第46話 確認作業1
隊長や副隊長と言う立場でも人員不足のために、近藤も土方も単独で外回りをし、行方不明者の調査を行っていたのである。
待機部屋に一人だけ残し、後は全員、外に駆り出されている状況だ。
少しでも調査に時間を割くために、二人は調査状況を確かめ合うのに、逐一、外で落ち合っていたのだった。
竹里通りは比較的に治安もよく、並んでいる店の多くも繁盛している。
だが、薬が蔓延し始めてから、徐々にではあるが治安の方も悪くなっていく。
その一角である脇道に入るところで、近藤が人の動きに目を配っていた。
警邏軍がいるからと言って、何か仕出かすやからがいない訳ではない。
ここで待っている間に、二人のスリを捕まえ、銃器組に渡していたのである。
「遅れて、すいません」
律儀に頭を下げる土方。
土方が遅れた訳ではなく、近藤が早く到着していた。
予定していた時間よりも、二人は早く顔を合わせることができたのだ。
それでも上司である近藤を、待たせてしまったと言う思いが強い土方だった。
「約束の時間よりも、早いぐらいだ。そう、謝るな」
「ですが」
「そう畏まるな」
「いいえ」
(トシにも、困ったものだ。どうしたら、もう少し柔らかくなるのやら)
軽く肩を竦め、近藤が嘆息を吐いた。
「肩、大丈夫か?」
「……平気です」
一瞬、瞳が宙を彷徨う。
「鳴瀬大将にも、困ったものだな」
「……」
発せられた言葉に、思わず土方が破顔した。
(山崎が知らせたのか? あれほど、話すなと釘を刺していたのに……)
「言っておくが、山崎ではない。一言も私に報告していない。トシの忠実な部下だよ。私の知り合いが、たまたま見かけ、知らせてくれた」
「……そうでしたか」
苦虫を潰した顔を覗かせていた。
近藤以外にも、土方の肩の異常を察知している者がいる。
だが、誰一人として、それを口に出す者がいない。
勿論、沖田もその一人だったが、だんまりを決め込む土方を一瞥しただけで、騒ぎ出すことがなかったのである。
そんな弟に薄っすらと冷たいものを感じたが、あえて無視したのだ。
「心配をかけて、申し訳ありません」
「それはいい。ただ、当分は荒事をするな」
「大丈夫です」
顰めっ面を前面に出してくる。
トシらしいと苦笑してしまう。
けれど、部下を窘めるのも上司の役目と、真剣な表情を作って諭す。
「これ以上、痛めて使えなくなったら、どうする? 今は、安静にし、無理をするな。これは上司命令だ、いいな、トシ」
「……わかりました」
渋々了承したが、納得いっていない顔だ。
(納得いっていないな……。きっと、何かあれば、トシのことだ、動くだろう。とにかく注意しておかないと。誰か、張り付かせておくか? トシ相手に上手くできる者と言えば……、様子を見ることで止めておくか……。とりあえず、荒事がないことだけ、祈っておくか)
「ちょうどいい具合に、仕事も忙しいものだが、荒事ではない」
「はい」
「その間に、肩を治しておけ。腕のいい沖田も入ってきたことだし、少しは後方でじっとするのも、いいかもしれない」
それとなく、おとなしくして置くように誘導するつもりが、自分の方にも降りかかってしまう。
「……それは近藤隊長も、だと思いますが?」
土方の眼光が、視線を外す近藤を捉えている。
「そうか?」
「……」
「私は、後方でラクをさせて貰っているが……」
「私はそれ以上言いません。ですが、近藤隊長。無理はよしてください」
真摯な眼差しを注がれてしまう。
それ以上、弁明することができない。
「わかった。トシもだぞ」
「……わかりました」
互いに、前方に出てしまう上司二人だった。
「ところで、トシの方は、どうだった?」
「よくありません。日にちが経ち過ぎて、証言が曖昧で」
首を横に振っていた。
(どこも同じだな。全員、勤皇一派とかかわっている訳でないだろうし、中には純粋に家出をしている者もいるだろうし、後は事件に巻き込まれた可能性もあるだろうし……。一番の厄介事は、事件に巻き込まれたケースだな。早く、断定したいが、こう証言が曖昧だと……困ったものだ)
頭の痛い出来事に、頭を抑えたい衝動を堪えている。
そんな近藤の気持ちを察している土方。
それでも聞き及んだ話をしない訳にはいかないと、意を決して口を開く。
「これは未確認ですが、銃器組は見つかった死体を安置しただけで、死体の身元を洗っていないようです」
深いしわが刻まれていった。
「信憑性は低いのか、高いのか」
「高いと思います」
思わず、近藤は頭を抱え込んだ。
(何をやっている銃器組!)
