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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第3章  自負 後編
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第40話  鳴瀬大将

 銃器組では、行方不明になっている少年少女たちの行方を捜していたが、徐々に行方不明者の数が増えてくばかりだった。

 手掛かりがなく八方塞がりとなり、とうとう深泉組まで行方不明者の捜索に当たることになったのである。


 捜査することになった深泉組が、その資料を貰いに、土方と山崎が銃器組の部屋に出向いていた。露骨に注いでくる無遠慮な視線を気にせずに、土方が淡々と銃器組の担当者から資料と軽い説明を受けている。

「以上だ。後はよろしく」

「わかりました」

 軽く頭を下げ、早々に銃器組を後にした。


 貰った資料を携え、土方とその背後についている山崎が、自分たちの待機部屋へ歩いている。

 その間も、銃器組の不快感を滲ませる視線が続けられていたのだ。

 視線に惑わされることなく、胸を張って土方たちも歩いていく。


(ここまで酷くしてから回すな。それも手つかずのままのものを……、すべてこっちに回して。話を聞くにしても、遅過ぎて、心証が悪いだろうが)


 説明を聞いているうちに、段々と眉間が深くなっていくのを、必死に堪えていたのだ。そして、噛み付きたい衝動も、同時に抑え込んで、土方が無言を通していたのだった。

 今も、剣幕を思いのまま、ぶち撒きたいのを堪えている。

 周囲に銃器組の人間がいるので、感情を表に出すのを我慢していた。

 そのせいもあって、歩く速度が若干いつもより速めになっていたのだ。


 人通りがようやく少なくなったところで、土方が軽く嘆息を漏らす。

「大丈夫ですか?」

 気遣うように声をかけた。

 控えていた山崎にも、必死に堪えているのを感じ取っていたのである。

 普段、山崎の口数が少ない。

 忠実に、土方に仕えているからである。


「大丈夫だ」

「随分と、隠していましたね」

「ああ」

「ここまでほっとかずに、さっさとこちらに回していれば……」

 チラリと、手にしている資料に目が向いてしまう。


 土方と山崎の手に、膨大な資料があった。

 不意に、眉間のしわを濃くし、訝しげている土方を見つめる。


(同意だ。ここまで被害が広がることもなかったはずだ。ここまで酷くしたのは、銃器組の怠慢だ。銃器組は、何をやっていたんだ。深泉組に仕事を渡したくないと言う子供じみた理由だけで……くだらぬ)


「山崎。今は、何をしている?」

「見回りに」

「どんな状況だ」

「ピリピリしているようです」

「ピリピリ?」

 思案する土方。

 それを邪魔しないように、口を閉ざしている。


 街の中にすんなりと溶け込むことが上手いので、密かに天帝一族が住まうバラ園の周辺を当たらせていたのだ。

 他のメンバーは、あくが強すぎるために、目立ちすぎた。

 その点、平均的な容姿をしている山崎が適任で、こういった仕事を任せていたのである。

 山崎は島田班に所属しているが、ほとんど土方から命じられた危険な諜報の仕事に携わっていた。伍長の島田も、それを了承し、単独行動を見逃していたのだった。


 持っている資料に、山崎が簡単に目を通していく。

 思わず、愚痴を零してしまう。

「随分と、バカにされているな」

「これも、仕事だ」

 声を漏らしていたことに気づき、きつく口を結ぶ。


「気にするな」

 背後を窺わなくても、気落ちしている姿を見抜いていた。

「すいませんでした」


「資料を見た、感想は?」

「読むと、一切手をつけていません。こちらのものは」

 素直に、感想を吐露した。


 銃器組から与えられた仕事は、身分が下級な者や、庶民の行方不明者の洗い出しだった。簡単な捜索届けだけを出させ、それだけで何もしていなかったのである。

 自分たちは身分が上級の息子や娘の捜索で、深泉組に本当に行方不明なのか、それとも遊びや家にいることに嫌気がさして、家を出て行った者か、それすら判断がつかないものばかり、厄介な案件ばかり回したのだった。


(少しぐらい、分別ぐらいしておいてほしかったものだ。それすらやっていないとは……。つくづく銃器組は、深泉組が嫌いのようだな)


 僅かに、土方が嘆息を漏らした。

「時間がかなり経過しているものが多く、無駄足になるものばかりです。もう少し早く、手をつけていれば、少しは違っていたかもしれませんが……」

 語っている声音から、山崎が憤慨しているのを読み取ることができる。

 下級な者や、庶民の行方不明者は、どうでもいいのような扱い方だった。


(山崎の怒りもわかる。これは酷過ぎるからな)


