第42話 光之助の決意
今年、最後の投稿となります。
来年も、週一のペースを崩さないように頑張ります。
沖田と安富は深泉組の待機部屋に戻り、膨大な量の書類に目を通していた土方に報告を済ませ、自分の席につく。
残りの仕事を片づけてから、帰るために待機部屋を後にした。
警邏軍のビルを出ると、建物に寄りかかっている光之助の姿を捉える。
「光之助」
呼びかける声に気づき、その声の主に顔を傾けた。
そして、驚いている沖田に向かって近づいていく。
「ソージ兄ちゃん。待っていたんだ」
いなくなった草太のことが心配で、何か情報が入ってないかと来たのだった。
心痛な表情を覗かせる光之助から、全然情報が掴めないことを察する。
「草太のこと、ちゃんと聞いているよ」
「ありがとう」
「紹介して貰った情報屋の人にも、話して見かけたら、連絡くれるように頼んでおいた」
「そうか」
いろいろと手を尽くしてくれている話に、心の重りが少し軽くなるのを感じていた。
胸の中で頼んでよかったと思う光之助だった。
「歩きながら、話そう」
「うん」
終始笑顔の沖田に促され、並んで歩き始める。
電灯の明かりがつき始めた道を、ゆっくりと歩みを進めていく。
「あっちの人たちは、大丈夫?」
気になる三人のことを尋ねた。
このところ仕事が忙しく、足を運んでいなかったのである。
ずっと、光之助一人に頼んだままだった。
「うん。マリアも萌も乃里も元気だよ。言われた通りに、定期的に食事を運んでいるよ」
美希に頼まれた三人を見つけて以来、沖田と光之助の二人で面倒を見ている。
(何気に深泉組って、仕事忙しいな……。もっと暇なのかなって思っていたのに。ほぼ、芹沢隊や新見隊が仕事をしていないせいか……。でも、近頃は銃器組も、特殊組も、特命組も仕事していないからな……。今度、いたずらでも仕掛けようかな)
優しい微笑みを光之助に注ぐ。
「ありがとう。亮たちにも話していない?」
「勿論。でも、葵に話して手伝って貰いたい。ダメか?」
懇願する眼差しに困ってしまう。
(うーん、どうしようかな。できるだけ。知る人が少ないのがいいんだけど……。ま、いいか。葵はしっかりしているし、それに口も堅いし)
「わかった。ただし、誰にも言ってはいけないことはしっかりと伝えて」
「うん。それはわかってる」
承知していると、胸を張る光之助。
密かに、乃里に頼まれた伝言を思い出す。
「後。乃里に、頼まれた」
「何を?」
可愛らしく首を傾げる。
通りを歩いている人たちの多くが、愛嬌のある沖田の仕草に目が釘付けだ。
多くの女性の頬が朱色に染まっている。
「医者を紹介してくれって。萌が隠しているらしいんだけど、どうも具合が悪いみたいなんだ。それで医者に診て貰いたいみたい」
(医者か……。知り合いにいないし、誰かに紹介して貰おうかな)
「それも了承した。後、何かある?」
周囲の視線も気にせずに、話を進めていく。
距離があるので、二人の会話まで聞き取れないのはきちんと把握していた。
「これは、俺の感想だけどいい?」
「いいよ」
想像以上に、光之助がいい働きをしてくれるので、思わずニコッと笑みを零した。
「三人とも、ずっと籠もりきりだろう?」
「そうだね」
「きっと、精神的に少し参っているみたい。早く場所を移動した方がいいかも」
(確かに。あそこ環境的にも、不衛生だったし……。どうしようかな)
「そっか。できるだけ、場所を見つけようとしているけど……」
仕事が忙しく、住む場所を見つけ、確保する時間がなかったのである。
「俺のところへ、ひとまず来ても平気だよ」
光之助の提案に、首を横に振った。
「ダメ。あの辺は、警備強化の対象になるかもしれないから」
「でもさ、銃器組、仕事していないぞ」
クスッと笑ってしまう。
銃器組が仕事を放り投げているのは、誰の目から見ても明らかだったのだ。
「僕の知り合いってことで、光之助が見張られている可能性があるからね」
