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天翔ける龍のごとく  作者: 香月薫
第2章  自負 前編
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第30話  次から次へと問題が起こる

 山南班が待機部屋に戻ってくるなり、伍長山南が自分の席に戻らずに、まっすぐに隊長の近藤の元へ足を運んだ。

 眼光は室内を見渡し、副隊長の土方の姿を捜すが見つからない。

 土方は近藤に頼まれて、役所へ出向いていたのである。


 物々しい形相に、すでに何かあったなと、身構えている近藤の前へ立ち止まった。

 だが、そういった感情を億尾にも感じさせずに、平坦さを滲ませている。

「何かあったのですか? 山南さん」

 その後に続くように、尾形たちもついてきたのだ。


 待機している面々も、いつもに増して不機嫌な様子に何かあったことを察している。けれど、いつものことだと思い、各々がしていることに意識を戻していった。


 自分たちが水死体を発見し、担当当番である銃器組に引き渡したと低い声音で伝える。

「それはご苦労様です」

 労いの言葉をかけるが、後ろにいる尾形や千葉の表情を窺い、何か揉め事があったことを悟っていた。


(何があった……。すぐに鎮火すればいいが)


 知らず知らずのうちに、心の中で嘆息を吐いていた。

 彼らと近藤の間に沈黙が流れる。

 深泉組と他の組とは揉め事が多く、近藤たちを悩ませる一つでもあったのだ。


 熱い二人に対し、落ち着きのある藤川と水沢に顔を傾ける。

 熱くたぎっている二人を、藤川が冷ややかな眼差しで見て、真っ赤なルージュの口元が僅かに笑っていたのだ。


 女性として、着飾ることをしない近藤と島田に対して、女らしい藤川は違っていた。常に男の視線を意識したように、メイクも髪型も服装も気にかけていたのである。

 少し派手めな化粧に、伍長の山南と意見がぶつかり合うことがしばしばあった。


 割り切っていると言う顔を水沢が覗かせている。

 目の前にいる山南の口が固く結ばれていた。


(私から切り出さないとダメなのか……)


「何かあったのか、尾形、千葉」

 声をかけられ、ようやく熱がこもった口調で、若さ溢れる千葉が経緯を話す。

「どうして、僕たちは捜査ができないのですか? 私たちが見つけたのに」

 何一つ間違っていないと言う顔だ。

 そして、これまで溜まりに溜まっていた不満が爆発していた。


 捜査させて貰えないことに憤っており、やれやれと肩を竦められない状況に、隊長として今はすべきではないと判断し、我慢して、平然とやり過ごそうとする。


(青いな。でも、しょうがないか。まだ割り切れないのだろうな……)


「銃器組に、何か言われたのか?」

 少し明るめの声音で問いかけた。

「はい。ラクでいいなと言われました」

「ラクか。そう見えても、仕事は結構あるんだけどな」

「そういう問題じゃありません」


「実際に仕事は忙しいだろう? 休む暇がないぐらいに」

「近藤隊長! 茶化さないでください」

 声をとうとう荒げてしまう千葉。

「茶化していないさ」

「しています!」

 ふんと千葉の鼻息が荒い。

 困ったなと言う顔の近藤。


 山南が動じずにそのままだ。

「仕事っていいますが、雑用ばかりじゃないですか。銃器や特殊の。こんなの仕事っていいません。僕たちにも仕事をさせてください」


 熱意のある千葉に、もう少し温度を下げてほしいと願うばかりだが、逆に温度が上がっていく様子に、若さなのか?と思うばかりだった。けれど、千葉と同じ年齢で落ち着いている水沢のことをチラッと窺う。

 やはり、若さではないかと巡らせる近藤だった。


「決して、銃器や特殊には負けません。仕事だって言って、僕たちが引きついた仕事をしてくれないですよ。そんなやつらに、絶対に負けませんから。ですから、小栗指揮官に頼んで、僕たちに仕事を回してください」

