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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第2章  自負 前編
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第34話  万燈籠

 周りの客たちなど気にせずに狂乱した後、芹沢は愛人となって日が浅い小梅の部屋に行き、一緒に寝た。その後、小梅や自分の警護させている者たちにも気づかれないように、店を抜け出して、店から離れた場所へ慣れたように歩いていった。


 その間、千鳥足で歩きながらも、周囲への警戒も忘れず、神経を研ぎ澄ませる。

 知らない人間が見れば、酔った男が陽気に歩いているようだ。

 鼻歌交じりに歩く芹沢。


 芹沢がトイレに立った時に、密かにつなぎを取ってきた者がいたのだ。

 待ち合わせの場所に、すでに一人の男が待っている。


「俺を呼び出して。用事か?」

 いつもの高い声音とは違い、周囲を気にしながら、呼び出した男に近づいていく。

「お久しぶりです。芹沢班長」

「いつまで、班長って呼ぶ。清河」

 かつての部下清河を興味なさげに眺めている。


「俺たちにとってみれば、いつまでも班長は班長のままです」

 以前と変わらない清河に鼻で笑う。

 そういう態度を取られても、清河の表情は一切変わらず敬服したままだ。

 忠義の姿勢を崩さない、かつての部下たちに呆れてしまう。


(やれやれ。どいつも、こいつも)


「面倒なやつらだ」

「すいません。面倒なやつらで」

 懐かしいやり取りに、清河の頬が上がっている。


 かつての芹沢の部下たちは、めったなことがない限りは会いに来ない。警邏軍の上層部が許さなかったし、芹沢自身が俺の前に顔を出すな、これは命令だと、かつての部下たちと、最後の挨拶を交わした際に命じていたのだった。それを忠実に、かつての部下たちは守って、芹沢のことを見守っていたのだ。

 けれど、その命令に反して、時々だったが、清河が顔を出していた。


「用件は何だ? 早く言え」

「相変わらず、忙しい人ですね」

「お前たちと違って、俺は忙しいんだ。仕事をせずに、人捜しなんて」

 芹沢の嫌味に、渋い表情を覗かせる。


「芹沢班長の耳にまで、届いていましたか。それじゃ、そのうち近藤のところにも」

 かつての同僚の近藤の顔がちらつく。


(迷惑をかけたくないが……)


「だろうな。あれは聡いから、すでに気づいているかもしれないぞ」

 薬が出回っている件をほっとき、銃器組や特殊組は人捜しに躍起になっていた。そして、特命組も人捜しに尽力していたのである。

「耳が痛いですね」

「うちまで、仕事を回すなよ」

 しっかりと釘をさした。


 面倒ごとを押しつかれるのは決まって、深泉組だったからだ。

 それにもかかわらず、それを近藤一人に押し付けて、自分たちは遊び回っていたのだった。


「それは大丈夫ではないでしょうか」

「どうだかな。上のやることはわからん」

「確かに」

 芹沢の意見に同意する。


 深泉組に仕事を回すなと言うわりに、唐突に仕事を回せと言ってくることもしばしば見受けられたからだ。

 思考を飛ばしている間に、芹沢の視線の色が変わっていた。

「その件ではないな」


「はい、芹沢班長。もう少し、自重していただけませんか。先日近衛軍の上層部と揉めた件、かなり問題視されています。近藤の身にもなってください。それに班長の身に危険が……」

「いつも、やっていることだろう」

 説得している清河の言葉を途中で遮ってしまう。

「班長」

 必死の形相をしている清河。


 芹沢は警邏軍の上層部だけにかかわらず、徳川宗家の重臣から近衛軍、外事軍などの上層部の人間とまで暴れていたのである。そして、今回の件は小栗指揮官や、近藤だけの手だけでは済ませられないと思い、清河が乗り出してきたのだった。


