表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第2章  自負 前編
39/290

第36話  処罰部屋

 稽古が終わり、草太が仲間と共に廃墟ビルに向かって歩いている。廃墟ビルは少年少女たちが寝たり、食事をしたりする場所となっていたのである。


 知り合った仲間と食事するために、薄暗い廊下を歩いていた。

 ここに草太が求めるものがあった。

 そのために光之助たちと決別し、ここに来ることを選んだのだった。


 草太を挟んで、三人で歩いている。

 廃墟ビルでの生活が始まって以来、比較的にいつも一緒にいたのだ。


 右隣のいる草太よりも、体格がしっかりした瑛介が話しかける。

「高杉さんに、いつも声をかけて貰って」

「そうだよな。ここに来るたびに声をかけるもんな」

 左隣にいる長身の篤志が羨ましそうに口にした。


 瑛介も篤志も、新しい国造りを唱える高杉に憧れて、ここに集まって来た者たちだった。だから、心酔している高杉に可愛がられている草太のことが、羨ましくてしょうがなかったのである。


 目をかけて貰っている草太ことを、疎ましく思う者たちもいたが、瑛介たちは羨ましく思えど、決して邪険に扱うことをしなかったのだ。

 そうした輩から守る意味でも、瑛介と篤志が常に一緒に行動を共にするようにしている。ここに来た当初は、気後れしておどおどしていたこともあって、兄貴肌気質がある瑛介と篤志が率先して面倒を見ていたのだった。


 エッヘへと草太が照れた。

「瑛介や篤志にだって、そのうち高杉さんから声が掛かるって。たまたま俺が少し早かっただけで」

「そう願っている。草太もせっかく高杉さんから目をかけて貰っているんだ、もっと頑張れよ」

「うん」


「俺も。高杉さんに声をかけて貰えるように頑張るぞ」

 篤志が気合いを入れた。

 不意に草太の足が止まる。そして、自分たち下っ端は出入りが禁止されている小屋に視界を捉えた。

 それはたまたまだった。


「どうした?」

 草太が止まったので、それに促されるように瑛介も立ち止まった。

「あそこって、出入り禁止ですよね」

「ああ」

 何気に見ている小屋を眺めて、ようやく篤志は合点が行く。


「あそこは、草太みたいに高杉さんに目をかけて貰っているやつには、縁遠いところだよ」

「何しているところ何ですか?」

 素直に生じた疑問をぶつけた。

「処罰小屋だ」

 軽蔑する眼差しを小屋に傾け、瑛介が答えた。


「処罰部屋?」

 聞きなれない言葉に草太が呟いた。

「俺たちには無縁なところだな」

 不愉快そうに篤志が漏らした。

 交互に、二人の顔を窺う草太。


「高杉さんの理想を理解できないやつらだ」

 ふんと瑛介が吐き捨てた。

「やつらは裏切り者だ」

 辟易した顔で、篤志が付け加えた。

「……」

 二人の様子から、ただならぬことを察する。


「あそこは逃げ出した者がいるんだ」

「逃げ出した者? そんな人がいるんですが」

 意外すぎる話に驚愕した。


「いるんだよ」

 志で共に集まったものの、徐々に意見が合わなくなり、逃げ出した者が捕まって、処罰小屋に入れさせられていたのである。そして、意識改革のために、薬を投与されていると瑛介が付け加えて話した。


「そんなことが……」

 ますます目を丸くし、俯いていく草太に、おかしそうに瑛介や篤志が笑っている。

「行こう」

「そうだ」

「はい」


 先に歩き出した二人に、習うようについていく。

 けれど、なぜか後ろ髪が引かれていた。


 食事の話で盛り上がっている二人をよそに、何度も小屋のことが気になり、振り返っては小屋を眺めていたのである。

 考えてはダメだと頭を振った。

 彼らを哀れんでいたことに気づいたからだ。


(何をやっているだ。……可哀想なんて。あいつらがいけないんだ。だから、あんなところに閉じ込められるんだ。悪いことしたら、罰を受ける、これは当たり前のことじゃないか。それに逃げ出さなければ、こんなことにはならなかったんだ。悪いのはあいつらなんだ)


