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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第3章  自負 後編
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第47話  確認作業2

 連日の確認作業が疲れたので、永倉班はその疲れを癒すために、仕事をサボって馴染みの酒場に足を踏み入れていたのである。

 贔屓にしている酒場は『ジン』と言って、店内は満員で賑わっていたのだ。


 喧騒をよそに、慣れた手つきで秋吉が永倉と藤堂に酒を注いでいる。

 勝手知ったる厨房と言う感じで、モアンと杉本が奥へ入り込み、自分たちが食べるつまみを作っていた。


 料理が得意なモアンが、満足そうにでき上がったばかりのつまみを眺め、ほくそ笑む。

 隣にいる杉本が助手として手伝っていたのだった。


「上手そうに、できた」

 自画自賛し、盛り付けの細部まで拘ったつまみを掲げる。

 そして、四方八方から綺麗に盛り付けられたつまみに見惚れていた。


「上手そうじゃないか。でも、何でそんなに盛り付けまで拘るんだ? 箸をつけたら、壊れるじゃないか。意味がないと思うが」

 毎回、手伝いながら、盛り付けに拘る姿勢が、よくわからない杉本であった。

 食べる時に崩れるのだから、普通に皿へ入れればいいものをと、呆れていたのだ。

 盛り付けに拘るあまり、中々テーブルに持っていけないのである。

 それが欠点でもあった。


「俺の美学だ」

「そうかよ」

 胸を張っている姿に、嘆息を零した。


(面倒臭いやつ。料理は上手いが、盛り付けに時間が掛かるよな……。きっと、伍長はたらふく酒を飲んでいるんだろうな、今頃は。早く、俺も酒、飲みたい)


「さっさと、他の料理も仕上げるぞ」

「そうだな」

 残りの料理を仕上げ、待っている永倉たちのところに運んでいく。

 料理が待ちきれなかったので、かなりのペースで空のビンを空けていったのである。


 つまみを運んでくるモアンたちの姿を、永倉が視界に捉えた。

 混雑している店内を、細心の注意を払いながら、掻い潜っていく。

 鼻高々にでき上がったつまみを、テーブルに置いていった。

「どうです。俺の自信作です」


 上手そうだなと言う歓声と共に、モアンの言葉に耳を貸さない。

 意識は、つまみに注視されていたのである。

 味付けの他に、見た目も拘り、彩りも鮮やかなでき映えだった。


 それらに躊躇なく、箸を伸ばそうと持ち上げる。

 手をつけようとする藤堂や永倉の手が払われたのだ。

「おい」

「……」

 手を払われた二人が目を細め、平然としているモアンを睨む。


「説明を」

「別にいいだろう。そんなもの」

 眉間にしわを寄せ、不満顔の永倉だ。

 無言のまま、藤堂が僅かに口を尖らせている。

 毎度のことなので、秋吉は静かに待っていたのだ。

 諦めの境地も含まれた表情で、杉本も静観していた。


「説明を聞いてから、食べてください」

 強めの声音で、獲物を狙う強者を窘めた。

「面倒臭いやつだ」

「伍長」

「わかった。さっさとやってくれ」

 背凭れに、永倉が背中を預ける。

 それに合わせるように、藤堂の殺気も穏やかなものになったのだ。


 早々に、この押し問答を諦め、モアンの料理の説明が始まった。

 料理名から口にし、いつもとは違う工夫点を上げていく。

 それを、延々と聞かされるのだ。

 四人とも黙って、酒を飲みながら聞いていった。

 これが毎回行われる一通りの流れだった。


「……以上です。では、食べましょう」

 一斉に、四人の箸が料理へ伸ばされる。

 モアンが作った料理を堪能し、さらに酒が進んでいったのだ。


「上手いな」

 甘辛く焼いた肉を頬張る永倉。

 賛同するように、藤堂も食べながら、何度も頷く。

 食べている様子を傍観しながら、モアンが上手い酒を味わう。


(今回も、みんな喜んでいるようだな。次はもっと上手いものを作るぞ)


