたが、身体を鍛える訓練のことでしょうか?」

 疑問に感じていることを、安富が口に出した。

「たぶん、そうだろう」

「何か行動に移すために、身体を鍛えているのでしょうか」

「その可能性が高いな」

 安富の意見に、賛同する斉藤。


 少年から聞き出した単語を元に、いろいろなことを弾き出していき、いくつかの要素を見つけ出すことに成功していたのである。

 導き出した推測を、徐に斉藤が口に出す。


「少年はきっと、今後起こりうる行動のために、身体を鍛えていたが、何かの事情で抜け出すことにしたが失敗し、純度の高い薬の人体実験をさせられたのだろうな」

 無表情の斉藤が、二人の顔を確かめる。

 すると、異議を唱えず、賛同していた。

 渋面しながら、安富が問いかける。

「何を考えているのでしょうか? やつらは」


 大っぴらに薬を製造し、売りさばいていることを、安富は理解できなかったのである。もっと慎重に、ばれないように時間をかけていれば、こちら側が気づくのが、もっと遅れていたはずだったのだ。

 ここまで証拠を抹消せずに、勤皇一派がするのだろうかと、疑心暗鬼も生み出されていた。


「さぁな。まだ、わからないことばかりだ」

「ですね」

「これで、やつらがかかわっていることが、濃くなって来たと言うことだな」

「そうですね。ただ、なぜ、こんなに性急なのかと言うのが拭えませんが」

「ああ。何か、向こうの思惑が、あるのかもしれないな」

「それは、何でしょうか?」

「わからん」

 そっけなく吐き捨てた。


 二人のやり取りを、沖田が静観していたのだ。

 チラリと、黙っている沖田に斉藤が視線を巡らせる。

「沖田は?」

「同意見です」


(これは、僕に対するメッセージでもあるのかもしれないな。高杉真朔って、凄く面倒臭い男だな。こういう人間には会いたくないけど、きっと、それはできないだろうな)


「そうか」

 これまでの確認作業で聞いた話や、少年から聞き出した単語を元に、勤皇一派の幹部がかかわっていることを把握する。そして、この首謀者が勤皇一派の高杉真朔ではないかと思い始める三人であった。

 少年少女たちを集めている点や、身体を鍛えさせていること、それに回りくどいやり口から、そう推測したのだった。


 ただ、自分に対するメッセージが含まれている点を、沖田は最後まで口にしない。

 聞かれれば、同意の旨を伝えたが、言われていないので、言わなかったのだ。


「あのインテリは、なぜと言う疑問を、与えさせることが好きなようだな」

 面倒臭いと言う感情を、僅かに滲ませながら斉藤が漏らした。

「「そうですね」」


読んでいただき、ありがとうございます。

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