第31話 銃器組の怠慢の結果1
斉藤班では伍長不在のまま、外回りを行っていた。以前にも増して、裏通りに入ると、幻覚作用がある薬が蔓延しているのが沖田の目にも映っている。
(徐々に浸透しているな。銃器組や特殊組は何をやっているんだろう。こんなになるまで放置しておくなんて)
以前から捜査が行われていたが、追いついていないのが現状だ。
従来のものよりも効き目が優れた薬が、流通し出したのは三ヶ月前からだった。それが瞬く間に広がっていき、製造元も未だにわからずじまいである。
中毒者たちは薬が切れると、それらを探すためにゴミや、至るところを探し彷徨っている状況だった。そして、完全に身体の中から切れてしまっていると、もがき苦しんだり、身体を縮めて震えている者がそこら中に蔓延っていた。
「あまり、いい光景じゃありませんね」
骨と皮しかなく、目のところが深く窪んでいる廃人の男を眺めながら、隣にいる安富に声をかけた。
現状の悪化が深刻で、安富が物憂げに眺めている。
「だいぶ、広がっているな」
沖田たちは裏通りの環境が酷く、危険と言う話を聞き、各裏通りを中心に歩き回って、状況を確認していたのである。メインの通りにも、薬は蔓延しているが、まだここまでの広がりはみせていなかった。けれど、メインの通りも対策を打たなければ、近いうちにこういった状況になるのも、誰の目から見ても明らかだった。
「人員の数、足りていないでしょうか?」
何気に沖田が呟いた。
「……わからないな」
「ここまでほっときますか?」
眉を潜めるほどの惨劇だった。
「いや。さすがに、そこまで怠慢ではなかろう」
「ですよね。すると、こちらよりも、他に優先する何かが、あると言うことになると思うのですが?」
「……行方不明者か?」
沖田に誘導されるかのように、一つの答えに結びつける。
近頃、巷で行方不明者が続出している事件を呼び起こした。
「と、なると思うのですが? こちらまで来るさなかに、何度か銃器組、特殊組の人間が人捜しをしているのを見かけました」
「銃器組だけではなく、特殊組も?」
意外な話に、目を見張る安富。
「えぇ。だから、おかしいなって」
「沖田、特殊組の人間を知っているのか?」
胡乱げに見てくる安富に、小さく笑ってしまう。
階級やS級ライセンスを使って、また興味本位で調べたのかと疑っていたのだ。
「全員ではないですよ。少しの人数ですが。何せ、僕のこと、探っていた人間がいたんで、調べたら特殊組でした。本当は放置しておこうかなって思ったんですが、暇だったんで。僕を探っていた人間が人捜しをしていたんで、それで」
深泉組に入って以来、周辺を探られたり尾行されていたのである。
それで、暇だったので調べてみたら、銃器組や特殊組、特命組、他のところからも調べられていたのだった。
「そうか。沖田も苦労しているな」
「いえ」
不憫そうに視線を巡らせる安富に、愛嬌ある微笑みを返した。
「銃器組はわかりますが、さすがに特殊組が人捜しなんて、おかしくないですか? 銃器組が忙しくって、手が回らないって言うんだったらわかりますが。こういった状況ですし……」
チラリと、廃人たちに視線を移した。
どう見て、暇ではない。
状況的に、人手が足りないぐらいだ。
「確かにな。おかしなことだ」
「随分と重要な人間を捜しているんですね。こうなっているにもかかわらず。この状況を放置しているのですから」
自分たちの仕事も忘れて、人捜ししている特殊組に嘲笑してしまう。
(かなりの大物の関係者だろうな。特殊組も動員しているってことは。もしかすると、特命組も動員されているかも。誰か知り合いの人、いないかな……、兄さんに教えてって言っても教えてくれないだろうな、頭固いし……。……近藤隊長、特殊組だったな、でも、この前少し遊んじゃったし……、そもそも兄さんに止められているし……、どうしようかな……。人脈が広そうな芹沢さん辺りに聞いてみようかな。あ、ダメか。芹沢さんも、兄さんに近づくなって言われているし。でも、少しぐらいはいいか)
「そうだな。困ったものだ」
「だったら、捜査権をこちらに回してもいいのに」
「ああ。プライドなんだろう。捜査権を渡さないのは」
銃器組や特殊組の矜持に、辟易している安富だった。
雑用や汚れ仕事は廻すが、それ以外の仕事は渡さなかった。
呆れる状態に、安富が嘆息を吐いた。
(自分たちの方が仕事ができると言いたいのだろうが、これでは、落ちこぼれ集団と言われている私たちと、何も変わらないだろうが。銃器組の上の人間も、もう少し考えた方が良さそうだがな。……誰も言わないのか? それとも言えないのか?)
