第47話 確認作業2
連日の確認作業が疲れたので、永倉班はその疲れを癒すために、仕事をサボって馴染みの酒場に足を踏み入れていたのである。
贔屓にしている酒場は『ジン』と言って、店内は満員で賑わっていたのだ。
喧騒をよそに、慣れた手つきで秋吉が永倉と藤堂に酒を注いでいる。
勝手知ったる厨房と言う感じで、モアンと杉本が奥へ入り込み、自分たちが食べるつまみを作っていた。
料理が得意なモアンが、満足そうにでき上がったばかりのつまみを眺め、ほくそ笑む。
隣にいる杉本が助手として手伝っていたのだった。
「上手そうに、できた」
自画自賛し、盛り付けの細部まで拘ったつまみを掲げる。
そして、四方八方から綺麗に盛り付けられたつまみに見惚れていた。
「上手そうじゃないか。でも、何でそんなに盛り付けまで拘るんだ? 箸をつけたら、壊れるじゃないか。意味がないと思うが」
毎回、手伝いながら、盛り付けに拘る姿勢が、よくわからない杉本であった。
食べる時に崩れるのだから、普通に皿へ入れればいいものをと、呆れていたのだ。
盛り付けに拘るあまり、中々テーブルに持っていけないのである。
それが欠点でもあった。
「俺の美学だ」
「そうかよ」
胸を張っている姿に、嘆息を零した。
(面倒臭いやつ。料理は上手いが、盛り付けに時間が掛かるよな……。きっと、伍長はたらふく酒を飲んでいるんだろうな、今頃は。早く、俺も酒、飲みたい)
「さっさと、他の料理も仕上げるぞ」
「そうだな」
残りの料理を仕上げ、待っている永倉たちのところに運んでいく。
料理が待ちきれなかったので、かなりのペースで空のビンを空けていったのである。
つまみを運んでくるモアンたちの姿を、永倉が視界に捉えた。
混雑している店内を、細心の注意を払いながら、掻い潜っていく。
鼻高々にでき上がったつまみを、テーブルに置いていった。
「どうです。俺の自信作です」
上手そうだなと言う歓声と共に、モアンの言葉に耳を貸さない。
意識は、つまみに注視されていたのである。
味付けの他に、見た目も拘り、彩りも鮮やかなでき映えだった。
それらに躊躇なく、箸を伸ばそうと持ち上げる。
手をつけようとする藤堂や永倉の手が払われたのだ。
「おい」
「……」
手を払われた二人が目を細め、平然としているモアンを睨む。
「説明を」
「別にいいだろう。そんなもの」
眉間にしわを寄せ、不満顔の永倉だ。
無言のまま、藤堂が僅かに口を尖らせている。
毎度のことなので、秋吉は静かに待っていたのだ。
諦めの境地も含まれた表情で、杉本も静観していた。
「説明を聞いてから、食べてください」
強めの声音で、獲物を狙う強者を窘めた。
「面倒臭いやつだ」
「伍長」
「わかった。さっさとやってくれ」
背凭れに、永倉が背中を預ける。
それに合わせるように、藤堂の殺気も穏やかなものになったのだ。
早々に、この押し問答を諦め、モアンの料理の説明が始まった。
料理名から口にし、いつもとは違う工夫点を上げていく。
それを、延々と聞かされるのだ。
四人とも黙って、酒を飲みながら聞いていった。
これが毎回行われる一通りの流れだった。
「……以上です。では、食べましょう」
一斉に、四人の箸が料理へ伸ばされる。
モアンが作った料理を堪能し、さらに酒が進んでいったのだ。
「上手いな」
甘辛く焼いた肉を頬張る永倉。
賛同するように、藤堂も食べながら、何度も頷く。
食べている様子を傍観しながら、モアンが上手い酒を味わう。
(今回も、みんな喜んでいるようだな。次はもっと上手いものを作るぞ)
口元が緩みながら、酒のペースが速まっていった。
「モアンも、飲んでいないで、食べろ」
作った当人が食べていないことに気づき、永倉が食べるように促した。
「では」
自分が作った料理を食べ始める。
「上手い」
強く頷くモアン。
「まだ、沖田はお前の料理食べたこと、ないんじゃないのか?」
何気ない永倉の言葉に、逡巡していく。
「……そう言えば、そうですね」
「今度、作ってやれ」
「では、作ってあげますか」
口の端が上がっているモアン。
不意に、注目を浴びている沖田に、永倉が意識を持っていく。
「沖田、どんな評価を下すんだろうな」
「勿論、上手いと言わせます」
「どうかな? あの沖田だぞ」
ニヤらしい笑みを覗かせている。
二人のやり取りを、秋吉や杉本が傍観していた。
自分のペースを崩さずに、藤堂は酒を飲んでいる。
「自信があります、沖田を唸らせる」
不敵な笑みを零している。
「さすが、モアン」
全然揺らがない自信に、少々呆れ気味な永倉だった。
(モアンの料理は、上手いからな、ただ、時間が掛かるだけで)
「じゃ、沖田を誘いますか」
咀嚼し終えた後で、杉本が話に加わった。
永倉とモアンを見比べる。
「だな。沖田が、どうモアンの料理に評価を下すか、見てみたいしな」
「決定ですね」
ニコッとしながら、秋吉が紡いだ。
瞬く間に、五品用意された料理を平らげてしまった。
「ふー。モアン、上手かった。次も頼む」
満足げな顔で、永倉が労いの言葉をかけた。
「お任せください」
「つかの間の休息も、終わりですかね」
何気なく、秋吉が名残惜しそうに呟いたのだ。
それに対し、誰も頷いていたのである。
連日、永倉たちは足を棒にし、確認作業に追われていたのだった。