 感情が赴くままに、近藤の机を勢いよく両拳を叩きつけた。


 仕事をしていた面々や遊んでいた面々は、思わず一同に手を止めてしまう。そして、視線が熱くなっている千葉に向けられていたのである。

 近藤が抱いている思いも同じで、一言子供だなと思うのだ。


 千葉の背後にいる山南たちに視線を巡らせると、尾形が千葉の意見に頷いており、藤川と水沢が冷めた眼差しで傍観していた。

 黙っている山南は無表情で、千葉と近藤を眺めていたのだった。


(千葉の鬱憤を、こんなところで出させないでくださいよ……。別なところで吐き出させてほしい。……山南さんに近頃、黙らせているせいか、私に対する意趣返しですか……。しょうがありませんね)


 チラリと山南を見据えてから、視線を正面に立っている青い若手に傾ける。

「それが私たちの仕事だ」

 先ほどまでの生暖かい眼差しではなく、真剣なものに変わっていた。

 はっきりと言い切り、近藤が真面目過ぎる若手に向け、一気に威圧のオーラを放出していった。二十三歳の千葉は、まともにそれを食らい、たじろいてしまった。


 まるで大蛇に睨まれたように微動だできない。

 僅かに口をパクパクさせているだけだ。

 近藤の形相に、他の隊員たちも、金縛りにあったように動けなかった。

 巻き込まれる形となって、隊員たちが萎縮している。

 非難の矛先が、眠っている虎を起こした千葉に注がれていた。


「小さいも、大きいもない」

「……」

 気圧されている尾形に視線を注ぐと、ばつが悪そうに視線をそらした。

 軽く息を吐いて、気持ちを整理させた山南が固まっている千葉の肩に手を置く。

 それに僅かに遅れて反応し、振り向いた。


「千葉。捜査するばかりが、仕事ではない。私たちの仕事である街の人たちの声を聞くことも大切な仕事の一つだ。そうした情報の一つ一つが、捜査の解決する糸口になる時もあるのだ。近藤隊長に非礼を謝りなさい」

「……わかりました」

 正面にいる近藤に向かって、頭を下げた。

「すいませんでした」


「いや。意見の一つとして、心には留めておこう」

「ありがとうございます」

 釈然としないまま、山南たちの後ろへ下がっていく。


 事件の概要を山南が語った。

 銃器組の同期から直接聞いた話だった。

 事件は三日前ぐらいの深夜に、近くにいた男女が変な声を聞いたと言うところから始まり、現段階ではその時間帯に事件が起こったのだろうと割り出した。

 司法解剖している段階で、詳細が不明とのことだった。


 山南自身の見立ても加えて、話を進める。

「身なりから見て、身分が高いかもしれません。三十後半の男で、腹部から胸にかけて下からレーザー剣によって、切られていました。その後、川に流されたのでしょう。正確な時間を特定されないためではないでしょうか。それに綺麗な太刀筋でした」