とんでもない発言に、渋面し、咎めるような眼差しを傾けてくる。
(そんなに睨まなくってもいいのに。兄さんみたい)
「ソージ兄ちゃん、何かやったの?」
「いろいろかな。でも、S級ライセンスってことで、見張られているみたい」
困った顔を覗かせた沖田。
意外と面倒臭いだなと、哀れみの視線を注いだ。
「取らない方が、よかったんじゃないの?」
「そうかも。目立つみたいで、結構見張られていた」
ぼやきを漏らした。
今も見張られているのかと、周囲を窺う仕草に、苦笑しながら大丈夫と声をかける。
「何で?」
はっきりと言い切る様子に訝しげた。
「人捜しで、忙しいみたい」
人捜しの言葉で、合点がいった。
「とりあえず、ソージ兄ちゃんが、もっとしっかりしてくれよ」
しまりのない表情している沖田に発破をかけた。
どっちが年上なのか、わからない。
「うん。頑張る」
本当に?と、怪しげな視線を注ぐ。
「本当だよ、光之助」
「じゃ、信じてあげよう」
「ありがとう」
(やっぱり、兄さんだ。これ以上、兄さんに似たら、いやかも)
「深泉組は、今何をしているの?」
「今まで放置されていた行方不明となっている人たちの周辺の聞き込み?」
小さく首を傾げている沖田と、眉間のしわが寄っている光之助。
「俺たちのような?」
「そう」
とんでもないでしょと、困ったような顔に書いてある。
光之助が、大きく嘆息を吐いた。
「銃器組、仕事する気ないだろう」
「かもね」
愛嬌ある笑みを漏らす。
(光之助の言う通りに、仕事する気ないね、あれは。ホント、ちょっとお仕置きしないと、ダメかもしれないね)
「随分前から、行方不明が出ているのに。何やっているんだよ、銃器組は」
その双眸は、非難めいていた。
ますます光之助の中で、銃器組のイメージが悪くなっていく。
「でしょ?」
「聞き込み、上手くいっているの?」
「全然ダメ。時間が経ち過ぎているものも多いし……。逆に遅いって怒鳴られて、話も聞けないところもあるからね」
現在置かれている状況を話した。
部外者に話してはいけないことなのに、あっさりと暴露したのだ。
「それ当たり前だよ。俺たちのこと、何だと思っているんだよって感じ」
「そうだよね」
お疲れモードな顔を、ご立腹の光之助にみせた。
やれやれと、持っていたお菓子を沖田にあげる。
「はい、ソージ兄ちゃん。これ食べて、元気出せ」
「うん。食べる」
お菓子を貰い、咀嚼する。
貰ったお菓子を食べ終わった後で、隣にいる光之助に顔を注いだ。
「ところで。草太って、昔から一人でいることがあったの?」
行方が全然知れない草太の話題を持ち出した。
光之助たちと一緒にいても、草太は一人でポツンとしていることが多かった気がしていたからだ。
問いかけに、首を振って否定する。
その表情が悲しげだった。
口が重い光之助。
「何か、あったの?」
「うん……」
俯いて歩いている姿を凝視している。
「……笑っていた、草太の顔、見たことある?」
振り返って逡巡してみても、心の底から笑った顔を見たことがない。
「ないな」
「昔は、よく笑っていたんだ。けど、三年ぐらい前かな、草太の母ちゃんが死んでから、あいつ笑わなくなったのは。それから、段々と俺たちから距離を取ろうとしたのは。でも、それじゃダメだと思って、俺たちはよく連れ出していたんだ」
「そうか」
元々、草太の母親は身体が弱く、寝たっきりのことが多く、三年前に身体をさらに壊して亡くなった話を語った。
「医者も、金がないからって言って、診てくれなくってさ。栄養失調で、あっと言う間だった気がする。医者も診てくれないほどだったから、勿論食べるものをなかったし……」
話を聞きながら、相槌を打っていた。
三年前のことを思い返している。
沖田がいた地方でも、例年以上に食べる物が少なく、身近にいた人たちが死んでいくのを見ていたのである。