 神様のような高杉のことを崇拝していた。

 自分たちの理想郷を作ってくれると信じていたのである。

 処罰小屋のことを打ち払うかのように、瑛介たちの話に草太も加わっていった。




 処罰小屋では薬漬けにされた少年少女たちが、何十人と薬をくれと声を張り上げたり、絶叫していたりしている。

 小屋に響き渡る声がやまず、ずっと木霊していた。


 その声が外に漏れることはない。

 外観のぼろさよりも、しっかりと防音が施されていたからである。

 牢獄から手を出して、人もいないのにねだったり、奇行をくり返していた。

 その光景は異様なものだった。


「頂戴、私に頂戴!」

「くれ、くれ、くれよぉー」

 叫び声を上げても、彼らに与えることがない。


 監視役の数人の男が、出入り口の周辺にいるが、見向きもしなかった。

 上からの命令で、二日前から薬を出さずに、ほっとく状態が続いていた。考えを改めさせるお灸と、薬の効き目を見るための実験なども平行して、行われていたのだった。


 けだるそうに、監視役の男が奇行をくり返す彼らを眺める。

 その目は、ああはなりたくないと語っていた。


 そこへ、様子を窺いに、高杉と桐生が姿を現す。

 二人を見た監視役の男たちが、咄嗟に背筋を伸ばしたのだった。


「ご苦労。変わりはないか」

「はい。ありません」

 緊張した面持ちで、監視役のリーダー格の男が答えた。


 奥には踏み込まずに、そこで薬漬けにされている様子を窺っている。

 薬を貰えずに苦しみもがく姿に、まずまずといったところかと高杉が抱いた。


「薬は与えていないな」

「はい。言われた通りにあげていません」

「よろしい。どういった具合だ」

「体格などの違いもありますから、効き目は様々です。それに、自分で自分を傷つけている者や、耐えている者を数人出ています。それ以外は、我を忘れて叫んでいます」

 現状をつぶさに伝えていく。


 その間、報告している男が、何度か牢獄の方へ視線を覗かせていた。

 報告を聞きながら、高杉が目を光らせ、異様な空間に視線を巡らせていたのである。

「そうか」


 高杉の存在に気づき始めた彼らは、一斉に薬がほしいと頼み出す。それを侮蔑な視線を傾けて傍観しているだけだ。

 懇願している彼らを、一切無視している。


「耐えている者は、どこにいる?」

 監視役の男が的確に指差していった。

 それに促されるように、目を傾けると、奥の方で身を縮めて、身震いしている姿を捉える。


(ほぉー。なかなかやるものだな。ここまで薬漬けになっても、我慢しているとは。私の予測を超える者がいようとは)