土方の肩の件を持ち込んだ、かつての同僚はそんな話を一切していなかった。
いや、自分たちの怠慢を話せなかったのかもしれないと思い至り、自分同様に真面目だった同僚に、同情が込み上がっていく。
(八神のやつ、大丈夫か? きっと、はらわたが煮えくり返っているだろうな。だからと言って命令を無視し、勝手な行動も取れないし……。随分と雁字搦めにあっているようだな)
近藤に伝えた内容は、芹沢の件や土方の肩のこと、そして、深泉組を抜かした、警邏軍総出で、行方不明者の上流階級の子息息女の捜索に、当たっていることを話していたのだった。当初は、銃器組で当たっていると聞いていたのだ。まさか、それ以上に仕事を放棄し、行方不明者の捜索に、当たっているとは思ってもみなかったのだ。
「死体も確認もした方がいいな。その中に含まれている可能性もあるからな」
大量のリストを振ってみせた。
「銃器組には?」
「私から、小栗指揮官に伝えておく」
「承知しました」
「では、誰を向かわせますか?」
「そうだな」
隊員たちの顔を思い浮かべていく。
(適任は、山南班なのだが……、銃器組の怠慢に何か言ってくる可能性もあるな。それにこの前の件もあるし。そうすると、斉藤班か、島田班になるな。でも、あそこは動かしたくない、……となると、永倉班か、原田班……。しっかりしている井上もいることだし、ここは原田班に任せるか。こういう仕事もさせないとな、少しは)
「原田班を、そちらに回すように」
意外すぎる人選に、目を剥いてしまう。
斉藤班か、島田班と思考していたからだ。
まさかの人選に、すぐに言葉も出てこない。
「トシ。こういう仕事もさせるべきだろう。井上もいることだし、任せてみようと思う」
「しかし……」
言葉を濁してしまう。
どうしても、真面目に仕事をするとは思えないし、取りこぼしがあっては困るからだ。
「大丈夫だ。ここは信じてみよう」
「……」
すんなり同意できない土方。
近藤にとっても、賭けに近いようなものだった。
「それに、私やトシがいる。私たちがサポートすれば、大丈夫だろう」
「承知しました。そのように私の方から伝えておきます」
「頼む」
「特命組の、かつての知り合いから聞いたのですが、特命組も行方不明者の捜索に当たっているようです」
「私も、その話を聞いた」
「どう、思いますか?」
ここまで行方不明者に、人員を割くこと自体、おかしなことだった。
自分の中で予測をしていたが、上司の近藤の意見も聞きたかったのである。
「きっと、偉い人の関係者が含まれているのだろうな」
(やはり。だからと言って、ここまでやるのか? 上層部が考えることはバカげている)
二人して、大きな嘆息を吐いてしまう。
「仕事を放り投げているのですから、相当な人物の関係者なのでしょうね」
「そこまで深く入り込むのはよそう。私たちには関係ないことだ」
「そうですね」
「とりあえず、自分たちに与えられた仕事を一つ一つこなしていくことだ」
その頃、色街の近くにある牡丹通りでは……。
島田班が行方不明者の確認を行っていたのである。
この辺一体でも、行方不明者が急増していたのだった。
「かなりの人がいるんだな」
「だな」
行方不明者の名簿の一覧表を見て、思わず三浦がぼやいてしまった。
何気ない呟きに、島田が律儀に答えたのだった。
ここに二人しかいない。
他の隊員とは、別行動をとっていた。
待機部屋に毛利が残っているので、島田が三浦と、有間が山崎と組んで、別れてこの近辺で、確認作業を行っていたのである。