「くだらないですね。そのせいで、治安が悪くなっているのに」
「まったくだ」
「どうします? きりがないですよ」
今後について、先輩である安富に聞いた。
逮捕するのも多く、保護して病院に連れて行くもの限界があった。
(ここにいる人たち、一人残らず、逮捕して銃器組に渡すのも、面白いかも。他のところも逮捕していったら、銃器組の人たち寝る暇もなくなるな……。でも、そうなると、厄介な人たちが深泉組に廻ってくるかな? 近頃、兄さん忙しそうにしているし、機嫌も悪いし、やめておいた方がいいかも。これ以上八つ当たりされてもごめんだし)
「どちらにしろ、いたちごっこだろう。状況を報告するのみだな」
「わかりました」
「あまりに酷いからな……」
「そうですね。とにかく報告だけと言うことにしましょうか。銃器組に引き継いでも、何もしないと思いますし」
あっさりと安富に従う。
「そうだな。他の班でも引き継ぎをしても、捜査して貰えないようだ」
「山南さん辺りが、怒っているかもしれないですね」
不意に太い眉を吊り上げている山南の顔が浮かんでいた。
「かもな」
賛同するように、クスッと笑っている。
先を歩いていたノールや保科のところへ、一人の若者が近づき、ノールにいきなりしがみつく。
虚ろな目で、ノールを見上げていた。
「おい。しっかりしろ。俺に抱きつくな」
若者を引き離そうとするが、なかなか引き剥がれない。
「離れろ。離れろ」
「大丈夫ですか。ノールさん」
心配そうにノールを窺っているだけで、保科は助けようとしない。
汚物まみれで、若者の身体から悪臭が出て、近づきたくなかったのである。
「保科、手伝え」
何もしない保科に噛み付いた。
けれど、少しずつ少しずつ後退していった。
「え……。自分でやりましょうよ」
「逃げるな、保科」
許さないぞと眼光が鋭くなる。
「くれ、くれ、くれ」
懇願するように、若者がノールにねだっていた。
「俺は売人じゃないぞ。しっかりしろ」
「くれ、くれ、くれ」
まったく話が通じない。
引き離しに成功しても、また若者が抱きついてくる。
悪循環が続いている。
「俺は違うって言っているだろう! 離れろ!」
必死に足掻きながら、ノールが叫び声をあげても、周囲にいる者たちも目もくれない。
これは仕方がないかと、渋々ながら保科も若者を引き離しに加わったが、抵抗する若者に手間取っていた。
腕を掴んでも埒が明かないので、悪臭に耐えながら、保科が若者の背後に回り込んで、羽交い絞めする形で引き離す。だが、どこからそんな力が残っていたんだぐらいに、ノールにしがみついてくる。
「ダメです、ノールさん」
「あのな……」
途方が暮れたように、ノールが後方にいる安富たちをすがるように視界に捉えていた。
何をやっているんだと手間取っている二人に呆れている安富と、大変そうですねと笑っている沖田が駆けつけた。そして、迷うことなく安富が、抵抗している若者の腹部に一発入れて気絶させる。
それをいやな顔一つしないで、沖田が若者の身体をしっかりと受け止めた。
「平気ですか? 沖田さん」
悪臭が気にならないのかと言う目で、保科が凝視している。
抵抗している若者を剥がしている際でも、鼻につく悪臭にやられていたからだ。
「大丈夫です」
何でもないと言った顔で返した。
「助かった……」
汚物や悪臭が身体にまとわりついているノール。
「最悪だ。いったん帰って、シャワー浴びてもいいですか?」
悪臭で顔を顰め、帰りたいコールの視線を安富に浴びせる。
「どうせ、まだ裏通りを回るぞ」
「僕はここのままでも、平気ですよ」
平然としている沖田に、悪臭が堪らないと訴えるノールと保科。
「どうせ、同じことが起こる。ノール、保科、諦めろ」
「「そんな……」」
非難めいた叫びを上げた。
帰りたいと身体全体で訴える二人をほっとく。
「沖田。代わろう」
「わかりました」
気絶している若者を受け取って、路上にいた老人に若者のことを託した。
怨めそうに眺めている二人に、クスッと笑ってしまう。