「躊躇いもなしですか?」

「えぇ」

 近藤の質問に、短く返答した。


「荒さなんて一切ない、本当に見事なものでしたよ」

「……」

「もう少し経てば、詳しくわかると思いますが、今はそれだけです」

「レーザー剣……」

 深い思考の中へ入っている近藤が呟いた。

 レーザー剣と太刀筋から、勤皇一派がかかわっている気がしてならなかった。


「勤皇……」

 厄介だなと眉間にしわを寄せる。

「おそらく、そうなるでしょうな」

 近藤と同じ見解を抱いていたのである。


 それに対する答えも、まったく同じだった。

「山南さん。悪いですが、山南さんの筋から少し調べて貰っていいですか? ここには降りてこないでしょうから」

「わかりました」


 引継ぎをして、銃器組に事件を渡しても、深泉組まで捜査の経過内容や、どう解決したかも情報が降りてこなかったのである。

 下請けの深泉組に報告する義務はないと言うことで降りてこなかった。

 自分たちで、独自に探りを入れないと詳細が不明だったのだ。


 山南班は自分たちの席に戻っていく。

 自分の席に戻りながら、今の仕事に憤りと不安を感じずに入られなかった。

 山南自身も千葉と同じようなことを考えていたからである。けれど、千葉ほど青臭くなかったので、自分の気持ちをぶつけることをしなかった。




 途中から静観していた島田が、山南とすれ違うように近藤の下へ、しょうがないやつらだと苦笑しながら足を動かしている。


「お疲れのところ、申し訳ありません」

「いや」

「子供ですね」

 目の前にいる相手だけに聞こえるように、か細い声で呟いた。

 隊長として、頷くこともできず、ただ小さく笑っているだけだ。


「隊長は、どうでしたか?」

「私か? そうだな、私は飲み込むことを、先に憶えてしまった子供だったからな」

 昔の自分を振り返っている。


「そんな気がしますね。何でも冷静に見ている気がしますね」

「甲斐は、どうなんだ?」

「大雑把な人間なんで、一日経てば、気にしません」

「確かにそうした面があるが……、本当か?」

「深く考えるのが好きじゃないで。納得できないことはいいますが。千葉のように青臭いのはなかったかな」


 しみじみと過去の自分を甲斐が振り返っている。

 振り返ってみても、昔も今も変わりがなかった。

「今と大して変わりませんね」

「そうなのか」

 甲斐らしいなと小さく笑っていた。


 不意に生じていた疑問を、島田がストレートにぶつける。

「途中からでしたけど、山南さんおとなしかったですね」

「私への意趣返しだろう」

「いやなやつ」

 近藤の言葉を把握し、僅かに眉間にしわを寄せ、一言吐き捨てた。


(このところ、やり込められているからって、山南さんはみみっちい人だ。あれぐらい自分で吐かせることができるのに。わざわざ近藤隊長にやらせるなんて。随分と子供のようなことをするもんだ。ま、それだけ鬱憤が溜まっていたことか。あの人も、女や酒で少しは吐き出せばいいものを。どうして溜め込むかな……)


「そう言うな。山南さんも大変なんだろう。これぐらいは平気だ」

「では、近藤隊長。私でよければ、今度酒でも付き合いますよ」

 豪快に口角が上がっていた。

「そうか。では、付き合って貰おう」

「はい」


「ところで、報告に来たのだろう。何だ? 急ぎか?」

 訪ねた理由を問うと、明るかった島田の顔が苦悶の表情へ変貌した。ここに来るまでの間、どうしようかと逡巡していたのだ。

 待機部屋に来ると、先に山南たちが近藤の下へいっていたので、静観して待っていたのだった。


「甲斐?」

 いつもとは違う様子から、大変な事態が起こっていることを察する。

 意を決して、僅かに俯いていた顔を島田が上げた。

 他の隊員に聞こえないように近づく。


「新見隊長が、スリで牢屋に入っていた十三歳の少年に手をつけた……」

 二日前に起きた事件を、できるだけ小さな声で伝えた。

 息を飲む近藤。

 衝撃的な内容に、身体が硬直している。

 頭の中は白い靄が掛かっているかのようだ。


「大丈夫ですか」

 気遣うように声をかけた。

 ショックを隠せない上司に、先ほどまでの自分を重ね合わせる。

 島田自身、この話を聞いた時に、足もおぼつかないほどの衝撃と、怒りを憶えていたからだ。


 何度か息を吐き、近藤が気持ちを落ち着かせる。

 前のめりになっていた身体を、背もたれに預け、全身の力を抜き、汚れている天井を見上げた。

 ゆっくりと、報告してくれた部下に視線を戻す。


「始めてくれ」

「わかった。見張りの男にお金を掴ませ、少年の付近に誰もいないようにさせ、深夜に忍び込んで、抵抗する十三歳の少年に手を出したそうだ。一夜明け、取調べをしようとした隊員が、少年の精神がおかしくなっていることに気づき、病院に運んで治療を施しているようだ」

