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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第2章  自負 前編
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第35話  高杉の策略

 高杉は部下の桐生と共に、人々が寝静まった深夜に、殺風景な場所にいたのである。そこは廃墟ビルと小さなボロい小屋があるだけだ。

 都の中心部から、さほど離れた場所ではない。


 その周辺には、至るところに廃墟ビルが点在していたのである。勤皇一派はそうしたところを利用し、戦力の増強を図っていたのだった。


「順調に、人が集まっているようだな」

「はい。ご指示により、日に日に集まっております」

 先頭を歩いている高杉が、集まっている少年少女たちの剣術や武術の訓練の光景に、目を馳せていた。

 真面目に取り組んでいる姿に、口角が上がる。


 ここにいる少年少女たちは、高杉の理想に共感し、自ら志願して、集まってきた者たちだった。予想以上に人数が集まっており、その壮観な眺めに目を細め、ほくそ笑む。

 人を集め、抱き込んで、資金集めに奔走していた。そして、その中でも優秀な人材を勤皇一派に引き込んでいたのだ。


「桐生。上出来だ」

「ありがとうございます」

 少年少女たちを集めることを命じられた桐生も、鼻高々でありながらも、尊敬する高杉に対し、低姿勢の立場を忘れない。

 見回っている高杉に対し、少年少女たちが会釈していた。

 それに対して、軽く手を上げ、応じていたのである。


(沖田宗司。見ていろよ、目に物見せてやるからな)


 闘志を漲らせていることに、高杉との面識が少ない少年少女たちは気づかない。

 彼らにはカリスマ的な貴公子のように映っていたのだ。

 それに、そう見えるように高杉自身も、演じていたのである。


 ご満悦で、近くにいる少年に手ほどきをしてみせる。

 戸惑う少年の背後に回り、腰を抑え込む。

「脇は拳一つ分だけ、あけるようにして、剣を振り落とす。腰がぶれるから、しっかりと下半身強化をした方がいいだろう」

「は、はい」


 尊敬している高杉に指導を受けた少年が、歓喜に満ち足りている。

 そんな少年の喜びように、ますます鷹揚になっていく。

 周囲も少年のことを羨ましそうに眺め、自分にもして貰いたいと言う願望の眼差しを滲ませていた。


 指導を受けた少年が、隣にいる少年に、いいだろうと呟く。

 他の者たちも、手を止め、高杉たちの光景を傍観していたのである。

 自分に注目する中で、グルリとすべての視線が自分に向けられているのを確かめた。


(どうだ、沖田。俺はこんなにも注目を浴びているぞ。S級ライセンスを最年少で取ったからと言って注目を浴びるのは、ホント一瞬だけだ。後で、ボロが出て、すぐに忘れ去られるだろうな)


 ここにいるすべての視線が、自分に傾けられていると、再認識する。

 彼らに視線を注ぐ。

「我らの理想のために、戦おうではないか!」

 高らかに高杉が宣言した。


 張り上げた声が、隅々まで行き渡る。

 高杉の言葉に従うように、彼らは剣や自分の拳を高々と上げた。

 そんな光景に優越感に浸り、ますます気持ちが高揚していった。

 その脇で、桐生も気持ちを高ぶらせている。


 止まっていた足を動かし、少年少女たちに愛想を振りまいていく。

 背後にいる桐生に、表情一つ崩さずに話しかける。

「薬の方は、どうだ?」

「はい。こちらも順調にばら撒いております。新たな薬ができ上がれば、売りに出ようかと思っております」


「そうしてくれ。ただし、行き過ぎぬように、気をつけてくれ」

「わかっております。その辺は重々気をつけております」

「そうか。警邏軍の動きは?」

「人捜しに重点を置いているようで、こちら側は穴だらけです」

「どちらも、警戒は怠るな」

「承知しています」

 深々と頭を下げた。


「銃器組だけか?」

 生じた疑問を投げかけた。

「いいえ。総出で動いております」

 桐生の返答に、少年少女たちに気づかれないように嘲笑する。


「彼らにしては、はた迷惑な話だな」

「そうですね。仕事をさせて貰えないようですから」

 ふんと鼻先で、高杉が笑った。


(やつらは本末転倒だな。仕事もせずに、上からの命令一つで人捜しなんて)


「それと深泉組ですけど、登録していない売春婦の取締りの仕事で、大変なようです」

 上機嫌な様子を窺いながら、それとなく高杉が気にかけている深泉組の情報を口にした。

 沖田や深泉組のことを、気にかけていると承知していたから、先回りにして情報を入れたのだ。

「随分と地味な仕事をしているな、相変わらず」


(彼らゴミ溜めとしては、珍しく華々しい仕事かもしれないな。いつもはただの御用聞きみたいな仕事だからな)


