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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第3章  自負 後編
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第41話  至って真面目な山南

 土方たちが持ってきた資料を元に、班ごとで行方不明者の確認作業をすることになった。

 山南班は、鳥越地区を担当することになる。


 山南、藤川、千葉と、尾形、水沢の二つに分かれ、行方不明の関係者に話を聞き回った。鳥越地区は比較的に治安がいいものの、確認作業は難航していたのである。

 日が経過し、詳しい内容を聞き取れなかったことや、来るのが遅いと掴み掛かれるほど相手側が苛立っていたことが原因だった。


 それでもコツコツと丁寧な作業を行い、少しでも話を聞くことに徹していたのである。

 山南たちは、十五歳の少年がいなくなった家で話を聞いていた。

 周囲にある家よりも、より一層ぼろく、生活が困窮しているのがひと目でわかるほどだ。


「息子さんは、四月二十六日にいなくなったんですね。その前に、誰かが訪ねたりしていませんでしたか? 或いは誰かと話しているところを見ていたと言う話も聞いてませんか?」

 何年も髪を梳かしていないような母親が、必死に思い出そうとした。

 けれど、わからないと首を振る。


 その母親に、行方不明となっている十五歳の息子の他に、小さな弟たちが五人もいたのである。小さな弟たちは、隙間から山南たちのことを不安そうに見上げていたのだった。


「息子さん、仲のよかった友達とかいますか?」

 話を無視し、山南に食って掛かっていく。

「早く、見つけてくださいよ」

 すがってくる母親を宥めようとするが聞こうとはしない。

「落ち着いてください」


「こっちは、困っているんですから」

 突き放すことができたが、そんな手荒い真似をしなかった。

 手厚い扱いを貫いていたのである。

「話は後で聞きますから。まず質問に答えてください……」


「働き手のあいつがいないと、食っていけないんですから」

 必死な形相で、母親が山南の制服を掴み懇願してくる。

 それでもいやな顔一つしないで、対応していた。

 背後にいる藤川と千葉の表情が、どこか冷ややかだ。


 この母親は働きに行かずに、行方不明の息子を幼い頃より働かせていたのである。そういった情報が頭の中に入っていたので、こんな生活がいやで出ていたんじゃないかと、うっすらと二人は醸し出していたのだった。


「大丈夫ですよ。捜査はしますから」

 真摯に対応する。

「お願いしますよ」

「いい加減しな」

 母親から少し離れた場所に座っていた、行方不明の祖母が口を挟んできた。


「うるさい。黙ってな」

 噛み付くように、母親が吐き捨てた。

 山南たちに傾けていた表情とは違い、忌々しげな眼光を覗かせている。

 それでも、祖母の口が止まらない。

「鉄市は自分の意志で出て行ったんだよ。こんな暮らしに嫌気がさしたのさ」

 蔑むように、祖母が母親のことを眺めている。


「何、言っているんだ! そんなこと言ったら、捜してくれないだろうが。このクソババア」

 ギロリと、祖母のことを睨む。

 身体を縮ませ、小さな弟たちが強張っていた。


「くだらない男に引っかかっているお前に、嫌気がさしたんだろうよ。働いた金は、その男たちに貢いでいるんだからね」

「「「……」」」

 そうした情報を、山南たちも掴んでいたのだ。


「うるさい。黙れ!」

 睨み合う母親と祖母。


 傍観している間に、いつの間にか掴み合いのケンカが始まってしまった。

「「「……」」」

 唖然と、その母娘ケンカを見入っている。

 互いの髪を掴み、あいている手で顔や身体を殴っていた。

 挙句に、足で蹴飛ばし合ってもいたのだ。


 山南たちは、この家族関係を、ここに訪れる前から把握していた。行方不明の息子の父親が死んでから、この母親は幾人かの男たちを渡り歩いていたのである。

 そのために下の弟たちは、それぞれ父親が違っていたのだった。

 泥沼のような母娘ケンカに、辟易している藤川と千葉。


 冷静さを取り戻した山南が、小さな弟たちに声をかける。

 相手が小さな子供と言うこともあって、子供に目線を合わせるように膝を折り、穏やかな表情を心掛けた。

「お兄ちゃんが、知らない誰かと話していたところ、見たことあるか」


 怯えながらも、五人とも首を振っている。

 じっと、山南の顔を凝視していた。

 小さいながらも、相手を見極めようとしているのかと口元が緩む。


「知っている人と、話しているのを見掛けたことあるか」

 二人がコクリと頷いた。


(少し、光明が見えたか)