 彼らに投与されている薬は最新のもので、中毒になる速度が従来のものよりも速く、効果も優れものだった。

 我慢強い姿に看過され、高杉が思わず吐露する。

「ああいう者がほしいな……」


 チラリと桐生が薬に負けまいと戦っている姿を視界に入れた。

 勤皇一派に入る人材の質が悪いような気がし、危惧していたのだ。

 厚い信念を持っている人間の確保が、近々と課題の一つだった。


「申し訳ありません。一層努力いたします」

「無理を言ったみたいだな」

「いえ」

 至らないのは自分だと言うふうに頭を下げる。


「高望みとはわかっているのだが、桐生のような人材がもっといればな」

「そう言っていただけると嬉しく思います。希望に添えないのは、まことに心苦しく……」

「気にするな」

「はぁ」

「うまく育てればいいことだ」

「はい」


 すべての牢獄から、自分が見える位置まで足を進め、聞こえるように大声を張り上げる。

 彼らを使える者に、仕上げるのも今やることの一つだったからだ。

「薬がほしいか!」

 様々な声が飛び交う中で、高杉の口角が上げっている。

 届くはずのない手を、思いっきり伸ばしたり、こんな目に合わせた張本人を捕まえようとする者、様々だ。


 倣岸な態度で、グルリと見渡す。

「ほしければ、私の元で働くのだ。働けば、ほしいだけ、薬をあげようではないか。いかがだ!」

「働く。くれ、くれ」

「ほしい、ほしい」

「早く、頂戴、薬、頂戴」


 高杉の言葉を把握せずに、ただねだるだけの者もいれば、理解した上でほしがる者もいた。

 そんな光景に、満足げな微笑みを称える高杉。

 自分に従うと言う優越感と、心地よい快感を味わっている。


「桐生。後のことは任せた」

「承知しました」

 恭しく頭を下げる。


 直属の部下である宮崎が、唐突に顔を出した。

 何事だと訝しげる高杉と桐生。

 地下に潜り込んでいる宮崎は高杉の密偵で、めったに顔を出すことがなかったのである。

 出入り口まで戻って、宮崎が控えているところで立ち止まった。


「何かあったのか?」

「はい。高杉様、よろしいでしょうか」

 了承すると、宮崎が耳打ちをする。

 その声は桐生まで届かない。

 段々と、眉間が険しくなっていく。

 顔色が憎悪に変貌していった。


 伝え終わると、すぐさまに宮崎が元の位置に控える。

 軽く頭を下げ、次の言葉を待っているのを確かめる。

 確認せずにはいられなかったのだ。


「まことか」

「まことにございます」

 表情一つ変えずに認めた。

 肯定した言葉に、身体全体に虫唾が走っていく感覚を味わう。


(何か仕出かすとは、薄々わかっていたが……)


 あまり顔を出すことをしない宮崎の行動や、高杉の顔色で、桐生はレンガ屋敷で何かよくないことが起こったことを察していたのである。そして、それは武市絡みのような気がしてならなかった。

 坂本同様に、高杉も武市のことを嫌っていることを把握していたからである。


 怒りに震えている高杉の脇で、ひたすらに言葉を待つ。

 関係ない監視役の男たちも、尋常ではない、鬼のような形相に口が開かない。


「何を考えているんだ! 武市さんは!」

 乱暴に吐き捨てた。

 レンガ屋敷に戻るべきか、どうか逡巡する。


(冷静になれ。冷静になれ。頭を冷やして考えるんだ、これからどうするか?)


 いったん戻ろうとするが、それを思い直した。

「あの人は……」

 思いっきり感情をぶつけたい衝動を押さえ込む。

 けれど、怒りが収まらない。


(くそ。この感情をどうすればいいんだ)


 深く深呼吸をしたことで、先ほどよりかは冷静に頭が働く。

 自分が戻ったところで、西郷や坂本がどうにかしているだろうと考えたからである。それにこのままの状況では帰れないと結論づけたからだ。


 控えている宮崎に視線を注ぐ。

「宮崎。武市さんのことを気づかれないように張れ。ただし、張るのはお前だけだ。武市さんの周囲は厳しいからな」

「はい。承知しました」

「それと、逐一、報告すること。些細なことでも構わない。とにかく報告をこまめにしろ」

「はい。そうします」

 高杉からの命を受け、宮崎が消えてしまった。


 武市の周囲にはつわもの揃いのブレーンが数多くいたのである。そのため、武市を探ることは危険極まりないことだった。

 背後に控えている桐生は、すでに心得ている。

「頼む」

 一言だけ、高杉が命じた。


「わかりました」

 戻ってきたばかりの桐生を、レンガ屋敷に戻させた。

 レンガ屋敷で、とんでもないことが起こっていると思ったからだ。

 監視役の男たちにも命じ、高杉は疲れた身体を癒やすために、自分の部屋に戻っていく。


(何を考えてるんだ、あの人は。こちらまで火の粉がきたら、どうするんだ)



読んでいただき、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