「清河。近藤に俺の尻拭いをやめさせればいい」

「班長……」

 冷めた芹沢の正論に、それ以上の言葉が出てこない。

 かつての同僚である自分が止めても、近藤がやめないと理解しているからだ。


「俺は頼んでいない」

「……近藤は芹沢班長のことを思って」

 苦しげに言う清河の態度に苛立つ。

「うるさい」


「……俺たちとは違って、近藤は芹沢班長を……」

 鋭い眼光で、それ以降の言葉を黙らせる。

 二人の間に沈黙が流れた。

 荒れ狂っていた気持ちを落ち着かせる芹沢。


「……知っていたのか?」

「はい。勿論、近藤が話した訳ではないです。たぶん、気づいているのは俺だけです。他のやつらは気づいていません」

 真摯に言葉を紡いでいく。


「そうか。だったら、一生、噤んでいろ」

「噤みます。けど、近藤の立場を少しは考えてやってくれませんか」

 揺るぎない眼差しを芹沢に傾けてきた。

「……」

 冷めた眼差しで、必死に取り繕うとしている清河を眺めている。


(何で、俺の周りにはこうも面倒臭いやつらばかり来るんだろうな)


「限界ですよ。あいつは」

「……そんなに心配しているのなら、自分の女にしろ」

「班長……」

 清河が目を見張った。

 いつもは飄々としている男が狼狽し始める光景に、溜飲が下がる気がした。


「気づかれていないと思ったのか。一緒に組んでいた時から、お前があれを好きだったことは知っていた」

「……」

 衝撃的な内容に二の句が出てこない。


 銃器組七番隊で、芹沢の下にいた時から、清河は近藤のことが好きだった。だが、それを一度も口にしたこともないし、態度にも表したことはなかった。それにもかかわらず、気づいていたことに驚愕と戸惑いが隠せない。

 まっすぐに芹沢を見ることができず、俯いてしまった。


「いい加減。押し倒してみろ。いつまであれの尻を追っているつもりだ」

「……」

「ガキじゃないんだぞ。それともお前はガキか。何年も口に出さずに、仕舞い込んでいるのは」


 返す言葉がない。

 チャンスはいくつかあった。

 でも、そのチャンスを捨てたのは自分自身だった。


「あれのために、影で守っている自分に慕っているのか」

 容赦ない言葉に心が揺らぐ。

「そんなつもりは……」

 ようやく顔を上げた清河。


「俺にはそう見えるぞ。違うと、いい切れるのか?」

「……」

「くだらないことはやめて、さっさと自分の女にしろ」

「……それはできません」

 きっぱりと清河が断った。

 珍しいものを見る目で見据えている。


「あいつの中には、芹沢班長がいます。今でもです」

「……」

 今度は芹沢が黙り込む。

 見ない振りして、閉じ込めていた。


(こいつはバカか。閉じ込めていたものを引っ張り出しやがって)


「だから……」

「だったら、忘れさせろ。お前にはそんな技量がないのか。本当に男なのか」

 辛辣な言葉を投げかけられても、芹沢を嫌いに慣れなかった。

「……」


「くだらんことに、巻き込むな」

「俺にはできません……」

 苦しげに清河が吐き出した。

 それをじっと見ている。


「……くだらんところに、足を突っ込むからだ」

 しょうがないやつだと首を竦めている芹沢の突っ込みに、面食らってしまう。

「俺が気がつかないと思ったのか。バカが」

 呆れ交じりの眼差しを投げかけている。

 のどがカラカラに渇いてしまった。


「……なぜ」

 ようやく、その一言だけが絞り出た。

 だが、その内側では知らないはずだと自分に問いかけている。


「万燈籠」

 芹沢の一言で、確実に知っていることを痛感させられた。

 指一本も動かせずに凝視している。

 途方にくれているかつての部下に手を焼く。


「なぜ、入った?」

「……」


 万燈籠とは、警邏軍の中で優秀な人材を密かに集めた秘密組織で、警邏軍の内部でも、その存在を知っている者が数少ない。役割としては、表に出ない仕事を生業としている。裏に潜り込んで情報収集や、暗殺など様々な仕事を一人単位で行っていた。


