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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第2章  自負 前編
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閑話(2)

第26話後の話になります。

 どこからともなく、備品係と書かれたバッチをつけた斉藤が待機部屋に戻ってきた。

 黒、赤、青のペンが入った箱を手にしていたのである。


 一目散に、備品を保管している戸棚に足を運んでいた。その様子を事務三人組が食い入るように凝視していたのだ。

 その顔はどこか悔しげだ。


 手にしているものによって、どこに行っていたことが誰しも把握できたのだった。

「備品部に、行っていたんですね」

 何気なく井上が口に出していると、一緒に話していた毛利が頷いた。

 他にもテーブルを囲んで、水沢や沖田もいたのである。


 彼らは集まって、お茶を飲みながら喋っていたのだった。

 茶菓子は沖田が貰い物した饅頭でだ。

「いつになったら、外すのだろうな」

 物憂げな水沢の視線が、バッチに注がれている。

 外してほしいと思っていても言えない。


「無理では、ないでしょうか」

 口元がやや引き率気味な井上が言葉を紡いだ。

 誰も、異を唱える者がいない。

 井上と水沢が落胆の溜息が漏れていた。


 バッチのせいで、深泉組がさらにバカにされていたのだ。

 バカにされているのは、いつものことで慣れていた。

 だが、それがバッチのせいと、なるとやるせなかったのである。


「毎日、行っているようです」

 知り合いから、仕入れた情報を毛利が話した。

 人付き合いが上手い毛利は、深泉組以外の人とも付き合いがあったのだ。そういった人たちから、いろいろな話を聞いていたのである。

 その中で、斉藤が備品部に連日のように通っていることを暴露したのだった。


「「えっ。毎日」」

「えぇ。毎日です。それにいろいろと注文もするようです」

「ってことは、一応毎日ここに来ていたんですね……」

 遠い目をする井上だった。

 一日、斉藤が顔を出さない日もあったのだ。


「注文って、何を注文しているんだろう」

 頭を捻りながら、水沢が疑問を口に出した。

「知っていますか? 備品を保管している戸棚、凄く充実しているの」

 さらに、とんでもない話を毛利が付け加えた。


「そうなんですか?」

 意外な話に、水沢が目を丸くしている。

「必要なのか、意味不明な備品まで揃っていますよ」

「「へぇー」」

「楽しそうですね、斉藤伍長」

 愛嬌のある顔で沖田だけ、違った返答をしていた。


「「「……」」」

 沖田の意見に、同意できない面々。


「あっ、そうだ」

 声を上げ、立ち上がる沖田だった。

 それを井上たちが首を傾げながら、見上げている。

 ニコッと、微笑んでいる沖田に見入っていたのだ。


「どうしたんですか? 沖田さん」

 早く沖田の微笑みから、回復した水沢が声をかけた。

「斉藤伍長に、渡すものがあったんです」

「渡すもの?」

「はい」

 満面の笑みを漏らしている。


 朝から、ずっと斉藤は顔を出していない。

 そのために、渡す機会を待っていたのだった。

「すいません、少し席を外させて貰います」

「あっ、はい」


 一緒にいた三人に頭を軽く下げ、自分の席に戻って、小さな箱を取り出したのである。そうしている間に、斎藤が自分の席に戻ってきたのだった。

 その近くでは、安富が事務処理を行って、ノールと保科がお喋りに興じている。

 いつもの風景が、そこにあった。


「斉藤伍長。ちょっと、よろしいですか?」

 微笑みを携え、無表情の斉藤を視界に捉えていた。

「何だ?」

 僅かに、首を傾げる斉藤。

 安富やノール、保科も、そんな二人を興味ありげに見つめている。


「これ。どうぞ」

 取り出した箱を、斉藤に渡した。

「これは?」

「新たな備品係のバッチです」

 その言葉に、持っている箱に斉藤が視線を傾ける。


「「「!」」」

 安富たちが、一斉に斉藤が手にしている箱に視線を止めていた。


 そんなことお構いなしに沖田が言葉を出していく。

「斉藤伍長がつけているバッチ、補強を行ったとは言え、痛んでいたんで、僕がデザインを考え、勝手ながら作らせて貰いました。斉藤伍長、どうぞ使ってください。後、なくしてもいいように一ダースです」

 なぜか、最後の一ダースと言う後に、ハートマークがついているような錯覚を誰も憶えていた。

 そして、とんでもない沖田の発言に、待機部屋にいた近藤始めとする隊員たちが瞠目している。


「……いいのか?」

「はい。今つけているものは額にでも入れて、飾ってください。一応、額も用意しておきました」

 どこまでも抜かりがない沖田。

「すまない」

「いいえ」


 無表情のままで、箱を開け、一つのバッチを取り出した。金属性でできており、精巧なデザインが施され、その中央部分にしっかりとデザインとは不似合いな備品係委員長と刻まれていたのである。

