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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第2章  自負 前編
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第38話  武市の処罰について

 西郷の部屋にはいろいろなものが鎮座し、統一感のない部屋になっていた。本人としては、シンプルなものを好んでいたが、幹部になってくると贈り物とかが多くなり、律儀に飾っていたのである。


 部屋につれてきた武市と二人だけだ。

「なぜ、坂本と争った」

 咎める西郷に、涼しい顔で答える。

「向こうから、突っかかってきたのです」

「だからと言って、騒ぎを起こすこともあるまい」

 騒ぎを大きくしないで、そうした対応もできたはずだと窘めた。


「私も好きで起こした訳ではありません」

 一貫して、飄々と答えていく。

 その素振りに、決して自分は悪くないと表していたのである。

「武市。今回のことを、私としても不愉快だ」

「……」


「それでも、処罰に反対したのは、勤皇一派にお前が不可欠だと思ったからだ」

「ありがとうございます」

 礼儀正しく、武市が礼を述べた。

 今回のことも、上層部の幹部たちに武市の処罰を寛大にと、頼んだのだった。そうしなければ、処罰の対象となっていたはずだ。


 武市自身、西郷が自分を援護してくれなければ、危なかったことをきちんと認識していた。それでも、多額の金額が入ることを選び、強行に仕事をしたのだった。


 それほど強い意志で、勤皇一派で掲げている、天帝家にトップについて貰おうと躍起になって動き回っていたのである。武市の中で、強い信念があったのだ。ただ、強硬なことばかりするので、武市の信念を理解しようとする人が、勤皇一派でも少なかっただけなのだ。


「西郷さんには、いつも感謝しています」

「だったら、少しはおとなしくしていろ」

「ですが、まだまだ資金不足です」


 多額の金が入っても、勤皇一派の資金としては、まだまだ足りなかったのである。

 頭の中は、さらに資金集めの算段でいっぱいだった。


「わかっている」

 渋面する西郷。

 お金があれば、更なる活動も行える。それに自分たちの掲げていることに一歩前進し、自分たちが理想とする形に近づくのだった。


「でしたら、積極的に影の部隊を活用し、資金集めを」

 何度も、武市は訴えてきたのである。

 積極的に影の部隊を活用し、資金集めをすることに。

 けれど、西郷もこの案を推奨する訳にはいかなかった。


「武市」

 諭すように呼びかけた。

「……」

 黙っている武市。

「お前の言い分はわかる。だが、坂本の言い分もわかる」

「……」


「親戚同士、もう少し仲良くできないのか」

「できません」

 きっぱりと否定した。

 その脳裏に同じように否定する坂本の顔が浮かび上がっている。


「武市」

「青臭いことを言う坂本を、理解できません」

「青臭いか」

「青臭いです。あれではいつになったら、実現できるのか。必ず、私たちの手で、変えるのです」

 二人は幼き頃は非常に仲がよかった。けど、いつの頃からか、袂が分かれてしまったのだ。


「そうだが……」

「そのために、お金が必要です」

「でも、人望も必要だ。武市のように好き勝手やっていて、人望が集まるのか」

「……」


 武市グループに、賛同している人数が少なかった。

 それも徐々に減っていたのだ。

 強硬なことをすればするほど、人望が失われていったのである。

 武市は自分のことよりも、理想を形にすることに心血を注いでいた。


「人望も大切だ」

「そんなことよりも、資金を集めて、変えるのが先決です」

「武市。人がついてこなければ、徳川宗家と同じ末路だ」

「……」

 徳川宗家は支持する人間が、徐々に減っているのが現状だった。


「少しは坂本を見習って、人望を磨け」

「西郷さん」

「これは命令だ。人望を磨くために、しばしの休息を与える」

「西郷さん!」

「これは命令だ!」

 大きな迫力に、気圧される。

 黙り込んでしまった武市。


「わかったら、即休息に入るように」

「……」

「後、休息をする際は気をつけろ」


 何だと、優しげな面差しになった西郷を見る。

 段々と、その表情が寂しげな眼差しになっていった。

 仲間同士で争うことを、西郷は何より嫌っていたのだ。

 意見のぶつかり合いはよしとしていたが、同士討ちはよしとはしなかった。


「武市をよからぬ対象と見る者がいる」

「……暗殺ですか」

 か細い声が、ようやく出た。


(まさか、そこまで嫌われているとは……。けれど、私は負けない。絶対に理想を実現してみせる。誰にも邪魔はさせない……)