「お兄ちゃんの友達?」

 コクリと頷く二人。

「この辺の子?」

 一人が頷き、もう一人が首を傾げていた。

 ターゲットを、首を傾げた子供に決める。


「どんな子?」

「……」

 不意に、母親が山南と子供たちの掛け合いに気づき、言葉を詰まらせている子供の頭を叩く。

「誰と、しゃべっていたんだい」

 一刻でも、上の息子に戻って働いて貰いたい母親は形振り構っていられない。


 急に叩かれたので、子供が大泣きし始め、収拾がつかなくなる。

 とりあえず、母親たちを宥め、後日改めて話を聞くことにし、家を後にした。


「凄かったですね」

 小さい子を殴るなと祖母が殴った母親と、またケンカが始まり、その場がさらに修羅場と化したのである。

 それを三人で止めに入っていった。

 一人が泣き始めたせいもあり、他の四人もつられるように泣き始め、生々しい喧騒のはずなのに、周囲にいる住民が誰一人として助ける者がいなかった。


「あれ、日常茶飯事なんだろうね」

 ぼやきながら、藤川が隣にいる千葉に視線を注ぐ。

 我を忘れている祖母からの攻撃を、藤川は自慢の顔を避けることに成功したものの、千葉は頬やこめかみ辺りが変色し始めていたのだ。


 渋面している千葉が、返答を返す。

「ですね。誰一人として、止めに入りませんでした」

「気づいていたか? 母親も祖母も傷跡があったのを?」

 試すような双眸を覗かせていた。

「えぇ?」


「普段から、取っ組み合いのケンカしていたんだろうね」

 しみじみとした感じで、藤川が口にしていた。

 その事実を聞くまで、気づかなかったのである。


 数歩先を行く山南の口が開く。

「子供たちの身体にも、傷があったのを気づいていたか?」

「「……」」

 二人のことは気づいていたが、大して子供たちを観察していなかったので見逃していたのだった。それに対し、山南は子どもたちと話しながらも、それぞれの子供をよく眺めていたのである。


「施設に、連絡しておくように」

「わかりました」

 僅かに、悔しげに藤川が返事を返した。


「凄かったですね」

 母親の剣幕振りを振り返って、千葉が本音を漏らした。

 その顔は、ややぐったり気味だ。


「あんなものよ。どこも大して変わらない」

「そうなんですか?」

 身近なにあんなふうに、狂乱する母親を見たことがなかったので、千葉は軽い眩暈を起こしていたのである。

 元々裕福家庭で育ったので、未だに深泉組にも見回りをしている場所にも馴染めなかったのだ。

 放心状態の千葉に、クスクスと可愛く笑う藤川。


「お坊ちゃま。仕事を頑張ると息巻いていたのは、どなたですか? 勉強も大切ですが、体力もつけ、もう少し周囲の勉強も必要ですよ」

 学力に自信ある千葉だったが、生活水準の違いのせいで、世間に疎い面があり、体力や剣の腕前に至っては、女性である藤川にもあっさりと剣で負けてしまうほどだった。

 小バカにされたので、ブスッとした顔を覗かせる。


「せっかくのいい顔が、さらに台無しですよ。お坊ちゃま」

「……お坊ちゃまは、やめてください」

「はいはい。お坊ちゃま」

「藤川さん……」


 恨めしげに、茶化す藤川を睨んでいる。

 可愛い千葉をからかっていたのは、精神的に疲れていたせいもあった。


「帰ったら、一緒に医務室まで付き合ってあげますよ。お坊ちゃま」

 口を尖らせ、不満顔全開にしている。

「お坊ちゃまは、可愛いですね」

 頭を撫でようとした手を、千葉が払い除ける。


「反抗期ですか? では、少し稽古でもつけてお仕置きしないと」

 徐々に、藤川の口角が上がっている。

 千葉自身も遊ばれていると認識しつつも、勝てる気がしない。


「私から一本取るまで、稽古しましょうね」

「……」

 これまで一度も剣で、一本取ることができなかった。


 戦意喪失している千葉に、頭を撫でようとすると、これまで黙っていた山南の口が開く。

「藤川。千葉をからかうのも、その辺にしておきなさい」

 少し強い声音で、窘めたのだった。


 精神的にダメージが激しかったせいもあり、ばつの悪い表情を覗かせる藤川。

 助かったと安堵していると、山南が立ち止まり、身体を二人に傾ける。

 それに合わせる形で、二人も立ち止まった。


「千葉。藤川の言う通りな部分もあるぞ」

「……」

「昇進試験の勉強もいいが、体力もつけなければダメだ。それにもっと見回りに精を出して、世間のことをもっと知るように。自分の物差しで、何でも測ってはダメだ。客観的に物事を眺めるように」