 口元が緩みながら、酒のペースが速まっていった。

「モアンも、飲んでいないで、食べろ」

 作った当人が食べていないことに気づき、永倉が食べるように促した。

「では」

 自分が作った料理を食べ始める。

「上手い」

 強く頷くモアン。


「まだ、沖田はお前の料理食べたこと、ないんじゃないのか?」

 何気ない永倉の言葉に、逡巡していく。

「……そう言えば、そうですね」

「今度、作ってやれ」

「では、作ってあげますか」

 口の端が上がっているモアン。


 不意に、注目を浴びている沖田に、永倉が意識を持っていく。

「沖田、どんな評価を下すんだろうな」

「勿論、上手いと言わせます」

「どうかな? あの沖田だぞ」

 ニヤらしい笑みを覗かせている。


 二人のやり取りを、秋吉や杉本が傍観していた。

 自分のペースを崩さずに、藤堂は酒を飲んでいる。


「自信があります、沖田を唸らせる」

 不敵な笑みを零している。

「さすが、モアン」

 全然揺らがない自信に、少々呆れ気味な永倉だった。


(モアンの料理は、上手いからな、ただ、時間が掛かるだけで)


「じゃ、沖田を誘いますか」

 咀嚼し終えた後で、杉本が話に加わった。

 永倉とモアンを見比べる。

「だな。沖田が、どうモアンの料理に評価を下すか、見てみたいしな」

「決定ですね」

 ニコッとしながら、秋吉が紡いだ。


 瞬く間に、五品用意された料理を平らげてしまった。

「ふー。モアン、上手かった。次も頼む」

 満足げな顔で、永倉が労いの言葉をかけた。

「お任せください」

「つかの間の休息も、終わりですかね」

 何気なく、秋吉が名残惜しそうに呟いたのだ。


 それに対し、誰も頷いていたのである。

 連日、永倉たちは足を棒にし、確認作業に追われていたのだった。

 それぞれに、仕事をしたと言う実感が湧いていたのだ。


「俺たちにしてみれば、珍しく働いていたな」

「このところ、多くないですか?」

「だな、芹沢隊や新見隊が動かないのもあるな」

 疲れを滲ませる杉本の愚痴に、抱いていた見解を永倉が吐露した。


「「「確かに」」」

 モアン、杉本、秋吉が同意する。

 その脇で藤堂が表情を動かさずに酒を飲んでいた。


「近藤隊じゃなく、芹沢隊や新見隊の方がよかったかな」

 まだ大量に残っている確認作業に嫌気がさし、杉本の口から素直な気持ちが出てしまった。

「あそこは、芹沢隊長の機嫌一つで、やられるぞ」

「……それ、いやだな」


「それを思えば、副隊長は面倒だが、近藤隊長はいい」

 三人の隊長の顔を巡らせながら、モアンが口にしていた。

「……そうだが……やはり、こう仕事が多いと、疲れるし……、でも、やられるのは……いやだな。けど……」

 堂々巡りの吐露が止まらない。


「いい加減、諦めろ」

 うじうじし、悩んでいる杉本に辟易している。

 どっちつかずの瞳が、モアンを捉えていた。

「モアン」


「近藤隊長は、大方のことは許してくれるし、庇ってくれるだろう?」

「確かに」

「そうだと思いますよ。問題児の私たちを、何かと庇ってくれるんですから」

 納得していない素振りを窺わせる杉本に、秋吉もこの状況のよさを諭した。

「そうだな……」

 脱力しながら、杉本がテーブルに突っ伏した。


「このところ仕事が続いて、働いた実感力が半端ないな」

 沖田が深泉組に所属して以来、起きた出来事を走馬灯のように永倉が思い返していた。

「これが、当たり前だろう」

 無表情のまま、藤堂が突っ込んだ。

「「「「……」」」」


 咄嗟に、秋吉が永倉の顔色を窺った。

 けれど、怒る気配がない。

 何度も、瞬きをしていたのである。

「そうだな」

