第32話 銃器組の怠慢の結果2
原田班は裏通りで乱闘騒ぎを起こし、暴れ捲くっていたのである。事の発端は真面目に仕事をしている最中、突如中毒者の男たちが原田たちに向かって襲い始めたことがきっかけだった。
それが徐々に飛び火し、数が増えていき、騒ぎが大きくなっていた。
「クソっ。キリがねぇー」
襲ってくる男を蹴り飛ばし、乱暴に原田が吐き捨てた。
叩きつけられても、男たちは立ち上がって原田班を襲っている。
中毒者は薬によって、闇雲に暴れたい衝動に駆り立てられている者、自分を襲ってくる敵と思い込んでいる者、金目の物を奪ってお金して薬を買おうとしている者、それぞれだ。
「どうします?」
男たちの攻撃を交わしながら、井上も男たちの対処の仕方を問いかけた。
レーザー剣や拳銃で威嚇も通用しない相手に、原田班は途方に暮れていたのである。襲ってくるとは言え、中毒者相手に本気になってはならなかったからだ。
「これ、続けていたら、俺たちの方がやられる」
「伍長、どうにかしてくれよ」
「もちませんって」
息も上がりそうになりながらも、ロビン、フラード、鳥居が現状を打破する策がないかと訴えてきた。
ずっとこんなことが続くはずもない。
「多少ケガさせてもいいか」
「それはダメですって」
安易な意見に、井上が突っ込む。
これ以上の問題を避けろと、注意を受けたばかりだった。
「「「「幻三朗」」」」
真面目な井上に、俺たちを殺すきかと悲鳴を上げた。
「それで怒られたばかりじゃないですか。それにまた給料減らされますよ」
襲ってくる男たちに手加減して、捌いていく井上。
「「「「……」」」」
お金に困っている面々が黙り込んだ。
問題を起こしては給料を減らされ、だいぶ減らされていたのだ。
「いいですか。減らされても」
「困るが、これも非常に疲れて、面倒だ」
飽きずに襲ってくる男たちに辟易しながら叫ぶ。
「仕事ですよ」
「だったら、幻三朗が何とかしろ」
「……無理です」
「だったら、目を瞑れ」
「ダメです」
頑なに井上が拒絶した。
「だったら、どうすんだよ、これ!」
大声で叫んだ原田が、男を持ち上げ投げ捨てる。
身動きが取れなくなった時に、救世主が現れた。
「何、遊んでいる?」
いっせいに声がした方へ、視線を投げかけた。
そこに島田が立っていたのである。
傷だらけの原田たちを眺めていたのだった。
「助かった」
「どうにかなる」
「死ぬかと思った」
「ぼっとしてないで、加勢しろ。甲斐」
声をかけたにもかかわらず、高みの見物している島田に、半眼しながら原田が噛み付いた。
「甲斐さん。遊んでいません。仕事中です」
島田の間違いを律儀に井上が訂正した。
「仕事? お前たちが?」
真面目に仕事していたと言っている井上の言葉に、目を見張る。
次から次と沸いてくる男たちに、手加減しながら原田が話しかける。
「仕事したから、こんなざまだ。クソ、仕事なんかしなければよかった」
いつも乱れている髪が、さらに乱れ、制服も破けたり汚れたりしていたのだ。
「サノさん、僕たちは深泉組なんですから、仕事しないとダメです。その辺のごろつきじゃないですからね」
「うるせい。幻三朗」
「さらに、給料が減ってもいいですか」
究極の言葉で、黙らせた。
「……」
器用にしゃべりながら会話していく面々。
(よくしゃべりながら、暴れているな)
状況を楽しんでいる島田。
「いつまで傍観しているつもりだ。早く、手伝え、甲斐」
いっこうに戦いに加わらないので、不満を叫んだ。
睨んでいる原田に、小さく笑った。
「手伝ってくださいだろう? サノ」
いい顔を注いでくる。
「……」
「どうした」
「……手伝ってください」
不貞腐れている原田が小声で頼み込んだ。
「よくできました。では、戦いに参加しよう」
尊大な態度で了承した。
「早く」
「一つ、言ってもいいか。効率的にやれよ」
ゆっくりと歩み寄っていく島田に、襲い掛かってくる男を蹴り一発で、ノックアウトさせた。
見事に急所に当たり、完全に意識が失っている。
「ケガはダメですよ、甲斐さん」
「眠らせただけだ。それにこれじゃ、終わりがないだろう」
周囲の状況を見渡し、頑なになっている井上の意思を弱らせる。
「でも……」
「状況判断だ」
有無を言わさずに答えた。
「給料が……」
「これくらい平気だ。それに逃げればいい」
誰一人として、逃げることを考えていなかった。
「……」
何も言い返せない井上。
「それいい」
「って言うか、それしかない」
「さすが甲斐さんです」
ロビン、フラード、鳥居の三人が救世主島田を賞賛している。
「お前たち、無駄な動きが多い。急所を狙って、一発でしとめろ」
