第44話 芹沢隊と新見隊
新見隊に所属している茨木つかさが、深泉組の待機部屋でネットを駆使し、情報収集している。彼女は新見隊の中でも、情報収集能力に長けていて、新見や芹沢の信頼が厚い人物でもあった。
茨木の他にも、新見隊や芹沢隊の隊員がちらほらいる状態で、ここにいない隊員は仕事を放り出し、どこかへといっていたのだった。
そこへ、待機部屋に戻ってきた平山と平間の姿を視界に捉えた。
僅かに、茨木が眉を潜める。
二人は芹沢隊に所属し、芹沢を警護しているからだ。
そして、芹沢を抜かし、芹沢隊の中でも一番と二番の剣の実力を持っている。
「警護は?」
「戻っていろって、指示された」
顔を上げ、胡乱げに自分たちを見ている茨木に、平山が答えた。
答えを聞いた瞬間、上層部の誰かのところへ脅しに言ったことを察する。芹沢は上層部などに脅しをかける際は、大抵一人で行動することが多いからだ。
警護するように命じていても、たびたび芹沢は単独行動をすることがあった。
誰も実力を知っているので、気にしてもいない。
「面白い情報、ないのか?」
どっかりと、腰を下ろした平間が口を開いた。
警護対象がいないので、暇を持て余している。
「まずは、芹沢隊長と新見隊長が先。あなたたちに話したら、勝手なことされて、後で怒られたんだから」
咎めるように、二人を睨んでいる。
ばつが悪い二人。
決して、茨木と視線を合わそうとはしない。
以前、情報を先に提供したことがあり、勝手に部下を引き連れ、商家の屋敷にゆすりにいった経緯があったのだ。
その後、芹沢によって、何人かの部下が斬られ、平山、平間、茨木などは能力を買われていたこともあって、斬られることがなかったが、次はないと言われていたのである。
それ以来、仕入れた情報を、まず芹沢と新見に伝えることにしていた。
「……それよりも向こうは、忙しそうね」
その際の腹立ちさが癒えていないが、あえてそれ以上は踏み込まずに話題を変えた。
視線の先は、隣の近藤隊を指している。
近藤隊に与えられている場所に、島田班の毛利しか残っていない。
他の隊員たちは、外へ出払っていたのである。
「例の行方不明者だろう?」
「あれ」
哀れむ視線を、茨木が傾けている。
かなり前から、行方不明者の情報を手に入れていたのだ。
けれど、それを提供する義務はないと捨てていた。
ただし、芹沢と新見には報告済みだった。
「大変だな」
他人事のように、平間が口にした。
同じ深泉組である以上、芹沢隊も新見隊も仕事が入っているにもかかわらず、一切行方不明者の所在確認をしていなかったのである。
「面倒な仕事、やりたくないんだけどな」
近藤隊の隊員の様子を窺っていた。
「確か。だいぶ前らしいな」
「銃器組が、ほっといたものを真面目にやるとは」
呆れ気味な眼差しを、傍観している平山が注いでいる。
近藤隊は誰一人として、遊んでいる人間がおらず、真面目に仕事に邁進していたのだった。
「どうせ今さら、懸命に仕事したって、悪評が変わらないのに」
「「そうだな」」
自嘲している茨木に、同意する二人。
「私たちのところまで、来るかしら?」
改めて近藤隊の忙しさに目を傾けたら、自分たちのところまで仕事が来るんじゃないのかと心配になってくる。
ネットで情報収集を常に行っているので、面倒な外回りの仕事をしたくなかったのだった。
「芹沢隊長、次第じゃないのか」
「そうだな。隊長が拒否すれば、絶対に仕事がこないし」
「でも、小栗指揮官から……」
不安げな視線を、平山と平間にぶつけた。
小栗指揮官からたびたび芹沢や新見が呼ばれ、仕事をしろと言われていることを部下たちも認識していたのだった。
渋面する二人。
「とりあえず、言われるまで、ゆっくりと遊んでいればいいだろう」
「だな」
「そうね」
茨木、平山、平間が待機部屋で話している間、芹沢が警邏軍の中にある、とある部屋に訪れていたのである。
部屋の中は真っ暗で、一切灯りが灯されていない。
「珍しいですね。あなたが出張ってくるなんて」
暗闇の先にいる人物に向け、鷹揚に芹沢が声をかけた。
芹沢の位置から、前にいる人物を見ることができない。
それでも、相手が誰なのかわかっていたのだ。
「私以外だと、殺される可能性もあるからな」
辟易した低い声音だが、怒りを全然感じさせないものがあった。
(随分と、憔悴しているみたいだな)
「そうですね。あなた以外だったら、斬っていたかもしれませんね」
平然と、本音を吐露した。
そんな芹沢を半眼する。
暗闇でも、互いの表情が手に取るようにわかっていた。
「よくも言えるな」
「事実ですから」