 すんなりと納得した永倉に驚愕しつつ、秋吉の中で安堵感も溢れていたのだ。

 何気ない藤堂の突っ込みに、時々腹を立て永倉が暴れ出すこともあったからである。


「それにしても。仕事しているわりに、これといった成果が上がらないな」

 連日の仕事の内容を、藤堂が口に出した。

「ヘースケも、そう思っていたか?」

「ああ」

「意味ないよな。わりと、この仕事は」

「だな」

 相槌を打った。


 二人の話に、他の三人が静観している。

「話を聞くのも飽きたから、どっかでケンカでも、してないかな」

 ぼやきを漏らす永倉。

「身体も訛っているし、確かに発散したいな」

「だろう」

 近頃、道場に行って身体を動かしていないと思う藤堂だった。


「「銃器組、何やっているんだろう、仕事せずに」」

 二人の会話を聞いていくうちに、モアンの眉間のしわが濃くなっていく。

「元々は、銃器組がする仕事じゃないですか? この仕事は。それなのに、俺たちが手伝っているのに、邪魔みたいな目つきするのは、やめて貰いたいですね。ムカつきますよね、あいつら」

 モアンと杉本が確認作業している際、銃器組が邪魔するなよと言う眼差しを傾けていたのだった。


「思い出すだけで、ムカつく」

 苦虫を潰したような顔で吐き捨てた。

「しょうがあるまい」

 苛立っているモアンを、藤堂が落ち着いた声音で窘めた。

 いきり立ちながらも、モアンはそれ以上、何も言わない。

 身も蓋もない人だなと思う杉本と秋吉だった。


「旦那方」

 永倉たちに、声をかけてきた人物がいた。

 それは彼らが使っている情報屋の男だった。

 みすぼらしい格好で、顔や首筋にガベガベに垢がこびりついていたのである。


「どうした? 何か面白い話でも見つけたか?」

 鷹揚な永倉の問いかけに、情報屋の男の顔が、ニタッと薄く笑っていたのだ。


(これは、面白い話が聞けそうだな)


 ほくそ笑む永倉。

 チラリと、藤堂に顔を傾ける。

 同じように感じたようで、藤堂の口元が微かに笑っていたのだ。


 まどろっこしい言い方が好まない藤堂が、単刀直入に聞く。

「いくらだ?」

 三本の指を見せる。

 それは、いつもの三倍を意味していた。


 僅かに、永倉の双眸が揺らぐ。

 だが、情報屋の男に気取られない。


(いい情報だったらいいが、時々的外れな情報もあるからな。……自信もありそうだし、ここは聞いてみるか)


「よし、いいだろう。その代わり、どうしようもない情報だったら、それだけの代償を払って貰うからな」

 情報屋の男に、永倉が睨みをきかせる。

 そして、懐から金を取り出し、渡した。

 情報屋の男も、しっかりと貰った金を確かめる。


「ありがとうございます。早速、話に入りましょう」

 永倉の耳元に、顔を僅かに近づけた。

「廃墟ビルに、柄の悪い集団が居座っています。その集団、薬を作っているようです」

 永倉の眉が、ピクリと動く。

 そんな反応に、情報屋の男の口元も緩んだ。


「そして、売っているようです。細かい場所はこちらに」

 勝ち誇った顔をしている情報屋の男が、汚い紙切れを渡した。

 徐々に、永倉の口角が上がっていく。


「上玉だ」

「それでは」

「じゃな」

 隣にいる藤堂に顔を注ぐと、コクリと頷き、聞いていたと示した。


「有意義な休息して、よかったな」

「ああ」

「すぐに報告しなくても、大丈夫だろう。もう少し、ゆっくりと酒を飲んで、英気を養おう」

 上機嫌な提案を、モアンたちも賛成し、酒を飲み始めるのであった。


読んでいただき、ありがとうございます。

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