戻ってくる安富の背後に見える、老人と気絶している若者に視線を傾けた。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。顔見知りで、結構面倒見のいい老人だ。だから、安心しろ。あの老人がいなければ、銃器組に連れて行くところだが、あれがいれば、大丈夫だろう」
「そうですか」
老人から仕入れてきた話を三人に聞かせる。
「少し前まで安く売っていたそうだ。相場の半値以下だ。だが、近頃では値を吊り上げたみたいだな。それであの若者が買えなかったみたいだ」
あくどいやり口に、眉を潜めるノール。
「やり口が気にいらねーな」
「そうですね」
保科が相槌を打った。
最初のうちは安く売って、中毒度を増してから高く売っていた。それは中毒者となれば、どんなことしてでも買わなければ、いられなくなってしまうからだ。
「酷い話ですね」
「これが現実だ」
安富に促されるように、周囲を見れば、取り締まる自分たちがいるのに、平気で薬をやっていたからだ。
「ノール、保科。この辺一体で聞き込みだ。沖田は俺と一緒に来い」
「「「わかりました」」」
二手に分かれて、聞き込みにいった。
沖田と安富は、安富の知り合いの情報屋に会いに向かったのである。
「何度も足を運んで、顔馴染みを作っておけ。まぁ、俺が言わなくってもいるだろうがな」
沖田の知り合いである、光之助たちのことを指していた。
「勉強になります」
「そこの路地を、左に行くぞ」
いつも沖田に女どもが寄ってくるが、今は悪臭を漂わせているせいで、誰一人として彼らに近づこうとする者がいない。
路地を左に曲がると、道がさらに狭くなって、両脇にあるゴミが散乱している。
人一人分ぐらいのスペースしかなかった。
安富の背後を歩いてついていく。
しばらくすると、廃墟のような建物の前で立ち止まった。
ドアではなく、ひびが入っている窓を軽く叩く。
「私だ。ジロー」
安富と同じぐらいの年齢の男が、窓から顔を出した。
「久しぶりだな、ジロー」
倣岸な眼差しを傾けてくる。
背後にいる沖田を値踏みするように。
何年も髪を洗っていないようで、髪が埃まみれになってボサボサだ。
「新しく入った沖田だ」
気安く、紹介した安富に視線を戻した。
「珍しいな。あんたが人を連れてくるなんて」
「お前が気に入ると思ってな」
ふーんと嘲るように、また沖田に視線を注ぐ。
その間、沖田の口は閉じられたままだ。
「で、名は?」
「初めまして。沖田宗司です」
「あの?」
「そうです、あの? です」
ニッコリと微笑んでみせた。
「……想像していた男と、随分と違うな」
最初年少でS級ライセンスの話が、地下で暗躍しているジローの耳まで届いていたのである。
「想像を超えて、僕としては嬉しいです」
常に笑っている沖田に、小さく笑った。
視線の先を元に戻す。
「ところで、今出回っている新型の薬か?」
「ああ。何か入っているか」
話も仕事も早いところを、安富は気に入っていたのである。
「売人は、若い子を集めている集団だ。中には子供も混じっているらしい」
「子供?」
変な連想が浮かんでいるのか、眉間にしわが多い。
「それなりに身なりも、いいものを着ていたと言う話だ」
「つれてこられた訳じゃなく?」
「自分の意志だろう」
ようやく眉間のしわが取れたが、不可解な謎が残った。
「自分の意志で、こんなことを? 金には困った様子もないんだろう」
「こんなのは、はした金とか言っていたらしいぞ」
ジローの話に渋面になっていく。
「何で、こんなことをしている?」
「知るか」
「……勤皇一派か?」
「かかわっているだろうな。いい育ちの息子らしいぞ。この辺一体に来るのも拒んでいた話だからな」
その声音に、バカにするような嘲りが混じっていた。
「大きな取引はあるのか?」
「わからん」
「今度、いつ来る?」
「不定期だから、それもわからない。連中がここに来たのが先週だったから、近いうちに来るかもな」
少し考え込んだ後、ジローにかなりの金額を渡した。
中へ引き戻ろうとしているのを、沖田が呼び止める。
何だと言う目つきで睨む。
「白鷺通り近くに住んでいる、草太と言う子がいます。今、草太は行方不明で……」
話しているのを、途中でジローが手で制した。
「特徴は?」
草太の特徴を細かく伝えた。
「そうか」