「……なぜ、ここで」

 本音を吐露してしまった。


「ああ。私も同意見だ。こういう真似は好きじゃないが、せめてやるんだったら、外でやってほしいものだな。身近でこんなことがあると、反吐が出る」

「……見張りの男も、どうしてこんな真似をした? 新見隊長のあれは有名だろう? 知らなかったなんて、バカなことは言っていないだろう?」


「勿論だ。随分と金に困っていたらしい。そこを突かれて、いやだとは言えなかったらしい」

「だからって……。招く結果ぐらい、わかっているだろう?」

「どうも好みだったようだ。だから、見張りの男を脅したようだ」

 深いしわが刻まれ、鬼のような形相だ。


「好みだからって、新見隊長も、ここで手を出すなって言いたいな」

「……」

 あまりの事態に、二の句が出てこない。

 唇を噛み締めてしまっている。


「罪の深さに慄いて、私に話したんだ。その男とは、一応顔見知りだったからな。相談したいって言ってきた時は、まさかこんな話とは思わなかった。酷過ぎる、これは」

 口に出しながらも、島田の怒りが増すばかりだった。

 その場で聞き、かかわった見張りの男を切って捨てたいと思ったが、それを思い止まり、上司である近藤に報告したのだった。


 苦痛の顔を歪めている近藤に、琥珀の目を傾ける。

「銃器組は?」

「急におかしくなったと言うことで、銃器組の連中、泡立てているらしい。過度な取調べではなかったかとか……。まだ新見隊長のことは知られていない」

 少し安堵する息を漏らした。


「少年は、初犯か?」

「初犯だ。腹をすかせている妹のためだったらしい。あんなことがなかったら、今頃、釈放になっていただろうに」

 自分の気持ちをぶつけるように、島田が自身の左の手のひらに右手の拳を叩きつけた。


(あのクソ、新見。ぶん殴りたい……)


 徐々に頭が冷えていく近藤。

「この話を知っているのは?」

「今のところ、見張りの男と少年、新見隊長。それに私と近藤隊長だけだ」

 冷めた顔で、逡巡していた近藤を見下ろしていた。


「……少年は口を聞けるのか?」

 話せる状態なら、口を塞ぐ必要性があったからだ。

 そんな近藤の態度に、視線が細くなっていく。


「いや。惚けているか、三歳ぐらいの子のように振舞っているらしい。だから、状況が掴めずに銃器組も困ってるらしい。……きっと、話せることがないだろうな」

 罪深いことをするのかと言う眼差しで、冷血な表情を浮かべている上司を凝視している。


「話せないのか……」

「あんなやつの尻拭いは、ごめんだ」

 吐き気がするとばかりに、仕切りで見えない新見の席を睨めつけていた。


「山南さんがいなくなってから話してくれて、助かった」

「山南さんの前で話したら、ただじゃ済まなくなりそうだったからな。私もできるだけ、これを大きくするつもりはない。少年のメンツもあるだろうし」


 山南がこの話を聞けば、騒ぎ立て、上層部に報告すべきと豪語するのはわかっていた。だから、少年のメンツや、深泉組が置かれている状況を慮って、山南が離れるまで待っていたのだった。上層部が深泉組を潰そうとしている話を島田も知って、案じていたのだった。


「握り潰すのは大変そうですね」

 この事件を対処するのに、どういった行動をとるのか把握していた。それにもかかわらず、近藤にこの事件の詳細を伝えたのだ。

 やりきれない気持ちが、島田の中で燻っていたので、言葉が嫌味のようになってしまった。

 そんな部下の気持ちを理解していたから、素直にそれを受け入れる。


「そうだな」

「……私は手伝わない」

「私、一人でやる」

「土方も……」

「いや。これは私がやる」

「……」

 一人でやると言う近藤に、自分も手伝うべきと巡らせるが、素直に手伝うとは言えない。


「気にするな、大丈夫だ」

「せめて、土方でも加えた方が……」

 首を横に振って、口を開く。

「これ以上、新見隊長を嫌うと、何かと大変だからな。だから、トシには言わない。だから、甲斐……」

 困ったように懇願されてしまう。


「わかった。土方には言わない」

 近藤の意思を尊重した。

「悪いな」

「いや」

 話を終えた島田が背を向けた。

 その背中に向かって、言葉を投げかける。


「報告、感謝する」

 振り向くことなく、島田がその場から立ち去ってしまった。胸糞悪い気持ちを晴らすために、仕事を放り出して飲みに行くのだった。


 自分の机に視線を戻すと、そこに二つに折られた紙が置かれていた。

 紙を開くと、そこに少年の名前と病室が明記されている。その下に書かれていたのは、見張りの男の名前の上に、大きく×印がつけてあった。

「ありがとう」

 感謝を込めて、小さく近藤が呟いた。


 その二日後に、少年が安らかなまま死んでいるのが発見されるのである。

 詳しい調査が行われずに、そのまま病死として処理された。



読んでいただき、ありがとうございます。

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