 そのために、他のメンバーの顔を知ることはない。

 知っているのは、万燈籠の上にいる人間だけだった。


「お前の情報収集能力を買われたのだろうな。清河、暗殺には携わっていないな」

 強い威圧する視線に、清河の身体が強張ってしまう。

 ゴクリとつばを飲み込んだ。


「……はい。俺はそういったことをしない条件で入りました」

「そうか」

「でも、どうして……、俺が一員だって、わかったのですか」

 くだらんことを聞いてくるなと言う眼差しを傾けながらも答えていく。

「簡単なことだ。俺もかつてその一員だったからだ。だからか、身体を覆うオーラでわかるんだ」


「……」

 度肝を抜かれ、清河が僅かに口を動かすだけだ。


「言っておくが、元だ。今はやめている」

「ですが、いったん入ったら抜けられないはず……」

 万燈籠に入れば、死ぬまで抜けることが許されなかった。

 生きて出ることが叶わなかったのである。

 それほど厳しい掟があったのだった。


「俺はそこで暗殺の仕事を主にしてきた。言わば、重要な証人でもある。万燈籠が生かしておく訳がないだろう。でも、なぜ、俺が生きてここにいるか。それは俺が優秀な暗殺者だったと言うことだ。襲ってくるやつらを皆殺してきた」

 倣岸な姿勢に、芹沢らしいと思う。

「……」


 芹沢の話に一理あると頷く。

 芹沢の下で、その剣の腕前を目にしてきたからだ。


「お前のことだ。近藤のために万燈籠に入ったのだろう」

「……違います。自分の力を評価……」

「嘘をつくな」

「別に……」

「俺の目を見て、違うと言えるのか」


 まっすぐ見ていられなくなり、視線の矛先が彷徨っていた。

 得意の情報収集の能力をもっと高めて、近藤の役に立ちたいと言う気持ちもあったからだ。

 これ以上、落としてもいいことはないと悟った芹沢が話題を変えた。


「抜けろとは言わん。ただ、距離を置け」

「……」

「できるだけ、表の仕事が忙しいと誤魔化せ」

 自分とは違い、万燈籠からの刺客に襲われる可能性がある清河に、できるだけ万燈籠にかかわらせないようにさせる。

「いいな」


 ここへ来て、どうして抜けたのか気になり始める清河。

「わかりました。でも、いつから?」

「お前たちと一緒の頃は、すでにどっぷり浸かっていた」


(嘘だろう。全然気づかなかった……)


「近藤は?」

「知らん」

「班長は、どうして抜けたんですか?」

「……気に食わなくなったからだ」

「気に食わないですか?」

「ああ。あいつらのやり方がな」


 物凄く苦虫を潰した顔をした芹沢。

 万燈籠と何かあったことを察した清河は、それ以上の追究をしなかった。


「他にも、わかっているのですか?」

「数人はな」

「……」

 改めて芹沢の凄さを感じる清河。

 これまでに万燈籠のメンバーを誰一人として、特定したことがなかったからだ。


「気をつけろ。すぐ傍にいると思え」

「はい。班長、沖田のことを万燈籠が、勧誘すると思いますか」

 少し逡巡した芹沢が口を開いた。

「俺のように腕があるが……。たぶん引き込まないと言うか、引き込めないだろう。沖田が拒否するはずだ。あいつは興味のないことには徹底して入ろうとはしないだろう」


「ですが」

 自信満々の眼差しを傾ける。

「清河。万燈籠の指示があっても、沖田の勧誘に動くな。近藤もバカじゃない。気づかれたくないだろう?」

「……」


(あれは何を考えているのか、読めん。そこが面白いところでもあるが……)


読んでいただき、ありがとうございます。

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