 厳しい叱責を千葉に与えたのだ。

「……はい。そうします」

 しゅんと、か細い声を漏らした。


「藤川。稽古は、明日以降にするように」

「はい。そうします」

 話が終わった途端、山南がまた歩き始める。

 それについていくように、二人も歩き始めた。


 先ほどまでの陽気な雰囲気が一切ない。

 三人とも、口を結んでいた。


 別な家に向かっている最中、同じように話を聞き回って確認作業をしている沖田と安富に出逢う。

 互いに気づいたので、情報交換するために近づいていった。

「何か、めぼしい情報があったか?」

 表情を引き締めた山南が安富に問いかけた。

 安富の隣に立つ沖田が、藤川と千葉の様子がおかしいことに気づく。


(何か、辛気臭いな。……二人とも山南さん辺りに怒られたのかな? 藤川さんは機嫌悪いし、千葉さんは僕に敵意剥き出しの顔をしているし……。一体、何言われたのだろうな……。きっと安富さんも、二人のこと気づいているはずなのに、無視しているし……。殺伐として、いやだな……)


「ないです、これと言って。随分と、日数が経っていますから」

「……そうだな」

 何かあるのではないか?と、少し期待めいたものを山南の中で抱いていた。

 裏切られた感が否めない。

 強い脱力感に襲われる。


 背後から、千葉が愚痴を零した。

「どこも、同じですね」

 顔に、疲労感を滲ませている。

 いろいろと疲れている千葉の前に、沖田はマシュマロが入った袋を突き出した。


「どうぞ。甘いものを取って、少しは疲れを癒してください。千葉さん」

「……」

 マジマジと、無色透明な袋を見つめる。

 袋の中に、ぎっしりとマシュマロが詰まっていた。


 何なの?と言う顔で、微笑んでいる沖田と、袋に入ったマシュマロを交互に見比べている。

 隣にいる安富は、またやっているなと少々呆れ気味だ。

 訝しげに、マシュマロが詰まった袋を山南が睨む。


「……沖田。これ、どうした?」

「貰いました」

「……賄賂では、ないか」

 首を傾げ、安富の顔を見ている沖田。


(沖田。面倒を押し付けるな、そんな目をして)


「……山南さん。これは事情を聞いた家からではなく、歩いていたら貰ったものです」

「……でも、それは賄賂だろう」

 低い声で、問いただした。

 その声音だけで、咎めていることを察する。


「どうも沖田は街の者から、人気があるようで、よく頂き物を貰いますが、決して貰った者に融通するものではありません。純粋に頑張ってと言って、くださるものです」

 太い眉がピクピクと動き、軽く息を吐き出した。


(わぁ! 眉が動いている。面白い!)


「……そうか。わかった。以後、気をつけるように」

「はい」

「はい。気をつけます、山南伍長」

 愛嬌たっぷりの笑顔を注いでくる。

 そんな沖田の仕草に、太い眉がまた動いた。


(山南伍長、厳しいけど、やっぱり面白い人だ)


 ゴソゴソと沖田が袋からマシュマロをいくつか出し、千葉の前に出すと、条件反射で受け取ってしまう。

 けれど、藤川と山南には通用しない。

 返すに返せなくなった千葉。


 山南を気にしながら、手にいつまでも持っていられないので、急いで口に放り込み、咀嚼して飲み込んだ。

 チラッと、山南の顔色を窺う。

 何も言ってこない様子に、ひと安心する千葉だった。


「こんなに、日数が経っているからだな」

「ですね」

 憔悴が微かに見られる安富が返答した。

 話を聞いても、記憶が曖昧になっていて、詳しく事情を聞き出すことが難しかったのである。互いに自分たちの仕事が無意味なことを承知でも、仕事だからと割り切り、少しでも情報を得ようと努めていたのだった。


 夕日が落ち始め、周囲がオレンジ色に染められている。

「戻るのか?」

 頭を軽く振ってから、山南が今後のことを尋ねたのだった。


「帰ろうと思います。明日、出直そうかと。山南伍長たちは、どうしますか?」

「後、二件ほど回ってから帰るつもりだ」

「そうですか。ご苦労様です」

「仕事が残っているなら、どうぞ」

 ニコニコと、沖田が無理やりにマシュマロが入った袋を千葉に握らせた。


「こ、これ」

 慌てふためく千葉。

「食べてくださいね。おいしいですよ」

 愛嬌ある顔に返すことができなくなり、無言の山南を気にしながら千葉が貰った。


 二人は夕日に向かって、帰っていった。

 その後ろ姿を山南が目を細め、眺めている。


(……安富たちのように、切り上げるか……。ダメだ、後、二件回らなくては)


 黙っている山南に、居た堪れない千葉が、頭を下げて謝った。

「すいません。貰ってしまって」

「バカ」

 藤川が小さく呟いた。

 うっと、言葉を詰まらせる千葉。


 嘆息を零してから、山南が千葉に身体を傾ける。

「貰ったものを捨てる訳にもいくまい」

「……ありがとうございます」

 気持ちを奮い立たせ、二人を見つめる。


「では、行こうか」

 薄暗くなっている方へ、足を踏み出していった。

 それに藤川と千葉がついていく。

 

読んでいただき、ありがとうございます。

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