(あの時か……。確かに、あの年は酷かったからな)
「俺たち貧乏人は金がないから、医者も診てくれない」
都が乱れている現状を、肌で感じ取っていたのである。
地方ほど酷くないが、目に見えて、徐々に悪くなる一方だったからだ。
(さてさて、どこまで隠し通せるんだろう? こんなに悪化しているのに。……勤皇一派も、どこまでやれるんだろうか)
「草太。何か言っていなかった?」
問いかけられ、必死にいなくなる頃のことを思い返している。
逡巡している姿を、穏やかな表情で見守っていた。
「そう言えば、草太のやつ。こんな時代だから悪いんだって言っていた気がする」
「こんな時代?」
「うん。確か、そんなことを漏らしていた」
「こんな時代ね……」
「確かにさ、荒れているけど、俺、結構好きだよ。今」
「そうか」
「みんながいるからさ。今日食べる分の食べ物がない時だってあるけど、亮や葵、高志に瑞希、……それに草太がいるから。勿論、ソージ兄ちゃんもね。この世の中も捨てたもんじゃないって思えるんだ」
憂いてはいない光之助の瞳が、どこか生き生きとしている。
「ソージ兄ちゃんは?」
「うーん。そうだね、僕も結構好きかも。楽しいし」
楽しいと言う言葉に、微妙な顔を覗かせた。
「楽しいって言うのは、ソージ兄ちゃんぐらいな気がする」
「そう?」
「そうだよ。ソージ兄ちゃん、凄く楽しんでいるだろう?」
「うん」
無邪気に返事してみせる姿に、やれやれと首を竦める。
「俺、最近深泉組のやつらに同情している」
「どうして?」
首を可愛らしく傾げる沖田。
「ソージ兄ちゃんに、振り回されているんだろうなって」
(大正解。さすが光之助、しっかりと見ているな)
「そんなことないと、思うけど?」
「嘘つけ」
胡乱げな視線を送っていた。
「……極々一部の人かな。でも、この前、怒られちゃったから」
口を尖らせ、剥れる。
「その怒った人、可哀想」
「怒られた僕じゃないの?」
可愛らしく、すがるような眼差しを注いでいた。
「だって、きっとその人が一番振り回されているんじゃないの?」
「……そうだね」
「ほら。ソージ兄ちゃん、人を振り回して、遊ぶのも程ほどにしないと、いつかしっぺ返しが来るよ」
年下の子に窘められても、甘えるような仕草をやめない。
「しっぺ返しね……。光之助も一緒に受けてくれる?」
「やだ。でも、助けてやってもいいけど」
渋々と言った顔をみせる。
なんだかんだ言っても、面倒見がいいのだ。
「助けてくれるんだったら、それでいいや」
頼りないようで、頼りになる沖田のことを見上げる。
「頑張ってよ、ソージ兄ちゃん」
「わかった」
二人が話している間に、光之助の家の近くまで来ていた。
沖田の前に出て、立ち止まる。
「ここでいいよ。後は帰れるから。ソージ兄ちゃん、俺にも手伝わせてくれない?」
真剣な眼差しを注いでくる。
その眼光が、決して譲れないと語っていた。
「……危険と言うことはわかっているね」
コクリと一つ頷く。
「死ぬかも、しれないよ」
同じように頷いた。
「その覚悟はあるよ、ソージ兄ちゃん。だから、俺一人でやる」
「光之助は、強いね」
必ず、光之助が一人で自分のところに来るとわかっていた。
そして、危険を承知で、仕事を求めてくることを。
「僕が強くなければ、みんなのこと守ることができない」
光之助の言葉で、幼い日のことが蘇っていた。
(潤平兄ちゃん……。そうか、光之助は潤平兄ちゃんにも似ていたのか……)
「やって貰いたい仕事がある」
意志の固い光之助に、仕事を頼む。
仕事の内容を聞き、あどけない少年の顔に戻っていった。
「了解」
「よろしくね」
走って帰っていく姿を見送っていると、光之助が一度立ち止まり、沖田の方に身体を傾ける。そして、大きく手を振ってから、また、走り出して帰っていった。
その姿が見えなくなるまで眺めている。
読んでいただき、ありがとうございます。