 ますます深泉組の話に、倣岸になっていく。

「隊員たちが騒いでおりましたので、この辺りで、ちゃんと仕事しているところをみせるためのアピールだったのでしょう。何を言われるかわかりませんから」

「そうか。彼らも彼らなりに大変なのだな」

「はい。そのようです」


「沖田君も随分と、面白いところに行ったものだな。あんな風変わりな集団に行くとは。そうであろう、桐生」

 背後にいる桐生に相槌を求めた。

「はい」

 愛想を振りまいていた高杉の手が、ギュッと握り締められていることに、桐生は気がついていた。


 S級ライセンスの最年少記録を塗り替えられたことに対し、高杉の怒りが沈下していないことを痛感させられた。けれど、それをあえて口にしなかった。

 少しでも口にすれば、確実に暴れ出すことがわかっていたからである。

 少年少女たちの前で、そんな姿をみせる訳にはいかなかったからだ。


(とにかく、高杉さんの機嫌をよくしてないと)


 ここに人の出入りがなかった頃は、雑草があちらこちらに生えていたが、人の出入りや稽古などで雑草が踏み潰されて、雑草の形跡もなくなりつつあった。


 不意にレンガ屋敷のことが気になる。

「西郷さん、坂本さんの様子は、いかがなものだ」

 近頃、レンガ屋敷に顔を出していない。


 こちらの仕事に集中するために、帰らないと言うのが建前で、本音は彼らにあれぐらいのことで暴れてと、バカにされたし、気にすることはないと哀れみの視線を受けたくなかったのだ。

 忙しいのを口実に、一切の呼び出しにも応じずにいたのだった。


(鼻を明かすまで、絶対に帰らないからな。私の実力を見せつけてやる!)


 拒否する高杉に代わって、桐生がレンガ屋敷に定期的に戻っていたのである。

 レンガ屋敷で、見聞きした状況を話す。

「現在のところ、変わっておりません。西郷さんは膨大な書類に追われていましたし、坂本さんは、沢村さんに仕事を丸投げして、酒を飲んで遊んでいるようです」


「そうか。いつもと変わりないな」

「はい。そのように思います」

「それならいい。坂本さんにも、目に物見せてやる」

「……」

 高杉の拳に力が入る。


 目の前に人を小バカにしたような坂本の顔が映っていた。そして、腹を抱えて笑っている坂本の姿が飛び込んできたのである。


「仕事もせずに酒とは。沢村も大変だな。たまには仕事らしいことでもしたら、いいものを。な、桐生」

 勤皇一派に入ってから、ずっと仕えているので、高杉のツボを心得ていた。

「そうです。高杉さんの言う通りです」

 満点の解答に、満面の笑みだ。

 腐っていた気持ちが、少し晴れた気がする。


「そう言えば、武市さんは?」

「申し訳ありません。承知していません」

「そうか。あの人と桂さんほど、戻ってこない人もいないからな」


 定期的に顔を出すことになっているにもかかわらず、武市や桂はレンガ屋敷にめったなことがない限りは顔を出していなかった。

 勤皇一派の人間でも、二人の顔を見たことがないと言う人間もいるほどだ。


「ただ桂さんと違って、武市さんは……」

 僅かに顔を渋面にし、高杉が言葉を濁した。


(何も聞かないほど、裏できっと暗躍しているだろうな……。西郷さんも手を焼く訳だ。ホント、困った人だ)


 桐生から話を一番聞こうと思っていたことに気づく。

 その場で立ち止まり、背後にいる桐生を見つめる。


「草太は?」

「あちらです」

 桐生は草太がいるところを指差した。

 促されるように、その方向に視線を傾ける。

 すると、一生懸命に剣術の稽古に励んでいる草太を視界に捉えた。

 不敵な笑みが出た。


(沖田。早くお前が悔しがる顔が見てみたいぞ)


 剣術の稽古をしたことがない草太は、周りと比べるとひと際目立っていた。




 一心不乱に剣を振っている草太に、高杉が近づいていった。

 憧れの高杉が自分のところに向かってくることに、目をパチパチさせながら手を休める。


「高杉さん!」

「草太。どうだ? ここでの暮らしは?」

「はい。大丈夫です」

 自分に目をかけてくれる尊敬する高杉に、心が弾み、声も若干上擦っていた。


「そうか。少しずつ慣れればいい。そう言えば、以前より剣筋がいいぞ」

「ありがとうございます。もっと頑張ります」

「頑張ってくれ、期待しているぞ」

 他の人に聞こえないように、草太の耳元で囁いた。


 先ほどまでの表情とは一変し、カリスマ的な微笑みを生じさせていたのだ。

 うっとりとするような眼差しを傾けてくる。


 草太を勧誘対象にしたのは高杉であり、それは沖田の知り合いの子だったからだ。調査の結果から高杉が草太を勧誘するように命じたのである。


 さらに耳元で、他の人とは違う特別感を与えた。

「君のように熱い思いを抱いている者が、私について来てくれることが、とても誇らしく感じられるんだよ。ありがとう、草太」

「高杉さん……」


 呆然と立ち尽くしている草太。

 気づかれないように、高杉が蠱惑的な笑みを零していた。


(沖田、見ていろ)


 憧れる高杉のためにも頑張らなくてはと、心を奮い立たせる。

「嬉しいです。高杉さんがそんなふうに思っているなんて。僕、頑張ります」

「頑張ってくれ。私の理想のために」

「はい」

 元気よく草太が返事した。


 肩を叩いて、周囲も平凡で食べることがやっとなところで育った草太を、高杉が可愛がっていることに気づき始めていた。ここに出入りするたびに、必ず声をかけ続けていたからである。


読んでいただき、ありがとうございます。

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