お金を渡そうとすると断った。
何本か、欠けている歯が見えるぐらい笑っている。
「挨拶代わりだ。ここに来るようなことがあったら、知らせてやるよ」
「ありがとうございます。ジローさん」
虚を突かれた顔してから、安富に顔を傾ける。
「ジローさんだって。さん付けで呼ばれたのは、初めてだぜ」
「今度からそう呼ぼうか」
軽口をついた。
「いい。気持ち悪い」
ジローが引っ込んでしまった。
二人はノールたちと待ち合わせている場所へ足を進めた。
来た道とは違うルートを使って歩いていると、安富が口を開く。
「ジローが、金を取らないなんて珍しいことだ」
「そうなんですか?」
きょとんとした顔で答えた。
「あいつは金にがめついからな」
「お金を持っていた方がいいですね」
これからの付き合いのことを考えている。
「ジローを使う時は、考えて使え。紹介して置いてなんだが、気を許していると、食われるからな」
「わかりました。ジローさんには気をつけます」
「それがいい」
沖田の返事に、満足する安富だ。
歩いていると、待ち合わせの場所が見えてくる。ノールと保科はすでに来ているようで、二人がくるのを自分の臭いを嗅ぎながら待っていた。
待っている二人の前に立つ。
「遅れたようだな。ところで、情報はどうだった?」
「情報は先ほどの話と、大して変わりません。ただ、売人の年齢層がバラバラと言うことしか、わかりませんでした」
「そうか」
聞き込んだ売人の特徴を保科が端的に伝えた。
「……以上ですかね」
聞き込んだ内容を思い出し、保科が漏れがないかと逡巡する。
話している間、沖田は保科の唇の端が切れて、血を拭った後が気になっていたのだ。それに赤紫に腫れているところもあった。
二人の顔は殴られた痕や、引っかき傷があったのである。
「どうしたんですか。それ?」
「……」
情報収集していた際に、急に暴れ出した中毒者にやられたり、中毒同士のケンカの仲裁に入った時に、やられたとノールと保科が吐露した。
「油断している、お前たちが悪い」
「厳しいですよ、安富さん」
「そうですよ。結構。痛いんですよ、これ」
「ご愁傷様です、ノールさん、保科さん」
「よっ。珍しいな、斉藤班が暴れるなんて」
永倉班がぞろぞろと歩きながら近づいてきた。
「一緒にしないでください」
もう一度、沖田たちに説明したことを保科がくり返した。
その顔に、原田班や永倉班と一緒にしてほしくないと書かれていたのだ。
「それは大変だった」
負傷している二人を永倉が労った。
けれど、口の端が上がっていた。
「笑い事じゃないですよ、永倉さん」
「訓練が足りないじゃないのか?」
「いつもケンカばかりしている、お前たちに言われたくない」
ムスッとした顔で、ノールが吐き捨てた。
いっこうに話が進展しない様子に、安富が永倉へ情報交換を求める。
「近いうちに、売人が来るかもしれないって情報しかないな」
永倉がそっちは?と言う視線を投げかけた。
それに対して、仕入れた情報を包み隠さずに安富が話した。
「さすが、安富さんだね」
「褒められても、酒はおごらないからな」
「ケチ。一杯ぐらいいいじゃないか。それじゃ、ソージに頼もうかな?」
意味ありげな視線を、微笑んでいる沖田に傾けた。
「永倉」
バカな真似は寄せと、沖田が口を開く前に安富が窘める。
「冗談だよ」
「……」
疑り深い視線を注ぐ。
やれやれと永倉が肩を竦めた。
二人のやり取りを、沖田が小さく笑っている。
「面倒になりそうだな」
永倉の隣にいる藤堂が呟いた。
その一言に、永倉班も斉藤班も顔を顰める者が続出していたのである。
「この前、取締りの仕事したばかりなのに……」
「忙しいのは、いやだ」
仕事をサボりたい杉本とモアンが、独り言のように漏らした。
「うちですかね。それとも銃器組に行きますかね」
冷静に今後のことを考えて、秋吉が口にした。
勤皇一派がかかわってくると、銃器組がすべて受け持つことになっていたのである。
「それは上が決めることだ」
他人事のように、永倉が指で上を指しながら答えた。
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