「銃器組は、たるんでいます」

「……」

「これでは、やる意味がありません」

「だから、私たちが捜査するのではないか」

 高ぶっている忠実な部下に、冷静になるように促した。


「すいません。自分の考えが浅はかでした」

「とりあえず、仕事のことを話そう」

「はい」

「日に日に、行方不明者が増えているな」

「はい。忽然といなくなるケースと、塞ぎ込んで消えるケースがあるようです」

「この異様な状況に、関連性があると思うか?」


 話すことによって、仕事内容を整理しようとしていた。

 真摯に、山崎がそれに付き合っている。


「あると思います」

 一度、言葉を切ってから土方を窺う。


 黙ったまま、先を続けろと促したのだった。

「ほとんどの行方不明者に、接触していた人物がいるようです。ですから、自分の意志で、姿を消したのではないでしょうか。それに副隊長も、気づかれたと思いますが、誘拐の偽装が施された可能性があります。私たちを混乱させようとする意図が感じられます」


 銃器組から説明を受けている時から、土方も誘拐の偽装を疑っていたのである。

 銃器組の方では、気づいている様子がなかった。

 それほど、きちんと目を通していなかったことが窺える。

 大きな嘆息を吐いた。


(簡単に、目を通した山崎にだって、気づいたことを……。どうして、銃器組は気づかない。まったく、銃器組の連中はいかに、こちら側の捜査に関心がないのが見て取れる。銃器組の連中たちが!)


 僅かに眉間のしわを濃くするが、瞬時に冷静さを戻っていく。

「私も、同意見だ」

 安堵の色を滲ませる山崎。


 そんな山崎を無視し、先を続ける。

「なぜ、そのような面倒な真似をしたかだ。こんなに性急に? これでは私たちに教えているようなものだ」

 そこで、行き止まりとなる。


 回りくどいやり口に、勤皇一派がかかわっていることは間違いないと踏んでいるが、なぜここまで回りくどく、呼び寄せるような真似をしているのか?と逡巡していた。

 これまでは、堂々と仲間を増やしていたのだ。

 それなのに、急に回りくどいやり方になったことが解せない。


(警邏軍を撹乱させるためだろうな。でも、なぜ撹乱させる? 意味がないはずだ。……普段と違うとしたら……、唯一、私たちが動くことだろうな……。深泉組を動かすため? でも、何のために? 勤皇一派にとって、深泉組や銃器組に違いはないはず……。だったら、目的が違うのか? それとも何か目的があるのか? 後は別なところが新しく動き始めているのか……)


 結局のところ、解答が得られない。

 渋面する土方。


「私も、そこに疑問を感じます。まるで深泉組を呼び寄せているような……」

「銃器組ではなく、深泉組を動かしたい理由……」

 思考を奥深くまで潜らせていく。


 現状を口に出し、山崎は少しでも考える手助けをする。

「私たちは、他の組より堕ちた仕事しかしていません。銃器組よりも、狙う必要性がないかと……」

「なぜなんだろう……」


(深泉組がしてきた仕事の中に、勤皇一派の琴線に触れたものがあったのか……。念のために調べておいた方がいいかもしれないな。頭が痛い。こうしていくと、仕事が増えていく。人員をどうするか? ……芹沢さんや新見さんたちにかかわらせたくないのに……。まったく困ったものだ。きっと、小栗指揮官はかかわらせろと言ってくるだろうし。あの人たちが出てきたら、確実に厄介だ)


「あちらを、もっと深く探りますか」

「いや。深入りするな」

「承知しました」


(……桂か、西郷。いや違うな。それじゃ坂本? もっと違う気がする。回りくどいやり方を好むのは……)


「土方副隊長」

 囁くように声をかけられ、現実に引き戻る。

 前に、意識を傾ける。


 そこに、警邏軍のトップである鳴瀬大将が、供二人をつけて歩いているところだった。

 鳴瀬大将に廊下を譲るため、二人は隅に移動し、頭を下げて立ち止まっている。

 歩く速度を変えずに、徐々に頭を下げている二人に近づいていった。


 隣にいる土方が気になり、チラッと様子を窺う。

 微かに顔が強張って、口がギュッと結ばれていた。


(土方副隊長、大丈夫だろうか。……何事もなく過ぎてくれればいいが)