目の前にいる男の前に、近づかない。
ある程度の距離を置いて話していたのだ。
顔の見えない男、それは万燈籠のトップに君臨している男だった。
「かつての仲間を殺して、心が痛まないのか?」
嘲りが含まれている声にも、芹沢の顔色が変わらない。
痛くも、痒くもないと言った、飄々としたままだ。
「仲間ですか。もともと顔も知らないので、仲間とは言えませんね」
芹沢の解答に、鼻先で笑っている。
「それに、無駄なことをしたのは、そちらですよ。私を襲ってくるなんて。無謀としか言えませんね」
淡々と語る芹沢の声音が、落ち着き払っていた。
「私もやめろと言ったのだが、他の者がな。お前を許せないと言って、やっていることだ。言っておくが、私は命じていないぞ」
「承知していますよ。あなたは私のことを知っているから。ですが、あなたが止められないのなら、随分と、そちらの求心力が落ちたのではないのですか」
ニンマリと、芹沢が微笑んでいる。
それに対し、万燈籠のトップが不愉快な顔を浮かべていた。
「痛いことを言うな」
「感じたことを申しただけです」
「確かに。私を蹴落として、トップになろうとするやからがいるな」
嘲笑している芹沢の声が、部屋に響いている。
物怖じしないで、万燈籠のトップが構えていた。
「私が、それらの部下たちを斬ったことで、だいぶあなたに敵対するやからが減ったのではないのですか」
「助かっている。だがな、優秀な人材も不足気味だ」
「それは、それは」
自分はかかわりないことと言う、口ぶりを醸し出す芹沢。
油断なく、目の前にいる芹沢を見据えているままだ。
「そう言えば、お前のところにいる沖田。あれを取り込もうとするやつらもいるぞ」
「無駄なことを。あなたは取り込もうとは、しないんですか」
呆れた顔を、素直に覗かせていた。
「お前のようになっても、困るからな」
あっけらかんとしている。
「そうですか。もっともな判断かと思います」
周囲の警戒を怠らず、芹沢が終始警戒をしている。
相手をある程度信用していても、万燈籠に昇りつめたトップであるため、気が抜けないのだ。そして、目の前にいる万燈籠のトップも、同じことを抱いていたのである。
「私を呼び寄せた理由は、何ですか? 昔話をするためではないでしょう?」
「勿論だ」
「では、早速話してください」
「いたずらが過ぎるぞ」
「いたずら?」
言いたいことを把握していたが、あえてとぼけてみせる。
身に憶えがないと言う素振りを覗かせていた。
「上層部や、他のところをゆすっていることは構わん。だが、勝手に殺すのはやめろ」
先ほどとは違い、声が低くなっていた。
ここに訪れる前にも、警邏軍の上層部に行って、ゆすってお金を巻き上げてきたばかりだった。
「あなたにとって、不味い人でも入っていましたか」
ふっくらとしている頬を上げる。
愉悦に浸っていた。
「……」
答えないことを、肯定と読み取ったのだ。
(さてさて、どの方なのだろうな)
「あまりいいご友人がいないようですね」
「……」
黙ったままでいる万燈籠のトップ。
(随分と、老いぼれになったものだ)
「私は、私が好まない人間を斬っているだけです」
「いい気になっているのか?」
声音に、僅かばかり険が含まれている。
「いい気?」
首を傾げてみせた。
「芹沢!」
「私は、自分が悪い人間だと思っていますよ。だから、私よりも、クズな人間を抹殺しているだけです」
一段階低い声で、芹沢が答えた。
間違ったことはしていないと言う意志も込められている。
「自覚をしているのか?」
やや呆れ気味の答えが返ってきた。
「えぇ。しっかりと」
万燈籠のトップが逡巡し、口を開く。
「確かにクズだな。だがな、やるにしても、早すぎた」
「あなたの意見は、聞きません」
即座に返した。
「忠告だ」
「では、私は好きなようにさせていただきます」
微かに、芹沢が頭を下げた。
「好きにしろ」
「えぇ」
「後、万燈籠の人数を減らすな」
「それは、あなた方次第です」
芹沢の口元が笑っていた。
「……私に、出張れと」
面倒臭いと言う顔を滲ませていた。
「いつまで、椅子に腰掛けているつもりですか?」
「私は、のんびりしているのが、好きなんだがな」
「そうしているから、トップを取ろうとするやからが出てくるんでよ」
「確かにな。でも、そうしないと、誰が私と反しているか、わからないだろう?」
「でしたら、そろそろ動くべきかと」
真摯に進言した。
「そうだな」
「でしたら、私はこれにて」
「ああ。久しぶり話して面白かった」
「私もです」
読んでいただき、ありがとうございます。