「「「はい」」」
島田に従順に従う。
その姿勢にムスッとしている原田。
さすが甲斐さんですと感心している井上。
「さぁ、行くぞ」
島田の掛け声から、新たな戦いが始まった。
原田や井上もひっきりなしに襲っていく相手をのしていく。
不意に井上の鼻に酒気を感じた。
「甲斐さん。飲んでいました?」
「何」
井上の声に、原田が瞬時に反応する。
「何、遊んでいる! こっちが真面目に仕事しているのに」
咎めるような視線を島田に浴びせる。
「何だ、いつも遊んでいるくせに。よく言えるな、その口が」
「うるせい」
近くになれば、なるほど、酒気が強く感じる状況に、怪訝な顔で井上が尋ねる。
「甲斐さん。どれくらい飲んだんですか?」
「んー、三軒回って、四件目をどこで飲もうかとしていたら、お前たちに出くわした」
あっけらかんと、質問に答えていく。
その顔は悪びれるところもなくだ。
渋面して唸っている井上に成り代わり、原田が険しい顔で突っ込んだ。
「飲みすぎじゃないのか」
心配している原田に、面を喰らってしまう。
「サノに心配されるとは」
瞠目する島田。
「バカにするな」
「これはすまん」
「謝ったと言うことは、バカにしていたんだな」
「謝っただろう。蒸し返すな」
豪快に笑って、島田が一切手加減なしに一発でしとめていく。
「……くそ。心配して、損した」
当り散らすように、男の腹部に一発拳を叩き込めた。
憂さを晴らすように、目つきが変わった原田が、次々と男たちを気絶させていった。
「甲斐さん。何かあったんですか?」
もう一人島田のことを案じている井上が、手を止めることなく聞いてくる。
「むしゃくしゃしてたんでな」
何でもないと言った顔で、気遣う井上に返した。
それでも心配の色が消えない。
「珍しいです。甲斐さんがそんな飲み方するなんて」
「胸糞悪いことがあっただけだ」
追究してくる井上に、詳細をばっさり切り捨て返答した。
(甲斐さん。説明が大雑把過ぎますって。もう少し、丁寧に話してほしいな)
「そんなに顔を強張らせるな、幻三朗」
「でも……」
「心配するよりも、こっちの方が大変な気がするぞ」
「そうですが……」
「ところで、どうしてこうなった?」
今頃になって、島田がことの経緯を聞いてきたのである。
井上が掻い摘んで説明していった。
「急に暴れだしたね……」
「酒場で、ちらほら薬やっているのを見かけた」
「捕まえなかったんですか」
放置したことを咎めた。
「飲んでいたんでな」
「甲斐さん」
仕事せずに酒を飲んでいたことを、井上が窘めた。
「お前たちだって、見逃しているじゃないか」
「時と場合です。こんな時にはきちんと捕まえていますよ。僕たちの班でも」
「そうか。それはすまなかった」
真摯に謝った。
「どうして、こんなにも急速に蔓延しているですかね」
「さぁね。こっちには降りてこないからわからない」
「そのシステム、やめてほしいです。一応、深泉組にも情報を降ろしてほしいです」
現状の不満を井上が述べた。
「仲間と思っちゃいないのさ」
「……僕たちも警邏軍の組織の一部なんですけどね」
警邏軍における自分たちの現状を嘆いている。
上手く他の組ともやっていきたいと言うのが、本音だったが、どうしても厄介者と蔑まれ、井上自身どうすればいいのかと逡巡していたのである。
半分以上の男たちを倒していっても、薬の影響で退散する者がいない。
まだ多くの男たちが残っていたのだ。
「あいつらにしたら、違うんだろうな」
「悲しいですね」
「気にするな。私たちの仕事をするまでだ」
「甲斐さん……」
倒れた数と、今まさに襲ってくる数を見ても、状況が非常に悪い方向にいっていることが認識できる。
「確かに、ここまで酷いと、銃器組は何やっているだと言ってやりたいな」
冷静に分析した結果を口に出した。
「えぇ。甲斐さんの意見に賛同します」
「きりがない」
「こいつらは薬ほしさに、暴れているんだろう」
「そうだと思うんですけど」
「薬の値が上がったか」
「そうですね」
「迷惑な話だな」
「確かに」
当初の数の四分の一まで減った時に、銃器組の声が聞こえ始める。
「銃器組のやつらが来たようだな」
島田の声に、いち早く井上が反応した。
「どうします? まずいですよね」
「だろうな。おい、ここから離れるぞ」
「まだ、やる」
「バカ、サノ。銃器組に見つかってやばいのは、サノだろう。いいのか、給料がなくなっても」
「……わかった」
「逃げるぞ」
島田の掛け声で、逃げ出す原田班。
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