 不安の元になる鳴瀬大将に、視線を戻した。

 二人の供を引き連れたまま、頭を下げている土方たちのところを通り過ぎずに、わざわざ二人の前で立ち止まったのだ。

 唐突な行動に、困惑気味な供の二人が静観している。


 何も話さず、ただ頭を下げている土方を睨んでいた。

 土方の方も、口を閉じたまま、頭を下げている。

 その場から立ち去るか、話しかけるか、しないと土方たちが動けない。


 埒の明かない状況に、二人の供が顔を見合わせていると、ようやく鳴瀬大将の重い口が開く。

「まだ、いたのか?」


 持っていたステッキで、激しい衝撃音を響かせる。

 思いっきり、土方の肩を叩きつけたのだ。


 ギョッとしている二人の供。

 悔しげに、唇を噛み締めている山崎。

 ステッキはどけられることもなく、土方の肩に置かれたままだ。

 ステッキに力を入れているようで、肩に食い込んでいる。


「……はい。深泉組で副隊長をしております」

 苦痛で声が震えないように意識していた。

「あそこは、まだ潰れていないのか?」


「……健在です」

「そうか。そう言えば、沖田が所望していたから、そのままにさせたのだったな。私も歳かな」

 五十を過ぎているとは思えないほど、声に迫力を感じさせる。


「まだまだ、現役で戦えるかと存じます」

「そうか」

 苦悶の声を出さずに、鳴瀬大将から受けるしごきに耐えている。

 この状況を打破できない自分に、必死に山崎が我慢していたのだ。

 以前に、同じような状況が会った時に、何もするなと強く土方から命じられていたのである。


 鳴瀬大将の嫌悪を漂わせるオーラ。

 気圧されている二人の供が、あたふたとしていた。


「深泉組は、なぜここにいる? 関係ないはずだが?」

「捜査を手伝うように命じられましたので、説明とその資料を貰いに窺いました」

 現在、続出している行方不明者の手伝いをする旨を伝えた。


「そうか。邪魔しないように、手伝うんだな」

「はい」

「それよりも、深泉組は役に立つのか?」

「……役に立つように、頑張る所存でございます」

 眼光を見開き、ステッキを持っている腕に力を注ぐ。

 すると、苦悶に耐える土方から、微かに呻き声が漏れていた。


「私に、口答えか」

「いいえ。そんなつもりはありません」

 こめかみから、一筋の汗が流れ落ちる。


「後、問題を起こす、素行の悪い連中が多いようだな。副隊長ならば、しっかりと指導しておくように」

 ギラギラとする双眸を、頭を下げ続けている土方に傾けたままだった。

「……はい」

 言いたいことだけ言って、鳴瀬大将が歩き始めた。


 姿が見えなくなったところで、気遣うように肩の具合を確かめようとする。

「大丈夫ですか?」

 具合を確かめようとする山崎を制する。

 だが、肩を僅かに動かしただけで顔を顰めた。

「うっ」

 激痛が全身に駆け巡っていく。


 咄嗟に、残りの資料を土方から奪い取った。

「私が持ちます」

「……頼む」

 素直に資料を持って貰うことにした。

 叩かれた肩の下の辺りを手で押さえ込んだ。


「冷やしましょう」

「いや。資料を持っていかねば」

「先に冷やすべきです。その後、私が隊長のところへ持って行きます」

 必死に懇願してくる山崎に、否とは言えず、従うことにする。

「わかった」


「では、医務室に行きましょ」

「ああ」

 ケガした土方を気にしながら、医務室に向かって歩き始める。


「山崎。前にも言ったが、何もするなと言ったはずだ」

「……申し訳ありません」

 鳴瀬大将がステッキに力を込めていた際、我慢できずに山崎がギラギラとする殺気を放出させていたのである。

 それを土方が注意していたのだった。


「いろいろと、大将と言う立場で、何かあったのかもしれない。それで虫の居所でも悪かったのだろう。昔から機嫌が悪いと、その辺のものに当たる癖があった方だ。たまたま、その日に私たちが当たってしまっただけだ。それに鳴瀬大将には、ああする理由がある。だから、余計なことを近藤隊長に話すな。いいな、山崎」

「……わかりました」


 悔しげな山崎の顔を見据え、厳しい表情を緩ませ、いつもの表情に戻っていった。

「それより、忙しくなる。山崎も、こちらを率先して手伝ってくれ」

「承知しました」


読んでいただき、ありがとうございます。

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