 鳳凰や龍、花などのモチーフが緻密に彫られていたのだ。


「雨や、戦闘にも耐えられるように、金属性にしてみました」

 楽しげに発している沖田に、思わず安富が軽い眩暈を起こしていた。

 怪訝な安富は、斉藤のバッチをつけてほしくない立場を取っていたのである。

 ようやく、外ではつけなくなったバッチが、今度はしっかりと外でも使用できるものになっていると言うことに、不快感を募らせたいたのだった。


 この場で突っ込みを入れたい安富。

 たが、ここに斉藤がいる以上、何も言えない。

 渋面しつつ、斉藤、バッチ、沖田を交互に見つめていた。


「そこまで考えてくれたのか」

 無表情の斉藤の顔が、キラキラと輝いて見える面々。

 外野が、斉藤がキラキラしていると騒いているのだ。

 そういった声が耳に入ってくるが、そういった声に沖田たちは耳を貸さないでいる。

 二人で会話を進めていったのだ。


「はい。外につけられないことを残念がっておられたので。ホントはもっと早く作って渡したかったのですが、いろいろと拘ってしまい、遅くなってしまいました」

 ただのバッチとは思えないでき栄えだったのだ。

 ただ、備品係委員長と刻まれていなければ。


「いや。嬉しい。ありがとう、沖田」

 にんまりと微笑んでいる斉藤。

 外野が、さらに斉藤が笑っているぞと大騒ぎだ。

 土方に至っては絶句している。


「いえ。斉藤伍長が喜んでいただけるだけで、僕も嬉しいです」

 ほのぼのと温かい二人の雰囲気だが、その他の隊員たちは、それどころではない。

 その中で、保科が口を開く。

「沖田さん。いつデザインしたんですか?」

「ここで、していましたよ?」

 愛らしく首を傾げてみせる沖田。


「……もしかして、たまにスケッチしていた、あれか?」

 思い出した疑念を、ノールが口に出していた。

 何度か、ノールたちは事務処理をさっさと終わらせ、スケッチしていた沖田の姿を見かけていたのだった。


 まさか、バッチのデザインを描いているとは思ってもみなかったのである。

 一人思い返している安富は、悔やまずにはいられない。

 遠い目をしながら、あの時に気づいていれば……とボヤいていた。


「はい。事務作業をさっさと終わらして、描いていました。デザインを考えていたら、いくつもの案が出てきて、最終的にどれにするか、迷ってしまいました」

 最後に、てへっと笑っている。


 誰も口に出さないが、何で余計な真似をしたんだと言う眼差しを、沖田に送っているが、一切無視し、微笑んでいる。

「沖田」

 表情を読めない斉藤に呼ばれ、身体ごと傾けたのである。

「はい」


「いつもありがとう。手伝ってくれたり、こうして気遣ってくれて」

「そんなことありません。僕が好きでやっていることですから」

「これに報いるために、考えたのだが」

 しっかりと斉藤の視線は、きょとんしている沖田を捉えている。


「副委員を頼みたい」

 熱い眼差しを斉藤が注いでいる。

 外野は、ゴクリとつばを飲み込んだ。

 誰の目も、こんなバカなことを広がるなと言う願いが込められている。

 それも、それでなくても沖田は目立つのだと誰の目も雄弁に語っていた。

 固唾を飲んで見守っている。


「僕がですか?」

「そうだ。本来なら、私と違い、気遣いができる沖田が適任なのかもしれないが、頼めないだろうか?」

「僕よりも、斉藤伍長の方が適任だと思いますよ。後、副委員のお話は受けさせて貰います、微力ながらお手伝いさせてください」

「ありがとう、沖田」

「よろしくお願いします」


 外野は、頭を抱え込んでいた。

 けれど、誰も止められない。


 持っていたバッチを、沖田の前に出した。

「では、備品係のあかしとして」

「いえ。自分のは、別に作ります」

「そうか」

「はい。それには、きちんと斉藤伍長の名前が裏に彫ってあるんです」

 沖田の言葉に促され、バッチを裏返すと、そこに斉藤始と刻まれていたのである。


「至れり尽くせりだな」

「そんなことありません。斉藤伍長はいつも自分のものに、しっかりと名前を書かれていたので、それを真似てみたんです」

「そうか」

「ですから、僕のものは後で作らせて貰います」

「そうだな」

「はい」


「そうだ、副委員となったら、挨拶しておいた方がいいな。今から時間、空いているだろうか? 空いているならば、一緒に備品部に挨拶に行こう」

「わかりました。少し時間、いいですか?」

「構わない」


 了承を得てから、沖田は井上たちのところへ行き、備品部に挨拶してくる旨を伝え、斎藤の元へ戻っていき、二人して備品部に行ってしまうのだった。

 残された面々が、お通夜モードだったのは言うまでもない。


読んでいただき、ありがとうございます。

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