ばつが悪そうにしている三浦に、ニヤッと笑っていた。
「……すいません」
「いいさ。私も随分と多いって思っていたから」
次の行方不明者の関係者に会うために、歩いている二人。
「意味があるんですか? こんなに日数が経っているのに」
ずっと思っていた疑問を投げかけた。
「意味はあるさ」
隣を歩く島田の横顔を見つめた。
「仕事をやっていますよって」
「……」
いたずらな笑みを漏らしている島田。
それに対し、何とも言えない顔している。
「言い訳ですか」
「そうだな。それに向こうも、少しは安心しているだろうよ。捜査されているって」
「それって……」
納得できない顔つきの三浦の頭を、ごしごしと撫で回した。
「私たち下っ端は、言われている仕事をやればいいの。悶々と考え込んでいると、疲れるぞ」
「すでに歩き回って、疲れています」
口を僅かに尖らせ愚痴る。
ずっと歩き回っていたのだ。
「仕事終わりに、飲むか?」
「いいです。明日仕事ができなくなりますから」
きっぱりと断った。
「そんなに飲ませないぞ」
嫌がっている三浦の顔を覗き込む。
逆に、島田の顔は不敵な笑みを漏らしていた。
「飲ませますよ、いつも。次の日の仕事、大変なんですから」
「そうか」
「そうです。それよりも、仕事をしましょう」
「だな」
「島田伍長、この辺は先ほども言いましたが、行方不明者が多いですよね、他の地区と違って」
「ま、こんなところにいると、いろいろと不満があるんだろうよ」
周囲を、ぐるりと見渡していた。
それに習うように、三浦も周囲を窺う。
まだ、昼間だと言うのに、平気で客を捜している女が多かった。
通りの隅に、子供たちの小さな集団が、いくつもでき上がっていたのである。
(きっと、母親の仕事が終わるのを待っているのだろうな)
「地方の人間が、都に流れているらしい」
「そうなんですか」
目を丸くしている三浦は、都出身で地方のことに疎かった。
「地方で妖魔が暴れ、村を襲っているらしい。外事も押さえ込んでいるらしいが、どうも後手後手のようだな。そのせいで、地方から人が入ってきているようだ」
仕入れた情報を聞かせた。
「知りませんでした」
「今度、沖田辺りに聞いたら、どうだ?」
完全に、三浦の目が泳いでいる。
そんな仕草に、口角を上げ、眺めていた。
「三浦もそうだが、千葉も、沖田を敬遠しているだろう」
「……」
実際に、二人とも沖田に近づこうとしない。
沖田の歳で、S級ライセンスに合格したことに嫉妬していたのだ。
上昇志向が高い二人は、そのために沖田と距離をとっていたのだった。
「毛利や井上、後水沢なんかは沖田と話しているぞ」
「……」
悔しげに、唇を噛み締めている。
「勉強でも、見て貰ったら、どうだ?」
「いやです」
強く断言した。
「年下に教わることに、矜持が許さないか」
「はい」
揺るぎない眼差しを注いでいた。
一生懸命に勉強している姿を知っているので、心から階級試験に合格してほしいと島田も願っていたのである。そして、そのためには矜持よりも、沖田の教わった方がよいこともだ。
「でもな、そうやって闇雲に勉強してても、どこがダメなのか把握していないんじゃないか? 他の人から教えて貰って、何か掴むかもしれないぞ」
真摯な意見に、心が揺らぐ。
「……善処はします。けど……」
「善処と言う言葉だけ聞けたことで、一歩前進したか」
「……」
「階級試験、頑張れよ」
「ありがとうございます」
頭を下げ、礼を伝えた。
読んでいただき、ありがとうございます。