「わからん。ただ、お前はだいぶ上層部の人間に睨まれている」

 おかれている現状を包み隠さずに伝えた。

 消えてほしくなかったからだ。


「……」

「だから、気をつけろ」

「……」

「おとなしくしていろ。時を見て、俺がもう一度、上がらせる」

「……」


(西郷さんだったら、きっと、そうするだろうな。それでは遅れてしまう……。味方に足を引っ張られるとは……)


「そのためにも、休息し、人望を磨け」

「わかりました」

 頭を下げる武市。


「わかってくれたか」

 安堵の表情を、西郷が浮かべる。

「では、失礼します」

「ああ」




 武市が部屋から退室した後、今度は久坂が訪ねてきた。二人の話が終わるのを見計らって、西郷の元へ来たのだった。


「どうした? 久坂」

「先ほどは、ありがとうございました」

「いや。坂本の方はどうした?」

「こちらの部屋に行くと、言っていたのを止めました」

「そうか」

 その光景がありありと頭の中で想像ができた。


「そうしたら、プイッと出て行ってしまいました」

「どこかで、酒でも飲んでいるのだろう」

「たぶん。警護の者をつけたのですが、きっと撒かれますね。いつものように」

 幹部である坂本も狙われていたので、常に警護をつけていたのだが、仰々しいのはいやだと言って、いつも警護の人間を撒いて、姿を消してしまっていたのだった。


「そうだろうな。それより、どうした?」

「はい……。このまま武市さんを放置するのですか」

「処罰を与えることに、久坂は賛成なのか?」

「……私はこのところの武市さんの行動は、度が過ぎています。何らかの処罰は必要かと思います」

 まっすぐな意見を、静かに吟味する。


「……確かにな。最近の武市の行動はいいものではない。きっと、武市なりに焦っているのだろう」

「焦りですか」

 意外な意見に、目を丸くする。

 普段の武市から、焦ったような印象を受けないからだ。


「親戚同士で、武市と坂本は馬が合っていた」

 信じられず、想像もできない久坂。


(うーん。坂本さんと武市さんが、楽しく話しているところなんて、とてもじゃないが、想像ができない。二人が談笑……、絶対にあり得ない。あったら、それこそ、天変地異じゃないのか……)


「上手くことが進まなくなって、徐々に武市は手段を選ばなくなった。坂本も初めは窘めていた。けれど、坂本の言うことも聞かなくなって、今の状態になったんだ」

 過去を振り返って語った。


「そうだったんですか」

「それから、武市は焦っているんだ。焦りが、あれをあんなふうに変えてしまった」

「……」

 不意に、それは自分たちにも起こるような気がしてならない。


「武市の言っていることもわかる。一刻も早く、徳川宗家から天帝家に戻すべきと言う理念を実現したいと言う想いも」

 久坂の中にも、そうした想いがあった。だから、勤皇一派に入ったのだった。

「やり方が少し違うだけで、想いは一つなんだがな」

「そうですね……」


 言わんとすることは理解できたが、やはり武市のやり方を理解できない想いも、久坂の中で燻ぶって存在していた。

 話しながらも、当惑している久坂の様子を、しっかりと窺っていたのである。


「でも、納得はできないか」

「……はい。素直に言えば……」

「そうか」


「西郷さんが止めたんですか? 今回も」

「ああ。武市を見捨てることができない」

「西郷さんらしいですね」

 小さく久坂が笑う。


読んでいただき、ありがとうございます。

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