それぞれに、仕事をしたと言う実感が湧いていたのだ。
「俺たちにしてみれば、珍しく働いていたな」
「このところ、多くないですか?」
「だな、芹沢隊や新見隊が動かないのもあるな」
疲れを滲ませる杉本の愚痴に、抱いていた見解を永倉が吐露した。
「「「確かに」」」
モアン、杉本、秋吉が同意する。
その脇で藤堂が表情を動かさずに酒を飲んでいた。
「近藤隊じゃなく、芹沢隊や新見隊の方がよかったかな」
まだ大量に残っている確認作業に嫌気がさし、杉本の口から素直な気持ちが出てしまった。
「あそこは、芹沢隊長の機嫌一つで、やられるぞ」
「……それ、いやだな」
「それを思えば、副隊長は面倒だが、近藤隊長はいい」
三人の隊長の顔を巡らせながら、モアンが口にしていた。
「……そうだが……やはり、こう仕事が多いと、疲れるし……、でも、やられるのは……いやだな。けど……」
堂々巡りの吐露が止まらない。
「いい加減、諦めろ」
うじうじし、悩んでいる杉本に辟易している。
どっちつかずの瞳が、モアンを捉えていた。
「モアン」
「近藤隊長は、大方のことは許してくれるし、庇ってくれるだろう?」
「確かに」
「そうだと思いますよ。問題児の私たちを、何かと庇ってくれるんですから」
納得していない素振りを窺わせる杉本に、秋吉もこの状況のよさを諭した。
「そうだな……」
脱力しながら、杉本がテーブルに突っ伏した。
「このところ仕事が続いて、働いた実感力が半端ないな」
沖田が深泉組に所属して以来、起きた出来事を走馬灯のように永倉が思い返していた。
「これが、当たり前だろう」
無表情のまま、藤堂が突っ込んだ。
「「「「……」」」」
咄嗟に、秋吉が永倉の顔色を窺った。
けれど、怒る気配がない。
何度も、瞬きをしていたのである。
「そうだな」
すんなりと納得した永倉に驚愕しつつ、秋吉の中で安堵感も溢れていたのだ。
何気ない藤堂の突っ込みに、時々腹を立て永倉が暴れ出すこともあったからである。
「それにしても。仕事しているわりに、これといった成果が上がらないな」
連日の仕事の内容を、藤堂が口に出した。
「ヘースケも、そう思っていたか?」
「ああ」
「意味ないよな。わりと、この仕事は」
「だな」
相槌を打った。
二人の話に、他の三人が静観している。
「話を聞くのも飽きたから、どっかでケンカでも、してないかな」
ぼやきを漏らす永倉。
「身体も訛っているし、確かに発散したいな」
「だろう」
近頃、道場に行って身体を動かしていないと思う藤堂だった。
「「銃器組、何やっているんだろう、仕事せずに」」
二人の会話を聞いていくうちに、モアンの眉間のしわが濃くなっていく。
「元々は、銃器組がする仕事じゃないですか? この仕事は。それなのに、俺たちが手伝っているのに、邪魔みたいな目つきするのは、やめて貰いたいですね。ムカつきますよね、あいつら」
モアンと杉本が確認作業している際、銃器組が邪魔するなよと言う眼差しを傾けていたのだった。
「思い出すだけで、ムカつく」
苦虫を潰したような顔で吐き捨てた。
「しょうがあるまい」
苛立っているモアンを、藤堂が落ち着いた声音で窘めた。
いきり立ちながらも、モアンはそれ以上、何も言わない。
身も蓋もない人だなと思う杉本と秋吉だった。
「旦那方」
永倉たちに、声をかけてきた人物がいた。
それは彼らが使っている情報屋の男だった。
みすぼらしい格好で、顔や首筋にガベガベに垢がこびりついていたのである。
「どうした? 何か面白い話でも見つけたか?」
鷹揚な永倉の問いかけに、情報屋の男の顔が、ニタッと薄く笑っていたのだ。
(これは、面白い話が聞けそうだな)
ほくそ笑む永倉。
チラリと、藤堂に顔を傾ける。
同じように感じたようで、藤堂の口元が微かに笑っていたのだ。
まどろっこしい言い方が好まない藤堂が、単刀直入に聞く。
「いくらだ?」
三本の指を見せる。
それは、いつもの三倍を意味していた。
僅かに、永倉の双眸が揺らぐ。
だが、情報屋の男に気取られない。
(いい情報だったらいいが、時々的外れな情報もあるからな。……自信もありそうだし、ここは聞いてみるか)
「よし、いいだろう。その代わり、どうしようもない情報だったら、それだけの代償を払って貰うからな」
情報屋の男に、永倉が睨みをきかせる。
そして、懐から金を取り出し、渡した。
情報屋の男も、しっかりと貰った金を確かめる。
「ありがとうございます。早速、話に入りましょう」
永倉の耳元に、顔を僅かに近づけた。
「廃墟ビルに、柄の悪い集団が居座っています。その集団、薬を作っているようです」
永倉の眉が、ピクリと動く。
そんな反応に、情報屋の男の口元も緩んだ。
「そして、売っているようです。細かい場所はこちらに」
勝ち誇った顔をしている情報屋の男が、汚い紙切れを渡した。
徐々に、永倉の口角が上がっていく。
「上玉だ」
「それでは」
「じゃな」
隣にいる藤堂に顔を注ぐと、コクリと頷き、聞いていたと示した。
「有意義な休息して、よかったな」
「ああ」
「すぐに報告しなくても、大丈夫だろう。もう少し、ゆっくりと酒を飲んで、英気を養おう」
上機嫌な提案を、モアンたちも賛成し、酒を飲み始めるのであった。
読んでいただき、ありがとうございます。




